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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 星姫と狂乱の騎士
137/211

第八話 最終試練

前回、力合わせて



それから1時間が経過した。

全ての顕現への協力意思(きょうりょくいし)の適用。無事一回のミスもなく成し遂げた。

明らかに増大した威力。広がった射程距離(しゃていきょり)。ただでさえ厚い防壁がさらに鉄壁(てっぺき)となる。

一人だけではなしえないそれを、二人の力で到達する。

今までも二人で一緒に咎人と戦ってきたが、過去最高に僕たちは力を合わせている。


「後は実際に動いて出来るかだね」


僕の言葉に頷く美羽。

練習ではだいぶよくなった。後はそれを実戦で活かせるか。

ならどうするか。アラディアさんの三人形にお願いして再び付き合ってもらおうか。


「それならいい方法がある」


思考を読んだかのように、アラディアさんが答える。

そしてどこかに呼びかけた。


「おい天都、貴重なてめえの出番だ。こいつらの特訓相手(けん)サンドバッグにでもなってやれや」

「分かった」


いつの間にか、まるで雑な動画の編集のように、一コマ後にはアラディアさんの横に天都さんが立っていた。

口にくわえていた煙草(たばこ)を握り潰し、再び手を開いた時には吸い殻が消えていた。

鋭い目にオールバックの髪、スーツ姿の天都さんは僕たちを見て言う。


「そういうわけだ。お前たちは今習った協力意思と、今まで修得した全てを使ってみろ。殺す気で来い。

俺も智天使(ケルビム)程度の霊格で戦う。いいな」

「はい。お願いします」


僕たちが頭を下げると同時に、それは起きた。

音も感触もない。けど僕の腕に、黒い鎖の紋様(もんよう)が浮かび上がる。

契約が成立した証。あとは履行(りこう)するだけ。


「最後だ。片手一本だけなんてつまらんことは言わん。

智天使(ケルビム)の霊格まで降りたんだ。全力は出さないが、手は抜かん。構えろ」


天都さんの言葉と同時に、一気に戦闘態勢を取る僕と美羽。

周囲に15を超える防壁を張り、500を超える並列思考を一斉起動させる。

魔術を使って自分へのバフ。顕現を発動させて、最強の自分を想像する。

長刀を構え、五感と六感を刃のように研ぎ澄ます。


それを確認して、天都さんが薄く笑った気がした。

そして、その姿が消えた。


「ッッ!後ろか!!」


驚異的に働く第六感。反射的に盾を展開したことが(こう)(そう)した。

幾十にも重なった防壁を、紙のように引き裂いた手刀が僕の盾に衝突する。

単純な力押しではない。一つ一つの防壁を、適切な方法で干渉し崩壊する魔術を打ち込んだ。

僕の身体を両断するであろうそれを盾で防いだ結果、靴で地面を削り数メートル後ずさった。


天都さん自身の身体能力。反応するだけで精一杯とは。

簡単に勝たせてくれるつもりはないらしい。それを証拠に後ずさった僕の周囲には、既にワイヤーが張り巡らされているのだから。

空気を裂く音もない。音もなければ気配もない。巧妙(こうみょう)に仕掛けられた罠は、近くに寄った僕めがけてその細線を走らせる。



一方、私は蛍が離れた後、一人で天都さんと拳を打ち合わせていた。

だが、早くも5回目で限界を迎えそうになった。

一撃目で大半の防壁を突破され、二撃目には完全決壊(けっかい)

黒化した腕と脚で応戦するが、天都さんの拳は重く鋭く速く固い。


今まで忘れていたが、天都さんはワイヤーを使うからといって近接が苦手というわけではない。

むしろその方面で本領(ほんりょう)を発揮する。私や集先輩など比べものにならず、白兵戦(はくへいせん)なら桃花一と言っても過言では無い。

今もそう。三発目を受け止めた腕に罅が走り、四発目に左腕がもげる。

黒化した脚で蹴り上げる。だがいとも容易く払いのけられ、ついでに脚も膝から先が消えていた。

張り直した防壁に意味などなく、今も迫りくるワイヤーの群れを魔術で必死に対処していた私のみぞおちに、拳が叩き込まれた。


「ッッッ!!!」


被弾部分が貫通し、そのまま砲弾のように吹き飛ぶ。

おまけとばかりに、天都さんの前方に白い線が出てきた。

それは極細のワイヤーを何千も一本に束ねたもの。

体を半分に両断すると言わんばかりに、動き出した線は空間に断裂を生み出しそれすら飲み込んでいく。


あれは生半可な一撃では防げない。右腕に黒を集め、El Diablo Cojueloで迎撃しようとした時、誰かの気配が後ろに感じた。

誰が?いや、一人しかいない。

意図を一瞬でくみ取り、手を合わせ、空いた手で私たちは前方に手を向ける。


((防壁、展開))


