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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 星姫と狂乱の騎士
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第十六話 騎士の過去・4

前回、竜の咆哮は騎士に届き



あれから数年が経過した。


キイイィィィンと、剣が()を描き宙を舞う。

ルッジェーロさんの手から弾かれた鉄剣が地面に突き刺さった。

それを見届けて、彼は僕に向き直る。


「よくやった。私に教えられることはもうないな」

「ありがとうございます。ルッジェーロさん」


数年分の感謝を込めて、僕はルッジェーロさんに頭を下げる。

毎日、突然やってきた僕に不平不満を言うこともなく、剣の指示をしてくださった彼には感謝の言葉しかない。

ルッジェーロさんは、自嘲(じちょう)するように自分の手を見て言う。


「この老体では、もはやお嬢様をお守りすることはできない」

「まさか、そんなことはありませんよ」

「いいや、自分の身体だからこそよく分かる。

もう、ろくに動かせん。身体中の歯車が錆付(さびつ)いていると言ったらいいか。動かす度に節々(ふしぶし)が痛む。老兵はお役御免だ。

だからこそ、ローラン。お嬢様を任せたぞ」

「・・・・・・はい、わかりました」


僕はその言葉に万感(ばんかん)の意を込めて頷いた。



プラダマンテさんとのお買い物。

だいぶ慣れて、僕一人でも買い物が出来るようになった。

プラダマンテさんと一緒に買い物するのも、最近は少なくなったな。


「成長しましたね、ローラン君」


プラダマンテさんが、買い物リスト片手に荷物を持つ僕に言う。


「昔の、簡単な計算でてんやわんやしていた貴方が懐かしいです」

「ははは、懐かしいですね。あの時はほんとうにご迷惑おかけしました」

「ふふ、いつの間にか自然に笑えるようになりましたね」


会話は続く。だが、それを遮るように遠くから怒声が聞こえてくる。

声は一つではない。何十何百何千、集った民衆の怒りが一つの音となり、大音声が真昼の街に(とどろ)いている。


「プラダマンテさん、なにかあったんでしょうか?」


民衆が何に怒っているのか、僕は見当がつかず尋ねる。

問われたプラダマンテさんは、静謐(せいひつ)な目で言う。


「ようやく、多くの平民がおかしいと気付いたのですよ」

「おかしい?なににですか?」

「今の体制が、です。

全体の僅かしかいない貴族と聖職者に税金を(しぼ)り取られ、必死に働いて得たお金を使い潰される。

自分たちがパン一切れに安いスープしか食べられないのに、特権階級の者たちは毎日食べきれないほどの御馳走(ごちそう)に囲まれる。

あの中にはローラン君のように、日の当たらない路地の裏で日々過ごす者も大勢いるでしょう」

「・・・・・・・・・」


その言葉に、もはや懐かしいあの日を思い出す。

一日一日を生きるだけで精一杯で、飢えと寒さが思考の大半を占めていたあの日々。

アンジュに出会わなければ、きっと今もあの路地裏でうずくまっているのだろう。


「ねえ、ローラン君」

「はい、何でしょうか?」


普段と同じ声で僕を呼ぶプラダマンテさん。

だけど未来を見通したような、これからの運命を悟ったような、そんな悲嘆(ひたん)を宿した目をして。


「どうか、あなただけはいつまでも、アンジュ様のおそばにいてくださいね」

「?」


その時の僕は、その言葉の意味を理解することができなかった。

あるいはそれが、僕の最大の間違いだったのかもしれない。




コンコンコンと、都合三回のノックでアンジュの部屋の扉をたたく。


「入って!」


いつもと変わらない高い鈴のような声。

許可をもらってドアを開く。

そこにいるのはアンジュ。

大人びて、すっかり少女からお嬢様になった。

だが薔薇のような赤い頬や宝石のような目、その美貌は一切変わらない。どころかより磨きがかかってさえいる。


変わったことはそれだけじゃない。身振り手振りに上品さが加わった。

今も椅子に座っている彼女の姿は、まるで聖母のような慈愛と王族のような神聖さに満ちている。

決して侵されざる星の光。間近でアンジュを見ると、一種の神々しさすら感じる。

僕は彼女の座る椅子の対面に座り、テーブル越しに彼女と会話する。


「今日も一日お疲れ様、ローラン。

聞いたわ!ついにルッジェーロに勝ったのね!!」

「勝っただなんて、あくまで練習でのことだよ。誰から聞いたの?」

「ルッジェーロ本人に。言ってたわよ、『私ではローランにもう勝てない』って。

数年の努力が実を結んだのね、あなたの主として嬉しいわ!」

「ありがとう。これからも君の騎士として頑張るよ」


と言ってみたが、いまだに騎士の本分を全うできているかどうか怪しい。

そもそも騎士とはなんだろうか?

