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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 星姫と狂乱の騎士
140/211

第十一話 騎士と姫

前回、ローランの実力



「ゲッシュだな」


それを桃花の二階で見ていたアラディアが、異常な強さの正体を看破(かんぱ)する。

ゲッシュ。別名、誓約(せいやく)。ケルト神話に有名な話だ。ある意味世界との契約の一種。魔術の中でも強大で、ある程度の実力者も好んで使うことがある。堅洲国でも普遍的(ふへんてき)な術技だ。

『自分は~を成し遂げる。~をしない』など、自分に(かせ)や制限を付け、それに見合った能力や霊格を得る。


例えば、相手の攻撃を必ず(かわ)すと誓ったとする。

その者は矢や銃弾、刀剣や投石に至るまで、どんなに軽微(けいび)な攻撃でも躱さなければならず、そのために必要な努力は言うまでもない。

だが恩恵(おんけい)ももちろんある。その誓約を守り続けている間、そのものには回避に関する能力が大幅に向上するだろう。

もちろん破った場合には罰則(ばっそく)がある。重傷を負う。自分の身近で、大事なものに被害を被る。途方もない苦痛が襲う。破った時点で死ぬ等の罰が。

上記の例で言うのなら、相手の攻撃でかすり傷の一つでもついた場合、一切の回避行動が取れなくなる。


つまりハイリスクハイリターン。ある者は『誓約は死亡フラグ』とも言っていた。

アラディアもそれには同意する。特に誓約で不死を体現している者なんてまさにそれだ。


話は戻し、ローランの驚異的な力の正体が誓約によるものだと分かった。

では彼はどのような誓約を立てているのか、あるいはその数は?

前者は分からないが、後者はある程度予測が立っていた。


「10、20っていったところか。はっ、自滅的だな」


思わず苦笑を()らす。そこまで生き急ぐことはないだろうに。

立てた誓約の数が多すぎる。確かに誓約はいくらでも自分に課すことが可能だが、それにしたって限度がある。

自分に誓約(ゲッシュ)を課す者は2、3が精々で。多くても7、8。

通常、自分の性格や信念、言動などから総合的にどのようなゲッシュを誓うかを判断するのが妥当だ。

なんといったって取り返しがつかない。一回誓った誓約を破棄(はき)する場合にも、その対価として罰を受けるのだから。


ゲッシュのデメリットは、何と言っても誓約を破った時のその罰。

誓約を課せば課すほど、自らを縛る鎖の数も比例して増加する。

まして二桁台にも上る誓約など、まともに動くどころか思考すら大いに制限される。

アラディアが自滅的だと笑ったのはそのためだ。


「ん~、苦戦しとるのう」


(かたわ)らで画面を食い入るように見ている焔。机の前に用意されたドーナツを美味い美味いと食べていた。

そんな彼は先ほど、ローランの姿を一目見るなり「あ、あいつやばいな」と誰よりも速く言ったのである。

隙のない立ち振る舞いもそう。その莫大な霊格もそう。

だが、なによりもその目が違う。


それは咎人の危険度、その判断基準の一つ。

いわく、熾天使(セラフィム)に近づく程、その目が空虚で何も映さなくなっていく。

さながら死んだ魚のように。だがそれは感情がないというわけではない。

むしろ逆。その目の奥には煮え立つマグマのように、災害のように感情が荒れ狂っている。

常人ならわずかでも触れれば精神が消し飛ぶ程の波。それがあの目の奥に隠されているのだ。

つまり、目の色が(かげ)っている様子ならやばいということ。焔の経験ではそうだし、皆もそう言っていた。


さて、そんないかにもやばそうな咎人を二人は相手しているわけだが(むしろいつもそうだが)。


(勝てっかの~?難しいだろうな~。勝率は一割以下じゃろうな~)


そんなことを考えながら、周りにいる粛正者たちを見る。

アラディアは傍観(ぼうかん)。天都は今いない。否笠は危険を悟ったのか、ゲートの前で待機している。

集は智天使五体分の戦闘を終え、一階で死んだようにバテている。霞は酒を飲みながらつまみをハムハムと食べている。


高天原の日常しか知らない焔にとって、彼らの行動は深い観察に値する。

通常の粛正機関では皆こうなのだろうか?それとも桃花だけなのか?

