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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 天蝶乱舞
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第十話 幕間 とある少女の決意

前回、アラディア、天都、否笠。決着



それは突然のことだった。

夜中に街の見回りを担当していた私は、突如として火災の現場を目撃した。

もちろん見逃すわけにはいかない。軍は民のためにある。考えるまでもなく私の脚はそこへ向かった。


火災現場が起きた住宅。今も燃えているその家屋から、黒い影が飛び出てきた。

怪しげなフードを被り、その腕のなかに一人の少女を抱えている。

救助者か?しかしそんな疑問は次の瞬間にはじけ飛んだ。


そのフードを被った人物は、素知らぬ顔でその少女を抱え暗闇に消えていく。

おかしい。私と彼の間に距離はあまりない。間違いなくその目に私が映っていたはず。

民を守る軍の者がいるんだ。救助者なら真っ先に飛びつくはずだ。

しかも、進路方向がおかしい。彼が消えていった方向は火災している住居の真横。普通は火災現場から逃げ出すはずなのに。

推定、誘拐犯。当然、それを追わないわけにはいかない。私は一人その人物を追いかけた。


「待てっ!!」


軍服のマントを翻し、家屋の並んだ道を疾走する。

フードを被った男?は私の声に振り返り、ニヤリと大きく笑って近くの家屋に脚を掛ける。

その壁を踏み、歩き、重力に反して上に歩いて行く。


「なっ!?」


それを見て、一瞬驚愕しながらも、けれど私は歩を止めない。

軽業師か魔術師の類だと認識を切り替え、なんらかのトリックがあるのだと片付ける。

男は屋根に上ると、そのまま次の家屋へ飛ぶ。

私もそれを追いかける。


まるで風かなにかのように、黒衣を纏った男はぴょんぴょん家屋の屋根を飛ぶ。

人を一人抱えているはずなのに、重さを感じない動き。

どんな魔法を使っているのかは知らないが、必ず捕らえてやる!


その時、目に付いたのは家屋に立てかけられている梯子。

これ幸いと、私はすぐにでも手を掛け登る。

二秒もかからず屋根に足をつけ、男に剣を突きつけた。


「そこまでだ。今すぐその子を離せ誘拐犯」

「くはっ。おいおい、随分やんちゃな軍人がいるもんだな」


フードを被った男が振り返る。声から察するに、やはり男だったようだ。

剣を突きつけたままつめよる。武器を向けられているにもかかわらず、男の飄々(ひょうひょう)とした調子は変わらない。


「それに、誘拐か。人聞きが悪いな。

俺はただ仲介してるだけだよちゅ・う・か・い。

どうせこいつはもうこの国に、この世界にいられない。粛正機関があるわけでもねぇしな。

だから連れてくんだよ。同類がたっくさんいる場所に。

つまり住み分けだよ。蛙と蛇を同じ場所で飼うわけにはいかねぇだろ?そういうこった。

つうわけで面倒なことになる前にさっさと帰ってくんないかな?」

「・・・・・?」


行っていることの八割は理解できなかったが、どちらにせよこいつの言っていることには同意できない。

退かない私を見て、はぁ、と溜息をつき、男は目を光らせた。


「ふぅん?お前もお前で面白い魂の形してんのな。

蝶・・・・・・いや、蛾か。ははっ、ちょうど良い。お前にも呪いを一つ二つ残しとくか」


そう言って、パチンと男が指を鳴らす。

途端に、ありえないことが生じた。


「!!?」


私が突きつけていた剣。それが先端から曲がっていく。

まるで蛇のような柔らかさで、鉄の固さがしなやかに歪曲する。

あまりのことに手を離すと、自分を覆う影に気付く。

いつの間にか目の前にいた男は、既にその脚を私の鳩尾(みぞおち)に食い込ませていて――



ドバァッ!!と、蹴られた私の身体は銃弾のように空を舞い、やがて重力に引かれ家屋の壁に叩きつけられる。

真っ白になる視界。やがて色とともに、痛みがこみ上げてきた。


「あ、うっぁ、はぁ・・・・」


打ち上げられた魚のように、酸素を求め断続的な呼吸が続く。

全身を激痛がのたうち回っている。少しでも痛みを和らげようと、喘ぐしかない。

骨が数本折れているのは間違いない。けど肋骨が折れて、肺に突き刺さらないだけまだましだ。


「これで少しは大人しくなったかな?」


空中から聞こえる黒衣の男。まるで重力などないかのように、私の眼前に羽毛のように舞い降りる。

脚も腕も動かない。精々男を睨み付けることが限界だ。

男は私の顔をのぞき見る。

探るような目は、私の内面を無理矢理こじ開けるような圧迫感を感じさせる。

したり顔で私の過去を暴かれているような、不快感が伴う嘲弄の目。


止めろ。見るな、探るな!!!


