第十二話 炎の死
前回、蝶蛾の詠唱
「・・・・・・え?」
呆然とする美羽と蛍。今眼にした全てが信じられなかった。
世界を揺らす詠唱と共に、顕現を発動したファルファレナ。
しかし決定的な何かが起きる前に、美羽の顕現が彼女を破壊した。
完全に壊れた。現にファルファレナだったいくつもの破片は、縄張りの大地に飛散し大気に溶けた。
美羽のもたらす破壊は治癒不可能の業病。
その肉体も、精神も、魂も。完全に砕け散った以上勝負はついた。
そうである、はずなのに。
「――な」
「うそ・・・・・」
二人の驚愕の声が漏れる。
突然、どこからともなく破片が一点に収束した。
ガラスの破片が集い、隙間一つ無く合わさる。
脚が形成される。腕が形成される。胴体が形成される。頭部が形成される。
その姿は、先ほどまでのファルファレナと同じだが、微細な点で異なっていた。
黒い長髪と黒い軍服は、白く白く、羽化した直後の蝉のように神々しい白に変わっている。
白く染まりベールを纏ったかのようなマントと軍服は、エメラルド色の脈が通り、虫の濡れた羽を連想させた。
腰から下。まるで蝶の翅のように純白のスカートが伸びる。
服と髪以上に白く染まったその肌は、陶磁のような滑らかさと美しさを兼ね揃え、清白なその身を世界に曝す。
蛾の覚醒。蝶の羽化。
蛹を破り、蝶が羽ばたく。
異常事態を目の当たりにして、美羽と蛍は指一本動かさなかった。
否、動けなかった。
その現象に対する驚愕もあるが、何よりもファルファレナが発する気に圧されていた。
本人にとっては何気ないもので、ただ存在するだけで勝手に放たれているもの。
それは今までもそうだったが、しかしそれまでの何千倍もの膨大な力の津波となって二人を襲う。
蛇に睨まれた蛙、なんてものじゃない。
まるで至近距離で火山が噴火するかのような、その前兆を肌で感じる緊迫感。
唾を飲み込むことさえ忘れ、ただその、今にも爆発しそうな力に瞠目する。
過去最大の悪寒と震えが、全身を何度も何度も駆け巡って止まらない。
考えるまでもない。あれは駄目だ。
有無を言わさず魂に直接叩き込まれるその意思。
骨が軋み、魂が潰れかねない圧力が全方向からのしかかる。
一瞬でも気を抜けば霊魂が滅茶苦茶に引き裂かれかねない。
その姿を目に映すだけで眼球に罅が走り、肌が裂けて血が迸る。
熾天使の二人でさえこの有様。
ファルファレナという『情報』が及ぼす周囲への影響。その甚大さ。
もしも彼女が葦の国に降臨すれば、それだけで空間が消滅し辺り一面が絶無と化す。
この感じ・・・・・・初めてファルファレナと対峙した時を思い出す。
あの、彼我の間に離れていた絶対的な差。
熾天使となってようやく並んだのに、その隔絶した差が再び開いていく。
ファルファレナは両手を握り開いて、変化した自分の調子を確かめる。
それだけの微少な動作で、果たして葦の国全体の何割が潰れるのか、皆目見当もつかない。
「ふむ、なるほど」
小さい確認の声。彼女にとってはそれだけの意味しかないが、二人にとっては破滅をもたらす歌声。
消滅しかねないこの状態で、二人は千切れそうになる自分の魂を全力で留めることで精一杯を保ち続ける。
「まだ、か。
まあいい。第二プランに移行するだけだ。何の問題もない」
彼女にしか理解できない言葉で、一人納得し再び二人に対面するファルファレナ。
その視界に二人が映る。たったそれだけなのに、二人にさらなる重圧が加わった。
「あぐッ!!」
「――っ」
立つことが出来ずに膝を突く。まるで巨人の手に押さえつけられているかのような圧迫感。
骨が折れる音が連続する。内臓が耐えきれず潰れ、血管一つ一つが千切れていく感覚を味わう。
何もしないでも肉塊になっていく身体。
直視したら砕けそうな心。
既に潰れかけている魂。
限界を超えて、それでもなお必死に耐えていた二人。
致命的な傷が入るその前に――
「やれやれ、どうやら我々は掌で踊らされていたようですね」
躍り出る一つの影。
ファルファレナの前に立ち、二人を庇う者がいた。
桃花・店長、否笠。第一到着者は彼のようだ。
「店、長・・・・・・」
「二人とも、よく今まで持ちこたえてくれました。
あと少しすれば全員集まります。
まあ、今のファルファレナを前にして『それでも自分たち二人で倒したい』と言うのであれば、いらぬ世話になってしまいますが」
まさか。既に二人の思考から、あれに勝てるなんて楽観は根こそぎ消えていた。
ゲームでレベルが100、200上がったとか、そんなものではない。
まるで立っている世界そのものが違うような異次元の神威。
その霊格は先ほどまでのファルファレナとさえ比較にはならない。
「逆に聞くが、全員集まっただけで足りるかな?」
静かな笑みを携えて、ファルファレナは否笠の言葉に反応する。
その視線が否笠一人に集中させる。
それだけで彼の身には並々ならぬ重圧が加わるが、それでも老人の表情は変わらない。
「さあ、どうでしょう。何事もやってみないと分からないことだってあるでしょう?
