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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 天蝶乱舞
164/211

第十四話 天に届けよ魂葬華

前回、上昇は止まらない



一方。

集、霞、天都、アラディア。

ファルファレナから分離された四人は、彼女が召喚した常世神の対処に当たっていた。


縄張りを覆い尽くさんばかりの巨大な体躯を誇る常世神。その(本人にとっては微々たる)動作だけで、周囲へ巻き起こる被害は人智を超える。

渦巻く突風すら切り裂く突進。大地に衝突すれば、地を伝う振動は円上に広がり、触れた物質を消滅させる。

常世神の動きに合わせて、大地から芽が出て、生命力に満ち溢れた世界が縄張りを染め上げる。周囲を異界に変容させ、常若(とこわか)の楽園を現出。それは、ファルファレナの描く世界とはまた違ったもの。

その身に宿す莫大な霊格は、物理的な攻撃だろうと実体を持たない攻撃だろうと、残らず無効化しはじき返す。



神霊。

あれは神秘の塊。

万物が残らず平服し、万象が遍く従属する。その権限を与えられたもの。

あらゆるヒエラルキーの頂点に立ち、熾天使すら凌ぐ神威をもってその意思を放つ。


神霊の一体一体が例外なく、顕現ではなく()()という特権を持つ。

権能とは何か。それは神霊の存在や役割そのものを具現化したような力だと思えばいい。

全能力の中で最上位に当たる究極無比な力の結晶。最上位の命令。

あらゆる条件や障害を無視して、執行される力。

今の時代では廃れたものだが、それでもその大能は顕現にすら匹敵し、凌駕する。


そして、常世神の権限とは。

老いたものを若返らせ長寿と富を与える、広い意味で繁栄の力。

その内の一つ、生命活動の活性化。

それを相手に、極めて攻撃的な用途で用いたらどうなるか。


「ッ!??」


間近でそれを体験したのは集だった。

腕が急速にしわくちゃになる。老人のように肉が削ぎ落ち、しわだらけの肌に変化。

それは腕だけでなく脚も顔も身体も。全身から生気が根こそぎ奪い取られていく。

急激な老化現象。その速度も脅威のもので、瞬時の間に1000や2000は年をとる。


と、思ったら今度は膨れ上がるその身体。

内側から肉が盛り上がる。巨大な風船のように膨張し、ある一点を超えて破裂して肉と血を辺りに散らす。

爆走する生命の奔流。それが意味するのは活力、動力の操作。


人体は常に活動している

新鮮な細胞を作り、不要になった細胞を切り捨てる作業がその代表。

同化、異化などの代謝、細胞分裂、呼吸、燃焼、成長、運動、エネルギーの吸収と投棄。エントロピーの増大・・・・・・・。

常世神はそれらの運動を全て、急速に進めたにすぎない。


暴走する細胞分裂。急速な成長による老化。エントロピーの無秩序な増大。

瞬く間に『死』に近づき到着する命。

生命原理へ直接訴えかける、常世神の権能。

集も霞も天都もアラディアも、それに巻き込まれて無事なものなど存在しない。


全員が死んだ。確かにそれは間違いない。

しかし、ここにはいかなる表現をも可能にする魔術王がいる。

破片がどこからともなく集い、再び四人が復活する。


生命の暴走はいまだに続いているが、アラディアがそれを阻みそれ以上の変化を許さない。

その間にも集や天都が常世神に攻撃を繰り返しているが、傷を負わせるどころか触れても何も起きない。

顕現以下の攻撃は残らず平伏され、顕現でさえ底知らずの神力の前には蟷螂(とうろう)(おの)に過ぎない。

当然だ。人が神の身を害するなどありえない。

痺れを切らした集が、この場で最も実力があるアラディアに叫ぶ。


「アラディアさん! どうすればあいつを倒せるんですか!?」

「ボケが。そもそも着眼点が違ぇ。

あれを相手にして戦うっていう発想がズレてんだよ。

んなことしなくても場を治める方法はある」


言うと、アラディアは後方で援護に徹している霞に声をかけた。


「霞」

「あ~? なに~」

「お前にしてもらいたいことがある。

ファルファレナがこいつを召喚する時に地面に召喚式を構築しただろ。

見たことねぇ文字が規則正しく並んでたあれ」

「ああ、そだね」

「それ、解析してこいつを送り返せ」

「・・・・・・・はぁ!?