心からの絶叫を受け、しかし男の顔は微塵も変わらない。

数秒の後、男はふむふむと頷いた。


「目指すものは天国。その原因は父親、ね。

だいぶ模範的なお父さんなんだな。お前の憧れの九割以上を占めてやがる。

俺も天国があるなんて本気で思ってたもんだよ、昔は」


私の思考の総てを読み取ったのか、絶対に知らないであろう私の過去を、そいつは容易く暴いてみせた。

それに憤死しかねない程の激怒を抱く。貴様は一体なんの権利があってしたり顔でそれを語るのだと、苛む痛みさえ無視して睨む。


「そっかそっか。お父さんは天国に行ったのか。少なくともお前はそう思ってんのか。

総ての者が救われるべき。行き着く先は天国。

より高く、より善い処に昇ることが人の本分か。

ふぅん、じゃあ面白いこと教えてやるよ」

「・・・?」


男の指。それが私の額に押し当てられ、突如淡く光り出す。

そして、私の視界にそれが飛び込んできた。


「――っ!??」



それは物理的な衝撃すら伴う情報の羅列。

鈍器で脳髄を叩かれたような衝撃。焼き切れそうになる神経。


世界の真理。堅洲国という異世界。葦の国というこの世。

世界に仇なす咎人。鼠。

輪廻という世界法則。それに囚われたこの世は牢獄。

死んで生まれて死んで生まれて死んで生まれて死んで生まれて・・・・・・・・。

輪廻に囚われた囚人の群れ。通り過ぎる無数の亡者。

その中に一瞬見えた、その見覚えのある人影は――


「っ!!お父様ッッ!!!!!」


痛みや怪我など一切忘れて、魂の奥深くから声が迸る。

絶叫でもしないと、この魂が砕け散りそうだったから。


間違いない。やつれ、生前の輝きが嘘のように摩耗しているが、その顔は父のもの。私が見間違えるはずがない。

父は私の声にピクリとも反応せず、ただ深淵を映したような目で、下を見ているだけ。



否、それだけではない。

無数の、無限の、お父様の姿があった。



重爆撃で焦土と化した戦場。地に伏すお父様の悲惨な姿。目が飛び出し、腹が裂け、その身はグチャグチャ。凄絶な私刑の後に尊厳を砕かれ死んでいた。


――いや、いや。やめて、見たくない、見たくないッ!!


お母様以外の所帯を持ち、私以外の娘と仲睦(なかむつ)まじく暮らす姿。


――ああ、嘘だ。あんなに、私を愛してくれたのに


私に教えてくれた正義や仁義を全て忘れ、人を殺すことに快楽を見出す外道に堕ちた姿。


――駄目。だめですおとうさま。あなただけは、そうなっては


貧苦に喘ぎ、理不尽な差別や暴力に折れて、天国などないのだと諦めながら無意味に死んでいく姿。


――やめろやめろやめろヤメロヤメロヤメロォッ!!!



