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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 天蝶乱舞
153/211

第三話 深淵への誘い

前回、大切な者に誓う



「全員、集いましたね」


周囲を見渡し、否笠はその場にいる顕現者を確認する。

場所は桃花・二階。高天原の援軍である(ほむら)を加えた、計八人がそこにいた。

決戦の時は間近。意識せずとも研ぎ澄まされる全員の戦意に、否笠はいつものように柔和な笑みを浮かべる。

天都は平時と変わらず無表情。

アラディアはやっと面倒事を始末できるとばかりにニタリと笑い、霞は缶ビールの類をぐいっと飲み干し良い感じに酒気を纏う。

集は緊張気味に手の開閉を繰り返し、焔はニコニコと少年相応の笑みを見せる。

そして美羽と蛍は、腕を鳴らし万全の心境で否笠の言葉を待っていた。



「最後に確認を。

対象は咎人・ファルファレナ。位階は熾天使(セラフィム)。言うまでも無く咎人たちの最高位に位置します。

我々に喧嘩を売ったあげく、堅洲国の咎人の全体的な強化という厄介極まりない事態を引き起こしている元凶。

間違いなく激戦になるしょう。何らかの策を講じている可能性も高い。

縄張りが迷路のように入り組んでいる場合もあります。なので各自遭遇し次第交戦、そして共有の魔術で情報を送ってください。即座に駆けつけます。

何もわざわざ一対一にもちこむ必要はありません。多数の利を卑怯と言いはしないでしょう」


基本事項の確認。否笠は念押しのために全員にそれを伝える。


「さっさとこの騒ぎを収束させましょう。

言うまでもありませんが万分の一秒でも注意を怠らないでください。いつ首を落とされるか分かったものではない。

最悪の事態を想定し、逃げる術は全員確保しておきましょう。そうなったら本当に高天原の出番ですからね」


その言葉に焔が満面の笑みで、任せろとばかりに首を縦に振る。


「ははっ、なにげに桃花の職員総出で粛正すんのって初めてじゃないですか~?」


霞は本日都合20缶目のビール缶を傾けながら、陽気なイベント気分で告げる。

決戦前に何を呑気に、などと万年酔っている霞に言っても無駄なことは全員分かっている。

むしろ緊張が全く無い分いつも万全のパフォーマンスを発揮できるのだから、集から見れば羨ましいことこの上ない。


「初めてだ。いつもは必ずテレビの前に誰かが見張ってるからな。

だがこの前ファルファレナが現われた時に堅洲国からの情報伝達が阻害された。

本人が加減していてあれだ。加えて今回は奴の土俵である縄張りの中。まず見聞きは不可能だろうな。

こっちで待機していても無意味ってことだ。それなら全員突撃した方がマシだ」


霞の言葉にアラディアが返す。

さっさと終わらせたいと思ってはいても、咎人のことを侮っているわけではない。

対ファルファレナに向けて用意した魔術は数千以上。

奴もまた熾天使に至るまで修練と想念を磨いた化け物なのだから、こちらもそれ相応の覚悟で相対するべき。対抗策は無数に用意するに越したことはない。

相手の二手、三手先を読むのが達人なら、千手でも万手先でも先読みするのがアラディアなのだから。


「ま、その通りだね。

ところで集~、さっきから落ち着かないけど、もしかして怖いの~?」


霞がにやけながら、緊張をほぐすためにイヤホンをつけ曲を聴いていた集に話を振る。


「怖いっすよ。なんか悪いですか?」


少しむっとしながら、集は答える。


「急ごしらえで熾天使になって、そんでいきなり戦えですよ?

スケジュール的に仕方ないとはいえ、これで不安にならないわけがないでしょう」


本来ここまで弱気な台詞を吐く彼ではないが、思わず本音が出てしまい、全体の士気を下げてしまったのではと、言った後で軽く後悔した。

死を全く恐れない狂人と自分は違う。自分の命が大事で、だからこそ恐怖がわき上がるのだから。


それに、美羽や蛍と同様に、集もまた熾天使の絶大な力を感じたことがある。

七大天使。とある粛正者の記憶から垣間見たあの暴威。あの恐怖。

もしファルファレナがそのレベルなら、果たして自分は遭遇した時に足が震えずにすむのか。立ち向かうことができるのか。


それ以外にも不安要素は続々と湧き出てくる。

叶うならファルファレナと出会わずに事態が収束してほしい。少なからず彼の心境にはそんな色がある。

危機を前にした人間なら当然の反応であり、彼がいつも抱えている感情(もの)だ。

けれど、


「でも覚悟はできてます。俺も粛正者の端くれですから。

奴をこのままにしておけないってことは理解してます」


今日は天王山(てんのうざん)。登り切れば、明日からはまたいつも通りの日常に戻る。

例え、また心に傷を負うことになろうが、何回も死にかける羽目になろうと。

絶対に生きて帰る。


お気に入りの曲を聴いていた集は、その歌い手に神頼みする。


(お願いします粉ニマさん。俺に力を貸してください)