アラディア~、ちょっとあんた何言ってんの~?

私あんな文字今まで見たことも聞いたこともねぇぜ~!?

しかも文脈も変化形も知らねぇ上に あれたぶんファルファレナの独自の言語だ!

無茶ぶりにも程があんだろ~」

「そうだ。頑張れ」


投げやりなその言葉に、霞は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

つまり、霞にとって完全に初見の文字群を、その語のルールや変化形を秒速で理解して完璧に習得し、神霊を送り返すゲートを造り上げろということだ。


「あんたじゃ無理なのか? 魔術王のアラディア様~」

「出来るっちゃ出来るが今手が離せん。

俺が手を離せばお前らは死ぬ。

そして俺以外に出来るのがお前しかいない。

な、完璧な等式だろ?」

「ハッハッハ何が完璧な等式だこの野郎~。

いいぜやってやりますよこの霞さんが!」


手に持つ酒をグビッと飲み干し、脚を上げ地面を思いっきり踏みつける。

踏みしめた大地から流れるように広がる未知の文字。

それは発光しながら版図を広げる。規則正しく、意味が通るように。

元より空間は霞の支配下。触れずして文字を刻むなど造作もない。


口では無茶だと言いながら、霞はファルファレナが大地に描いた召喚式。それをあの場の一瞬で覚えてはいた。

蛾の咎人から奪った空間から描かれた文字、式の情報を読み取って、その独自言語を解明する。

意味をなし、その効力を発揮していく召喚式。

秒もかからず、ゲート自体は完成した。


しかし、一度召喚された神霊が、黙って帰るものだろうか。


日本において、八百万(やおよろず)という神の概念がある。

簡単に言えば、どんな草木や土石にも神は宿るというもの。

その性格も多種多様。人に益を与えるものだけが神と呼べるわけがない。

とりわけ日本の神話はそう。神といえど様々な側面があり、決して善悪の二元で片付けることはできない。

人を祟る神の話など珍しくもない。人と近しいようで、しかし人とは違う。人智の及ばぬとはまさにそのこと。


目の前にいる常世神も、『召喚式を作りましたのでどうぞお帰りください』と言って大人しく帰るわけがない。

だからこそ、魔術に精通しているアラディアが行うことは祈願だった。



()けまくも(かしこ)き常世神の大前(おおまえ)に願い奉る。

生命の源流にある汝。大神の高き尊き御神徳(みうつくしび)を畏み奉り

広き厚き恩頼(おんらい)(こうむ)り奉れる事を嬉しみ奉り謝び奉りて

大神の敷き坐す郷内(さとうち)へ退き給えと、畏み畏みお頼み申す』



瞬く間に行われる追儺(ついな)の儀式。

単なる行事と化している節分。鬼は外、福は内。誰もが一度はしたことがあるだろう。

あれだって邪気を追い払う追儺の魔術だ。

しかしアラディアが行うのは追い払うという暴力的なものではなく、あくまで祈願。つまり常世神の機嫌を取り、帰って貰おうというもの。


元の世界へ。元の居場所へ。元の神域へ。

その場所へ帰り給えと願う。

必要なのは赤心(あかごころ)。一切の虚偽ない純心にて、神と向き合う姿勢。

神と向き合うものは穢れなく、清らかで敬虔な身と心を兼ね揃える必要がある。

それは神道だけでなく、普遍的に言えることだろう。


アラディアの祈願は通じたのか、常世神の暴威が徐々にだが収まっていく。

自分を崇め奉るその姿勢に満足したからとか、そんな人間の考え(スケール)にあるような神霊ではない。

たとえどれだけ真摯な態度で崇拝したとしても、何が原因で次の瞬間に殺されるか分かったものではない。

人に近いようで人には非ず。人が真に神を理解することは不可能に近い。


動きはさらに鈍くなる。常世神の溢れ出んばかりの神威が収束の一途を辿る。

そして召喚式に消えていくその巨躯。どうなるかはアラディアにも分からなかったが、今回は無事成功したようだ。

完全にその姿が消えるのを見届けてから、四人はファルファレナの元へ急いだ。



■ ■ ■



そして視点はファルファレナと対峙する四人に戻る。

戦況は劣勢。幾千幾万の死を自らに捧げ更なる高みへ昇ったファルファレナに対し、否笠たちは劣勢にならざるをえない。

唯一例外は焔。彼だけはファルファレナと対等に撃ち合ってはいるが、しかしその上昇を止められはしない。

殺せば死因を克服し強大化。殺さずになにもしなくとも刻一刻と力を増す。

八方塞がりだ。このままでは埒が明かないと、焔は思考で否笠たちに伝える。


(否笠殿、蛍、美羽。

このままではまずい。奴の上昇を止められんな)

(それは、焔君でも倒せないってこと?)


