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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 星姫と狂乱の騎士
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第九話 竜骸000

前回、最後のテスト開始



(――ッ、美羽!!)


壁に衝突し、体勢を整えた蛍はそれを見た。

美羽の首筋に伸ばされる天都さんの手。

あのままだと首をねじ切られる。身体から分離した頭部が果実のように床に落ちる光景が、容易く想像できた。

僕が行って間に合うか?いや、もう遅い。僕が前に一歩踏み出した瞬間に、悲劇的な未来が実現するだろう。

ならどうする?黙って見ている?

断固拒否だ。

美羽の不死性が機能するかどうかは怪しい。今の天都さんは同格とは言え実力が数段上。不死性も再生能力も紙のように貫通されるだろう。

それに、美羽が傷つくのは嫌だ。黙って見ているなんて到底できない。



望む未来は美羽の救出。そのために必要なのは力。

(ねが)え。(いの)れ。()え。(おも)え。

(いだ)け。(はげ)め。()(すす)め。

そして叶えろ。


無から無限の光が溢れるように。


    ――アイン・ソフ・オウル 起動。


自分の手で創造すると決めたから。


    ――幸運を、少年。


「――ッ!!!」


総身にこれまでとは違う力が駆け巡る。

それは想造による自己強化とはまた違うもの。

それよりもっと圧倒的で、超越的(ちょうえつてき)で、業火(ごうか)のように猛り来るう暴力。

暴走する全感覚。痛みも雑念も消え、その代わり知覚範囲が一気に広がった。

巡る血と共に、表現不可能な力が全身に供給される。

溢れる全能感。今ならなんでもできそうな気がして。


だから、僕は迷うことなく足を踏み出した。



「!!」


声にならない驚愕(きょうがく)は天都さんから。

宙に吹き飛ばされた腕。放物線(ほうぶつせん)を描き、遙か遠くに落下した。


「え、ほた、る?」


疑問の声は腕の中の美羽が発したもの。その顔はキョトンとして、何が起こったのか分かっていない。

あの一瞬、僕は美羽と天都さんの間に割り込み、今にも首をへし折ろうとした腕を勢いのまま吹き飛ばし、美羽を両手で抱いて距離を取った。

そして、それを成した今の僕の姿は。



(まるで竜だな)


腕を吹き飛ばされた天都は、その変化を鋭い目で観察する。

いつもは白が目立つ彼が、今は堅洲国のように赤と黒が全体を占めていた。


赤い鱗を鎧のように纏う肌。その腕は美羽の爪のように、それよりも禍々(まがまが)しい竜の爪に変貌(へんぼう)している。

顔を覆うマスク。まるで肉食獣の口のように、骨ごと肉を引き裂く鋭い牙が顔を(のぞ)かせる。

赤黒く染まった右目は天魔のそれ。対する左目は今まで通り、エメラルドのような緑。

背中から今にも噴出(ふんしゅつ)しそうな翼。その肉を突き破れば、天に逆らうように屹立(きつりつ)する様が想像できる。

人型を模した竜。今の蛍にはその表現が一番適していた。


想造?それとも新しい顕現?