イヤホンから流れてくる爽快な曲を聴きながら、集は意思を統一させる。

不安も勇気も全部、前に進む力に変えて。

曲名は『ハマユウが咲く楽土へクチナシは誘う』



黙祷(もくとう)する集と同様に、美羽と蛍は今までを思い返していた。

この一週間は色んなことがあった。

咎人・エンケパロスの粛正直後にファルファレナと遭遇したことがそもそもの始まり。

過去を暴き、激昂した美羽をまるで幼子のように扱い致命傷を与え、大切なものを『もういちど壊してあげようか?』と宣言した。

あいつだけは倒すと誓い、それから地獄のトレーニングが幕を開ける。


最初のトレーニングは痛みに慣れること。ありとあらゆる苦痛を味わい、二人合わせて一万回は死を積み上げ、それを自分の力に変えた。


その次は常識を壊した。顕現者の特性を最大限にまで生かすため、これまた苦難を経験し独自の世界観を形成。


やっと始まったまともなトレーニングは直感を鍛えることだった。アラディアさんが取ってきた咎人相手に交戦経験を積み重ねることで、五感を超えた感覚を研ぎ澄ますことができた。


天都さんとの手合わせでは次元の上昇を学んだ。今ではもう次元を超越した身だが、それが出来なければ今までの咎人との戦闘はさらに難航していただろう。役にたったことは言うまでもない。


それが終われば並列思考の習得。今では数百万以上の思考の枝分かれは進んでいる。これのおかげでかなり高度な戦術を組み立てることができる。


六層の咎人を倒した後に、アラディアさん直々に魔術を教えてもらった。とてもわかり安くて、魔術を学ぶのは楽しくて、戦術の基盤が広がった。


相手の動きをシミュレーションする。並列思考と合わさり、擬似的な未来予知にも匹敵する精度にまで鍛え上げた。協力してくれたソラ、エキ、コには感謝の言葉しかない。


座天使・ジェムと戦った後、彼の戦法から着想を受け、矛盾を戦法に扱うこともできた。敵は最高の教師。その言葉が良く理解出来た。


美羽と蛍の手合わせは、防壁を伴うことでさらに高度なものになった。幾重にも重なった防壁は100重にも匹敵する。防御面の強化は精神的にも安心できる。


最後のLESSONは協力意思。多数の意思を一つにまとめる術技。心的距離が近い二人にぴったりの戦術。

それら全てを合わせて智天使・ローランと戦い、実力が遙か上の彼になんとか追いすがることができた。



今までの全てが自らの血肉となり、知識と経験と技量と実力を遙かに向上させた。

一週間前の自分など比べものにならない領域まで。

鞭撻(べんたつ)して頂いたアラディアさん、天都さん、それに店長、霞さん、集先輩に感謝を。


これまでの一年間は一体なんだったのかと目を見張る上昇速度。

だけどそんな全能感も、今は脇に置いておく。

全てはこの日、この時のため。

今こそ雪辱を果たし、大事なものを守るんだ。


「時間です。では、行きましょうか」


語るべきことを語り終え、否笠は奥にあるゲートを指し示す。

先陣を切るのは店長である否笠。それに続いて天都とアラディアが、後輩たちを気に掛けながら霞が続き、後に全員がゲートの中へと消えていく。


一瞬の空白。葦の国から堅洲国へと徐々に潜行し、次元を超えた世界の最深部へと突入する。

堅洲国・第9層。熾天使が住まう魔境へ。

座標はファルファレナの縄張り近くに設置してある。無論途中で熾天使が襲いかかってくる可能性もないわけではない。

それを警戒して実力と経験のある否笠が先に突入したのだ。






だが、その心配は杞憂(きゆう)となり、代わりにさらなる異常が全員を待ち構えていた。



『ようこそ、粛正機関・桃花諸君。この時を待っていたよ』



完全に世界が切り替わる前に、いつしか聞こえた咎人の声が全員の耳に届く。

同時に、空白の真っ白な世界を一瞬で極彩色に染め上げながら、どこからともなく現われた幾億もの蝶蛾(ちょうが)が羽ばたく。

今まさに堅洲国へ潜行していた全員を捉え、本来の座標ではないどこかへ運んでいく。



(まさか、堅洲国に通じるゲートに干渉したのですか!?)