隣で酒を飲んでいる霞に聞く。


「うちだけじゃないかな~。

桃花って余所(よそ)と比べると人数多いし、アラディアの魔術で入界したらすぐに縄張りに侵入できるし、切羽詰(せっぱつ)まった感は薄いですね~」


ほろ酔い気分になっている霞は、焔の意図を()んで言う。


「二人を心配してるなら大丈夫ですよ。

今までもピンチになって、それでもあいつらは切り抜けてきましたから。

自慢の後輩たちですよ」

「信頼してるんじゃな」


その言葉に嘘偽(うそいつわ)りはなかった。

心配といえば心配だが、あの二人なら乗り越えられる。打ち砕ける。

それが二人の想いで、その想いを燃焼させれば、二人はどこまでも羽ばたいていくことだろう。

熾天使の、さらにその先にまで。


再び視線を画面に戻す霞。

二人が現在立ち向かっているローラン。

彼をじっと見て、霞は付け加えるように言った。


「まあ、そんな奇跡が今回も起きるとは限らないですけどね」



■ ■ ■



「くッ!!」


爆ぜる石床。舞い散る火花。

駆ける二人。不動のローラン。

あれから何分経ったか、既に衝突の回数は千を超え、負った傷は万を超える。

既に思いつく限りの手は試した。魔術も、顕現も。

相手の攻撃をそっくりそのまま返しても、掠り傷どころか髪一本揺らすことができない。

金剛(こんごう)のように屈強な肉体。指先にまで満ち足りている力の塊。

弱点は何かないのか。探っているが全然見つけられない。

さながら伝説に出てくる英雄のように、彼は無敵の騎士だ。


(頼れるとしたら、あれしかない・・・・・)


最後に残った可能性。それは今日アラディアさんに教えてもらった技術。

協力(きょうりょく)意思(いし)。多数の想いを一つにするこの力。たとえ格上であろうと打倒できる可能性がある術技。

それさえ決まれば、ローランであろうと手傷を与えられるはずだ。


そのために、彼にもっと油断してもらおう。

効かないと分かりながらも、僕は想造を繰り返す。

雲を切り裂いて、轟音(ごうおん)と共に降り注ぐ流星。

数千の星屑(ほしくず)が雪崩落ち、縄張りが完全に崩壊するが、ローランは流星が直撃してもケロリとしている。

僕はそんな彼に、左手に握った宝石を投擲(とうてき)する。


(使わせてもらうよ、ジェム)


昨日戦った少年を思い出し、その戦法を模倣(もほう)する。

投擲されたきらびやかな宝石は、空中でそれぞれ形が変わる。

炎熱、氷結、雷電、毒霧、暴風、水流。

智天使の出力で放たれ、なおかつ100%の模倣率を誇る蛍の宝石は、ジェム本人の威力さえ超えている。




視界を覆う色とりどりの宝石を見て、ローランはもはや億劫(おっくう)になっていた。

どう考えてもこの程度の攻撃で自分が傷つくはずがない。

既に二人は出せる手は出しつくしている。あの少女の黒球は惜しいところまでいったが、逆に言えばそれ以外は大したものではなかった。

創造も、破壊も。

わざと攻撃の全てを受け切って、君たち程度の力など効かないんだと見せつけ、勝手に折れてくれることを望んだが、そうもいかないようだ。

仕方ない。意に反するが、両者のうちどちらか殺せばさすがに撤退してくれるだろう。


それをもって姫に捧げる供物とする。

決断したローランは、やすやすと宝石から生まれた現象を引き裂いた。

周囲の空間が凍り、炎が溶かしつくし、電光が焼き、毒が犯し、旋風が切り裂き、海流が流しつくす。

並の智天使ならそこそこ通用はしただろう。

されど、宝石の弾幕は彼の髪一本動かすこともできない。


単純な強度の違い。智天使としての尋常外(じんじょうがい)な霊格密度、それに加えて20にも及ぶゲッシュの恩恵(おんけい)

そこから生まれる彼の力は存在するだけで世界を圧迫する極大質量。

視界に入るものは何であろうが瞬時に押し潰され、彼の影が通過しただけで数えきれないほどの並行宇宙が消滅する。

その髪の毛一本分の質量でも、軽く無限の魂魄(こんぱく)凌駕(りょうが)する。

さすがに熾天使には届かないものの、十二分(じゅうにぶん)に熾天使候補の有力者。

だからこそ、今ここで彼を止めなければ、将来さらに多大な被害が葦の国を覆う。



そして、予定通り動いてくれたローランの間近に、二人は既に到達していた。


(美羽っ!)

(うん!)


蛍の合図に、美羽はノータイムで応じた。

呼吸を合わせる。鼓動を合わせる。

想いを一つに、昇華(しょうか)させる。

ローランを倒す。どれだけ強くても、天と地に比喩(ひゆ)されるほど実力が離れていても。

必ず超える。そして、その先の未来を掴む。


走る閃光。漆黒。

まるで太極のように、白と黒が互いを(さえぎ)ることなく、なおかつその暴威を相乗(そうじょう)させて放つ。

白い長刀と黒の巨椀が、防御のために差し出したローランの左手に突き刺さる。


これまでとは規格が違う。

一時的に自分に迫った二人の想いに、ローランは瞠目(どうもく)し、

ドバッッッ!!!! と、その一撃は攻撃を抑えた左手ごと、ローランを後退させる。


後ろに下がったのは一、二歩。

(わず)かに感じる痛み。左手から感じる異常。

(てのひら)を見る。そこには白い切断痕と、硝子に走ったような罅割(ひびわ)れが確かに存在した。


「・・・・・・・・・」


無言のまま、行動は速かった。

右手の手刀が、被害を負った左手を切断する。

地に落下した左手は、瞬時に光の粒子となり解けて消えた。


ついに、ローランに対して一撃入れることができた。

やはり協力意思は通用する。

二人は喜びと共にその事実を確認する。

与えられた傷こそ微々(びび)たるものだが、それだけでもだいぶ安心できる。

これを続けていけば、いずれ倒せ――



()()()()()