私の、何よりも大切なお父様が。

穢され侵され貪られ嬲られ殺されていく。


無限の地獄。無数の死。

お父様の望む天国になど、一回たりとも到達できないまま、無意味な死と苦しみを重ねていく。


急速で遠ざかる父の姿。待ってと手を伸ばしても、どんどん離れて点となった父親には届かない。




そして視界は元に戻った。

目の前には黒衣の男。薄ら笑いで私の様子を見守っている。


「で、どうだった?今見たものは」


感想を求める男に、私は過呼吸になり滂沱(ぼうだ)の涙を流しながらも、何かを言おうとする。

震える手で、荒れる声で、到底正気など保てない様で、私は先ほど見たものの正体を問う。


「・・・・・・一体、なんのトリックを、使った」

「トリックぅ?何言ってんだ。正真正銘の真実だよ。

それとも嘘の情報を見せたってか、俺が?なわけねぇだろ。

てめぇ程度を唆すのに嘘を言う必要すらねぇよ」


冷めた声で自らの正当性を主張する男。

それから、自分の目を指差して、


「お前が今見たのは、俺が知っている世界の真実。

お前がいるこの世界は葦の国のほんの一部で、そして堅洲国っつう俺たち咎人が住まう世界が別にある。

そのどちらも輪廻という世界法則が適用されて、霊魂の完全な消滅は存在しない。どれだけ生きて死んでを繰り返しても解放されない地獄ってことだ。

そんで、最後にお前が見たのはお前のお父さんだよ。

どうだった?本当に幸せになれてたか?

いいや、違う。天国なんて、どこにも存在しなかっただろう?」

「・・・・・・違う」


信じていたものが、壊れる。


「何が違うんだよ。魂は常に流転し、苦界である葦の国に生まれ続ける。

そりゃ一生を幸福のうちに終えられることはあるだろうよ。

素晴らしい父母の元に生まれて、素晴らしい友人に囲まれ、素晴らしい所帯を持ち、家族に囲まれて生を終えるようなルートもあるだろうよ。

だけどな、何度も経験する一生の、その全てが幸福なものとは限らない。

もちろん、お前の父親も例外じゃなかったって話だ」

「いや・・・・やめて・・・・・」

「おいおい、泣くなよ。まるで俺がいじめてるようじゃねぇか」


勝手に私の頬を伝う涙。それを男が嘲笑と共に指ですくう。

男の言葉に打ち震えているのは事実。その言葉を信じたくない。これ以上何も言わないでほしい。

この涙はその証明だ。



「あ~あ、困ったな~。

一時の幸せだって、どうせ刹那に消える仮初(かりそめ)の日常に過ぎない。

苦楽の境に流されて、人形みたいに何も知らないまま踊って、『君のことを絶対に忘れない』なんてほざきながら、次の生ではそれがすっぽり頭から消えてる。

果たして、んなもんに価値などあるのかねぇ?

加えて、輪廻の法を自覚すれば、魂はそれまでの全てを思い出して急速に老ける。浦島太郎もびっくりの老化具合だ。もちろんその状態で死んでもう一度生まれても同じだ。

いずれ、発生した魂の全てがこの仕組みに気付く笑えない世界が到来する。

死ねない。死ねない。消えたいと願っているのにこの牢獄から抜け出せない。もううんざりだ!!!

・・・・・・天国なんてこの世のどこにもありはしない」


私の望みを打ち砕く。私の夢を壊す。

カタカタと震える自分の身体。耳を塞いでも、男の声は一切遮ることができない。

喋り尽くした男の声は、途端に熱を失い、私にある提案をした。



「なら、自分がそれを()()()()()()()()。そう思わねぇか?」

「・・・・・え?」



聞こえたが、理解はできなかった。

男は反唱する。


「自分が皆を救う天国を創ればいいんだよ。お前もそうしたいんだろ?