天都は考えたが、即座に違うと断じた。

あれは、もっと異質な、例えようのない何かだ。

天都の腕を引き千切った事実が、さらにその考えを助長させる。

どちらにせよ、後輩の更なる覚醒(かくせい)を喜ぶべきか。

・・・・・・それとも。




「美羽、大丈夫?」


腕の中に抱いていた美羽を降ろして、安否(あんぴ)を確認する。

なにぶん夢中だったせいで加減が全く出来なかった。

これで美羽に何かあったらどうしようと冷や冷やしていたが、特に外傷(がいしょう)はなさそうだ。


「うん。それ、どうしたの?」

「え、これ?なんだろうね。僕にも分からないや」


ボロボロと塵のように崩れ落ちる(うろこ)?を見て、僕も首を傾げる。

想像した結果ではない。明らかに僕の実力を超えている。

ならこれは・・・・・なんて考えるのは後回しだ。今はそれよりも。


「終わらせよう」

「うん」


(うなづ)いて、再び天都さんに向かい合う。

鋭い目で僕を見ている天都さんは、腕を一本千切られたというのに汗一つかくことはない。

治さないということは、わざわざ僕たちに対してしないのか。それとも出来ないのか。

なんにせよチャンスだ。僕たちが足を踏み込むより先に、天都さんは右腕を振るった。

それに応じて走るワイヤー。僕たちの進む道に張り巡らされ、四方から飛んでくる。

美羽より先に踏み出して、迫り来るワイヤーに両手を向ける。

上から交差した両手は、これまで僕たちの顕現すら退けた鋼糸(こうし)を蜘蛛の糸のように引き裂く。

開いた空間に、後ろから美羽が(おど)り出る。既に一撃を叩き込む準備は出来ている。


El (穿て、)Diablo(跛行の) Cojuelo(悪魔)!!!」


叩き込まれた悪魔の巨腕。だが先ほどと同様に、契約によって生じた障壁に吸い込まれる。

衝突し、せめぎ合う均衡(きんこう)を崩すために、僕も左拳を突きつける。

ピシッと障壁に亀裂(きれつ)が生じた。僕と美羽の圧力に、ついに決壊(けっかい)を向かえたようだ。

破片を()き散らし破裂する障壁。だがこれで終わりではない。

障壁を破った先、天都さんが腕を掲げて振り下ろそうとしている。

僕たちがこうすることも織り込み済み。僕たちが次の行動を取るよりも速く、その腕は僕たちに到達する。


だけど、既に僕も次の準備は出来ている。

右手にある神の傲慢(ヘレル・ベン・サハル)