だが、今までとは別種の冷たさを宿ったローランの声。

その目に宿った武人(ぶじん)の光。

切り落とした左手の断面に光の粒子が集まる。

集って、再び左手を取り戻した。


「君たちを敵と見なす」


瞬間、二人を殺意が襲った。

殺すという単純な意思。ただそれだけで、展開する防壁がいくつか割れる。

重力が何万倍にも増したかのように、彼の殺気が爆発し、遊びの終わりを告げる。

彼の余裕、油断が消滅した。代わりに彼の周囲に透明な防御壁が何十にも展開される。

数千ある並列思考は全て二人の殺害のために。

その右手が虚空を掴む。否、そこには剣があった。

彼の意思に従い現実に現れる剣。決して折れない名剣。

その名はドゥリンダーナ。


その名刀を手に取ったローランは、自らの切り札を発動させた。


『これより歌うは、淑女(しゅくじょ)騎士(きし)(いくさ)(こい)や、またオルランドの事蹟(じせき)のことども。

思慮深(しりょぶか)かりしこの男の、恋に狂いし所業のことを』


それは詠唱(えいしょう)。顕現の効果をさらに発揮させる言霊(ことだま)


『恋人よ、あなたに対して、私は臆病で無力だった。

死を()して護るべきであったのに、どうして他者の手にあなたを(ゆだ)ねたのだろう。

(いと)しの人よ、あなたは我が身を離れていずこにいるのか。今なお一人さまよい歩いているのか』


それは嘆きに満ちていた。無機質に唱えられるその声には、隠しきれない慟哭(どうこく)の音色が見え隠れする。

それに対して、二人は止めようと接敵する。

棒立ちで、明らかに行われるパワーアップを見逃すほど、二人は愚かではない。

しかし無意味。

あらゆる優先順位、行動順番の最上位にあるかのように、二人が事を為す前に詠唱は(つむ)がれ続ける。

どれだけ走っても到達しない。その声を遮ることができない。


『ああ、我が身ぞ哀れ、我が身ぞ不幸。この我に天上の神々に()する思いをさせたる花よ。貴方を手折(たお)られたなら、死ぬよりほかになにを求めん。

至高の神よ、このような嘆き以外のものならば、いかなる悲嘆も我が身に与えよ。

もしこれが真実ならば、我と我が手で命を絶って、生きて甲斐(かい)なきこの魂を滅ぼさん』


宣言と共に、名剣を握りしめるローラン。

その目に宿っていた狂気が、表出(ひょうしゅつ)した。



『顕現 狂乱(オルランド)()騎士(フリオーソ)



世界が震えた。

足下の影が湧き立ち、彼の全身を覆う。

影が溶け、出てきた彼は漆黒の鎧を身に纏っていた。


プレッシャーが一気に倍加する。

下手するとその圧力だけで二人の肉体と魂が潰れかねない。



だが、変化はそれだけではなかった。


「っ、蛍! 上っ!」


美羽が上を指さす。

釣られて蛍も天上を見る。

戦闘の影響で雲一つない空。ところどころ美羽の破壊により罅割(ひびわ)れている。

だが、目にするべきはそれではない。


光が、全天の光量が増している。

彼方の星々が物理的に距離が狭まる。

星々は騎士を祝福するかのように、優しくその光で彼を包む。

まるで神話の光景。

そして光が交わり、徐々に形を成して。

一人の女性が現れた。


「あれは、一体?」


ツインテールの茶色の髪。

エメラルドのような緑の瞳は、何も映していないかのように仄暗(ほのぐら)い。

(まと)うドレスは宝石が散りばめられ、一目で高級だと分かる服装。

まるで童話に出てくるお姫様のよう。


「アンジュ・・・・・・」


その姿を視認して、真っ先に口にしたのはローラン。

名前を知っているということは、二人は知り合いの仲?

疑問が渦巻(うずま)くなか、星の輝きを纏ったお姫様は、その言葉を口にした。


『これより歌うは淑女(しゅくじょ)騎士(きし)(いくさ)(こい)や、また(うるわ)しのアンジェリカの事蹟(じせき)のことども。

騎士が愛したその女の、星のように散った所業のことを。

顕現 恩寵の星姫(ステラ)


抑揚(よくよう)を感じさせない、機械のような声だった。

言葉が終わると同時に、彼女の発する光量が、爆発したかのように増す。

夜が蒸発し、縄張りを照らす唯一の光源が彼女だけになる。

肌が焼け煙が出て、目が真っ白になり視覚機能を失う。

太陽の数千万倍以上の光量が、離れた地上にまで降り注ぐ。


その光が目に入った瞬間に、ホワイトアウトする蛍の視界。

あまりの光に目が潰れた。どころか光に()かれ、肉が焦げる音と共に体内の水分が気化する。

頭を走る並列思考群が、最悪の未来を予知した。


(まさか、彼女も咎人なのか!?)



次回、二人対二人?

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