答えにたどり着いたのは否笠。だが明確なアクションを起こす前に、視界を塞いでいた蝶蛾が消える。

極彩色が消え去り、代わりに現われたのはどこかの森。

雨雲に覆われ、今にも雨が降ってきそうな鈍色の空。

踏みしめる大地はコンクリートに覆われていない自然そのものの土。

周囲に生えている木々や雰囲気から察するに、人の手が加えられていない、日本の原風景に近い。

そんな場所に一人、否笠はポツンと立っていた。


「ふむ、なるほど。何かしら妨害してくるとは思っていましたが、分断してきましたか」


辺りを見渡しても誰もいない。この空間には否笠一人だけ。

加えて感覚共有などのネットワークも機能しない。情報の伝達ができない。

知覚範囲をギリギリまで広げても、誰一人として反応はない。

ファルファレナの手により隔絶された世界に閉じ込められた。その可能性が一番高い。


「しかし、この程度ではね」


否笠は虚空を握り、赤いロングソードを手に取る。

空間を超越している自分たちを、それでも閉じ込めたのはさすがの技量。一介の熾天使よりかはできる。

だがそれでも、空間を強引に斬り裂き脱出することなどわけはない。


精々一瞬の足止めにすぎないこの行い。一体何の意味があるのやら。

そう思いながら空間を斬ろうとした否笠の手が止まる。



背後から聞こえる爆音。土煙を撒き散らし、空から何かが落ちてきた。

風圧だけで木々が根っこから引きちぎれ、草が生い茂った深緑の大地がめくれ上がる。

慌てて距離を取る否笠。そして、その全貌を把握した。


何かが落ちてきた爆心地。そこには巨人がいた。

まさしく巨躯と呼ぶべきその体高は10メートルを超えている。顔から手足先まで鎧で覆った全身鎧。色や風化具合から、かなりの年月が経っていることがうかがえる。

手にはめている腕輪には、先が千切れた鎖がぶら下がり、ジャラリと金属質な音を鳴らす。

ボロボロで、ところどころが刃毀(はこぼ)れしている大剣。その大きさは切っ先だけで否笠の身長を優に超える。

風化しさび付いた機械の様子さえ見せる巨人は、静かに立ち上がり、突き刺した大地から大剣を引き抜いた。



「決闘を・・・・・申し込む」


低い、地鳴りのような声。

軽く数十トンを超えるであろう鉄塊を軽々と操り、切っ先を否笠に向ける。

その左胸には輝く蝶の印。それを見た否笠は相手がなんなのか合点がいった。


「なるほど、ファルファレナから恩恵を与えられる代わりに、私の相手をするように頼まれた、というわけですか」

「・・・・・・・・・」


否笠の言葉に、巨人は無言で返す。

多くを語らない性格なのだろう。だが否定はしていないようだ。

否笠もまた手にした剣の切っ先を巨人に向け、名乗りを上げる。


「粛正機関・桃花所属、否笠と申します。

念のために伺いますが、今すぐこの場から退く気はありますか?」

「なし。剣を交え、どちらかが倒れ伏す未来を望む」


そう言って、巨人は大剣を両手で構えた。


「生憎、奴隷の剣士に名乗りあげる名などない」

「いえ、私が勝手に名乗っただけです。応じる必要などありませんよ」


否笠もまた、赤い剣を手に構える。

巨人の体躯から見れば爪楊枝に等しいその剣。

だが凄絶な殺意が込められたそれは、体格の差など関係なく、容易くこの空間ごと巨人を切り裂くだろう。


荒野となった森林の中に剣士が二人。

敵意は渦を巻き虚空を歪ませ、物理的な衝撃すら相まって両者の身体を叩く。

飴細工のように歪んだ空間を切り裂き、二つの剣閃が閃いた。



■ ■ ■



石畳の床に立つ。

粛正者・天都が降り立ったの中世の街並み、その中だった。

城下町、と言った方が正しい。建築様式からして西欧風。遠くには時計台を兼ねた巨大な城が鎮座(ちんざ)している。

天都もまた、ファルファレナの手により皆と分断され、閉じ込められたのだということは分かっていた。


分断されたが、()()()()()()()

恐らくここはファルファレナの縄張りの中。どこかに連れて行かれたのは幻覚で、桃花の全員は縄張りの内部にいる。

つまり、薄い膜一枚隔てた先に、店長や霞たちがいるのだろう。


そうとなれば話は早い。さっさとここから出て全員と合流――



「がははははは!!我の相手となる粛正者を見つけたり!!!」



その時、高笑を上げ石畳の下から何かが現われた。

地雷が起爆したかのように激しく土砂を巻き上げて、現われたのは三メートルもの人型。

異質な姿だ(堅洲国の住人は大半がそうだが)。

石造りのゴーレムに、人の肉を継ぎ足したような姿。

甲冑の下から覗くむき出しの赤い筋肉。明滅する目の光は、口と思しき器官から発する声色と同様に喜色に染まっている。

巨大な双腕は、片方だけでその胴体の大きさに匹敵する。

甲冑に刻まれた何かしらの意味があるであろう文字。そこから青い光が輝いている。



両の手をたたき合わせ、そのゴーレムは戦意を撒き散らし名乗りを上げる。


「我が名はアレグラ!熾天使の一柱。

名を聞こう、粛正者よ」

「粛正機関・桃花所属、天都(けい)。けいは契約の契だ。

貴様はファルファレナの手下か?」

「応とも!あの蝶には恩恵を与えられ、それを契機に我は熾天使に進むことができた。

受けた恩は返さねばならぬ。その方法が汝ら粛正者を相手取ること。

我は喜んでその任を請け負ったまでよ!!」

「・・・・・・なるほど、つまり奴の手下か」


厳格に言うのであれば手下ではなく、一時的に協力している間柄。

剛気な声を張り上げ、アレグラは顔の前で拳を握りしめた。


「戦いの基本はこれ、ステゴロなり!!