私一人なら今すぐ逃げ出したいところではありますが、あいにく後輩がいますのでね。
それに、貴方を放っておいたらとんでもないことになりそうですから」
「ああ、間違ってはいないだろうね」
ファルファレナはその右手を動かす。
獅子と対面した鼠のように、否笠に庇われている二人は怯えながらその所作を注視する。
その手の先は自らの左胸。正確にいうなれば左胸に突き刺さっている槍へ。
その柄を取り、引き抜く。
血は出なかった。刃が突き刺さっていた箇所の傷は、そもそもそんな傷などなかったかのようにすぐに治癒する。
心臓を貫通していた槍の穂先。彼女自身を殺し続け、本来の実力に封をしていた本命の武器を、ついに右手に持つ。
くるくると手の上で遊び、何年ぶりかの獲物を最短の動きで身体に馴染ませる。
「君たちは第一プランで到達出来なかったときに用意された第二プラン。
私が超越の域に至るために差し出されたスケープゴート。
今さら逃げ出すことなどできないし、そんなことは私が許しはしない」
再び、彼女だけにしか理解出来ない言葉を紡ぐ。
緊張を加速化させる二人の心に、突然声が聞こえた。
(美羽さん。蛍君。聞こえますか?)
(この声、店長ですか?)
(ええ。二人の間で構築されたネットワークに私も参加しました。
伝えたいことがありますので聞いてください)
否笠の言葉に、二人は一言も聞き逃さないように集中する。
(見て分かる通り、今のファルファレナは先ほどまでとは別格の存在です。
真っ正面から戦っても勝てはしません。私も無理でしょうね。
可能性があるとしたらアラディアさんか、焔君ですか。
ともかく二人かどちらか一人が来るまで粘る。当面の戦略はそれでいきましょう)
((はい))
二人は即答する。二人が思考しても、それ以外の良案は他になかった。
逃げる、という選択肢はない。ここはファルファレナの縄張りの中。主である彼女が逃がしはしないと宣言したし、背中を向けたら瞬間に殺されると直感で分かる。
ならば一分一秒でも生をたぐり寄せる。それしかない。
正直戦闘になるかどうかすら分からないが、それでも生き延びてみせる。
三人の意思は定まり、確固たる想いを持ってファルファレナと向かい合う。
対する彼女も、三人が自分に向かってくることは分かっていた。それしか取れる手がないことも。
だからこそ戦意をみなぎらせ、再び開戦の合図を鳴らす。
「くれぐれも、腕の一振りで終わってくれるなよ?」
ブンっと、槍を持つ手は暖簾を押すかのように、いとも軽々しく振るわれた。
だが、
「!!?」
「なッ!?」
「――!!」
轟っ!!!!!と、世界の終焉を想起させるような爆音が、縄張りごと吹き飛ばす衝撃として響き渡る。
無色透明な力の壁が空間を消滅させながら押し寄せる。
天地がめくれ上がり、大地が奈落を覗かせた。
衝撃は神速の速度を誇るため、同じ域にいなければ対処も行動も不可能。
エンケパロスの無限の力に近いが、これはあんなものとは、比べることすらおこがましい。
質が違う。量が違う。その他全てが次元違いの暴威を発揮する。
それに対して、破壊と創造と否定が真っ向からぶつかった。
有象無象問わず根源から破壊し、完全無力化したうえで無害なものへと再創造し、否定原理をぶつけることで自壊させこの世から抹消する。
己の持つ必殺。絶対と疑わない顕現。三種のそれが直撃すれば、いかに熾天使であろうと敗北は必須。
それでも天地を轟かす衝撃はそれらを押し破り、時空次元を突き破る荒波が三人に押し寄せる。
対処したのは蛍。自身の顕現が通じないと分かるやいなや、すぐさま三人をファルファレナの後方500メートルに移動させる。
そうでなければ、三人は地平線の先まで広がる激震に呑まれ、粒子の欠片すら残らなかっただろう。
美羽が、蛍が、否笠が。それぞれ顕現を使い威力を減衰させてもなお、その槍の一撃は葦の国そのものを壊滅させる威力を持っていた。
(なんだ、あれは・・・・・・)
蛍はかつてない驚愕を抱きながらも、ファルファレナから目を離さない。
それは先ほどから感じていた違和感が、表面化したことへの衝撃だった。
蛍の顕現は想像のクオリティが高ければ高い程効力が上がる。
その性質上、桃花の誰よりも高精度かつ鮮明な想像力を持つと自負している。
例え相手が自分より実力が遙か上でも、明確に、詳細に勝てるビジョンを思い浮かべ、それを100%そうなると確信できるまで蛍はイメージトレーニングを積み重ねた。
常人の想像力など遙か超えている。こと自分の土俵では他者には負けない矜持とプライドがある。
蛍に限らず、顕現者は全員そう。
なぜなら彼らにとって、自らの顕現は全ての因果が集結する想いなのだから。
だが、ファルファレナは違う。
常人の想像力を遙かに凌駕する、想像の専門家である蛍からしても、勝てるビジョンが欠片も見当たらない。
想像することさえ出来ない。あまりの実力差ゆえに蛍自身がそう思えないという事実もあるが、決して主観的な理由だけではない。
想像は個人が持つ絶対の権利。現実でそうなるならない以前に、想像することだけは万人に与えられた共通の権利。