美羽が焦燥しながら言う。

アラディアたちがいつ戻ってくるか分からない以上、この場で最も力を持つのが焔。

その彼でも倒せないとなると、もう膝を折る以外の選択肢がない。

しかし、焔はそうではないと言う。


(いや、なんとかすることはできる。奴を問答無用で封印することは可能じゃ。

ただあれをするには時間がかかってしまうんじゃ。時間というよりかは手間がかかる。

だから三人には時間を稼いで貰いたい。出来るか?)


なんとかする。その言葉に三人が頷く。

タイミングを見計らい、焔が前線を退いて後方に回る。

その彼と交替するように、否笠がファルファレナと刃を交える。


しかし桁違いの力に、交差した瞬間に跳ね返される。

協力意思で霊格を上乗せしたとしても、否笠が拮抗できる域をファルファレナはとうに超えていた。


「ご老体。体を労ったらどうかな?

もうだいぶきついと思われるが」

「あはは、ご心配どうも。

確かにきついですね。全く、これだから老いというものは・・・・・・」


弱々しく笑う否笠。普段熾天使の粛正を担当している彼にとっても、ファルファレナとこれ以上戦うことは論外であるようだ。


「分かっているのなら抵抗はやめて私に殺されてくれるとありがたい。

今の貴方では役不足だ」

「・・・・・・・役不足、ね。

その通りです。今の私では貴方に到底及ばない。既に埋められない差が出来ていますからね」

「なら逃げたらどうかな? 私と対峙した時も、一人なら逃げたいと言っていたのは覚えているが」

「あの時は、まだなんとかなるかと算段はあったのですよ」


剣を杖のように地に突き立て、体を支える否笠。

退くわけにはいかない。退けば葦の国へ想像も出来ない程の被害が生じる。

先ほど語り合った通り、否笠とファルファレナの意見は違っている。

すなわちファルファレナが造る天国は、否笠からすれば天国にはなりえない。

いや、否笠だけではない。


葦の国に住まう無数の存在。その一人一人が思い描く天国も違うだろう。幸せの定義もまた。

それを自分の思考一つで、幸せの概念を独占する。

全ての幸福と天国は彼女のもたらすものとなり、そこに個人の意思が入り込む隙間などない。

それを許すわけにはいかない。いかに幸福のためとはいえ、それだけしかない世界など御免蒙る。


なによりも、ファルファレナのためにも。




勝つのか、負けるのか。

この結末がどちらに転ぶにせよ、もうすぐ終わる。

焔君は準備のために、最高レベルの穏形の術を使用しどこかに消えた。

私たちの時間稼ぎが終われば、ファルファレナは仕留められるはずだ。

もちろん、その前に私たちが殺されれば終わる。

ファルファレナと対峙するのは、これで最後だ。


(時間稼ぎ・・・・・・最後・・・・・・)


私と蛍は店長を援護しながら、心の内で自問する。

元はといえば私達とファルファレナの接触で始まった今回の事件。

その張本人が、他人に任せっぱなしで、このまま援護に回っているだけでいいのか?

あれだけ訓練して貰って、激励してもらったのに、このまま店長に任せたままでいいのか?


「っ・・・・・・店長!!」


ファルファレナと打ち合い、競り負けて体勢を崩す店長。

そして、その隙を逃さずファルファレナは手に持つ槍に、今まで以上の神力を込める。

発生する巨大な力場。間違いなく店長を殺すだけの力が込められている。


(蛍っ!!!)


