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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 天蝶乱舞
154/211

第四話 開戦の火花

前回、やっと会えた



万人の目指す(ところ)は幸福である。

私はそれを、年を重ねる度に認識してきた。


お父様の葬儀が終わった後、正式に軍部の一員となった私は、主に自国の警備に努めた。

周囲の人間からは様々な反応があった。

軍人となったことを喜び、父親の後を追う立派な人になるのだと、古くから私を見てきた近所の人々は言った。

女である私に軍事が務まるのかと、疑問に思う者も少なくはなかった。

けれど私はこの道を選んで良かった。父のように立派な軍人になりたいという、小さな時から抱えていた夢は今も途絶えていない。


そうして自国での治安維持に携わり、様々な人間と関わって、すると人というものが段々分かってきた気がする。

幼い頃はただ、天国という素敵な場所があって、そこに行けるように皆頑張っているのだと幼稚な考えしかなかった。

より善い所へ。自らが救われる処へ。喜びに溢れるところへ。

確かに全員にそれは共通している。けれど、どうも天国という存在は、多くの人にとって幻想であるようだ。

有り体に言ってしまえば、本気で信じていない。私と彼らの間で齟齬(そご)が発生している。



「それはね、結局は理想だからだよ。

天国という概念がなぜ生まれたか。それはこの世が苦界だからだ。

生きていたらどうしても辛いことが起きる。それは親しい人の死であったり、自分自身の生活苦であったりする。

道行く人の顔をよく見てごらん。憔悴(しょうすい)の色は隠し切れていないから」


父の親友である私の上司は、私の相談にそう答えた。

救済という幻想。救われない者が生み出した理想世界。それが天国だと。

誰もが天国を望んでいる。だけどそんなものは存在しない。

年を経るにつれ、多くの者が自覚する真実。

さしずめ私は、そんな幻想をずっと抱えている愚か者だろうか。


より高い地位に、より幸福な状態に、自らが望む処へ。

それは万人が抱えている確かな想い。

だけど、現実にそうなるかどうかは話が別だ。

万人が本当に救われるのなら、天国に行きたいと願う者などいない。だからこそ救いを願うのだ。

そんな当たり前の事実を、私はこの歳になって再確認した。



・・・・・・・・・・

それでも、私のすることは変わらない。

天国がないのであれば創ってみせる。それはなにも、新たな世界を創り上げるなんて大それたことなんかじゃない。

例えば、道端で空腹に喘いでいる者を一緒に食事に誘ったり。

人間関係で悩んでいる市民の話を聞き、私なりの意見を提供し、時には二者の間を仲介したり。


なぜなら、私は万人が天国に到達することを望んでいるから。

そのために、私の手で出来ることを、せめてこの手が届く範囲の者だけは救いたいから。

全ての存在はいずれ救われるのだと、私は強く願う。



だけど、



(本当にそれで君は満足か?)



心の底で嘲笑うこの声も、確かに存在していて。


(万人が天国へ行けることを願っているのだろう?

ならそれをしないお前は何なんだ?

人の手では限界があると、妥協した結果救える者を見捨てるのか?

それは、お父様との約束を反故にするのではないか?)