現われる5つの障壁。重層的に展開されたそれにワイヤーの束が衝突する。


一層。立ち入った者を消滅させる防壁。突破される。

二層。多元宇宙規模の質量が立ちはだかる防壁。突破される。

三層。縁を断ち切る力によって素粒子レベルまで結合の分解・分離。突破される。

四層。空間と時間が停止する空間。勢いが落ちたが、やはり突破される。

五層。限界まで密度を増した破壊の膜。競り合い、先に罅が入ったのはワイヤーの束。


バキン!!と物を砕く音。何千も束ねられたワイヤーが鏡のように割れ壊れる。

なんとか防ぎきった。間を置かず攻勢に転じ、私と蛍は必殺を構える。

当然襲いかかる迎撃のワイヤー。名刀を遙か凌駕する斬撃が、床に鋭い切れ後を幾つも残して襲いかかる。

だが今の私たちには、その軌道が色を塗ったように見えている。


紙一重で躱しながら、天都さんへの攻撃も忘れない。

蛍は剣を創造し、私は魔獣の群れを産む。

空は無数の武器で満ち、地には黒い水から飛び出る魔獣(フラフストラ)が天都さんに狙いを定める。

切っ先を突き立てる。その脚に絡みつく。

しかし、天都さんに触れる前に(ことごと)くが消滅する。

私たちと同様に天都さんも防壁を使っている。パッと見ただけで分かる。私たちとは強度も数も段違いだ。


迎撃をくぐりぬけた私は手に力を込め、その防壁を思いっきりぶん殴る。

ガラスが割れた音は18。魔術や顕現を用いてさらに27を砕く。

だけどそれ以上は進まない。不可視の力が私の顕現の侵攻を防ぐ。少なくともあと30は展開されているそれを突破しなければならない。


間近に迫った私に再び向けられる徒手(としゅ)

なんの強化も加護も無いシンプルな、だからこそ恐ろしく鋭く速い腕と五指。

私の首をもぎ取るのは草を引き抜くより容易(たやす)いだろう。


(美羽!)


だけどその前に。

私と天都さんの前に割り込んだ蛍が長刀から翼の盾を展開する。

協力意思で防御能力はさらに上昇する。それでも吹き飛ばされそうになる天都さんの徒手空拳は圧倒的だが、なんとか防ぎ切れた。


勢いそのまま攻めに回る。

蛍の手を握ったまま、私は拳を握りしめ思いっきりぶん殴る。

何倍にも増幅され、なおかつ凝縮された破壊の拳。

余波だけで平行宇宙を幾つも破壊するそれは、天都さんの防壁の全てを壊し尽くした。

単なる力押しだけではない。蛍と私が協力し、それぞれが防壁の解呪に成功した結果だ。


一転して無防備な姿をさらす天都さん。だが油断なんてできない。

防壁は破られてもすぐに張り直すことができる。だから防壁が破れた一瞬の、ほんの刹那の間に追撃をしなければならない。

そのために、私は左の腕に力を溜めていた。


El (穿て、)Diablo(跛行の) Cojuelo(悪魔)!!」


至近距離で、かつ私たち二人の霊格が合わさり二倍以上に増幅された巨腕。

いかに天都さんといえど、格上でない今の状態なら通用するはずだ。

一瞬の、そのまた一瞬の間に放たれた追撃。第三者が見たのなら同時にしか見えない。

だから直撃。大気中の僅かな(ちり)すら打ち砕き、相手の存在概念ごと魂を打ち砕く。

・・・・・はずなのだが。


「協力意思は味方だけでなく相手を利用できる。

契約がその最たる例だ。だが契約といっても種類はある。別に言葉で言質を取る必要もなければ、紙面に書き込む必要もない。

自分の信条(しんじょう)言動(げんどう)に賛同する心が一片(いっぺん)でもあれば、その時点で効果を発揮する簡易的なものがあり、そしてそれが戦闘において主に使われる」


