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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 喫茶店・桃花
15/211

第十五話 蓋をする

前回、虐殺に近いなにか



「ふぅ・・・・・・」


全てが終わった。

美羽は溜息をついて周囲を見渡す。倒れ伏す人や地面の荒れ具合、死屍累々と呼ぶにふさわしい。

終わった。それを確認した美羽は中の二人へ安全を伝えるために扉へ近づく。


しかし――


「おいおい・・・・・・・何の冗談だこの様は」


背後からの声。ガードレールの向こう、一台の車があった。

後部座席の扉が開き、誰かが出てくる。

鋭い目つきをした、スーツが血で汚れている男だった。


「お前も、高欄帳と同じ()()のようだな」


氷のように冷たい声。30人もの武装した集団を一掃した美羽に恐れを抱いていないのか、無造作に歩いて行く。


「で、その扉の中に高欄帳がいると。あのガキの情報通りか」

「・・・・・・・」


美羽は答えない。代わりに姿勢を落とし、速攻で男の意識を刈り取る体勢になる。

しかし目の前の男は掌を前に出し、止まれの合図をする。


「落ち着けよ。殴り合いじゃどう足掻いたって勝ち目がないのはわかった。

会ったんだろう、高欄帳に。なら高欄帳の兄について聞いているか?」

「!」


兄。その単語を聞いて美羽の動きが止まる。

目の前の男はそれを見てさらに話を進める。


「そいつの身柄を俺たちが預かっている。

俺に何かあったら直ちに殺すようにと、部下には伝えている。

どうだ? それでもお前は俺に手出しできるか?」


歓迎するかのように手を広げる男。

美羽は動かない。視線は男の乗っていた車に向けられる。


ガラスから何かが見える。血? そういえばこの男にも血が付着している。

しかしこの男からはそのような傷も見当たらなければ、やせ我慢をしているようにも見えない。

なら、誰の?