呼ぶ幼馴染みの名前に、私の意図の全てを含ませる。

それを受け取った蛍は私と目を合わせ、ただコクンと頷いた。

私も蛍も、想いは同じ。

せめて時間稼ぎの間だけでも、ファルファレナと決着をつけるんだ。




(これで終わりだ、老人)


やっと一人殺せると、ファルファレナは持つ槍に否笠を殺すだけの力を込める。

上昇に上昇を重ねた彼女の霊格は、もはや羽化したての状態すら比較になりはしない。

槍を一閃させるだけで、葦の国をまとめて500回以上は滅ぼし尽くす力を、その穂先に充満させる。

この絶対命題を、否定などできるわけがない。



しかし、その槍が貫く前に。

ガッキイイイィィン!!!と、横槍を入れた美羽が、その黒爪で槍を抑え込んだ。


(なに?)


それに対してファルファレナに疑問が生じる。否笠を殺せるだけの力を込めた絶槍を、彼以下の霊格でしかない美羽が受け止めた。その矛盾に首を傾げる。

その間に美羽は、背後でその瞬間を待っていた蛍に合図する。


(蛍っ!)

(わかった!)


念話内での美羽の合図。蛍はそれに応え、手に持つ長剣を投げつけた。

万象を打ち砕きながら進む白い神剣は一直線に、美羽の背に向かって行き、到着。

進路方向にいる美羽の体を貫通して、ファルファレナの身に長刀が突きつけられた。


「ッ!!?」


ファルファレナが驚愕したのは、自分を突き刺した神剣ではない。

あの蛍が、何よりも大事な美羽に刃を突きつけたこと。

信頼に応えた結果? あるいは視界を封じた不意打ちのため?


蛍の顕現の効力により自己の再創造が行われる。

今までの自分を漂白、蓄積された過去を破壊し、新たな存在へ。

パラメーターや能力の改竄、消去。大幅な弱体化。

蛍たちどころか、常人でも打倒できるステータスへ書き換わっていく。


だがこれが何だという。そもそも似たようなものならアラディアがファルファレナに幾度も仕掛けたものだ。

そのたびにファルファレナの顕現は、例えその能力が改竄された後であろうと復活と上昇を両立させる。

だから今も、神剣の再創造を安々と克服する。こんなもの足止めにすらなりはしない。


「今さらこの程度で――」

「いいや、違う」


ファルファレナの言葉を断ち切り、美羽がその黒腕を突きつける。

形の有無に関わらず、触れるもの全てを破壊する壊滅の爪。

それがファルファレナの胴部に直撃し、腰から上を根こそぎ粉砕した。


「・・・・・・っ!」


破壊の衝撃と共に、ここでさらなる疑問がファルファレナを襲う。


(なぜ、その顕現が自分に通じる?)


死因を克服しどこまでも上昇する。例えファルファレナを殺せるだけの攻撃であろうと、彼女の顕現はそれを克服し自らの糧として羽ばたく。

もはや同じ攻撃では傷一つつきはしない。それは美羽の顕現も例外ではない。

だから道理では美羽の攻撃など通じはしない。しかし、現に自分は破壊されている。


(当然ですよ。蛍が書き換えたのは私。

貴方を倒せる域にまで私を再創造したんですから)


美羽が一人思考すると同時に、ファルファレナも同様の結論に辿り着く。

残った下半身。それに破片がどこからか群がり、再び彼女の像を描く。

元通りになるファルファレナ。その彼女に美羽が拳を下ろせど、完全に破壊を克服したその身にはほんの痛痒も与えられない。


倒せる域にまで到達した。しかし今それを克服した。さらに上に昇った。

成長、上昇の比べ合いでファルファレナに敵うものなど存在しない。


美羽もそれは分かっている。だが今の自分が成すのは時間稼ぎ。ファルファレナを倒すことではない。

だからこそ、次の手段を用意した。



『開け不浄門。夕闇を超え、深淵に座す御魂に願い奉る』



唱える言葉は、この世ではないどこかへと接続する。

悪なる御魂の絶叫は、歓喜と共に美羽の元へと寄せ集まった。

指の爪先にまで満ちる破壊の霊力。

後はその名を呼ぶだけだ。


『72位 アンドロマリウス』


唱えると、美羽の周囲に一つの紋様――悪魔のシジルが浮かび上がり衛星のように回る。

新たな力と共に、美羽は握りしめた左拳でファルファレナを殴る。

莫大な霊格を乗せた一撃は、美羽の上を行ったファルファレナの肉体を再び粉々に打ち砕いた。

バキッ!!と、壊れる音と共にファルファレナが破片となって空中に溶け、そして再び舞い戻る。


『71位 ダンタリオン』


二つ目のシジルが空中に浮かび上がる。

今度は下から蹴りが放たれた。鞭のようにしなり、刃のように咎人を両断し破壊する。

刹那の間に二度も殺されたファルファレナは、その正体に気付く。


(この力・・・・・まさか神霊をその身に降ろしているのか?