それともあれか?助けて助けてって苦しむ奴らを、見て見ぬ振りをし続けることがお前の本音なのか?正義なのかよ、えぇ?」


教唆(きょうさ)の声。それは心の内で揺蕩(たゆた)っていた私の本音を揺さぶり、活気づける。

彼の意見に、頷く自分が在る。


「今のお前は魂からの絶叫を、無理矢理常識やら理性やらで抑え込んでる状態だ。

辛いだろ?苦しいだろ?もっと自分の心の声に耳を傾けてやれよ可哀想だろうが。自分をいたわれよ」


私を死にかけの状態にまで追い込んで、何を言っているんだこの男は。

けど前半部分。男が言った無理矢理自分の想いを抑え込んでるという点は、私に当てはまる。


「天国を創って、皆を幸せにしてやればいい。お前の想いもそれと合致して、なら何を悩む必要があるんだよ」

「そんなこと・・・・どうやって」

「簡単だ」


ニヤリと笑った男は、仕上げとばかりに一枚の札のようなカードを、私の軍服の胸ポケットに入れた。


「上り詰めれば良い。全てを容認する堅洲国で。

これはその通行証だ」


後はお前で考えろ。

そう言い残し、黒衣の男の形が崩れる。

闇に溶け、闇と同化し、そして消えた。

その男を追う気など、既に失われていた。




「・・・・・・・・・」


あれから30分は経過し、いまだに私はその場にうずくまっていた。

傷が痛むのが理由の一つ。けれどそれ以上に、男の言葉と彼が見せた情報が私の動きを止めていた。


自分の胸ポケットから、男が”通行証”と呼んだカードを取り出し、それをじっと眺める。

随分古風な、古紙に絵のような文字が描かれた札。

この時の彼女が知る由もないが、それは極東において霊符と呼ばれる札に酷似していた。


堅洲国という異界の情報は、先ほど知った。

咎人、鼠たちが血で血を洗う殺戮を行う場所。

殺した魂を自らのものとして、自らの霊格を高める場所。

そうすれば、全ての者を幸せにする、天国を創造することも可能。


霊格の増加は、出来ないことが出来るようになることを意味する。

一人で戦争を終わらせる実力を持てば、自軍が誰も死なずに済む。

一人でこの星を包み込む規模を有すれば、数十億単位の人間を宇宙の脅威から守ることができる。

人を救うために手を差し伸べるとして、その手が増えて、腕を伸ばす距離が増加する。単純に言えばそういうこと。

決して理想論ではない。

自分が神になってしまえば、そんなことはあまりにも容易い。

堅洲国は全てを容認し、可能とするから。



・・・・・・・・・・。

もう一度、もう一度確認してみよう。

私の願いは、天国の実現だ。

より高い処へ、より善い処へ、より幸福な処へ。それが万人に共通する願いだ。

それは今よりも高い地位であったり、裕福な生活であったりする。

無常の幸福で満たされている天の国。そこは笑顔が咲き誇る楽園で、私はそれを信じていた。



しかし、そんなものはなかった。

あの男が見せた映像が嘘である可能性はある。だけど、嘘だとは思えない。

魂という自動記憶装置が、私にその真実を証明している。

あれは事実だと。お前も何千万という輪廻を廻ったのだと。



ならばどうする。選択肢は二つある。

一つ。自分では何もできないから、今まで通り自分の出来ることに妥協する。

一つ。堅洲国という可能性に賭け、自分が天の国を創る。


前者は現実的で、後者はもはや神の所業だ。

仮に後者を選ぶとしよう。

立ちはだかる壁の枚数はいったい何枚だ。その高さは?その厚さは?

リスクはどうだ。殺し合いを容認され、一分一秒たりとも油断ができない人外魔境で、人の身である私に何が出来る?即座に殺されて終わりじゃないか?

そもそもどうやって天国なんてものを創るんだ。方法も何も、あの男は教えてはくれなかった。ただその可能性だけを私に渡しただけ。

考えるだけで次から次へと出てくる疑問。

踏みとどまり、現実に立ち戻るには充分な量。理性や常識はすぐにでも前者を選ぶことを薦める。



だが、


人の手では限界があると、妥協した結果救える者を見捨てるのか?

それは、お父様との約束を反故(ほご)にするのではないか?

彼らが、お父様が、このままでいいのか?


これまで、ずっと語りかけてきた魂の声に耳を傾ける。

封印していた鎖を外し、枷を壊して、猛り狂う自分の本音を受け入れる。



否、()()()()()()()



瞼を閉じ、再び開いた私の目にもはや迷いはなかった。


立ちはだかる壁?リスク?方法?

そんなものはどうだっていい。

そうだ。いいわけがないだろう。

全ては移ろうことない唯一不変を築くため。真の天国を創るため。

この苦界に住む、衆生の全てを救ってみせる。

妥協などしない。してたまるか見せてやる。


私は、私が、天の国を開いてみせる。

それを強欲だと、傲慢だと言うのならそうすればいい。

決して止まりはしない。歩き続ける。

たとえ屍山血河を築こうと、途方もない苦痛を味わおうと、それだけは譲れないのだから。

今この時より、私は自分の名と世界を捨てて、堅洲国に住まう無道の鼠となろう。



カードを握りしめ、世界のどこかにいる父に宣言する。


お父様。見ていてください。

必ず私が成し遂げてみせます。

必ずあなたを、輪廻の牢獄から救い出してみせます。



次回、最後のスイッチは君に

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