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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 星姫と狂乱の騎士
136/211

第七話 LESSON9

前回、防御は大事



始まって1時間が経過。

あれから私たちの衝突はさらに白熱(はくねつ)していた。

実戦はいい。リアルな経験が得られ改善点も見つかる。

二人の防壁は増え、総数は15にまで到達。

干渉速度の上昇。長時間の防壁の維持。再展開。

いずれもクリア。アラディアさんの教えを定着させることができた。

特定の型が形成されてきた。それは効率化され、無駄な所作(しょさ)をそぎ落とした結果できるもの。

それを確認できた所で、


「止めろ」


アラディアさんの一声で、激突を繰り返していた私たちはピタリと静止した。

手合わせを始める前と同じ。体どころか服にすら傷一つ無い。激しい運動による頬の紅潮(こうちょう)も息切れもなし。

私たちの視線を受けて、アラディアさんは椅子から立ち上がる。


「そこまででいい。教えられることは教えたから、後は自己流に研鑽(けんさん)しておけ。

次に移るぞ」


アラディアさんが指をパチンと鳴らすと、呼応し脈動するトレーニングルーム。

空間が編纂(へんさん)され、部屋に刻まれた傷跡が消えていく。


「最後のLESSONだ」


その言葉に、私たちの表情が変わる。

最後。これで全ての過程が終わる。

嬉しいような、けど寂しいような相反(あいはん)した気持ちになる。


「これからお前らに教えるのは協力意思(きょうりょくいし)という術技だ。

店長や天都から聞いたことは?」

「ないです」

「そうか。本当ならもっと早くに教えるべきだったが、タイミング的にはここで十分だ。

これに関しては見るより直接試した方が早い」


アラディアさんが適当に小石を手に持つ。

私の前に立つと、手に持った小石を差し出した。


「これに術をかけて、あの壁に向けて飛ばしてみろ」

「はい」


言われた通り、私はアラディアさんの手から小石を一つ取り、右手で構える。

近くの壁に射線を合わせ、人差し指で石を固定し、必要な魔術を使用し親指で石を弾く。


音はしなかった。

ただ光の速さで石は原形を留めながら空を駆け、壁の中央部に着弾。

変化は微少(びしょう)。小石は壁を貫通し、一つの通り穴を作った。

それを確認して、アラディアさんは再び私に小石を手渡した。


「さっきと同じく小石に術をかけて飛ばす。

その前に蛍、お前は美羽の手を繋げ」

「え?」


突然の命令に蛍はたじろぐ。けれどアラディアさんには逆らえないので、私が差し出した手を握る。

手から伝わる蛍の体温を感じながら、次の指示を(あお)ぐ。


「いいか、お前ら二人ともその石を飛ばすことに集中しろ。

想像しろ。それ以外のことを考えるな。

息を合わせて、二人の意思を一つに変えろ」


言われ、私たちは石に対して想いを注ぎ込む。

想像。石が飛来し、壁に着弾するイメージ。

目を合わせずとも互いの呼吸を確認する。手に伝わる蛍の鼓動(こどう)に合わせる。

深く、溶けて、混ざり合う。

二つの世界が一つになり、後は石を放つタイミングを見計らう。

荒れる波が静まり、(たい)らになった海。

そして、その時が来た。


「撃て」


アラディアさんの言葉と同時に、私は小石を弾いた。

先ほどとの相違(そうい)はすぐに感じた。

まず反動。発射後に体にかかる力。一瞬押しつぶされそうになり、靴が地面を後ずさった。

音。消音の術をかけたというのに、まるで雷鳴のような爆発音が(とどろ)く。

速度。壁に到達するまでに光速を超え、その後も加速し続け止まらない。

威力。先ほどまで小さな穴を開ける程度だったのに、着弾したら中央から巨大な風穴を開け、壁の六割以上が消し飛んだ。


その違いに愕然(がくぜん)とする私たち。一人でやった時とは比べものにならない。

明らかに倍以上の威力は、どういう原理でそうなったのか。


「初めてにしてはまあまあだな」


アラディアさんは相変わらず平然とした声で、説明を始めた。


「協力意思。正式名称は戮力同心(りくりょくどうしん)