だとしたら狂ってる! その身体が持たないぞ。なぜ内側から破裂しない!?)


彼女がその真相にいち早く気付いたのは、自身も先ほど神霊の召喚を行ったから。

しかし美羽のそれは違う。神霊という、超膨大な想念の塊を、そっくりそのまま自分の中に入れている。

いわば神降ろし。付喪神のように物に神は宿るという世界観はあるが、それを引用したとしても荒唐無稽(こうとうむけい)にも程がある。

熾天使すら凌ぐ神という霊格を、自身の中に降ろし宿す。

結果その霊格は爆発的に増大するだろう。今も美羽は、ファルファレナを殺せるだけの力を手に入れたのだから。

だが器が耐えられるとは思えない。玩具を入れる箱の中に象を詰めようとするようなもの。当然箱は潰れる。

しかし美羽は、その道理を無視して事を成している。

その理由は、きっと本人すら知らない異次元の因果だ。


『セーレ、デカラビア、ベリアル、アムドゥスキアス、キマリス、アンドレアルフス、フラウロス、アンドラス、ウァラク、ザガン、ヴァプラ、オリアス、アミー、オセ、グレモリー、オロバス、ムルムル、カイム、アロケル、バラム、フルカス』


連続で唱えられる霊体の名前。そのたびに美羽の霊格が膨れ上がり、破壊を克服したファルファレナをさらに破壊する。

美羽の周囲に浮かび上がるシジルは呼び出された悪魔の象徴。

唱えられる名はソロモン七十二柱の悪魔。聖書に有名なソロモン王は、神から渡された指輪をもって強大なる悪魔を使役したとか。

だが美羽は指輪を介することなく彼らの力を得る。不浄門は過程を廃した一方通行のパスポート。

主である美羽がその名を呼べば、黄昏の深淵に揺蕩う彼らは、喜んでその霊格と権能の一切を捧げる。


『クロケル、ハーゲンティ、ウヴァル、ビフロンス、ヴィネ、シャックス、サブナック、ウェパル、フォカロル、ラウム、マルファス、ハルファス、フェネクス、ストラス、マルコシアス、フールフール、ガープ、アスモデウス、フォラス、フォルネウス』


千切れ、捻れ、焼かれ、潰され、浸蝕され、壊され・・・・・・美羽の持つあらゆる手段で壊され続けるファルファレナ。

その殺害速度は徐々に上がり、復活した瞬間に50以上は殺され続ける。


『アスタロト、ベリト、ロノウェ、ブネ、グラシャラボラス、ナベリウス、アイム、イポス、モラクス、プルソン、サレオス、バティン、ボティス、ゼパル、エリゴス、レラジェ、ベレト、シトリー、グシオン、ブエル、パイモン、バルバトス、アモン、ウァレフォル、マルバス、ガミジン、ウァサゴ、アガレス、バアル』


数百、数千、数万、数億・・・・・・。

一体何度壊し蘇ったのか、もはや数えることすら億劫な回数の加虐を繰り返す。

美羽に力を貸す霊体はまだまだ存在する。それらが雪崩のように美羽の体に入り込む。

そのたびに壊す。蘇っても壊す。


壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す・・・・・・・・。


無限に再生するのなら、無限に壊せばいいだけだから。

無から蘇るというのなら、無ごと壊せばいいのだから。

心が折れない限り上昇するのなら、その意思ごと壊せばいいのだから。


お前の想念を壊す。今日最初に相対した時の気持ちは変わらない。

肉体と精神と魂の三位一体を壊す。上昇という概念、観念ごと壊す。跡形もなく砕け散り、不死も再生も許さない強制デリート。


顕現者なら誰しもが使用している能力の無効化。それが美羽の魂に応えて、能力の破壊へと昇華する。

永遠の再生。無限に強化。敗因を乗り越え続ける。

好きな言葉で自分を飾れ。私はそれを紙を裂くように破いてやると、万感の想いを込めて破壊を振りかざす。

無限を概念ごと破壊して、世界から彼女を消去する。



だが、それでも笑うのはファルファレナ。概念を壊して、だからなんだ。能力を破壊してだからなんだ。

その程度で滅びるような域にはもういない。もはや自分の存在を構成する全てを壊されようと、有無の区別を超えて再び舞い戻るのだから。


壊される度に、追い詰められる度に、自分の存在がさらに曖昧に、さらに抽象的なものになっていく。昇華してく。

世界が存在する限り、いや、三界含めて全てが虚無と化した永遠の闇の中からでも、目の前の咎人は悠々と存在し続けるだろう。もはや今のファルファレナは、あらゆる意味で世界に依存していないのだから。