その声をいくら振り払っても、鎖のように私に巻き付いてくる。

呪縛の鎖が解き放たれたのは、それからそう遠くない未来のことだ。



■ ■ ■




眼前に立つファルファレナ。その距離は20メートルも離れていない。

美羽は即座に顕現を発動。腕と脚が黒化し、100を超える防壁が同時展開される。

出方を覗うなんて悠長なことはしない。最短で踏破し、凶爪を振り下ろす。

壮絶な覇気が込められた黒手は、しかし奴の頭部に触れる前に剣に弾かれた。


鋼と鋼が打ち合う音が生じ、蝶蛾の群れが慌てて飛び立つ。

強襲に失敗した美羽は、飛びかかった勢いを地面に爪を突き刺して殺す。

地面を削りながら、美羽は次弾を用意する。


「掲げろ、鏖殺(おうさつ)の槍」


左腕から黒が抜け落ち、吸い上げた右腕が巨人のように膨張する。

黒々と、禍々しい悪魔の巨腕が完成する。

その威圧感、その威力、初撃を数千倍は上回る。

早々に発動した最大の一撃。戦闘を楽しむ気など欠片もない。これで終わらせる気だ。


「蝶(蛾)も幼き思い出も、儚く消えるが運命なり」


それを見たファルファレナも、同じく切り札を切った。

掌に集まる蝶蛾の群れ。それは三メートルはあろう黒い大剣を生み出す。

その柄を握りしめ、美羽を巨腕ごと両断するために全霊を込める。


El(穿て、) Diablo(跛行の) Cojuelo(悪魔)!!!」

Das (さらば、)Nacht(過去の)pfauenauge(あやまちよ)


互いの全力がぶつかった。

巨腕と大剣が衝突する。その一瞬、そのつばぜり合いの中心で時間と空間が圧搾(あっさく)され、次の一瞬には爆発的に膨張。

結果生じたのは爆発と超振動。発生した余波の余波――単なる飛沫で、無限の多元宇宙と無限の次元を破壊しながら。


全身を叩く衝撃など知らんとばかりに、美羽はそのまま攻勢に転ずる。

主導権を譲る気などない。一気呵成(いっきかせい)に攻め入り撃破する。

近距離での連撃。腕と脚を自立的に動かし、張り巡らされた幾多の防壁を打ち破りファルファレナに迫る。


いかに全力の一撃といえど、ただの攻撃であるなら防壁の前に弾かれる。

それはファルファレナも同じで、だからこそ両者ともまず防壁を剥がすことに力を注ぐ。


高位の咎人であればあるほど、防壁の質も量も別次元のものになる。

空間が停止する。時間が停止する。別次元に繋がりあらぬ方向に攻撃が逸れる。内部に入ると身体が分解し、消滅し、腐敗し、超重力で押しつぶされる。

物理的な障害は50を超え、その全てが無数の宇宙を閉じ込めたカーテンのようなもの。

実体のない干渉であろうと、ファルファレナに到達する前に消え去るだけ。


そして、その全てを突破してようやくたどりつくその身も、同様に規格外の装甲を纏っている。

それは物理的な重さ。そして霊的な重さ。あまりに大きすぎる霊格量。

魂喰いを繰り返し、想念を高め、そして出来上がる人の形をした金剛体(こんごうたい)

殺し喰らった魂は自らを纏う霊的な鎧となり、喰らった分だけ装甲は厚く硬くなる。

格下では一切傷をつけることができず、同格であろうと全霊の一撃をクリーンヒットさせなければ効果は薄い。それは先ほどの激突で、傷一つつかなかったことから容易に察せられる。