柄を握りしめ、二人の想いを一つにし、陰陽(いんよう)合わさった極致(きょくち)を振るう。

極光(きょっこう)を纏う長刀が、過去最高の神威を宿して。

天都さんの腕を弾き、逃れられない創造を叩き込んだ。




先ほどと同様に、加減なんて全く無い一撃だった。

蛍の長刀は天都さんを捉え、肩から腰まで一直線に切り裂いた。

二人分の意思を注ぎ込まれ、その分威力も効能も増している。

だからこそ天都さんの安否を心配したが、


「・・・・・よくやった」


契約(けいやく)が果たされ、元の霊格と位階に戻る天都さん。

傷が全て修復されていく。秒も経たずに、万全(ばんぜん)の状態に戻った。


「おめでとう」


パチパチとやる気の無い拍手をしながら、アラディアさんが現われた。

それを聞いて、私は今度こそ張り詰めていた緊張(きんちょう)を解く。

ようやく終わったんだ。特訓の全てが。


「これでお前らのトレーニングは全て終わったわけだ。

後は今回の智天使(ケルビム)と、明日ファルファレナを倒すだけ。

今までを振り返って何か質問があるなら聞け」


その言葉に、私は手を上げた。


「トレーニングとは直接の関係はないんですけど、一ついいですか?」

「なんだ」

「咎人を殺して、()()()()()()()()()ってありますか?」

「はぁ?」


今まで平静だったアラディアさんの顔が不愉快(ふゆかい)そうに歪む。

眉間(みけん)皺寄(しわよ)せて、いかにも嫌そうな顔をする。


「なんでそんな無駄なことをするんだよ。んなことしてるのは高天原の随神(かむながら)だけだ。

誰かから入れ知恵でもされたか?」

「いえ。私たちは一回同格の相手と戦闘するだけで位階が上がります。

だから必要ないんじゃないかと思って」

「適当な理由付けなんてどうでもいい。そんなことお前が本心から思ってるわけないだろうが。

おおかた、咎人どもが哀れにでも感じたか?」

「・・・・・・はい」

「はっ。随分余裕がでてきたじゃねぇか」


(わら)うアラディアさんは、けれどそれから先を言わなかった。

けど事実だ。魂喰(たまぐ)いは輪廻転生(りんねてんせい)を阻む。

すなわち、喰われた魂は喰らった者の魂と同化し、その者が死ぬまで解放されることはない。

だから私の魂には、今まで殺した者の魂が渦巻(うずま)いている。私の家族も、咎人も。

分離する方法があればいいのだが、聞いた限りその方法は見つかってないらしい。


アラディアさんは沈黙し、苛立(いらだ)たしげに髪を掻いた後、溜息と共に言葉を吐いた。


「あるっちゃある」


そう言って、


「復唱しろ」

「え?」

高天原(たかまのはら)()します、天照(あまてらす)皇尊(すめらぎのみこと)(そう)すところには」

「「た、高天原に座します、天照皇尊に奏すところには」」

「ここに死した御霊(みたま)を、大いなる蛇に奉還(ほうかん)(たてまつ)る」

「「ここに死した御霊を、大いなる蛇に奉還し奉る」」


それから、アラディアさんは少し間を置いて。


「どうか、次なる世においてこの者に救いがあらんことを」

「「どうか、次なる世においてこの者救いがあらんことを」」


それは、自分たちが殺した者に対する最後の慈悲にも思えた。

アラディアさんは椅子に腰掛(こしか)け、おもむろに話始めた。


「エネルギー保存の法則は知っているだろう?」

「はい。形が変わってもエネルギーの総量は変わらないってものですよね」

「ああ。その認識でいい。

そしてそれは魂もそうだ」

「魂も?それって――」

「お前が考えている通りだ。

輪廻(りんね)の仕組み。死ねば魂はその法則に巻き込まれ、再びこの世に生まれ変わる。

その際そいつが喰らってきた魂も引き離される。だから随神(かむながら)の連中は魂喰いをしない。あいつらの役目は正しい世界の運行だからな。

それには咎人共が喰らった魂の解放も含まれている」


語るアラディアさんの目に、ほんの少しだが哀愁(あいしゅう)が宿る。


「魂に完全な滅びは存在しない。この事実はな、見方によっては残酷なものだ。

死は唯一のものではなく、生も繰り返される無限のほんの一瞬。

延々(えんえん)と、永遠と滅びることなく在り続ける。

牢獄(ろうごく)揶揄(やゆ)されても仕方のないものだ。事実この法則に気づいた者は、生命と死に価値を見いだせなくなる。

大事な者がなくなろうがまた産まれるだけ。自分が死のうがまた産まれ直すだけ。

事実上、不死のようなものだ。個我は絶対に消滅しない」


ゴールなんてないのに、永遠に走り続けるマラソンさ。

アラディアさんが話していると、蛍が唾を呑んだ。


「世界は無秩序な増大を望む。

その意味は分かるか?()()()()()()()()()()()()()()()()

宇宙も、銀河も、惑星も。木の枝や石一つだって完全な滅びを許さない。許されない。

魂もだ。目の前から消えたと思おうが、その本質は不可視の領域に残留(ざんりゅう)している」

「輪廻から脱する方法はないんですか?」

「ある。一つだけ」


アラディアさんが一本指を立てる。

そして、さもつまらないとばかりに吐き捨てた。


「輪廻も何もかも超越しちまえばいいんだよ」


そう言って私たちを見て、そして笑う。


「どのみち牢獄だってことには変わりねぇがな」

「それって、どういう・・・・・・」

「またいつか話してやるよ。それより今はこっちだ」


アラディアさんがいつの間にか手にしていた紙を叩く。


「今回お前らが粛正する咎人だ。

名前はローラン。人型で男性。他の智天使(ケルビム)と比べると活発的に動いている咎人だ。

葦の国において宝石や金品を強奪するついでに、宇宙ごと邪魔する者をいくつも滅ぼしてきたらしい」


私たちに紙を渡す。

だが紙面に()っている情報はあまりにざっくりとしていて、具体的な人物像が想像できない。


「対人関係ってのは何事も実際に会ってみねぇと分かんねぇってことだ。

それに、充分情報がある方だぞ。智天使(ケルビム)ともなるとその抽象度、素の情報隠蔽(じょうほういんぺい)能力が生半可なものじゃない。

観測することすら難しくなってるんだよ」


アラディアさんが立ち上がると、目の前の空間に一瞬で魔術的な紋様を描く。

魔術を本格的に学び始めて、その絶技(ぜつぎ)(すさ)まじさに、やっと気づけてきた気がする。

インクの染み一つ分の筆跡に、一体どれだけの情報が込められているのか。

私たちなら三ヶ月で四分の一も完成できない。それを秒もかからず作成する。

瞬きをする間には、いつも見るゲートが出来上がっていた。


「行け。こいつが終われば、ついに念願のファルファレナだ」

「「はい!」」


返答が重なり、ゲートに向けて同時に一歩踏み出す。

吸い込まれるいつもの感覚は、桃花のゲートと遜色(そんしょく)ない。

すぐにでも見えてくる赤い世界。殺し合いの世界。






これから、最悪の結末が私たちを迎えるとは露知(つゆし)らずに。



次回、喪失の騎士

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