いつもの、解説する声は私の前方から。


「このようにな」


私の目の前には、(はば)むように透明な壁がそびえ立っていた。

今までの防壁とは比較にならない硬度。強度。協力意思を使った私の顕現を、防ぐ程の。


「お前は”壊したい”と願った。それに対して俺は”なら壊すものを与えてやろう”と思った。

二者の間で合意は交わされ、その結果生じたのがこの防壁だ」


言い終わると同時に、内側から防壁を蹴破る天都さん。

破砕(はさい)した防壁の破片が、顔、腹部、四肢に命中し勢いのまま後退する。

痛みに(うめ)く時間などない。既に天都さんが右腕を私たちに向けていたから。


「ッッ!!」


私と蛍が、それぞれ真逆の方向へ回避する。

一瞬後には右腕が振り下ろされ――ることはなく、その声だけが響いた。


「逃げたな。つまりお前達は回避するための場所を求めたということだ」


非難でもなんでもない、単なる確認の声。

それを聞いて、何をするのか想像できた私は背筋に悪寒(おかん)が走った。


「好きなだけ逃げろ。俺が用意してやる」


空間が爆ぜた。

空間が混ざった。

空間が創造された。


距離が無限に引き延ばされて、周囲の色が赤一色に変わっていく。

空間の分離。異なる領域への追放。

先ほどまで自分が立っていた場所が遠ざかっていく。物理的な移動では到達できない、いわば平行世界の壁のようなものが形成される。

それは蛍も同じ。青一色の空間に、白い蛍だけが何事かと目を見開いている。


察するに、これも協力意思を利用したもの。

私たちが”天都さんから逃げたい”と願い、そして天都さんは”好きに逃げろ”と攻撃を止めた。

その結果生じたのが異領域への追放、放逐(ほうちく)


相手の想いや気持ち、それらを組み込み、利用し、協力意思として発動させる。

当然だが、私たちが協力意思を使って天都さんの技を模倣(もほう)しても、こうはならない。

天都さんはこと”契約”において最上位に立つ人だから。

今までそれを利用して、数多の咎人を打ち破ってきた人だから。

細かい条件、タイミング、契約内容。

あくまで天都さんがその分野において天賦(てんぶ)の才を発揮し、これまで努力を惜しまなかったからこそ、今のように軽々と協力意思による契約ができるんだ。


空間も次元も異なる領域に私は在る。

どんどん遠ざかっていく元々の空間。

どうする。このままではまずい。

ここから抜け出すためには、これしかない!


「開け不浄門!夕闇を超え、深淵(しんえん)に座す御魂(みたま)に願い奉る!!」


この状況を打破できる者。ここに集え。

命令は時空を超えて、葦の国でも堅洲国でもないどこかへ接続する。

それは一種の概念空間であり、存在するかどうかすら疑問とされる場所。

二元の一翼を担う、全てが集合する暗闇の万魔殿(パンデモニウム)