比べ合いでは悉くを凌駕し、上昇速度で勝る者などいない。

仮に、彼女と同じく無限に覚醒を繰り返す者が立ちはだかったとしても、こと上昇に関して絶対を誇るファルファレナからすれば、速度に開きがありすぎる。

光速運動している彼女からすれば、他者の成長や進化など亀のそれ。

競争は彼女の独壇場で、だからこそ敵う者など一人もいない。


たとえ瞬間的にファルファレナを追い抜こうと、次の瞬間にはファルファレナが既に追い抜いている。

ゆえに美羽がどれだけ不浄門から力を引き出しても、ファルファレナにとっては都合が良いだけ。

だからこそ、瞬間的に凌駕し続ける美羽の霊格すら飛び越えて、神力みなぎらせる槍が彼女に向けられる。

躱すことも防ぐことも不可能。それほどの力が込められた、彼女の人生において最大威力の槍。



だがそれを、弾き返す者がいた。


「っ!!?」


躍る影は人間大の竜体。その宝石のような赤い爪が、槍を持つファルファレナの手ごと粉砕する。

赤き竜骸。全身を鱗で武装し、背中から三対の翼を生やした蛍。

上半身を倒し、四足歩行の姿勢から、翼をはためかせ飛行。

金剛石さえ引き裂く鋭利な爪が、上昇を繰り返すファルファレナの身を木っ端微塵に消し潰した。


無限光を発するドラゴン。この状態になった蛍は、絶大な力を手に入れると同時に、代償として魂と精神に多大な負荷がかかる。

今までも、発動の度に理性を失いかけ、とても扱いきれたものではなかった。

だけど、今この時だけは。

その強大な剛力を、時間稼ぎという目的のために、完全に制御していた。


無数に壊され、無数に蘇るを無限に繰り返しながら、今なお迫る二人にファルファレナは槍を振るう。

それは無数の像を生み出し、この現実に異なる現実を重ねる。

世界に槍の大輪が咲く。360度を超えて、四方八方から押し寄せる刃の牢獄。

もう滅べ、いい加減鬱陶しいと、苛立たしげに放たれたファルファレナの術技。

無限の現実に押し潰されて死ね。数を超えて現われた彼女がそう告げる。


だが、


「はあァッ!!!」


破壊の爪が煌めいて、

無数の現実世界を、その手がねじ伏せ破壊する。

壊れる槍、壊れる世界、壊れるファルファレナ。


空中に破片が舞い散り、その影の中から現われた蛍が、光を束ねた長剣を至近距離で放つ。

一瞬で融解し、光の中に消える咎人。

縄張りを切り裂いて、堅洲国の外まで伸びる極光。

その光を糧として蘇ったファルファレナは、訳の分からない生き物を見るかのような目をする。


「君たちはっ、一体何度私の前に立ち塞がるつもりだ!!」

「貴方を、倒すまでだッッ!!!」


動き出すのは同時。武器をかざすのも同時。

槍と爪がぶつかって、その反動で木っ端微塵に砕ける互いの肉体。

壊れる存在。しかし存在に依存せずに、彼女たちは自分が在り続ける。

間近で睨みつけるその目は怯みもしない。


「天国を造る? それが幸福?

ええ、ありがとうございます。でも結構ですっ!!

いずれ破滅を迎える。だからこそ流転を止めて、永遠を手にする。

貴方はその意味を分かってない!!その果てに訪れる結末がどうなるか、まるで理解してない!!

店長が言ったとおり貴方は有象無象のっ、上から目線の傲慢な救いに過ぎないんですよ!!!」

「ならっ――」


美羽の返答に、初めてファルファレナは明確に表情を変えた。

それは今までの嬉々や驚愕ではない、想いの(たけ)を吐き出す怒りだ。


「君は堂々巡りを続けるというのかっ!?

