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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 星姫と狂乱の騎士
139/211

第十話 咎人・ローラン

前回、赤い竜



堅洲国・第八層。

赤黒い景色は変わらず、鈍重(どんじゅう)な殺意と(ただよ)瘴気(しょうき)の濃さだけが、これまでとは格別のものだと言外に私たちに告げる。

身体にかかる重圧がまるで違う。空間の排他圧(はいたあつ)が尋常のものではない。

赤黒い大地に刻まれた戦闘痕。底の見えない崖は、それが智天使(ケルビム)の攻撃によって形成されたものだということが分かる。


数体の住人と目が合ったが、彼らは少し私たちを見た後に視線をそらす。

ありがたいことだ。ここで彼らと戦闘になったらローランの粛正どころの話ではない。

電子的な画面に表示された座標に移動し、二人で合図し、顕現を使って侵入する。


破れる空間。その中から見える世界。


そこは、貴族が住むような豪邸(ごうてい)の庭。

目に飛び込んできたのは、天を目指さんとばかりに積み重ねられた宝物の山。

金貨、銀貨、宝剣、王冠、宝石、金像・・・・・・。

それはまるで金銀財宝の塔のようで、欲深(よくぶか)な者がこの光景を目にすれば、きっと涙を流して歓喜するだろう。


夜空に浮かぶ星々の輝きが、優しくその庭を照らしている。

その輝きに呼応(こおう)して、言葉を返すように夜空に輝きを放つ金銀財宝。

それはまるで、愛の告白のようで。

異質な光景の中に、幻想的な何かがあった。


「咎人は、いないね」


ひとしきり辺りを確認した蛍が、警戒を解かずに言う。

そう、粛正対象のローランがいないのだ。

縄張りへの侵入。主である咎人にとってはすぐに気づくはずだ。

だけど、姿が見えないどころか気配さえ感じない。


あの豪邸(ごうてい)の中?けど透視(とうし)を使って中を見ても、人影は一つも見えない。

無人。寂しい無音が支配するこの縄張りで、私たちはどうしたらいいか悩む。


とにかく少しでも情報を得ようと、私たちは金銀財宝の塔に近づいた。

推測するに、この金銀財宝は葦の国から奪ったものだろう。

アラディアさんが渡した報告書にもそう書いてあったし、宝物の種類や形、色も何もかもバラバラ。

宝物の文化が違う。時代が、ではなく世界背景が。直感でそう思った。

これも平行世界を襲って略奪(りゃくだつ)していると考えれば納得がいく。とても一人の思考基盤ではここまで多様なものは生み出せない。


「何のためにこうまで宝物を集めてるんだろう?」

「うぅん、これだけじゃなんとも言えないね。

鑑賞(かんしょう)するため、なのかな?それともこういうのを集めるのが趣味、だとか?」

「・・・・・・」


結局、分かったことは少ない。

どうしよう。このまま豪邸の中でも見ようか。

縄張りは咎人の心象風景(しんしょうふうけい)から構築されることが多い。お気に入りの場所だったり、自分にとって最適の場所だったり。

つまり主の性格や記憶が反映されるということ。だからそれを知ることができる。


けど、勝手に人の家に入るのもな・・・・・・。

自分自身でも今さら何を言っているんだと思うけど、なんかこう、抵抗がある。

だってあれだよ?自分の家に全く見知らぬ赤の他人が入るんだよ?