狂人の域を卓越(たくえつ)した精神性(ありかた)は精神への干渉を無効化し、僅かにでも感情を読み取ってしまった者の心を粉々に破砕する。



太陽に近づけば身が灼かれることと同じで、自分の力を抑える気もないファルファレナに近づくたびに、押しつぶされそうな圧力は飛躍的に上がっていく。

(ほとばし)る絶無の波動は、ただ存在しているだけでどこまでも広がり、彼女より格下であればいくらでも飲み込み消滅させる。

ブラックホールが比べものにもならない超重力。存在の重さで発生する周囲への影響は、時空を歪め世界を黒く崩壊させていく。


こうして美羽が接近して無事なのは、ひとえに彼女が熾天使だから。

ファルファレナと同じように規格外の質量を備える彼女だからこそ抗しえるのだ。


「はぁァッ!!」


首めがけて奔る黒脚(死神の鎌)。理の破壊に特化した背教の顕現は、魔術も顕現も打ち破る。

蹴閃の跡を追う黒炎が、ファルファレナの全身を燃やし尽くす。

蹴りで生じた風と合わさり炎の竜巻を形成し、内部にいる者を破壊の渦で攪拌(かくはん)する。

全ての熱を奪われ、腐り、穢れていく大地と大気。一呼吸しただけで臓腑がドロドロに溶ける不浄。

閉じ込められた咎人は、穢れの炎で魂まで焼き尽くされる。


「ふっ」


ドバッ!!と、炎の竜巻が内から弾ける。

中から現われたファルファレナは、かすかにマントが焦げただけで、それ以外の外傷など一つもなかった。

焼け焦げた痕でさえ、彼女が意識を向けただけで欠損を埋める。煤一つない新品のように、マントは輝きを取り戻した。


だが、そんな彼女を取り囲むように無数の武器が虚空より生まれ、その鋭利な刃先を一斉に突きつけた。

ギャリン!!という金属音が連続して聞こえる。逃げ場を塞がれ、刃に囲まれた彼女は遠目から見れば球体のよう。

その一本一本が、智天使を葬るに足る威力を備えている。


「ははっ、こんなものでは私を倒せないと、想像できなかったのかな?」


涼しい声は刃の球体の内側から。

声に合わせて刀身に罅が走り、砕け、割れる。

内部からはやはり無傷のファルファレナが身を躍らせる。


「まさか、単なる目眩ましですよ」


それに合わせて、最高のタイミングで長刀を振るう蛍。

白の神剣は生物を絶滅させる発光を伴い、次元を障子のように裂きながら肉薄する。

さしものファルファレナもこれには回避せざるを得ない。刃が触れる前にその身が崩れ、幾匹の蝶となって空を舞う。

蛍が長刀から白い光を発し、分離した蝶を一匹残らず消し去っても、既にファルファレナは空間に溶けている。

再び蝶が集まり、ファルファレナの実体を創り上げたところで、美羽と蛍はその対面に移動する。


互いの動きを牽制(けんせい)しながら、超高速で動く思考が、今までの情報から次の手を考案する。

美羽の黒炎と蛍の創造物をまともに食らっても、目の前の咎人は無傷。

そして、どうも二人の顕現の情報を、ファルファレナは取得しているようだ。


そういえば最初に会った時も言っていた。私たちの戦闘を見ていたと。

その証拠として、彼女が見た事がないはずの、蛍の顕現である神の傲慢(ヘレル・ベン・サハル)を、触れては駄目だと回避した。

ファルファレナが与えた蝶の印。それを介して私たちの手の内は知ったのだろうと推測できる。

それを卑怯とは言わない。戦闘とは勝つために全霊を尽くし、負けないために必要なものを集める必要がある。

情報収集も立派な戦略の一つで、それを否定してしまったら、自分たちの努力を否定することにも繋がる。


相手はこちらの情報を知っている。ならばどうするか。

一つは既存の戦闘スタイルを捨てて、この場で新しいスタイルを身につける。

あるいは、知っていようと関係ない状況に追い込む。


二人が選んだのは後者だった。


美羽は踏み込み。そして跳躍。

花弁を散らしてファルファレナの背後に回り、その背に凶爪を突き立てる。

蛍はそのまま前に走り、正面から長刀を横に薙ぐ。


爪と剣は同時に着弾し、ファルファレナの防壁を一気に200は突破する。

ファルファレナも防御はしたが、タイミングが完全に一致している二人の攻撃を両方とも防ぐのは、彼女としてもさすがにきついものがあった。

防御の上から削られる。前と後から必殺の一撃を連続で放つ二人から、身体を蝶と化して逃げても、実体を作り上げる前に居場所を突き止められる。

まるでこちらがどう動くのかを知っているような、奇妙な感覚。

避けようにもつかず離れずの距離を保つのだから、防壁を無駄に減らすだけ。



