第十四話 それは災害のように
前回、接触
・美羽視点
強烈な光が室内を純白に染める。
催涙ガスが室内に蔓延する中、美羽は一瞬映った外の光景を見た。
全身を黒いスーツで統一されている集団。ぱっと見ただけで20人前後の影。
私は臨戦態勢を整え、背後の蛍に向かって叫んだ。
「蛍! 帳ちゃんの側にいて!」
「わかった。美羽は?」
「一人で充分」
告げるやいなや、ドアを蹴破り外に躍り出る。
私の出現に驚愕する集団。それぞれ拳銃を持ち、私に向ける。
この世界に来る前感じていた、ただの人間に対する恐怖は一切なくなった。
咎人ではない、生身の人間を殺してしまうかもしれない恐怖は、消えていた。
代わりに湧き上がるのは怒り。
異常な力を手にしたいから、我が物としたいから、帳ちゃんの家族を殺し、彼女を追い詰める。
そこに、帳ちゃんの意思は介在しない。
似たような事例は山ほどある。平行世界全体から見ればありふれたことだろう。珍しくもなんとも無い。
けれど、だからといって見過ごしていい事では断じて無かった。
一方、蛍は目の前に青白いバリアを創造し、煙から帳を守っていた。
催涙ガスなど顕現者には通じないが、それでも幼い子の周囲に危険な気体が漂っていると考えるのは嫌だった。
高欄帳は蛍の手を引き、訴える。
「ねえ、お姉さん大丈夫なの?」
美羽の心配をしている帳。
蛍は彼女を優しく宥める。
「大丈夫、あのお姉さんは世界中を敵に回しても勝てるくらい強いから。
きっとすぐに終わるよ」
比喩では無くほんとうに。相手が顕現者で無ければ同じ土俵にすら立てやしない。
これから行われるのは戦闘では無く一方的な虐殺。
それを、今から外の集団は身をもって体験するだろう。
■ ■ ■
場面は外。30を越える男たちが、手に拳銃を持ち武装している。
近くの道路には数台の車が停車している。それもこの集団のものだろう。
そして集団は上司からの情報通りに高欄帳の居場所を探し、見つけた。
後は捕獲するだけ。催涙弾と閃光弾を投擲し、眠らせてから確保するはずだった。
しかしドアから現われたのは一人の女。高欄帳ではない。
その顔立ちや背丈からして、高校生ほどの年齢ということはわかった。
「誰だ、こいつ?」
「高欄帳ではない。何者だ貴様は」
拳銃を構えた一人が警戒しながら美羽に近づく。
「答えろ! 貴様は一体なにも――」
男はその先を続けることは出来なかった。
美羽が放った蹴りは男の顎を性格に打ち抜き、その体躯を宙に飛ばす。
たっぷり5秒は宙を舞った男は、集団の後方に落下。
動く気配はない。一応美羽は加減した。死んではいない。
「なっ!? おい、今何が――!」
「くそ、構わん殺せ!」
その現象を目の前の少女が起こしたのだと気づいた黒スーツたちが慌てて発砲する。
一斉射撃。銃弾は音速の速さで空を切り、コンマの時間で美羽に接近する。
哀れ、華奢な少女は全身を蜂の巣にされ地面に倒れ伏す。
誰もがそう確信した。しかし彼らの常識は裏切られる。
美羽の肌に触れる2㎝手前。銃弾は見えない壁に当たったかのようにその勢いが止まり、その総身に罅が走る。
バキンと物が割れる音がして、全ての銃弾は粉々に砕けちった。
「なっ!」
「・・・・・・・・・・嘘だろ」
黒スーツの集団に動揺が走る。中には口を半開きにして呆けている者もいる。この反応も当然といえば当然だ。
常識的にありえない。なんで撃ったのに倒れない、死なない。
だがこれが顕現者。異常な存在。そもそも常識で量ることが馬鹿げている。
「ふっ!」
今度は美羽の番。
姿勢を落とし最前列にいる二人の黒スーツと距離をつめる。
その踏み込みで足下が爆発し、土が空中に飛び散る。
音速を十倍以上は突破し、美羽から見れば止まっている二人に向かって手を払う。
直撃は受けた二人は冗談のような勢いで真横に吹き飛ぶ。
秒もかからずガードレールに衝突した。ガードレールは変形し、二人は地面に崩れ落ちピクリとも動かない。
「ひィッ!!」
近くにいた一人が情けない悲鳴を上げる。
雉も鳴かずば打たれまい。ちょうど次の標的は誰にしようか考えていた美羽の狙いがそれに定まる。
恐怖に怯えたその顔に跳び蹴りを食らわす。首が身体から分離するのではないかと疑う威力で男は後ろに吹き飛ぶ。
ちょうど進行方向にいたもう一人を巻き添えに、30メートル先まで転がっていった。
「うわぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!」