蛍の想像内でファルファレナを何万回も殺すことはできる。殺せないまでも封印し、逃げ切るイメージなど何回も繰り返してきた。昨日のイメージトレーニングはそれに費やしたのだから。
現実で勝てないまでも、想像の中で殺すことはできる。
しかし、目の前の咎人はそれさえ許さない超越性を発揮している。
今も蛍がファルファレナを倒し、殺す場面を想像しようとしても、それができない。
別に他者の精神に干渉しているわけではない。
想像可能な領域を超越したということだ。
「いやはや、辟易しますねその強さ。
単なる熾天使の領域を大きく超えている」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴するよ老人。
しかし駄目だね。上手く調整できなかった。
力を扱いきれなかった、あるいは手に余ったとも言うね。
それは良くない。赤子に核爆弾のスイッチを渡すようなものだ。
知識と技術と裁量を持つ者こそが、正しく力を扱う権利を持つ。そうは思わないかな?」
否笠の言葉に、独自の理論を唱えるファルファレナ。
彼女の前方が全て黒一色の空間と成りはて、底の見えない断崖が作り上げられている。
腕を軽く一振りしただけでこれ。しかも本人は調整ができなかったという。
もしもファルファレナが完全に力を御したうえで、自らの全力を放ったとしたらどうなるか。
想像することができないが、それだけは絶対に駄目だとは理解した。
一太刀目に続き、放たれる二撃目は刺突だった。
神槍の穂先の進路方向は、まずそれが向けられた時点で物質がエネルギーすら残らず砕け散り、槍の突きで全てが瓦解する。
落雷を数万倍にも倍増したかのような途方もない轟音。
まるで巨大なトンネルが空いたかのように、貫通痕が黒い穴となって縄張りに残る。
当然、その先にいるのは桃花の三人。
一撃目よりも断然精度が増したその刺突は、回避を許しなどしない。
あわや必殺。そう思われたその時――
「酒池肉林――顕現 狂宴怒濤催す酒神」
三人の前に立つ一人の女性。霞。
否笠に次いでこの場に到着した彼女は、即座に顕現を発動しその刺突を受け止める。
酒海が広がり、肉と果実をつけた木々が生い茂る。
ファルファレナの楽園とはまた別種の楽土が誕生し、即座に蝶の縄張りを浸蝕する。
展開される、世界という最大単位の質量。自分自身を盾として否笠たちを守る。
だが、
「――ぐぅっ!!」
その刺突と世界がぶつかりあった瞬間、圧倒されたのは霞の方。
押し寄せる衝撃。それは比喩でもなんでもなく、霞たち無数の存在が住まう葦の国を粉砕する力を有している。
高天原、葦の国、堅洲国。その三界の内一つを微塵にする超威力。
熾天使の器とはいえ、到底霞が受け止められるものではない。
目と口から血が飛び散る。噛みしめた歯が砕け、世界の崩壊に合わせその身が砕け始める。
結果として稼げた時間はわずか刹那ほど。
しかし、その刹那があれば充分だった。
「生き残りたい。そうだな?」
美羽と蛍は、耳に飛び込んできたその声を聞いた。
それに対して返答する必要はない。問いかけが終了した時点で、すでに解答は終わっている。
霞の後ろから現われた天都が、世界を崩すその衝撃に拳を叩き込んだ。
「顕現 契約」
四人の『生きたい』という想い。それに応え、天都は『なら自分が助ける』と約束した。
そして成される契約。
顕現の効果に加え、協力意思によってそれが限界知らずに倍増される。
脅威的な自己強化を成し遂げた天都の拳が、しばし刺突とせめぎ合った後、その衝撃をかき消した。
「ははっ、やるね。さすがだよ」
自らの攻撃を打ち消した天都に対し、狂笑を浮かべたファルファレナは、今度は横薙ぎの一撃を放とうとする。
万象全て藻屑と化せと、全力の数割を込めて天都を潰すに足る威力を込める。
「攻撃強化」
その時、ふと聞こえた声。
音源はファルファレナの背後から。
「攻撃強化、攻撃強化」
唱えられるのは自己強化の連続。
摩利支天の真言を唱え、不可視化していた集は、極限まで力が込められた右腕を槍のようにファルファレナに突き出した。
「コンバート 三重奏!!!」
至近距離で放たれる攻撃特化の拳。
平時と比べてその威力は、指数関数的な増大とか、矢印表記的な増加傾向とか、その他数学的な表現では表わせつくせない程の力を誇った。
こと単純な威力であれば、先ほどキラナに放ったものよりも上。
熾天使さえ滅ぼす域で放たれた鉄拳に他ならない。
嵐のように風が吹き荒れ、
津波のように全てを押し流す。
だがファルファレナにとっては、人差し指一本で抑えるに事足りるものだった。
「んなっ!?」
驚愕。しかし集の脚はまるで予見していたかのように、その場を離れる。
この一撃で倒すという、それ以外の思考を排した絶対の想い。
しかし、もしもこれで倒せなかった場合すぐさま退却するという算段。
両者を矛盾させず、なおかつ最大出力と最大効率を発揮させる並列思考。だからこそ集は、ファルファレナの手による即死を免れた。
すぐさま否笠たちと合流し、全員の思考ネットワークに自らも参加する。
(すいません。急襲失敗しました)
(いいえ、むしろよく突撃できましたね。怪我はありませんか?)