手を伸ばせば届くというのに、分不相応だと理由をつけて、食い止められたであろう悲劇をいくらでも繰り返すと言うのか!!?」


怒号と共に放たれた槍。それは今までのように異なる現実を重ねたわけでも、魔術で補強したわけでもない、ただ感情にまかせた横薙ぎ。

だからこそ、その一撃は今までの何よりも苛烈だった。

肩から腰に至るまで両断された美羽は、されどその事実と傷を破壊し不完全ながらも蘇る。

よろめく美羽の心臓に、さらに突きが放たれ胸が抉られた。


「君の原動力は分かっている。かつて起きた過ちを繰り返さないために今も戦っているのだろう。

自分にとって大切なもののために戦っているのだろう。

だが仮初めの日常など、石ころ一つの投擲で打ち崩れる儚いものだ!

死ぬほど大事で、死んでも手放したくない君のそれが、しょせんは輪廻の内で廻る一事象に過ぎない!

君の大事なものだって、いつか必ず壊れて消える。

君はそれを納得できるか!? それを守りたくて戦っているのではないのか!!?」


訴えかけ、されど攻撃は止めないファルファレナ。

鬼気迫る表情で、言葉だけで美羽を殺しかねない覇気をもって、千を超える刺突が美羽を貫く。

猛攻に曝された美羽が顔をしかめるのは、決して痛みのためではない。


「もう数千年もすれば、加速度的に世界の仕組みに気付く者は現われる。

輪廻を自覚すればこれまでの全てを思い出す。これまで積み重ねてきた幾千万の歴史を。数万億の人生を。

するとどうだ。魂は急速に老いる。なにしろ無数の人生を経験したのだからな。

自らの消滅を欲し、しかし世界がそれを許さない!

加えて世界の現状も破滅している。

ifを許容する葦の国は無数の悲劇を輩出する。咎人による被害は数え切れない。高天原はそれらを知らんふりだ!!

どうせ遅かれ速かれなんだよ! 今の世界もなかなかに詰んでいるが、これから先はさらに地獄を見る。

永遠の停滞こそが唯一の救いだ!! 流転して問題が生じるのなら止めてしまえばいいだけだからなっ!

私の天上楽土で、至福の境地だけを享受していればそれでいい!!

上から目線の傲慢な救いだと言ったな!! ああ、そうだとも。その通りだ。

だが何もせず座しているよりはるかにましだ!! 私が行動しなければ誰が動くというっ!!

願って叶うのなら私はここにいないっ!!」

「だからと、いってっ」


今度、ファルファレナの言葉に返したのは蛍だった。

美羽を貫く槍をへし折り、鋭い竜の翼でファルファレナの身を二つに分断する。


「貴方の造る天国が完全なものだとは限らない!

流れない水は腐るんだ!! 淀みは染みとなって世界を覆って、いずれ修復不可能な傷になる。

天国だっていずれ崩れ去る。神様だっていずれ死ぬ。

永遠なものなんて存在しない!!! あったとしても、そんなものは目指していいものじゃないんだ!!!」


竜の掌底を喰らって後ずさり、ファルファレナは蛍の言葉よりもその口ぶりに疑問を持った。


「なぜ分かる。まるで体験したかのように言うじゃないか」


二人の言い分には、単なる空想の論拠とは異なる説得力があった。

まるで、この目で見たからそうなのだと言いたげな。


疑問を持つファルファレナに、二人は協力意思を発動させてさらに迫る。

破壊の爪が、七色の極光を放つ。


どちらにせよ、二人が言いたいことは結局、


「救いたいのなら、救いを望む人だけ救っていればいいでしょう!!