意味は簡単だ。心を一つにして力を合わせること。

そのためには呼吸や脈拍(みゃくはく)や思考、多くを同一させることでより効果が上がる。

今の場合なら美羽の霊格に、蛍の霊格をそのまま上乗せしたようなもんだ」

「けれど、それだと威力は2倍程度じゃないんですか?私と蛍の霊格は同程度です。今のは明らかにそれ以上でした」

心的距離(しんてききょり)だ。互いをより知れば、互いを信頼していれば何倍にも増幅(ぞうふく)できる。逆もまた然りだがな。

その点お前らは上等(じょうとう)だ。もう十数年来(じゅうすうねんらい)の付き合いだろ?」


幼い時から互いを知っている。互いを信用して、背中を任せられる。

だからあれほどの威力をたたき出した。


「これを使えば、格下であろうと格上に勝てる可能性がでてくる。パートナーが相手以上の位階にいればな。

対象も二人だけに限ることはない。三人でも四人でも、百人以上でも可能だ。

高天原の戦闘部隊はこれを利用して、大規模の攻撃を発動させる。

もちろん攻撃だけでなく防御にも利用できる。

憶えておいて損は無い。つうか、お前らには必須(ひっす)だろう」


協力意思、たぶん今までの中で最も便利な術技ではなかろうか。

私と蛍は二人ペアで粛正業務を行うことが多い。

長年一緒にいたし、最近では念話を行わずともどう動くのかが予想できる。

深く知っているからこそ、この協力意思は私たちを更に高い場所へ連れて行ってくれる。


「最後のトレーニングは協力意思を自由に使いこなせるようになることだ。

一回試して分かったように、出力が増す分制御(せいぎょ)の難度も増す。

好きなタイミングで、一切の反動なしに、何発でも使用する。その域まで目指せ。

発動するまでの時短も忘れるな」

「「はい!」」



■ ■ ■



計50発目の小石が、壁を大きく打ち砕いた。

バッガアアアアアアアアン!!!と爆音を(とどろ)かせ、壁の破片がこちらにまで飛んでくる。

交替交替(こうたいこうたい)で魔術を使用して、25回目。だいぶ感覚が掴めてきた気がする。


お互いの気持ちを一つに。今はちゃんとした目標があるから効果を発揮できるけど、抽象的(ちゅうしょうてき)な目的を設定すると、具体性(ぐたいせい)を欠く分二人の想像にズレが生じる。