蛍なら全然いいけど、それでも自室を見せるとなると難色(なんしょく)を示す。だって自分の部屋ってプライベートの塊じゃん。

それを、何かないかな~って物色(ぶっしょく)される。ああ、最悪だ。


代わりにこの広大な庭でも見よう。

綺麗だ。整えられた草花。花壇。ベールのように水を噴き出す噴水。

貴族の私有地ってこんな感じなのかな。



コツッ。


「「ッ!!!」」


音源は私たちの真後ろから。

脊髄反射(せきずいはんしゃ)の域で私と蛍は横に飛びのく。

突然のことに(はや)る心臓と、危機を知らせる冷や汗。

姿を隠してはいなかった。それでも間近にいたのに気づけなかった。


その人物は、病的な白い髪に、中世風の漆黒の服を(まと)っていた。

黒に近い青の瞳。サファイアのようなその目は、疲れ切ったように(にご)っている。

口と鼻を覆うマスクは、なぜだか知らないが外部に対する拒絶を表しているようにも思えた。


コツッコツッと、靴を鳴らして男は金銀財宝の塔へ足を進める。

全く曲がっていない背中。歩く仕草(しぐさ)。かなり洗練されていることがそれだけで分かる。

見た目から分かる歳は私たちと同じくらい、いや、少し上か。

彼が、咎人・ローランなのか?