すなわち拳と拳をぶつけ、より強き者が立つ。世界の開闢より自明の理とはまさにこのこと!

さあ、殺し合おうぞ天都契!!」


高らかに宣言し、迎え入れるように腕を開く。

避けられぬ交戦を前に、天都もまた構えた。


「いいだろう。どのみち貴様を倒さん限り先には進めんらしい」


潰す。二人の意思はその結論に辿り着いた。



■ ■ ■



「はっ、これはまた、随分と荘厳(そうごん)な場所に飛ばされたもんだ」


アラディアは自分が降り立った場所を確認する。

黒い。頭上も足下も、黒一色で覆われた空間。

ならば何を指して輝かしいとアラディアは言うのか。


道続きに飾られている幾多ものステンドグラス。その間に灯される蝋燭の火。

そこから光が降り注ぎ、何十色もの色で黒い空間を染め上げる。

この場所は、恐らく大聖堂なのだろう。ただし既存のものなど比べものにならない程広大だが。


美しいものだ。中央にあるカラフルな曼荼羅のようなステンドグラスを見て、アラディアは率直にそう思う。

色の配色。光が差し込むことで何倍にも増幅される麗しさ。輝かしさ。



「美しいものだろう、アラディア。

美しいものは何よりも、見る者の魂を輝かせる」


アラディアの背後、10メートルも離れていない位置で、男の声が響いた。

聞き覚えがある声だ。振り返り、その人物を視認する。


外見年齢は、20代前半が当てはまる。

濃い赤紫の髪。鎖骨まで垂れ、後ろの髪は紐で軽く結んでいる。

纏う闇色のマント。見る者によってはマントの内に星空を、あるいは深淵が覗かせる。

背後から滲み出るオーラが、目のような、何かの記号のような紋様を浮かび上がらせ、闇と同化。

そして、その魂。色、形。見間違いがない。アラディアは亀裂のように大きく笑みを浮かべて、確信を持ってその男の名を言った。


「はっ、久しぶりじゃねぇかミリア。

なんだ?てめえもファルファレナに誘われた口か?」


おそらく、その場に桃花の粛正者がいたら、アラディアの口ぶりに驚くだろう。

他の者と比べて、幾ばくか親しげにミリアと呼ばれた男は、苦笑しながら答える。


「その通り。たまには外に出てみるものだな。あの鱗粉に誘われてしまったよ。

ほら、この通り」


言って、ミリアは掌をアラディアに見せる。

そこには輝く蝶の印が刻まれている。

それを見て、アラディアはつまらんとばかりに溜息をついた。


「そもそもお前にそんなものが必要だとは思えねぇけどな。

どうせ理由はそれだけじゃねぇんだろ?

嘘なんざ吐いても意味ねぇんだからさっさと言いやがれ」


アラディアの言葉に肩をすくめ、ミリアは話し出す。


「とは言われてもな、久しぶりにお前と話したかっただけだよアラディア。

なにせ、お前は知らん間にヘカテと結婚したと思ったら、これまた知らん間に粛正機関に従事していたのでな」

「ああ、そう、それだよ。

てめえ挙式に来やがらねぇで何してやがった」

「何をしていた?冗談はよせ。

そもそも挙式が行われていること自体知らなかったんだ。連絡の一つでも寄越すだろう普通」

「馬鹿野郎。そういうのは勝手に察知して勝手に居場所特定して来るんだよ」

「はははっ、相変わらずお前は無茶を言う。だが昔と比べてだいぶ丸くなったな。それは父親になったからか?」


軽口をたたき合う両者。場所や状況を除けば、親しい友人の会話でしかない。

クツクツと笑うミリアは、頃合いを見て話を戻した。


「先も言ったとおり、私が今回お前の前に立つのは、本当に会話がしたいだけなんだ。

ファルファレナのことはついでだよ。()()()()()()、程度だ。

そのためにガブリエルの口車に乗ったのだから」

「あ?ガブリエル?」


突如出てきた言葉に、目を細めて反応するアラディア。

知らん名前ではない。というかその名を知らない阿呆はそういない。

七大天使。御前に座す熾天使。堅洲国の代表とも言えるその存在。

特にガブリエル、その役目は・・・・・。


「てめえ、どういうことだ?