僕自身も色々調べたが、どうもアンジュが言っている騎士とは最近になって生まれた概念のように思える。

昔に言われていた騎士とは、王から給与を貰う代わりに兵役(へいやく)の義務を課せられていた者のことをいう。

だがそういった騎士は火器の発展と共に姿を消していった。

今や名誉職(めいよしょく)程度のもの、いわゆる勲章(くんしょう)的な存在だ。


だからアンジュが求めているのは、姫や王個人に仕える主従関係を持つ者のことだろう。

もちろん僕本人としてもその役目を全うするつもりだ。

誰かがアンジュを傷つけるのなら、僕が身を(てい)して彼女を守る。

その結果僕が死んだとしても、一切の後悔なく逝ける。

それだけが、僕の生きる価値なのだから。


だけど、当然と言えば当然だが、現実にそんな場面はあまりない。

暴漢(ぼうかん)が屋敷に突撃してきたなんて事件、これまで一度たりとも存在しない。

むしろその状態を望むべきなのだろう。


代わりにアンジュへの給仕(きゅうじ)は多い。

毎朝アンジュを起こす。料理を作る。ティータイムに紅茶を入れる。服の用意。散歩の付き添い等。

どう考えても使用人か執事のそれだ。いや、八割方使用人だな。重要な仕事はライラさんが担当しているから。


まあとにかく、彼女の騎士としてちゃんと仕事ができているのか、それが自分でもわからないのは問題だ。


「ローラン。最近、街の様子はどう?」


考え事をしている僕に、アンジュは声色を変えて街の様子を聞いた。


「街?特に変わりは・・・・・・いや、人がいっぱい集まってた」

「・・・・・そうなんだ」


明らかに声のトーンが落ちた。その目は下に沈み、僕を心配するものに変わる。


「お父様から聞いたわ。最近民衆の暴動が起きてるって。だから外出は控えた方がいいって。

ローランは大丈夫?巻き込まれたりしてない?」

「僕は大丈夫だよ。

この前も似たようなことはあったし、今回も一過性のものだと思うよ。

・・・・・・アンジュは、怖いの?」

「うん、少し心配」


アンジュの顔が(かげ)る。

考えてみれば当たり前の事だ。プラダマンテさんの話では、民衆が暴れる原因は数パーセントしかいない貴族や聖職者に働いたお金を持っていかれるからで、アンジュは貴族の内に入っている。

だから、最悪の未来を危惧(きぐ)するのも当然。最近はライラさんやルッジェーロさんもピリピリと緊張した気を発している。

もしもこの家にまで被害が及んだら・・・・・・そう考えたら僕もゾッとする。


いつからだろう。僕たちは一つ一つ年をとるたびに、こんな表情が増えていく。

それを見て、僕も心が痛むから。その星のような輝かしい顔をこれ以上歪めたくないから、絞り出すように言葉を紡ぐ。


「大丈夫だよ。アンジュのお父様は人を奴隷のように扱わない。

そうでないと僕みたいな人間が居住することを許してくれるわけがない。

時々貧しい人に寄金だってしているじゃないか。他の貴族とは違う」

「・・・・・・そう、だよね。

ごめん、気を遣わせちゃって」

「いいや、これも騎士の務めだよ。違う?」


微笑んでアンジュに確認する。

アンジュは僕を見て笑ってくれた。


「ううん。違わない。

ありがとう、ローラン。貴方のような騎士がいてくれて、私は幸せ者だわ」


笑顔と同時に細まる瞳。

まるでお星さまのような輝き。

その笑顔は、天から降り注ぐマナのように、僕の心を甘露(かんろ)で満たしてくれる。


『どうか、あなただけはいつまでも、アンジュ様のおそばにいてくださいね』


ふいに思い出すプラダマンテさんの言葉。

それだけは絶対に成し遂げると、魂を賭けてでも誓える。

・・・・・・だけど、なんだろう。

僕の胸には、ぬぐい切れない不安がすみに居座っていた。



■ ■ ■



壁が崩れる。それは蛍とローランの手によるものではない。

向こう側から、つまり美羽かアンジュのどちらかによって破壊されたということ。

倒壊した壁の、その先にいたのは――



「美羽っ!」


歓喜と共に、僕は親友の名前を呼ぶ。

生きている。良かった。胸に立ちこめていた不安という名の霧が、その姿を確認して一気に霧散した。

傷らしい傷は見当たらない。勝ったのか?