(全身ボロボロです。近づく度に奴の圧力が増して、それで勢いが削がれた感じです。
並の攻撃だと届く前に消えますよ)
(――――、――――――)
否笠と集の会話。その言葉通り、集の服は内部から血に塗れ、特にその腕はあらぬ方向に折れ曲がっている。
ファルファレナに近づいただけでこれだ。太陽に近づけば蝋の翼が溶け落ちるように、彼女に近づくことそのものが自殺行為。
一体どれだけの霊格を持てばこんなことになるのか、皆目見当もつかない。
(っ、来ます!)
わずかな間も目を逸らさなかった美羽が、ファルファレナの動作から次の攻撃を読み取る。
単なる力任せの一撃であれば、先ほどのように天都や蛍に対処される。
ゆえに、完全に自らの力を調整し終えたファルファレナは、次に放った槍に自らの術技を組み合わせた。
ぼやけ、幾重にも重なった彼女の像。
現実の同時配列。それに思い至った美羽と蛍は、凍えるような悪寒と共に全員にその危険を知らせる。
世界に刃の華が無数に咲き誇った。
虚空から距離を無視して押し寄せる槍の大輪。
可能性の有る無しにかかわらず、全ての己を召喚し現実に配置する。
世界を覆い尽くした絶槍は、その一つ一つが葦の国を崩壊させるに等しい力を有している。
たった一つの攻撃に死力を尽くして対処していた桃花の顕現者を、嘲笑うかのようなその所業。
刃の海は瞬く間に全員を飲み込み、猛獣のように致死必滅の牙を突き立てる。
「模倣顕現 ヌメロス!!!」
即座に先ほどと同じ対処法を実行する蛍。
無限の現実が押し寄せるなら、無理矢理一つに収束させてしまえばいい。
先ほどはそれが出来たし、ここにいる全員の協力意思が乗っているのならなおさらに可能。
しかし不運は、ファルファレナの実力が先ほどとは段違いのものだということ。
数学の領域に押し込むその干渉を力任せに破壊する。
結果として刃の一つも減らすことができない。
全方向、全方面。360度の角度すら超えて押し寄せる槍の穂先。
まさに絶体絶命。桃花の粛正者は何も出来ず蹂躙されるのみ。
これで終わりかと、若干のつまらなさと共にファルファレナは目を細める。
全ての現実が、突如同じように発生した無数の現実に押しつぶされるまでは。
「?」
ゴバッ!!と、突然発生した連鎖的な爆発が視界の全てを覆う。
それは否笠たちだけを対象外に、彼らを食らおうとしていた刃の牙を全て吹き飛ばす。
パラパラと空間に撒き散らされる刃の欠片。
当然、ファルファレナも爆発に巻き込まれる。凄まじい衝撃は彼女の身を叩くが、莫大な質量を有するその身には僅かな火傷の痕すら残らない。
視界が晴れれば、生き残っている桃花の顕現者。足下に広がる無数の折れた刃。
何が起きた。ファルファレナがその解答に行き着く前に――
ズドッ!!!と、その胸に光る杭が突き刺さった。
「ッ!!?」
輝く杭は打ち込まれた瞬間、開花したかのようにその総身を変化させる。
それはまるで打ち込む釘のように、突き刺さった箇所から何回も何千回も同じ効果を叩き込む。
「ったく、面倒な姿になりやがって」
忌々しげな男性の声。全員の視線が音源に向けられる。
そこにいたのは魔術王アラディア。
遅れてやって来るのはヒーローの特権だと言わんばかりの登場に、思わず美羽たちの顔は緩む。
「アラディアさん!!」
「お前らもなんだその無様な体たらくは。
蛇に睨まれた蛙みてえにビクビクしやがって。
ともかくこれで終わりだ」
その魔術で全てを表現するアラディア。その彼が今放った魔術は変質の魔術。
打ち込まれた杭は対象の霊質や有する意味内容を粉々に打ち砕き、その次に対象を完全に無能化させる。
よって今のファルファレナはその身が残らず改変されている。
変性。変化。改竄。改造。浸蝕。侵害。初期化。
自らの属性、性質、定義、過去、人生、実存、霊格。最も大切なものが、存在ごと粉々に破壊され低質劣化。
今のファルファレナは、一般人以下どころか、赤子に匹敵するほどの弱小さしか持たない。
アラディアがそう表現したのだから、そうなるのは当然のこと。
だから杭が突き刺さった瞬間に、勝敗は決するのだ。
くの字に折れるファルファレナの身体。抑えがたい痛みに耐えるように、苦悶の表情を浮かべる。
「ふっ、はは、ははは」
聞こえてきたのは笑い声。
肩を震わせ、ファルファレナは自身に打ち込まれた杭に手を当てる。
それは、敗北を認め、相手の強さを認めたゆえに笑ったものではない。
「これのどこが終わりだと?」