半狂乱になった一人が銃を乱射する。
音速で迫る弾丸はまたも美羽の数㎝手前で失速し、自壊する。
その十倍以上の速さで美羽は黒スーツの男へ懐へ潜り込み、懐へ拳の一撃。
「かはっ!」
男は意識を失い、大地に膝をつく。
身近には三人。拳銃を構えているが、あまりに遅すぎるし意味もない。
足を払う。三人の足は綺麗に折れて、同時に美羽の蹴りが跳ぶ。
橋脚。コンクリート製のそれに、三人の体は深々とめり込んだ。
ここで、こちらに跳んでくる飛来物を確認。先ほどと同じ、缶のような形状の、手榴弾。
それは美羽の目の前に投げつけられ、そのまま爆発。手榴弾はその破片を辺りに散らす。
その爆発に巻き込まれ数人が負傷したが、味方の負傷より美羽を殺すことを優先したのだろう。
決死の決断。自分に被害が及ぶことも覚悟しての投擲。
「・・・・・・・・ありえない」
しかし非情なことに、美羽は爆発の中心に無傷で立っていた。
通常、顕現者は顕現を使わなければその恩恵を得られない。
しかし、コップに冷水を注げば表面に水滴がつくように、顕現を発動せずとも無自覚に力が漏れ出していることがある。
だから顕現者は、非常に稀釈され限定的ながらも、常時顕現の一部を使っているようなものだ。
先日、否笠がそれを利用して、折れ曲がった包丁を元に戻したように。
それが美羽の場合には、身体を覆う破壊の膜という形で現われている。
これが一種の防御壁の役割を担っており、美羽に対する物理的、非実体の攻撃に作用する。
銃弾だろうが、念波だろうが、極小の素粒子だろうが、果てには核爆弾であろうが関係ない。
この破壊の膜を越える一撃を用意しない限り、自らへの干渉を破壊し無力化する。
充分に絶望してきた集団へ向けて、美羽は足下を蹴った。
彼女が蹴った大地は爆発したかのように、大量の土と石が波のように押し寄せる。
「う、うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
それに巻き込まれ、黒いスーツの集団は一人残さず波に攫われる。
超高速で飛ぶ石にぶつかり気絶する者が多数。土砂に飲み込まれ、何メートル先にも流れていく者が多数。
後に立つのは美羽のみ。しかし気配を感知した美羽は、川を挟んだ先、3㎞は離れているビルの屋上をその目で捉える。
どうもさっきから気配がすると思ったら、どうやらスナイパーライフルでこちらを狙っていたらしい。
停止した美羽に向かって弾丸が放たれる。遠距離から放たれ、一瞬で到達するであろう弾丸を。
美羽は二本の指で掴み破壊した。
「・・・・・・・・・・」
スナイパーはもはや言葉が出なかった。高欄帳を捕まえるチームの補助、もしもの時のために配属された彼だが、こんな異常事態があってはもう呆けるしかない。
美羽は地面に落ちている石を拾う。
それにごくごく簡単な魔術を付与し、スナイパーの元へ投擲する。
空気抵抗と摩擦を無視して跳ぶ超音速の石ころは、スナイパーのいるビルに突き刺さる。
まるで爆撃でもあったかのように、屋上は爆発した。
動きはない。完全に気絶してくれたようでなにより。
次は道路。ガードレールを無視して二台の車が突っ込んできた。美羽を轢き殺そうとしているのだろう。
運転手は限界までアクセルを踏みこみ、目の前の少女に突っ込む。
それに対し、美羽は手を前に差し出す。たったそれだけ。それだけなのに、車はまるで見えない壁にぶつかったかのように、その手に触れた瞬間ひしゃげた。
即席スクラップ車の完成。シートベルトをしていなかったのか、運転手は窓ガラスを突き破り外へ放り出される。そのまま川へ水柱を立てて落ちた。
それを確認した美羽は飛翔してもう一台の車に飛び乗る。
「!!?」
運転手はさぞ驚いただろう。眼前に轢き殺そうとした少女が現われたのだから。
運転手は美羽を振り落とそうとハンドルを切るが、美羽は全く動じない。
美羽は腕を上げると、車のボンネットに思いっきり腕を突っ込んだ。
事ここに至っては逃げるしか無い。美羽の意図を察した運転手はドアを開き外へ飛び出す。
その直後、車が爆発した。
爆発の衝撃と熱は辺りに広がる。しかしそれらが美羽に触れた瞬間、その熱も車両も、全てに亀裂が走り砕け散った。
後には何も残らない。美羽は運転席から飛び降りた男へ歩を進め、もがいている彼へ死なない程度に拳を振り下ろす。
ゴツッという鈍い音がして、男の意識は断たれた。
次回、閉じ込める