壁の奥を見る。美羽と・・・・・・そのさらに奥には光を放つアンジュがいて。


「え?」


倒して、ない?

僕が疑問を覚えるよりも速く動いたのはローランだった。

死にかけの、いや、本来なら数百は死んでいる体の欠損を無視して、一目散(いちもくさん)にアンジュの元へ駆け寄る。

二人を隔てていた壁は用をなさず、騎士と星姫が合流する。

それすなわち、再び無敵の陣形が完成するということ。


激戦によるローランの傷が、暖かな光に触れて癒えていく。

付与される数多の加護。僕と互角に戦っていた時とは比べものにならないほど上昇する霊格。

今の二人は因果を超えて、あらゆる外敵を排除する智天使。

微かに見えていた勝利への道筋が、いま完全に断たれた。


一体どういうことかと、僕は近寄ってきた美羽に問う。

あの二人が揃っている状態だと、僕たちでは手も足も出ないことは分かっていたはず。


「美羽、どうして――」

「蛍、聞いて。もしかしたら、アンジュは」


言いかけて、美羽は僕の腕がないことに気づく。

ローランの剣閃により切断されたまま。極限の剣技は創造すら切り裂き、再生が行えない。

美羽は黒化した腕で虚空を掴むと、思いっきり握りしめ現実を破壊する。

バキンと空間が砕けると、傷一つない僕の両腕が現われた。

それに驚いている間に、美羽は僕にその後を続ける。



「――――の、――――しれない」






「・・・・・・・・・・・・え?」



今が戦闘中だということを一切忘れて、僕は思わず、呆けた声を出してしまった。

だけど・・・・・・・・・え?

それって、だって、それじゃあ、ローランは。

僕はその真実に気づいて、最悪の結末に気づいてしまって。





蛍の視線を受けるローランは、それを妙だと感じていた。

アンジュの顕現は外敵を排除する光であると同時に、ローランを包み込む加護の光。

同じ智天使であろうと、今の二人と戦って勝てる者など極少数。

相思相愛(そうしそうあい)、すなわち無敵。二人が揃えばそれが実現してしまう。

それなのに、破壊の少女は分断していた壁を壊し、創造の少年は一転して戦意を失い、戸惑う目でローランを見る。

何なんだ?何か会話したことは分かったが、一体何を聞いた?知った?


・・・・・・まあいい。

こいつらを排除する。結局それは変わらないんだ。

ならば一刻も早い粉砕を。

無敵と化した僕が、負けるわけがない。

少年が再び竜を纏おうが、少女がどれだけの破壊を巻き起こそうが。

僕一人で撃破できる。なぜなら、背後にアンジュがいるから。

その事実だけが、僕を必勝に導くから。


疾走する。神速の領域で二人の背後を取り、その首元に剣を突き立てる。

と、同時に美羽が腕を突き出す。不浄門から霊体の力を借り、未来を予知していた美羽だからこそ、その剣戟(けんげき)に反応できた。

剣と黒腕が交差し、美羽の掌を切り裂いて剣が肉を突き破る。

名剣は肉を貫き肩まで到達し、しかし美羽はそのまま剣を掴んで固定させる。


動かせない。けれど剣が使えないのなら撲殺すればいい。

腕を振り上げようとして、その直前に、彼女は言った。


「一つ、聞いてもいいですか?」

「?」


妙なことを。殺し合いの最中に、今さら何を聞くという。

・・・・・・いや、そんなこと一つしかない。

先ほどこの二人が話し合っていたことだ。

良いだろう。勝手に謎を抱えたまま死んでもらっては後味が良くない。

言ってみろ。そのあと殺す。

無言のまま視線に言葉を込めると、少女は意を決して、()()()()()()()




「貴方が守っているアンジュは、本当に()()()()()()()()?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」




次回、契約しよう

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