その彼は塔の前に立つと、その頂上へ手を伸ばす。

届くはずはない。が、塔の天辺(てんぺん)の空間に裂け目が生じる。

そこから零れ落ちるのは宝物の滝。

金貨、銀貨、宝剣、ネックレス、宝石、指輪、王冠・・・・・・・・。

その他様々な金銀財宝が塔へ雪崩(なだ)れ落ちる。

その量、本当に滝のよう。隙間が全く見えない程の密度で降り注ぐ宝物の量は数限りない。

宝物が降り注ぎ、頂上から宝物が崩れ落ちる。砂でつくった山に砂を上からかけるようなもので、私たちの足下にも宝物が波のように押し寄せる。


やがてその雪崩(なだれ)は止む。

裂け目から何も出てこないことを確認して、振り向かないままその男性は呟いた。


「君たちは何だ?」


一応、私たちのことを認識してはいたらしい。

その声は大人の低い声の中に、若干(じゃっかん)少年の声色(こわいろ)が残っている。

その言葉に、私は返答する。


「私たちは粛正者(しゅくせいしゃ)です」

「・・・・・・・・・」


その言葉で通じた、はずだ。粛正機関、そしてそこに属する粛正者を知らない咎人はいないはずだから。

もし知らなかった場合、一から百まで説明する義務が生じる。あの長い文を言わなくてはいけないわけだ。

だが彼にはそれで通じたようだ。こちらに振り返り、私たちを改めて視認する。


「なるほど、君たちが粛正者か。話には聞いていたが、初めて見たな」


言って、辺りを見渡し何かを思案(しあん)する。


「場所を移そうか。ここは壊されては困るんだ」


彼は地面に手を置いた。


そして世界が変動した。


「!」


豪邸が、庭が、噴水が、金銀財宝の塔が。

全て白に消えていく。いや、まるで上から何かを被せるように、新たな現実と世界が旧世界を覆う。

そして現われたのは決闘場。

夜空に映る星の輝きはそのまま、円を描いたようなバトルフィールド。

ということは、今回も説得は駄目のようだ。


「知っているだろうが、一応名乗っておこう」


私たちの対面に立つ彼が、特に構えもしないまま言う。


「僕の名前はローラン。彼方の星(ステラ)に仕える喪失(ほうろう)の騎士だ」



■ ■ ■



闘気(とうき)。静かに、矢のように突き刺さる戦意。

だが殺気は感じない。

ダラリと下げた手。虚ろな目。

とてもこれから殺し合う敵とは思えない。それほど油断に満ちている。


それに対して僕たちは、既に顕現を発動し構えている。

知覚が紫電(しでん)のように研ぎ澄まされ、千を超える並列思考が一斉稼働(かどう)する。

不意打ちでも正面突破でも、どんと来い。


だけど、


「殺すつもりはない」


彼は無造作(むぞうさ)に、コツ、コツと歩を進める。

この縄張り内に現われた時と同様に、ただ距離を詰めるためだけに歩く。

顕現や魔術を使用してすらいない。本当に生身のまま、敵である僕たちに近づく。


たじろいだのは僕たちだった。何の策もなくただ歩いてくるローランに対して、攻めればいいのかこのままを維持するか分からなかったから。


「戦意を削いで、無力化を――いや、違うな」


自分の言葉を一旦(いったん)否定し、より的確な言葉を探す。

あっという間に間近にまで迫ったローラン。定規一本分の距離にいる彼は、


「君たちに剣を抜くつもりもない。さっさと諦めて帰ってくれ」


刹那、動いたのは僕。

無防備(むぼうび)な首元に向かって、手にした長刀を横一線に振り抜いた。

油断してくれるのならそれでよし。油断している合間に命を刈り取る。


直撃。神速で放たれた斬撃がローランを捉える。

背後にある闘技場の建造物が、空を飛ぶ雲が、彼方まで切り裂かれる。

空間に断層が生まれ、景色にズレが生じる。

狙いよし。速度も上々。手に伝わる感触が彼のものであることは疑いようがない。


だが、その感触はまるで鋼鉄のようで、鮮血どころか散ったのは火花。

見れば、ローランの首には切り傷一ついていない。

切断することもできない存在強度。

けど、そのことにもはや驚きはしない。


僕の後に美羽が続く。

真っ正面からぶつける右ストレート。

破壊という、相手を死に至らしめる豪腕。

天上の雲海すら消し去って、ローランの存在を砕くため、その胴に叩き込まれる。


――ボギリ。


だけど、人を殴ったものとは違う音がした。


「なんだ」


それは美羽の腕が根元からもぎ取られる音で。


「粛正者といってもこの程度か」


その声には驚愕(きょうがく)どころか、嘲笑(ちょうしょう)すらなく、ただ素直(そっちょく)な感想を言っただけのような響きがあった。

刹那、何かが(ひらめ)く。

それと同時に、全身に走る衝撃。

気がつけば、僕たちは壁に叩きつけられていた。


「っ!」

「ぁう――!」


痛みを押し殺し、先に行動したのは美羽。

闘技場に(りん)が舞い散り、あっという間に黒炎が焼き尽くす。


「顕現 渇熱(タルウィ)()双炎(ザリチェ)


生に相対(そうたい)する死の炎。生命の源泉(げんせん)である世界樹すら渇かし枯らし焼き尽くす。

身体のみならず魂まで腐り果てれば、存在の根本から(めっ)されることは間違いない。

熱のない黒炎が地表を蛇のように舐め尽くす。


一点に収束し、30メートルもの炎の剣と化せば、縄張りごと咎人を両断する。

炎に宿る莫大な(マイナス)の属性が、(プラス)の存在を一切消滅させ、身に纏えば触れた相手を細胞から腐らせる鎧となる。

その負で満ちた剣を、美羽はローランに向けて振り下ろす。

音もなく着弾。石床が腐敗(ふはい)し、ドロドロとした液状となって底の見えない(ふち)が出来上がる。


「顕現が、二つ?

へえ、派生型か。初めて見たな」


その直撃を浴びて、なおもローランは無傷。

全身に纏わり付く黒炎を興味深そうに見て、それでもその声は冷静そのもの。


ブオッ!!と、彼が発した気が黒炎をかき消す。

気枯(けが)れの炎が、ちれぢれになって辺りに飛び散る。


美羽の顕現が二つ直撃しても無傷。

魔術も、ましてや顕現も使用していなくてこれだと?

何の冗談だ。もしかして僕たちは熾天使(セラフィム)でも相手にしているのか?


戸惑っていると、視界からローランの姿が消えた。

直感が告げる。後ろだと。

慌てて翼を展開し盾を構える。

直後ローランの手刀とぶつかり、拮抗(きっこう)する間もなく盾を貫かれる。


「ずあッ!」


そのまま吹き飛ばされる。

目は離していない。それなのに再び消えたローランの軌跡(きせき)を追えば、彼は吹き飛ばされる僕の真横にいる。

グシャッ!!と、彼は僕の頭を掴み床に叩きつけた。

視界いっぱいに広がる黒。頭を起こそうとしても、万力のような力で押さえつけられ1ミリも動かせない。


「蛍っ!!!」


今にも握り潰されそうな圧力の中、耳に聞こえた美羽の声。

美羽が選んだ顕現は最強の一撃。

その掌に生まれるのは漆黒の塊。

世界を丸々汚染する呪殺(じゅさつ)極致(きょくち)