杭を撫でる。
たったそれだけで、アラディアの魔術が汚れを拭き取るかのように消えた。
ファルファレナに苦悶の表情はない。全身を粉砕され、指先どころか霊質の一片までも変質した、その跡すら消えている。
アラディアの絶対の魔術が、全てを表現する魔術が、容易くかき消される前代未聞。
その顔は、先ほどまでと同じく余裕を滲ませる笑みを浮かべていた。
眉をひそめるアラディア。
それはファルファレナが自分の魔術を打ち破ったことに対する疑問が一つ。
そしてもうひとつ、
「目眩ましを破った程度でなに笑ってやがるんだ?」
今度こそ、ファルファレナの顔から笑みが消えた。
代わりに彼女の眼前に現われる影。
「攻撃強化 攻撃強化 攻撃強化 攻撃強化」
唱えられる言葉は、先ほど集が発したもの。
質量、強度、密度が急上昇し、平時など比べものにならない威力を実現する。
しかし今度は変換の対象が違う。
「コンバート 四重奏」
集が触れているのは美羽の左腕。
集の顕現『変換』は本来、自分以外の他者に対して使うもの。
彼自身が一種の変換器となり、対象を高位の存在へ引き上げることも、低次の領域へ引きずり落とすこともできる。
今回は前者。単純に美羽の攻撃を最大限にまで引き上げ増幅させた。
それに加えて、桃花全員で一体化させている協力意思。それにアラディアも参加する。
蛍と二人で使用していたときとは段違いに跳ね上がる霊格。
それは美羽の身が内側から破裂しそうになる程の量。
今のファルファレナは強大な力を得て油断している。防壁を一つも張っていないのがその証拠。
その隙を狙って一撃を叩き込む。先ほどの集と否笠の会話に、アラディアが介入して提案した作戦だ。
だからこそ
全てを破壊する終撃が、その身に叩き込まれた。
衝撃は天を裂き地を割って海を蒸発させる。
その一瞬だけは、ファルファレナが放つ一撃すら凌駕した。
目を丸くする暇もなく、ファルファレナに突き刺さった黒腕が、彼女の上半身を粉々に破壊する。
有無を言わさず破片となる彼女の身体と魂。
(やった!!!)
それだけに留まらない。念には念を入れる必要がある。
否笠はファルファレナが滅んだという事実以外を否定し、全ての可能性から彼女を消去する。
霞は空間内を浸蝕し自らと一体化させ、彼女の痕跡の一切を洗い流し抹消する。
しばし沈黙する桃花の店員たち。
何かが起きる気配はない。
ファルファレナが復活する前兆もない。
しかし縄張りが崩れない。
一人、アラディアはファルファレナが破壊された場所を注視して、そして舌打ちした。
「ちっ、駄目か」
「え?」
「構えろ。まだ終わってない」
全員に注意を呼びかけるアラディア。
その直後にそれが発生した。
「――!!」
どこからともなく飛来するガラスの破片。
それが一箇所に集い、人型を構成し、元の形を形成する。
あっという間に、ファルファレナの原型を取り戻した。
弱者の足掻きを嗤うように、その顔は愉悦に薄く歪んでいる。
「死は試練。再生は克服。
さながら燃え上がる蛾のように、新たな命を伴って復活する。
私はそれが得意でね。私の顕現にもその傾向があるんだ。
つまり、私を殺せば殺すほど、さらに強大な力を得て蘇る」
否、彼女の顕現はそれだけではない。
仮にアラディアが魔術を用いてファルファレナを未来永劫封印したとしよう。
万象を表現する彼にはそれが可能だ。しかしファルファレナは『自分を封印した』という事実を試練とみなし、それを自動的に乗り越えて克服する。
だからより正確にいえば、彼女に干渉する事実全てに発動する上昇顕現。
油断などしていなかったのだ。防壁を一つも張っていないのは、むしろ自分が殺される方が好都合だから。
再び放たれる美羽の破壊爪。
先ほどと全く同じ手順で、されど更なる破壊を巻き起こす。
羽化したファルファレナをも打ち砕いた一撃。
その爪を止めたのは、ファルファレナの左手。
破壊の全てを包み込み、握り潰す。
結果腕どころか、掌に欠けた箇所すらない。
信じられないものを見る美羽と対照的に、ファルファレナは当然のことだと言わんばかりの冷ややかな表情を浮かべる。
彼女の言葉は真実のようだ。美羽の顕現をもはや歯牙にもかけず、克服してさらに上の領域へと辿り着いた。
破壊が通じない。ならばそれ以外はどうかと、飛び出したのは蛍、否笠、集。
再創造の長剣を突き立て、否定の剣で全身を切り裂かれ、変換の拳をその身に食らう。