俺の足止めだけが役割じゃねぇな。何隠してやがる」

「睨むなよ、アラディア。

それを含めて、これからゆっくり話し合おうじゃないか」


言い終わると同時に、ミリアの気が爆発する。

殺意。殺意。並の熾天使すら軽々と凌ぐ想念の奔流。

それも当然。

隠遁し、表舞台から隠れているが、その正体は魔術を極めた者。

アラディアと同じ域にある存在なのだから。



話し合いとは名ばかりの殺し合い。あるいは魔術合戦。

その意図を察したアラディアは笑った。

笑って、彼も意識を切り替えた。


大気が爆発する。空間が軋みを上げ、壮絶な殺意の前に砕け散る。

鮮やかなステンドグラスが、それに合わせ音を立てて破片となり、2人の間に舞い散った瞬間に消滅。

瞬く間に、2人以外には何もなくなった。


「はっ、隠遁爺がついてこれんのか心配だな。

なんなら加減してやろうか?」

「それはこちらの台詞だ。子育てに夢中になっているお前の腕が、果たして鈍っていないものか。

先に謝っておこう。うっかり殺してしまったらすまない」


口角を最大限にまで上げる二人。

彼らからすれば、殺意も友情も等しく同価値。

魔女の宴が今にも始まろうとしていた。



■ ■ ■



一方、全員と分断された霞は、雄大な自然の中に立っていた。

山の岩肌。東京ドームが丸々入るであろう巨大な湖。緑が萌える山脈。

遠くには流れ落ちる滝が見える。遮るものがない大空には、その青を遮る鳥の一羽も存在しない。



平時であれば酒でも飲みながらその雄大な光景を鑑賞するところだが、あいにく今は仕事中。

それを恨めしく思いながらも、霞は現状を認識する。

ここがファルファレナの縄張り内であることは、誰よりも速く霞が気づいていた。

だからこそ、あの蝶の迂闊(うかつ)さを笑う。


(はっは~、色々甘いぜファルちゃん~。

私だけ堅洲国のどっかにでも追放するんだったな。

展開型を縄張り内に入れるとか、内側から乗っ取ってくれって言ってるようなもんだぜ~)



展開型は世界を操る顕現。咎人が(こしら)える縄張りも世界の一つであり、展開型の支配域にある。世界の操作で展開型に勝てるものなどいない。

霞も今回はその役割に徹するつもりだった。つまりファルファレナの縄張りを浸蝕し、自らのものにして、後方支援に徹する。

空間の優位は譲らない。同じ世界の操作では具現型も無形型も寄せ付けない。それが展開型なのだから。


酒をグビッと煽り、いざ顕現を発動しようとした瞬間、



ヒュン、と。一陣の風が通り過ぎた。



「あり?」



間のぬけた声は霞から。

視点がおかしい。左右で見えている景色にズレがある。

ついでに身体もおかしい。痛みがあるわけではないが、左右の感覚が違う。

異常があったであろう箇所を見る。


自分の身体。中央に線が走り、そこから人体の断面が見えている。

正面から見れば、霞は中央から綺麗に両断され、左右対称に二分されていることが分かる。

途切れる生命線。破壊された不死と再生の能力。

何が起きたか分からないまま、二つになった身体はそれぞれ地に倒れた。








遠くの岩壁に張り付きながら、一体の異形がそれを確認し姿を現した。


骨のように細い身体に、厚みのない皮膚がはりついている。

胴体から飛び出す四本の腕。皮膚を突き破る、背骨から生えた棘。下半身はまるで蛇のように長い尾になっている。

目のない顔。口裂け女のように耳元まで大きく裂けた口。

一言で例えるのならエイリアン。造形はそれに近い。


その異形の中でも、さらに異彩を放つのは左右の腕から飛び出す白色の(ブレード)

先ほど霞を二つに切り裂いた暗殺器は、相手が熾天使であろうと一刀の元に両断することは、既に実証済み。


エイリアンのような暗殺者は、長い舌でブレードを舐めながら霞の死体を見る。

死体は動き出す気配はない。生命活動は全て途絶え、身体が粒子のように解けて消えていく。

だが、妙だ。魂喰いが発生しない。自分の内に殺した魂が入ってこない。

魂喰いは何よりも確実な死の証明。それが発生しないということはまだ対象を殺していないことを意味する。

どこだ。独自の感覚器官と直感を駆使してその位置を探し出す。



「あ~、どっかで見たと思ったら、あんたリヤーフか」


音源は真横。暗殺者のすぐ側に、岩壁に立つ霞がいた。

音もなく飛び退く暗殺者。先ほど殺された霞は特に気にすることもなく、リヤーフと呼んだ存在の正体を暴いていく。


「ニライカナイの暗殺コミュニティ、死の理(マウト・カーノーン)