そもそも、彼らの攻撃を躱すことそのものが困難だ。

空間を超越した彼らにとって距離などあってないようなもの。手を伸ばせばそこにいるし、なんなら当たっている。

そして、その存在ゆえに発生する優先順位。彼らより下のものは例外なく下に階位が置かれ、回避や防御の選択など与えない。

とどめとばかりに因果や可能性に対する影響。超存在である3人にもはや運不運が介在する余地など皆無。対処するには同レベルの実力を必要とする。

基本的なそれらに加え、さらに2人は自らの顕現並びに魔術を使い補強している。

放たれる幾千幾万の殴打は全てが必中。一度狙えば世界の外にまでその手は届き、相手の内部から破壊することも可能。

だからこそ防壁が真価を発揮する。


今もそう。迎撃のために放たれたファルファレナの剣閃。

武器としての性能。使い手の器量。いずれも埒外(らちがい)の二つが合わさった一撃は、回避不能で即死不可避。

世界ごと切り裂く一撃を、そのまま食らえば二人にとっても、致命傷を負わざるを得ない。

だがそれを防ぐ障壁。斬撃は物理的な防壁を突破した後、消滅空間に入り込み消滅。


剣と長剣と手足。万を超える連撃を両者とも行いながら、防壁を壊し壊され作り作られが続いていく。

葦の国全体に深刻な被害を及ぼす熾天使の激突。それでも崩壊しないこの縄張りは、ファルファレナの実力が如実(にょじつ)に現われている。



激突の裏では、世界の主導権争いも並行して続いている。

縄張りは咎人の体内とも言える。主である咎人にとって有利な場所であることは百も承知。

罠を仕掛けることも、自然に溶け込み一体化することも、この空間がある限り何回でも復活できることも、ゲーム用語でいうバフなるものを咎人が享受することも。

さっきファルファレナが行ったように、縄張りがある以上彼女は永遠と蘇り続けるだろう。

だからこそ、その空間を塗りつぶす必要がある。


黒と白が版図を広げ、極彩色の色に2色を差し込んでいく。

当然ファルファレナの妨害が入り、侵略を押しとどめ、領地を奪還せんと蝶が飛ぶ。

三者の激しくぶつかる水面下では侵略と防衛が神速で行われている。


闇の水面から湧き上がり、飛び出す黒き獣たち(フラフストラ)

美羽の霊格に比例して強大化したその獣たちが、世界を喰らいつくさんと牙を剥く。

蛍の創造物である武器が降り注ぐ。並びに創造が水のように浸透し、新天地が造り上げられていく。

だがそれを黙って見ているファルファレナではない。縄張りに羽ばたく幾千万億の蝶蛾が弾丸のように、黒い水から飛び出したフラフストラに大きな貫通痕を刻む。武器群とぶつかり、鋼と翅を空中に散らす。

この場に霞がいれば縄張りをたちまちに奪い取ることができるのだが、ないものねだりしていても仕方が無い。


ここまで三者とも無傷を保っている。状況は遅々と進んでいるように見えて、しかし時間は1秒も経過していない。

時間を超越している三者に秒や分の単位を使っても意味が無い。

それに、進展しないといっても焦ってはいけない。まず間違いなくその隙を突かれる。


「その槍」


沈黙を破った美羽は、咎人の胸元に突き刺さっている槍を指して言う。


「抜いたらどうですか?邪魔でしょう」


返答は期待していなかったが、ファルファレナはニタリと笑い、


「ああ、そうだね。良いハンデだろう?」

「はっ」


その言葉に微笑し、渾身の一撃を見舞った。

剣と黒腕がぶつかり、押されたファルファレナが後ずさる。


美羽も、蛍も、ファルファレナも、今日対面した時からさらに成長している。

無限に高まる続ける想念。それに応じて爆発的に強化されていく互いの霊格。

繰り返す成長、進化、覚醒、上昇、更新。根性論を最大限にまで利用して、相手に追いつき追い越し合戦を繰り返す。

先ほどまで到達できなかった場所を踏破する。先ほどまで壊せなかったものを破壊する。

魂の鼓動が加速化し、限界の境を次々と打ち破る。


だがそんなことは些細なことだ。極論を言えば誰でも出来るし、顕現者なら標準装備。

これだけでは決着がつかない。勝ちたいと願うのは両者同じで、譲れないものがあるのも同じ。

だから全てを使う。あらゆる要素で勝ちを狙う。

顕現の能力。産まれ持った才能。積み重ねてきた努力。磨き上げた術技。詰め込んだ知識。

限りなく高めた総合力。その全てをもってファルファレナを討つ。


そして再度、破壊と創造、そして蝶蛾が激突した。



次回、焔 集 霞の戦闘

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