不浄なる蝿王(ドゥルジ・ナス)。美羽の切り札の一つがローランに突き刺さった。


掌の球体は衝突と同時に展開。ドーム状にローランを囲み、内部を異界の怨嗟(えんさ)が支配する。

黒い輝きが光の全てを飲み込み破壊する。

必滅(ひつめつ)の一撃が相手を捉えたが最後。一つの異界の中に閉じ込められ超高温と極低温を同時に味わい、痕跡(こんせき)一つ残さず消えるだけ。



・・・・・・・なのだが。



ピシッ、とドーム状の黒球に(ひび)が走る。

既に僕と美羽の間で独自のネットワークは構築済み。

だからこそ美羽の驚愕(きょうがく)が伝わってくる。

なぜなら、ローランは漆黒の球体の内側から、

やはり素の状態のまま、力業(ちからわざ)でその異界をこじ開けようとしていたから。


「――ッ!!」


粉々に打ち砕かれる黒い異界。

その中から躍り出た騎士が、間近にいた美羽に向かって手を伸ばす。

放たれた打撃は計16発。そのうち9発をもろに食らった美羽は吐血しながら後退する。


当然追撃を加えるローラン。智天使(ケルビム)である僕たちの目でも、消えたとしか思えない速度で接敵する。

だが彼の目の前に、突如幾千幾万の刃が現われた。

想造。鋭い鋼がそのまま肌に突き刺さる。

四方八方から押し寄せ、回避も受け身も許さない。


小細工(こざいく)に過ぎない」


中心から爆発したかのように鋼の群れが砕け散る。

刃を砕いて出てきたローランはやはり無傷。髪の毛一本ほどの揺らぎもない。

例え無数の刀剣に阻まれようと、一瞬の足止めに過ぎない。


「だけど、その一瞬を稼げればそれでいい」


長刀に光を溜め込んだ僕と、ローランの目が合う。

美羽が身を(てい)してくれたおかげで、僕は解放された。

だからこそ、意地でもこの一発は当ててみせる。


放たれる極光(きょっこう)。剣閃と同時に白光が走り、全てを結晶状の塩に変えていく。

山だろうが海だろうが、これに触れれば塩化は免れない。

僕が用意できる中で最大の一撃。

それに対してローランは、ただそれを視界の中央に収めて、


パシッと、その白光を()()()()()


「はっ?」


それは比喩(ひゆ)にあらず。触れる者全て塩の柱と化す剣閃を、彼は右手で掴みとった。

まるで物を扱うようだが、僕の放つ光は物質というより霊的なものに近い。

間違ってもキャッチボールをしているわけではない。それなのに、彼は易々(やすやす)と触れられない光を掴み取る。


思い出す。確かに、僕たちもそれらしいことはできる。触れられないレーザー光だったり、最近は概念的なものも掴んだり。

だけどそれは自分より下位のものがほとんどだ。実体のない相手の攻撃を掴むなんて、到底できるわけがない。

ならそれを成し遂げる彼は一体・・・・・。


手の中でなおも輝く白光を、握り潰すローラン。

その顔には難行(なんぎょう)を成し遂げた優越(ゆうえつ)の色もなければ、痛みで(うめ)く様子もない。

当たり前の事をしただけ。彼にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。


「何も死ぬ必要はない。無用な殺生(せっしょう)を僕は好まない。

適当に君たちの心を折って、二度と近づかなないようにすればそれでいいんだ」


歩を進める彼からは、未だに僕たちに対する殺意は感じられない。

強い。絶望的に強い。

同じ階梯(かいてい)でも、レベルの差が開いている。

僕たちを10だとすると、彼は150まで到達しているような、そんな感覚。

レベル差が開きすぎて何も通じない。

この強さ、何かがある。僕たちは手探りで、それを探っていくしかない。



次回、活路を見出すのは二人の力

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