その一員だろ?序列は上から三番目の腕利き暗殺者。

今殺してきたってことは、ファルファレナに雇われたって線が濃厚か。

魂いくらで雇われたのか聞きたいところだけど、まあ今はそんなことどうでもいいや~」


言うと、霞の周囲が脈動する。

どこからともなく立ちこめる、酒気を纏った芳醇(ほうじゅん)な香り。

一嗅ぎするだけで魂を(とろ)けさせ、顕現者であろうと酩酊(めいてい)させる空気が充満する。

しかし、それが脈動の正体ではない。



瞬間、山脈に津波が激突した。

飛沫が離れた遠く離れたここにまで届く。鼻腔をくすぐる強烈な香りは同じく酒のもの。

山を越えて流れてきた津波は、赤、青、黄、黒、白・・・・・。どれもが海の色とは異なる。

湖や大気中の全ての水分が酒分を含む。遠く流れていた滝は水の代わりにシャンパンを真下の湖にぶちまける。

形成される酒海。世界がたちまち酒一色に沈み、断片的に残っている大地からは葡萄の木々が生え、その枝には血に濡れた動物の肉が突き刺さっている。


自らの陣地を完成させた霞は、対岸にいるリヤーフに向けて宣言した。


「今までたくさん殺してきたんだろ~?

なら今度はあんたの番さ。

ほろ酔い気分で逝かせてやるから怖がる必要はないぜ~」


それこそが自分にできる、唯一の慈悲だ。

いつだって霞は酩酊し、解放の美酒に酔いしれる。

熾天使すら殺す暗殺者を前に、それでも霞は恐怖など微塵もない。

人生なんて、軽く舐めているくらいがちょうどいいのだから。



■ ■ ■



目の前の蝶蛾が姿を消すと、突如として大地が消えた空間が現われた。


(おっ、と)


空中に立ち、周囲を見渡す。

暗い空間だ。ポツポツと松明(たいまつ)のように火が浮いて、それだけが灯りとなって暗闇を照らしている。

それ以外は何も無い。

不安は早速形となった。おそらくこれはファルファレナの妨害で、全員と分断されたことまでは集でも理解できた。

すぐにもここから抜け出さなければならない。不安で逸る心臓を落ち着かせ、すぐにでもこの空間を打ち破らんと拳を握る。



「・・ム・・・・シュヴァ・・・・・・・・ッドゥ・・・・・・リーラ・・・・・・・ヒ・タン・・・・ニヒ・・・・・・・・・ートゥ」



だが、どこからともなく聞こえてきた、独り言のような音。

それを聞いて集は今再び辺りを見渡した。

先ほどまで灯る松明以外何もなかった空間。

しかし集の背後、先ほどまで背を向けていた奥に、一際輝く焔が燃え上がっている。


燃える、籠のような祭壇。火炎の中に座す誰か。

鳥の仮面(マスク)を被っている。その黄金の髪は燃えさかる焔と合わさり赤熱の炎となって、暗い空間に踊る。

肩や腕にかけた布。それは炎の中でも燃えることはない。

褐色を超えて、黒曜石のように黒々とした肌。一対の燃える翼は、周囲で燃え上がる炎熱を上回る熱気を放出している。

身に纏う首飾り。イヤリング。腕輪。いずれも金色に光り輝く。

音源はその者の口から、幾度も、唱えられている。


「オーム・ヴァイシュヴァーナラーヤ・ヴィッドゥマヘー・ラーリーラーヤ・ディーマヒ・タンノー・アグニヒ・プラチョーダヤートゥ」


紡がれるマントラ。没入し、忘我し、至高の存在との合一のために、その身を火に(くべ)ている。

集はその男に恐る恐る近づく。敵かどうかすら分からないこの状況。とにかく相手が何者なのか聞くべきだろう。

一歩近づき、二歩近づき、三歩近づいたところで、炎に焼かれている男は腕を上げた。


「!!」


攻撃かと思ったが、違う。その指先は天を指差した。


「見ろ。あの太陽を」


男の声には淡々としたものだった。

感情が感じられない。棒読みにも近い声色だ。

集は警戒しながらも指差す方を見る。

そこには小型の日輪があった。ここからあまり遠くはない。頭上から100か200メートルの空中に浮かんでいる。


だけど通常の太陽との相違点に気づく。

まず光を発していない。加えてここまで近いのに熱すら感じない。

むしろあれが近くにあることで、身体の内の熱が奪われていくような冷たさすら感じられる。


「炎を司る我が神、アグニが住まうあの星を」


(アグニ?)