その全てが協力意思の恩恵を得て、桃花店員全員分の霊格から繰り出される。
一瞬のうちに三度滅びるファルファレナの身体。
破片も残らず吹き飛んで死滅する。否定され、再創造され存在が消される。
しかし、それら全てファルファレナにとっては歓迎すべきことだ。
その死を、滅びを、供物として自らに捧げる。
炎に焼かれて死に、されど再び蘇る。
不死鳥が死んで灰となり、その中から虫として再び産まれるように。
加えて蝶の顕現は上昇。今よりもさらに高い処を目指す力。
そこから発生するものは、死してもその死因を克服し強大化して蘇る不条理。
破壊、創造、変換、否定。それらを食らって微動だにせず、ようやく殺してもさらに力を増して蘇る。
殺しても殺しても強化されて復活するなど、悪夢以外の何でも無い。
炎に舞う夜蝶は螺旋を描き、自らの総合力が各個上昇していく。
増していくのは霊格でもあり、それに続いて攻撃や防御でもあり、精神や魂でもある。
神化のさらに先、超越の領域まで最短速度で踏破する。
彼女の顕現は、彼女の魂はそのポテンシャルがある。
だからこそ、ガブリエルが目をつけたのだから。
「手品は出し終えたかな?
なら粛正機関・桃花の霊格を喰らって終わりだ!!」
ファルファレナの背後。そこから蒼白い紋様が空中に浮かび上がる。
それは一対の蝶の翅。放出された鱗粉が宙に輝く。
蛾の翅に浮かび上がる目玉模様が怪しく輝くと、それから発せられる衝撃。
魔眼。その正体は、不幸を投げる邪視だった。
それを至近距離で食らった者は体内の攪拌を止められはしない。
焼き切れる神経。
破裂する三半規管。
循環系と神経系の器官が残らず炸裂。
熾天使でさえ内部から爆発は免れない凝視。
「っ!!!」
その通りに粉砕された美羽の身体。
しかし同時に走る破壊の罅。
バキン!と破砕音と共に、現実が破壊され美羽が出現する。
現実の破壊による不死。しかし上手くはいかなかった。
本来なら万全の状態で舞い戻るはずなのに、身体が三割削れている。
抉れた肉は完全には治癒せず、いまだ脳内の混乱は収まらない。
傷が深すぎるのか、ファルファレナが与える現実が重すぎたのか。
自分の不死性を貫通される。今まで経験しなかったその事実に歯噛みする。
それは蛍もそう。
本来死なないことに関しては桃花トップクラスの性能を持つ蛍。
その想造で、自分を無数に展開し、例え死んだとしても死んだ後で自分を創造する荒技で何度でも蘇る。
そんな反則技を使う蛍にも、唯一弱点が存在する。
それは『自分の想像を超える一撃を食らった場合、問答無用で死滅する』こと。
実際にそれを体験したわけではないが、一種の天啓のように、なんとなくそうなるということは分かっていた。
どういう理屈かは分からないが、想像できない=自分の負けを認めたという判定になるのかもしれない。
もちろん並大抵のことではない。
これまでの人生のほとんどを『想造』と共に過ごしてきた蛍。彼の異次元の想像力は前述済み。
その彼をして想像できない、なんて異例は過去を遡っても数件程度でしかない。
しかしその異例が、今目の前にいる。
想像できない。想像させない。そんな異次元の実力を持つ咎人。
彼女は、蛍を想造ごと紙のように破って捨てるだろう。
ファルファレナの全霊を乗せた槍は、蛍など一撃で万は砕く。
つまり一発も食らいたくない。無論それがどれだけ困難であるかは言うまでもない。
しかしその不可能を成し遂げなければならない。
蛾の魔眼によって遠のいた桃花の顕現者。
蝶蛾の翅を帯びたファルファレナはその隙を逃さず、一瞬の溜めの後に、羽ばたく。
そういえば今まで彼女は一歩も動いていなかった。
そんなことを思っている間に、美羽の身体が腰から真横に二分された。
「――ッ!!!」
速い、なんて言う暇もない。
現実を粉砕し万全の自分を用意する。
しかし再生は不完全。二分された傷跡は残り、左腹が抉れ臓器を覗かせている。
何回も攻撃すれば削れる。それを確信したファルファレナはさらに攻めを加速化させる。
その速度。美羽が全く反応できず、ファルファレナに攻撃されてようやく気付く程度。
二撃目が飛んでくる。自分の頭部を貫く槍の穂先が直前にまで迫ったところで、二人の間に割り込んだのは天都。
左手で槍を殴りつけ、美羽の襟を掴んで退却する。
追撃を加えようとしたファルファレナ。
だがその全身が氷で包まれ、棺となる。アラディアの魔術だ。