そこに力を寄越せと、私は()えたのだ。


御意(ぎょい)。我が主の下に参上いたす』


返答はすぐにでも返ってきた。

意識だけが到達した真っ黒な世界。そこに、黒い狐がいた。

煌々(こうこう)と光る、ルビーのような赤い瞳。

狐なのにその体躯は私よりも大きく、口を開けば私なんて一口で飲み込めそう。

巨躯の狐が、私に対して頭を垂れる。


『貴方様に私の権能を。その力で逆境(ぎゃっきょう)をお砕きくださいませ』


その黒狐は私に顔を寄せ、一瞬赤い瞳が穏やかに(ゆる)み、閉じる。


「!!!」


黒い世界が元に戻る。目の前には遠ざかっていく空間。追放される自分。

そして、体の内にある、先ほどはなかったもの。

目の前にある障害を打ち砕くための武器。


大地を陥没させる一歩を踏み込む。

亀裂が走り、崩壊する足場を飛び去り、私は宙に身を(おど)らせる。

永遠の距離を離された空間が縮む。異領域を踏破する。


黒狐の力能を得た私は、天都さんの力を無視して外に飛び出る。

その正式名称は不明。しかしギリシャの神話ではこう呼ばれている。

何者にも捕まらない運命を宿した、『テウメソスの狐』と。


その力を得た私は、放逐(ほうちく)の運命を(くつがえ)す。

一飛びで追放された空間を抜け出し、元の場所に戻り天都さんに跳び蹴りを食らわせた。


「ほう・・・・」


衝突。全霊を込めた私の黒脚は、しかし天都さんの腕によって防がれる。

格の差がないのに、今までと同じように力業で防がれる。

同じ格でも、到っているレベルは違うのだろう。

それは深度ともいえる。同じステージに立っていながら、そのステージのなかでどれだけ自らの力量を上げたのか。


私の足を掴んだ天都さんは、そのまま振り回し、ちょうど帰還したばかりの蛍に向けて投げ飛ばした。


「え、うわっ!!」


帰ってきたばかりの蛍にぶつかり、そのまま壁にまで飛んでいく。

二人仲良く壁に大きな亀裂を刻む。私のクッションになってしまった蛍に謝る。


「ご、ごめん蛍!」

「ううん、全然――。

美羽、前!」


悠長(ゆうちょう)に会話している場合ではない。彼方から榴弾(りゅうだん)が飛んできた。

それはワイヤーをボールのように丸めたもの。

ただそれだけであるが、それだけで十分私たちを殺傷せしめる威力。


いくつかの選択から最適なものを選ぶ。私と蛍は手を合わせ想いを一つにする。

協力意思。空中に無数の武器を想像し、榴弾を迎撃する。

これを私が蛍に合わせるのにけっこう時間がかかった。蛍は思考の回転力、想像力が私と段違いなんだ。

それは想造という蛍だけの顕現を研ぎ澄ませた工夫と結果であり、私が一朝一夕でできるものではない。

けれど練習は上手くいった。互いの思考を共有し、蛍が少し数を減らしてくれたから。


結果、今までの比ではないほどの強度を持つ武器が創造される。

一の威力を億ぶつけるのではない。億の威力を一つぶつけるのでもない。

億の威力を億ぶつけるという、バランスも調整も何も無い暴力の群れ。

私と蛍の霊格が乗ったそれらは、もはや神剣神槍神弓神鎚・・・・。カテゴリー内で最上位のものに変性する。


発射された武器の群れは、当然榴弾を圧倒。突き破り、そのまま天都さんへ刃を突きつける。

二人の想いを合わせることに重点を置いているため、追尾や再生は付与されていない。

だから天都さんにワイヤーで打ち落とされ、その場から三歩動いただけで武器の群れを一掃する。


(蛍、行こう!)

(分かった!)


思考で会話した私たちは天都さんに突貫する。

蛍が背後を取り、私が前に躍り出る。

前後で叩く。私と蛍の顕現で、一発でも入れてみせる。

唸る黒腕と白刀。相互に防壁を砕きながら、一瞬で天都さんの身に到達する。

さらに手数を用意する。無数の武器が私たちをドームのように囲み、無数の魔獣が漆黒から踊りでる。

個の暴力と数の暴力。全方向から押し寄せる雪崩のような暴威を、天都さんは二つの腕だけで対処する。


五本の指で空を引き裂くようにワイヤーを操れば、細い網目状の壁が出来上がり押し寄せる武器と魔獣を等分に切り裂く。

残った腕で私たちの攻撃をさばきながら、カウンターまで繰り出す。

私の黒腕と打ち合い、逆に私の腕が砕かれて、二本の指で蛍の長刀を受け止め、腹部に肘打ちを食らわせる。

数でいうなら私たちが勝っているはずなのに、それを技量だけで覆す実力。


「はあぁっ!!」


一気に数兆は次元を上昇し、遙かな高みから長刀を振り下ろす蛍。

神気一閃。切れば即終わりの創造を、最大速度で振り下ろす。

舞い上がる土煙を切り裂いて、触れた床に巨大な断層が生じる。

だが、天都さんは無事。長刀はワイヤーに絡め取られ、その上に天都さんが足を乗せ固定していた。

そのまま蹴りが飛ぶ。顎に直撃を受けた蛍は、地面を転がりながら壁に衝突する。


天都さんのがら空きの背中に、私は爪を突き立てる。蛍が作った一瞬の隙、無駄にはしない!


「そこ!」


伸ばした腕。天都さんは最後まで振り返ることはなく、その背中を空間ごと引き裂く。

だが、まるで虚空を切ったように手応えがない。


(まさか、幻術?)


それに気づいた時、首元からゾッとする怖じ気が伝わった。

天都さんは私の首元に手を当て、まるでねじ切るように力を入れて――。



次回、その結末は

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