集がその神格について脳内で辞書を開く前に、男が座っていた祭壇が爆発的に燃え上がった。

祭壇そのものが炎となり、男は結跏趺坐(けっかふざ)を解いてゆったりと虚空に降りる。

集と同じく空中に立ち、仮面の外から見える赤い瞳を集に向ける。

警戒を最大限にまで引き上げた集は、必要な情報を引き出そうとする。


「俺は粛正機関・桃花に所属してる海曜集だ。

あんたはファルファレナの仲間か?」

「神官・キラナと言う。

(ぬし)の敵、という意味ではそれに近い。

俺が屠った魂を、太陽に捧げる供物とする。

それがあの蝶との契約だ」


その翼が閃く。

火の粉が舞う。熱風が飛ぶ。

膨大な熱を孕んだ衝撃が集を叩く。


だがそれは攻撃のためではない。キラナは昏い世界に炎を灯すために羽ばたいただけ。

黒が支配していた空間はたちまち燃え上がるかのように、赤に色の主導権を渡す。

一気に上昇する熱は空間すら焼却し、炭と化してそれすら焼き尽くす。

炎熱で照らされた世界。そこらかしらから炎の柱が立ち上り、内にいる者に熱の濁流が襲いかかる。


それを掴んで変換し、無に帰したところで、集は戦闘のために手を握りしめる。

熾天使。咎人最高位の存在。

自分の拳が届くのか、なんて考えはどうでもいい。

戦闘は避けられない。倒す。

両の手と、ペンダントのように首から下げている御守(おまもり)に全幅の信頼を乗せ、集は炎をかき分けキラナに突撃した。



■ ■ ■



全員が縄張り内のいずこかに連れ去られていくなかで、

一人、焔だけはその場で拳を叩きつけ、蝶蛾の群れを四散させていた。

千切れ飛ぶ蝶の翅。意図した場所に連れて行くことができずに、粒子のように消えていく。

いかに咎人たちを誘う蝶であっても、規格外の魂を有する焔を連れ去ることは不可能のようだ。



だからこそ、ファルファレナではない何者かがゲートに干渉し、無理矢理焔の出現位置をその場に特定した。


「むっ」


違和感を感じたが、既に世界は形成され元に戻ることはできない。

雲を突き破り、最も近くにあった断崖絶壁に着地する。

気温が低い。酸素も極めて少ない。かなりの高地にあることを推測する。


周囲を見渡せば他にも断崖絶壁の山々が広がっている。

いくつかの山頂からは流れ落ちる滝が見える。その量、大瀑布と呼ぶにふさわしい。

滝の近く、断続的にかかる虹はなんとも美しい。


そして焔が立っているこの山は、点々と多量の水が(くぼ)みに溜まっている。

随分と水気の多い世界だが、このような場所に招いた者は果たして誰なのか。

しかし深く考えるまでもなく、その当人が焔の前に姿を表わした。


「手荒ですが、引きずり込ませてもらいました。

高天原の援軍が来るとは想定していましたが、まさか貴方とは」


亜麻色の髪。赤い瞳。白と青のコート。

その姿を一目見た瞬間、焔は驚愕を顕にした。


「お主、ガブリエルか!?