しかし時間は一瞬。彫像と化したファルファレナがニヤリと笑うと、時すら凍える凍気が内側から爆散し、さらなる上昇を遂げたファルファレナが復活する。
稼いだ一瞬の間に、桃花の面々が行ったのは陣形の作成。
霞が後退し自分の顕現で世界を侵略する。空間の占有権を咎人に渡さず、生み出される津波と樹々でファルファレナを妨害し、なおかつ味方の後方支援をする。
中衛に構えるのは美羽、蛍、集、否笠の四人。それぞれが攻め入る隙を伺い、ファルファレナの攻撃に備える。
前面でファルファレナを抑える天都とアラディア。顕現により超強化された天都はファルファレナとさえ打合い、アラディアはその魔術で彼女を何回も消し飛ばす。
それらを全て、思考のネットワークを行わずとも刹那の間に成し遂げる。
リハーサルや予行練習を行ったことはない。それでも一致する彼らの息。
伊達に数年同じ職場で働いていたわけではない。どのような状況下でどのような動きをするか、仲間内では意識せずとも知っている。
どこからともなく立ちこめる酒のほのかな香り。それを吸引すれば天にも昇る歓びと共に、全身が沸騰して酒となる。
空間を占有して四方から飛来する津波の棘と樹々の槍は、味方だけを避けて咎人に押し寄せる。
否定の顕現がファルファレナの行動を一々否定する。打ち消し、抹消し、彼女の存在ごと消そうとする。それを宿した剣の一閃は直撃すればファルファレナだって削れる。
無数の武器群と無数の魔獣が虚無より生じる。刃と牙を突き立てるが、それは目眩ましにすぎない。
本命は蛍と美羽が放つ必殺。長刀から放たれる極光と、美羽が放つ黒紫の波動。それが咎人に押し寄せる。
集は変換を行い全員の強化を計る。
最前線で戦う天都は、打撃とワイヤーを交互に駆使し、ファルファレナとつばぜり合う。
アラディアは魔術によっても攻撃し、何よりファルファレナの攻撃により味方に害が及ぶのを妨げる。
まるで多数の人間が荒れ狂うモンスターと戦っているかのような絵図。
そしてそれは比喩ではない。羽化したファルファレナは、粛正機関からしても怪物と呼ぶにふさわしい暴威を発揮する。
熾天使七人分の霊格を背負い、さらに契約によってその霊格を底上げしている天都。
その彼でさえ気を抜けば、一瞬で咎人の槍に全霊格ごと貫かれることは必至。
自身を抹消する否定を放つ気だけで霧散させ、飛んでくる白の極光と黒紫の波動を一瞥しただけで引き裂く。
空間を多う霞の酒界。陶酔の強制と現実の剥ぎ取りを知らんと踏みにじる。
押しかかる世界の改変。法則の強制。それを自らも発する法則の強制で鬩ぎ合い、鬩ぎ合った途端に他者の法を圧倒的出力によって淘汰する。
単純な力だけでこれ。しかも彼女はそれだけに留まらない。
一瞬ごとに強大化するその攻撃、防御、速度。既に羽化した時点の自分さえ幾十と上回っている。
魂を燃やし、強く想うことで自身を永続的に強化する。それは全顕現者に共通で、全員が行っていること。だからそれ自体は珍しくない。
しかしファルファレナの場合はその成長速度が並大抵のものではない。
どこまでも空高く飛んでいくファルファレナに対して、地を這う蟻の速度など遅すぎる。
それゆえに両者には開きがでる。到底埋められない差が。
それに加えて彼女は巨大な力を持つだけの赤子ではない。
学んだ知識。培った技術。
量子的平行宇宙の理論。無数を超える並列思考。冴え渡る直感。戦闘経験による擬似的な未来予知。体術武術魔術戦闘術・・・・・・。
それら全てが総和となって、ファルファレナをさらに手の届かない高みへ押し上げる。
自らが学んだ技術で、その暴力を100%以上に引き出す。
先ほど彼女自身も言っていた通り、本当の強者とは力に加え知識や技術と裁量を併せ持つ者。
総合的な能力が高ければ高い程良い。それが戦闘であればなおさらに。
その想力で全ての顕現をねじ伏せ無効化しているファルファレナだが、アラディアの魔術だけは別だった。
何もかもを表現する域にいる魔術王の秘儀は、上昇を続ける蝶蛾にさえ通じる。
そのアラディアが次に打った手は精神干渉。
ただでさえ超質量を誇っていたファルファレナの精神。それが羽化し、もはやいかなる形容も適さない強力無比の心。
それに干渉するなど同格ですら不可能。しかしアラディアはそれを可能にする。
したことは感情操作。記憶の捏造。精神屈服。顕現の発動解除。
感情の操作で発狂と恐怖以外の感情を喪失させる。
記憶の捏造で過去を操る。アラディアには勝てないというイメージを心の深層にまで刷り込み、その牙をつけ根から抜き取る。