そもそもなぜこの場所がわかった?ここは帳ちゃんと彼女の兄の二人だけの秘密の場所だ。


・・・・・・・。

頭の中で情報が繋がり、最悪の想定ができあがる。


「貴方は、まさかっ!!」


思わず言葉に怒気が乗る。その様子に目の前の男は無表情を貫く。


「お前の考えている通りだ。高欄帳の兄から情報を聞き出し、俺たちは高欄帳の居場所を探し当てた。

いや、苦労したよ。なかなか口を割らねぇもんだから、いっそそんな口なんていらないんじゃないかと思ってな」

「何をしたんですか?」

「それは想像にお任せしよう。

それでどうする? 高欄帳の兄を殺したいのなら俺を殺してみろ。

そうでないのなら動くな」

「っ!!」


殺意が湧き上がる。

今すぐにでもその顔をぶん殴ってやりたいが、その衝動をぐっとこらえる。

話の通りなら高欄帳の兄はまだ死んでいない。が、その生死はこいつしか知らない。


蛍の顕現にも出来ることと出来ないことがある。死者の蘇生も出来ないわけではないが、完全に生前の人格や記憶を取り戻すのは不可能に近い。

死者を蘇らせる事は出来ても、人を完全に復活させることはできない。元の魂が戻らないからだと、かつて蛍はそう言っていた。

つまり、蛍の想造ではオリジナルに似ている人形しか作れない。元々の人物とは違うものが出来上がる。

だから仮に帳ちゃんのお兄さんが殺されたとして、その彼を蘇らせるのは無理。


後で高天原によって改変が行われるらしいが、それもどこまで正確かはわからない。

非常にむかつく話だが、こいつに従わざるを得ない。


「動かない、か」

「・・・・・・」

「そこに隠れている高欄帳を呼んでこい。

早く動け。さもないとあいつの大事な兄が死ぬぞ」


思わず歯噛みする。自分の無力さに腹が立つ。

言われるがまま、私は帳ちゃんの隠れてるドアを開ける。


「あ、お姉ちゃん!」

「美羽、お疲れ、どうだった?」


笑顔で駆け寄ってくる帳ちゃん。そしてそのエスコートをする蛍。

微笑ましい光景だが、私の表情は厳しくなるばかりだった。

それに気づいた蛍が問う。


「何かあったの?」

「・・・・・・帳ちゃんのお兄さんが、人質になってる」

「え?」


帳ちゃんの笑顔が消え、徐々にその顔が恐怖に包まれる。ともすれば泣き出しそうだ。

その表情に心を痛める。


「ごめん、けど必ず取り戻す。だから今は、外に出てくれる?」


恐怖に押しつぶされそうになりながら、それでも帳ちゃんは私の手を握ってくれた。

意思は決まったようだ。

最後に蛍の顔を確認する。蛍も神妙な顔で頷いた。

帳ちゃんを連れて外に出る。

せめて店長が来てくれることを祈っていたが、そう都合よくは行かないようだ。

男はこちらを、帳ちゃんを凝視する。


「もう一人いたのか。それで、お前が高欄帳か」

「・・・・・・・・・・」


帳ちゃんは無言で肯定する。


「話はそこの女から聞いていると思うが、お前の兄を預かっている。

なに、死んではいない。病院に行けば助かる程度に済ませてある」

「っ!」


帳ちゃんが私の手をぎゅっと掴む。溢れんばかりの恐怖と怒りが伝わってくる。

余計なことは言うなと、私は目の前の男を睨みつけた。


「おっと、怖い怖い。では本題を言おう。高欄帳、お前にして欲しいことがある」

「私に?」

「ああ」


何を言うつもりだ?意味はないが、一応構えておく。

そして、男は決定的な言葉を告げた。


「お前の力で、その男と女を殺せ」

「!!!」


こいつ、そうきたか。

つくづく最悪な奴だ。帳ちゃんに顕現を発動させようというのか!


「毒には毒を。化け物には化け物を。

俺に出来ないのならそいつにやらせるだけだ。

一度発動したんだ。方法がわからない訳じゃないだろう?」


帳ちゃんは涙を流しながら首を横に振る。


「そんなこと、できない!!」

「そうか、なら大好きなお兄ちゃんが死ぬだけだな」

「っ! 駄目!!」

「なら選べ。数十年一緒にいた兄を選ぶか、それともついさっき知り合ったばかりのその男と女を選ぶか。

まあ考えるまでもないだろうが、どれを選ぶかはお前の自由だ」


何が自由だ。選択肢を極限にまで狭めた選択など強制と何ら変わらない。

握りしめた手から震えが伝わる。帳ちゃんの頬を涙が伝って、地面にぽたりと落ちる。

嗚咽を漏らしながら、帳ちゃんは狼狽(ろうばい)する。どうすればいいかわからないんだ。

不意に、隣にいた蛍が帳ちゃんを慰める。


「帳ちゃん。顕現を使って」

「! でもっ!!」

「大丈夫。僕たちは鍛えてるから。ちょっとやそっとのことじゃ傷一つつかないよ」


何の根拠もない言葉。もちろん嘘だ。

顕現者を害せるのは顕現者だけ。

もしも帳ちゃんの顕現が殺傷力に特化したものなら、私たちが死ぬ可能性も充分にある。


それでも、それしか方法がない。

私たちの心配をしてくれる帳ちゃんの涙を拭って、蛍は慰める。


「約束したでしょ。必ず君を守ってみせるって。

僕たちなら本当に大丈夫。今はお兄さんが優先だよ」


先ほどと同じ優しい表情。

一切の不安を感じさせない、包み込む笑顔。

その笑顔を見て、数秒の後、帳ちゃんは泣き止んだ。

帳ちゃんは私を見る。

私も同じように微笑み、頷く。


「大丈夫、きっとなんとかなるから」

「・・・・・・・・わかった」


そして帳ちゃんは決意した。

私たちの手を離し、一歩踏み込む。

そして、その言葉を口にした。



「顕現」



空気が震える。これから起こる異常事態に、警鐘を鳴らすように。

世界が変革している。空間がねじ曲がり、帳ちゃんの色が周囲に広がっていく。

これは、この(タイプ)は――



(ふたがり)