なぜ七大天使がここにおる!」

「なぜ?全ては勤めを果たすためです。

粛正者(あなたがた)が咎人を殺すように、私もまた神の使命を果たすことがその役目なのですから」


慇懃に答える七大天使ガブリエル。

返答を聞き、焔は歯を強く噛みしめる。


七大天使が関与しているということは、必ずその裏に奴らがいる。

今回のファルファレナの件、自分が思っている以上の重大事だと察しがついた。


「なるほどのう。つまりお主、ファルファレナを()()()にするつもりか」

「それはお好きに解釈願いましょう。答える義理は私にはない」

「そうか。ならばさっさとファルファレナの元へ急がねばならんのう」

「それは困りますね。そうさせないために私が貴方の前に立っているのですよ?」


その言葉に合わせて、周囲の水が突如浮かび上がった。

窪みに溜まっていた水。山から流れ落ちていた莫大な量の滝。空気中の水分の一つまでも、ガブリエルは完全に掌握。

逃がさないように、ここから移動させないように、ガブリエルは自分ごと焔を水の結界に閉じ込めた。


「確かに、お主をどかさぬ限りそれは叶わぬらしい」


それを確認し、手に炎熱を纏う焔。

ただの炎ではない。それは太陽の神炎。

質、量、格、規模。全てにおいて最高位にある輝く炎。

されど焔の身を焦がすことはなく、まるでなつくかのように炎は彼を包む。


ガブリエルもまた、自らの周囲の水を操る。

瞳に宿す、全知の階梯の中でもほぼ最高位に位置する神眼が輝く。

だがそれでも偽の情報しか掴ませないのは賞賛に値する。十二天でもそうやすやすと出来ることではない。


いや、そもそも探る必要すらない。ガブリエルは目の前の人物が何者か知っている。

次代の貴神(きしん)の情報など、咎人として知っていて当然の事なのだから。



■ ■ ■



「ここ、は・・・・・・」


美羽が降り立った大地。そこは一面の花畑だった。

頭上を見上げると付きが、雲一つない大空に浮かんでいる。

踏みしめる土の感触。揚々と咲き誇る花々からは、甘い匂いが発せられ、それが鼻腔に届く。

そして羽ばたく蝶蛾の群れ。その数幾兆幾京幾垓。数えようとすら思えない程の膨大な数の翅。

夜だというのに、それがまるで灯りのように美しさを主張する。

色の爆発。飛び込んでくる情報の多さに目眩がしそうになる。


「縄張りの中、のようだね」


近くから聞こえてきた声。

振り向くと、そこには蛍の姿があった。


「蛍!よかった、離ればなれになったかと思ってた」


先ほど、堅洲国に潜行していた美羽たちを何者かが妨害した。

本来なら縄張りの近くに降り立つはずが、この花畑に連れてこられた。

堅洲国に続くゲートに干渉し、その進路をねじ曲げる。今までになかったことだ。

それでも蛍が近くにいたのは不幸中の幸い。

近くに駆け寄ると、蛍は警戒を解かずに辺りを見渡した。


「どうやら、僕たちだけ誘われたようだね」

「誘われた?」

「うん。といっても勘だけどね。

僕たちが全員で来るのはファルファレナには分かっていて、だからこそ分断させたんだ。

全員でかかってくるより、一人ずつの方が殺しやすいからね」


蛍の言葉に、私もそれが妥当だと頷く。

いかに熾天使のファルファレナといっても、熾天使クラスの粛正者八人を一度に相手するなんて馬鹿げた真似はしないはずだ。私だってそうする。

・・・・・だけど、本当にそれだけだろうか?

蛍と同じく勘で、何か違和感を感じ取る。

一対一の状況に持ち込むのなら、私と蛍も引き離すはずだ。

できなかったのか、あるいはわざとしなかったのか。



「いいや、それ以上に君たちはゲストだからだよ」

「ッッッ!!!」



音源は目の前から。

声が聞こえるまで、そこには確かに何も無かった。

それなのに、まるで雑な映像編集のように、一コマ後にはそれが立っていた。


黒い軍服の女性。その上から纏うマント。長い黒髪は腰にまで垂れ、軍帽には一つの蝶のブローチ。腰には一振りの剣が差してある。

目を引くのはその左胸。心臓がある位置に深々と槍が突き刺さり、身体を貫通した先端から血がポタポタと流れ落ちる。

その目には愛玩の意が込められ、同じ場所に立ちながら私たちを上から睥睨(へいげい)している。


忘れない。忘れもしないその姿。

本心からの怒りを込めて、ようやく会えたと万感の意を込めて、私は宿敵の名を叫ぶ。


「ファルファレナ!!!」


叫びは衝撃波のように、縄張りに広がり破壊をもたらす。

まるで雷に打たれたかのように、全身に走る痺れを心地よくすら思いながら、ファルファレナは愛おしそうに目を細めた。


「待っていたよ、あの時から君たちを。この時を。

君たちが来てくれることを心待ちにしていたよ」


膨れ上がる戦意を前にして、それでも蝶の微笑は止まらない。

ようやくここから始まるのだと、清涼な声色は告げる。


「さあ、あの時の続きをしようか。

君たちもそのつもりで来たんだろう?」


そう言って、腰に下げた一振りの剣を抜く。

光を宿す刀身。単なる軍剣ではない。今まで幾多もの堅洲国の住人()を殺戮したファルファレナのお気に入りだ。

世界に打ち立てた莫大な死の功績。当人の信仰。それらが合わさった結果、生まれるのは神の武具にすら匹敵する凶器。

あの軍剣が一つの世界であり、たったの一振りで葦の国に甚大な被害をもたらす代物であることは、体験せずとも分かる。

そしてそれを手足のように操るファルファレナの霊格は、それすら軽く超えている。


「君たちがもう一度失うのか。

あるいは私の手から守りきれるのか」

「考えるまでもない。結果は後者に決まってる」


長刀を構えた蛍が、ファルファレナにその切っ先を向ける。

彼らしからぬ断言。その言葉には強い意志が内在している。


あの日、ファルファレナを前にしてどうしようもない自分の無力さを呪った。

大切な人を守れず、泣きじゃくる美羽をただ抱きしめることしかできなかった。

また悲しい想いをさせてしまった。それが嫌で、だから強くなったんだ。

なにも世界の全てを敵に回してなお勝利できるような大層なものじゃない、ただ大切な人を守れる強さを。

彼女と共に生きる未来を、創り上げるというエゴを、貫き通す力を。


「勝つのは私たちです。

私たちの日常に手出しなんてさせない。貴方の想念はここで消える」


蛍の言葉を美羽が引き継ぎ、己の想いを乗せる。

そうだ。もう悲劇なんてこりごりだから。

大切なもののために、立ちはだかる壁を壊す力を手に入れたのだから。

決して壊させたりなんてしない。させない。

今度こそ、何を犠牲にしてでも守りきってみせる。



あの冬の日から、今に至る想いの全てを込めて、二人は同時に叫んだ。



「「押し通すッ!!!」」



今こそ、全ての決着をつける時だ。











「「「「「「「「顕現」」」」」」」」



その日、その時、覚醒の音色が同時に鳴り響いた。



対面に至るまで実に93話もかかった事実。

次回、VSファルファレナ(やっとだよ)


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