私たちには貴方の救いなんていらない!」


太極を体現する虐殺の爪が、殴り飛ばすように蝶を破壊した。


「っ!! それができれば苦労はしない・・・・・・」


最後、絞り出すように、誰にも聞こえないようにファルファレナは口ごもる。

だがついに臨界点は超えた。

殺され殺され殺され続けたファルファレナの霊格は、今にも爆発しそうな程に高ぶっている。

流れ出る天国は今も広がり続け、縄張りの拡大と共に堅洲国の大地を浸蝕していく。

その膂力も、速力も、硬さも、精神力も。上り昇り登りつめた。

二人を数千万は殺せる域で放たれた絶槍は、


「その通りだぜ。お前が救わなきゃ滅ぶ程、世界は脆くねぇよ」


ボバッ!!と、体内が爆発する音と共に予想外の方向に逸れた。

はじけ飛んだ肉片が再び人型を取り戻し、それを起こした術者を見る。

魔術王・アラディア。そして天都、霞、集の四人の姿がある。

回復をし終えた否笠も集い、ここに再び桃花の全員がファルファレナと向かい合う。


すでにかなりの時間が経過した。焔がなんとかすると言っていた準備も滞りなく進み、あと一歩の所まで迫っている。

追い詰められているのは――。


「あまり絶望すんなよ。

確かに悲惨なこともあるだろうよ。目を逸らしたくもなるだろうよ。

けどな、それでも懸命にあがいて生きてる奴らだっているんだ。

お前にとっちゃくだらない、操り人形に等しいもんだが、それでも誰も彼も生きてるんだよ。

それなのにお前は、天国なんて耳障りのいい言葉を使いやがって。

開いた口に砂糖菓子を放り込み続けて、糖尿病で殺す気か?

悲喜交々。どっちか一つでしか成り立たない世界なんざ破滅が眼に見えてる。もし成立したとしても真に幸福にはなれない。お前が言った通り、輪廻と同じくお前の永遠(りそう)も偽りのものになるぞ。

その世界の住人も、そしてお前もな」


アラディアの、どこまでが本気か分からない言葉を聞いて。

ファルファレナは、数秒沈黙し、



「それでも私は天国を造る」


小さな呟きと共に、ズッ!!!と震動のような音がした。

何事かと全員が目を向けると、遠くの景色が迫ってきた。

空が押し寄せる。雲が近づく。花々や空飛ぶ蝶蛾がファルファレナの元に殺到する。

すなわち、世界そのものが収縮する。


「あの日の誓いを果たすために」


空間が一点に向かって収束。当然美羽や蛍たちも強制的に引き寄せられる。

それは引力等の物理的な力によるものではない。そこにしか存在する場所がないのだから、必然的にそこに引き寄せられるという道理。


「どこかにいる、あの人を救うために」


一点の座標しかない、超高密度状態。

逃げ場の一切無い、全てが重なった状態。0次元。

それが意味することは、



「昇華しろ」



点となったその空間を、貫くように極大の光の柱が立ち上った。

それは天国の奔流。流れ込む上昇の顕現。

天を貫く光は、一本の槍のようにも見えた。


舞う幾億の蝶蛾は、死者を弔う魂葬華(こんそうか)

それは魂を天の国へと強制的に到達させる、ファルファレナの奥義。


どれだけ否定しようとも、幸福を望まない者などいない。

つまり、ファルファレナの主張に同意しない者は存在しない。

それを利用した協力意思。幸せになりたいのなら私が幸せにしてやると、この場の全員の同意が成立。

そして爆発した顕現の出力。


魂が完全に昇華する。肉体と精神が浄化し、楽園に天葬(転送)される。

すなわち消滅。

魂の奥底から幸福を願っているからこそ、誰も逃れられはしない。

唯一無事なのはファルファレナのみ。彼女は天国そのものだから、とっくに昇華しているのだから、同一の波動を受けても問題は無い。

水に水を足しても水であることは変わらないことと同義。

これを喰らって、存在している者など――



「まだ、ですよ・・・・・・」


黄金の奔流の中、ファルファレナはその声を聞いた。

見れば、全員がいまだに形を保っている。

体が光る粒子となって、消滅しかけ今にも存在が霧散しそうだが、それでも立ち上がる。

アラディアの魔術によるものもあるだろう。しかしこの奥義は彼等の魂に直結している。

それに抗うということは、天国を望みながらも今を望む、矛盾した心の現われに他ならない。


だが相当の負荷であることは変わらない。

今も全員が消滅しないように食いしばるので精一杯。

いわば水で満杯のコップ。あと一滴でも水が垂れれば、たちまち均衡は崩壊する。

だからその一滴を垂らすべく、ファルファレナが槍を振りかざそうとしたその時。


「ッッッ!!! これは、」


はるか遠方から届く神気。

隠そうにも隠しきれない清廉かつ荘厳な神威。

瞬く間に縄張りを覆い尽くす、神々の詠唱。

その言祝(ことほ)ぎは・・・・・。



次回、祓詞

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