■ ■ ■



呟かれると同時に、爆発的に世界が塗り変わった。

間近にいた私たちが真っ先にその影響を受ける。

全身にかかる圧力。強い力で全身を握り潰そうとしているような、そんな感覚。

私を書き換えようと、帳ちゃんの能力が押し寄せる。

下手をすれば自分を失いかけない。なんとか張り巡らせている破壊の膜に意識を向け、自分を保つ。


やがて世界の変貌は終わった。


「これって・・・・・・」


目の前に現われたのは白い街。

ビル、家屋、店、自動販売機、道路、自動車、街灯、その全てが白色。

唯一空だけが青い。空に太陽は無いが、周囲は昼のように明るい。

先ほどまでの、暗い街並みは影も形も無い。突如異世界に飛ばされたかのような、そんな印象を受ける。

そして無音。何も聞こえない。物音一つしない。風の音すらしない。


()()()か」


周囲の空間(せかい)を自分の想念(せかい)で塗り替える顕現の型。

この街も帳ちゃんが生みだした現象。帳ちゃんの世界の一部。

私は、帳ちゃんに内包されたんだ。


周囲を見渡す。誰もいない。建造物の中を見ても、人っ子一人、犬も猫もいない。

何かがあるようで、何も無い。そんな世界。

こうも無音だと恐怖が湧いてくる。自分の元いた場所がどれだけ音で溢れていたかよくわかる。


(どこかに出口はあるのかな?)


足に力を入れて疾走する。

音速の数十倍の速さで、一気に街を駆け抜ける。

しかし走れども走れども風景が変化しない。白い街はどこまでも続いている。

閉じ込められている。恐らく一日中走っても同じ風景が続いているだろう。




美羽と同じ現象を蛍も体験していた。

どこまで行っても同じ白。潔白の色。病院のような、妙に清潔がすぎている白。

人によっては不安を呼び起こすこの現象に、なぜか蛍は妙な居心地の良さを感じていた。

このままずっとここにいてもいいような、そんな気分だ。


「顕現 想造」


顕現のスイッチをオンにする。なんとかしてここから脱出せねば。

適当に剣を創造する。瞬時に想像の念が世界に投影され、現実化する。

造られたのは直径5000㎞ほどの大剣。前兆一切なしに宙に出現し、白い街に突き刺さる。

地震のような振動が響く。それに反して埃も風も発生しない。


地面に突き刺さった大剣は街を破壊する。ビル群を切り分け、家屋を真っ二つにする。

しかしそれ以上の変化は無かった。


「駄目か。ならこれはどうかな」


次に蛍は超質量の惑星を創造した。晴天の空に巨大な物体が現われる。

周囲の時空を歪ませる程の質量。それが街に衝突する。

激突の衝撃でビル群と建造物が吹き飛ぶ。最早音も消えた。中心部は光に覆われ、莫大な衝撃波が形ある物体を残らず蹴散らしていく。


「ん?」


変化は唐突に始まった。

円上に広がった衝撃は時間を戻したかのように巻き戻る。それと同時に吹き飛んだはずの建造物がその形を取り戻す。惑星は消しゴムで消したかのように、その姿を失っていく。

数秒後には、まるで何事も無かったかのように元の街が広がっていた。

復元機能でもあるのか、それとも時間でも戻しているのだろうか。


「物理的に脱出することはできそうにないか」


やり方を変えよう。

第三者視点から今の自分を俯瞰する。白い街に捕らわれている自分。

白い街にいる自分。この街から脱出し、元の世界に戻っている状態を想像する。

こうすることによって僕は白い街の外、帳ちゃんの展開した世界の外へ――。


「・・・・・・・・・あれ?」


変化が起きない。

目の前の光景は相変わらず白い街。元の、暗い橋の下にはいない。

これは、つまり。


「へえ、これは久々の体験だ」


自らの顕現が通用しない。その事実に蛍は心の中で少し焦った。

今まで相手してきた咎人とは違うようだ。干渉がまるでできない。

こうなったのは美羽や天都さんとの手合わせ以来だ。

それはすなわち、蛍の顕現は格上はおろか同格の相手にも効果は薄いということを意味していた。


(ショックだ。この先やっていけるかな・・・・・・)


今は嘆いても仕方ない。なんとかこの空間から抜け出す方法を考えよう。

例え自分では脱出できなくても、そのうち店長が来て助けてくれるだろう。

まずはこの世界がどのような想いで構築されているか、そこから推測を始めよう。




次回、天使舞降

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