精神の屈服で心を完全にたたき折り、自ら敗北を認めさせる。
顕現の発動を解除することで、延々と続く上昇を止める。その顕現が厄介なら、そもそも使わせなければいいだけの話。
それをファルファレナの内部で固定し永続化。時間の経過による劣化を認めない。
それを真っ向から喰らい、瞳から色を無くし、糸の切れた人形のように事切れるファルファレナ。
自らが敗北を認め、戦闘を続ける気概をなくし、自身の願いも目的も一切忘却する。
顕現の解除に伴い、今まで続いていた上昇が止まる。
これで終わると、そう想う予感が二割。
しかしこんなもので終わらないと、そう想う予感が八割を占めるアラディアの思考。
果たして結果は後者だった。
感情を失ったはずのファルファレナが笑う。そして内側から燃えて破裂。
バラバラの破片となって宙を舞い、破片が宙に止まって元の形に戻る。
自ら敗北を認めても、顕現を止めても、何の支障もなく復活し戦闘続行。
それすら自らが上昇する糧とする。
一度羽ばたいた蝶を止めることなど不可能。
それに呆れながら、アラディアは次なる手を試行する。
だがその前に、
『常世の神を祭らば、貧しき人は富を致し、老いたる人は還りて少ゆ。
香の実稔る常世より、海渡りて不死給え』
唱える術。それは召喚。
世界の内で、ただ観念と化した神なる魂。
自らの色に最も近いそれを、この場に呼び寄せる。
ファルファレナが地に当てると、数多の文字が規則正しく整列し、召喚門を構成する。
縄張りの大地に広がる神々しい文字。それがいっそう輝いて、どこか堅洲国とも違う位相へと繋がる。
地鳴りが響き、鳴り響く轟音と共に大地に造られた境界が砕け散る。
そしてシャチのように飛び出る巨体。
竜のようなその身体。天を目指すように大地より飛び出し、やがて縄張りへ落下。
縄張りを覆い尽くすその影は――
「ちっ、神霊かよ。面倒なやつ呼び寄せやがって」
アラディアが忌々しげに舌打ちをする。
それもそのはず。ファルファレナが呼び出した存在は純度100%の神霊なのだから。
本来神霊の召喚など、それも力の一端ではなく本体を呼び寄せるなど、熾天使でさえできることではない。
平行世界を超えて膨大な信仰という想念を一身に背負う神霊は、数価で表せない超多大な霊格を持つ。
ファルファレナがそれを成し遂げたのは、ひとえにその霊格の膨大さゆえ。
その正体は醜悪で、されど神聖な姿形をした巨大な芋虫だった。
玉虫色の外皮に多数揃える短い足。
美醜相混じったその姿は恐るべきものへの畏敬の念を魂から呼び起こす。
その正体は、日本において常世神と呼ばれた古き神である。
純粋なる神の降臨。それだけで周囲への被害は甚大を通り越す。
召喚者であるファルファレナとも違う神聖性。神という存在が纏う神秘のベール。
人の規格にあるものを例外なく平服させ、刃向かう立ち向かうという選択肢が思考から吹き飛ぶ神威。
熾天使の位階にある者でさえ、畏敬の念を心より抱く超越存在。
天地創造の前兆を思わせるその威容。それさえ神が発する力の一端に過ぎない。
神の音域を轟かせ、巨体を揺らす常世神は桃花の顕現者に襲いかかる。
通り過ぎるだけで爆発的な嵐を発生させ、その嵐を引き裂き巨大な芋虫が桃花の陣形に頭を突っ込んだ。
それだけで縄張りが傾き、天地上下の感覚が消失する。
直撃を避けた面々。しかし天都、霞、集、アラディアが衝突に巻き込まれ分離してしまう。
(!! 皆さんっ!)
蛍の悲鳴が共有された思考ネットワーク内に響くが、アラディアはそれに安心しろと応答する。
(俺たちは速攻でこいつをなんとかする。それまでお前らはファルファレナをやれ)
(っ、分かりました!)
それはあまりにも無茶な要求だが、今は頷くしかない。
常世神の対処に向かうのは天都、霞、集、アラディア。
そしてファルファレナの対処をするのは否笠、蛍、美羽。
またも分断。しかも七人がかりでようやく保っていた均衡が崩れ去る。
今までになく高まる濃厚な死の気配。ファルファレナも、もはや手段に頓着する気は無くなっていた。
緊張を高める二人に向かって否笠は、
(美羽さん、蛍君。私が前線でファルファレナと打合いますので、お二人はサポートをお願いします)
いつもと変わらない笑みで、私たちに指示をする。
この場で最も実力があるのは否笠だ。彼の指示を信じ、二人は今もなお上昇を続けるファルファレナと向かい合う。
次回、助っ人