だけどそれは魔術で補った。

必要な情報を思考速度で共有しあえる感覚共有。

それは言葉で上手く伝えられないイメージや思考を伝達できる。専門的に言うなれば、クオリアの共有とでも言えばいいか。


それによって協力意思の発動タイミングまで決めることができる。咎人の前でわざわざ合図する必要がないわけだ。

発動するためには互いに手を握る、あるいは近くにいることをトリガーにする必要があるが、その内離れていても使えるようになる、と思う。


発動までの時間もかなり短縮(たんしゅく)したと思う。直感で「ここだ」ってタイミングが分かってきた。

蛍とは長い付き合いだし、今日意識したことで、蛍の呼吸も心臓が脈打つリズムも把握できた。

並列思考を新たに5つ用意し、とっさに反応できるよう身体に()みこませる。

今まで習ったことが確かに私たちを助けてくれる。


小石を打ち終わった蛍が、私に提案する。


「次は顕現を試してみない?」

「うん、そうしよう」


拳で殴った方が早いのに、枝をもって喧嘩(けんか)するようなものと言われる魔術で、これほどの成果が出たのだ。

顕現になればどれほど効果が上がるのか楽しみだ。


「あれぇ?」


ここで問題が発生した。

黒化した拳で殴った壁。その衝撃で粉々に砕け壊れる。

だが、それだけなら私一人でもできる。魔術の時みたいに霊格が上手く乗っていない。

二人の想いが一致していない。さあどういうことだと、短く熟考(じゅっこう)してすぐに分かった。


そもそも当然のことだ。私と蛍の顕現は違う。

これは、これだけは共有することが難しい。

二人とも違う人生を歩んできた。その結果生じる想念を読み取ることは、その人物の人生(これまで)だけでなく魂の色まで詳細に知る必要がある。

かたや破壊。かたや創造。相反(あいはん)するものであってそれを一つにまとめるということはなかなかに難しい。


いや、そもそも一つにするべきではないのだろう。

異なるものを一つに押し込むからこそ起きる弊害(へいがい)。それがメリットを上回ってはどうしようもない。

威力が上がると言えば上がるが、先ほどまで行っていた魔術と比べると上昇効果が(はる)かに見劣(みおと)りする。


何か良い方法はないものか。二人で悩んでいると、蛍から提案があった。


「もしかしたら、一方(いっぽう)の想念に完全に染まる必要はないのかもね」

「どういうこと?」

「僕と美羽の想念に当てはまる、共通の目標を立てればいいと思うんだ。

どんな時でも共通するものを」

「目標。それってどんな?」

「う~ん、どんなのだろうね」


再び二人でうんうん悩む。

その時、私が思い出したのは昨日のこと。

ジェム。彼が開いたゲームの中で、対峙(たいじ)した私の妹。

あの時の(ちか)い。美明(みあ)と約束したこと。

それは。


『もう悲劇なんてこりごりでしょ?ならその手で打ち砕いて進んで、お姉ちゃん』


愛しい日々を守りたいのなら。

最高の友人と、最愛の親友がいるのなら。

それを奪う者がいるのなら。

(さえぎ)る全てを壊してみせる。

この手が血に塗れようが、それであの素晴らしい日常があり続けるのなら。

その時こそ、私の顕現は真価を発揮する。


「結局、思いつくのは皆といる日常だけだね」


私の意見を代弁(だいべん)するように、蛍が笑いながら言う。


「大層な夢も目標もない。世界を守ってるなんて使命(しめい)自負(じふ)もない。

だけどそれでいいさ。美羽や奏と一緒にいる日々は理由なしに楽しいし。

お父さんもお母さんも、精一杯僕を愛してくれる。僕なんかにはもったいないくらいに。

桃花もそう。店長は僕の知らないことをたくさん教えてくれる。

天都さんは無口だけど、誰よりも僕たちの安全を考えてくれる。

アラディアさんと集先輩の漫才を見ているのも面白いね。

それで僕たちに飛び火するまでがワンセットで。

霞さんはいつも通りお酒を飲んで、酔ったテンションで皆に(から)む」

「けど抱きしめてくれる時、あの人とても優しくて」

「・・・・・お母さんみたい?」

「うん。だから霞さんのことが好きなのかもしれない」

「僕もあの人の性格は好きだよ。包容力(ほうようりょく)があるよね」

「絶対お酒(ひか)えればモテるのにね」

「あの人からお酒を取ったら死んじゃいそうだよ」


確かにその通りだ。酒を没収(ぼっしゅう)されて涙目になってる霞さんを想像し、二人で笑う。

うん、そうだ。蛍の言う通りだ。

この、普段は幸せを幸せとも思えない日々が、なんてことのない日々が。

どんな宝石よりも綺麗(きれい)で、値打ちのある。いや、値なんてつけられない。


「そんな毎日がずっと続けばいい。だからそれを守りたいと心から思う。

消極的だと言われればそれまでだけどね」


そんなことはない。積極的な理由だけでは人は動けない。

蛍が言ったことは(まぎ)れもない真実だろう。何が大層な理由か、なんて自分たちが決めることだ。

それが、他人から見てくだらないものであっても。

遙か高みから、壊してあげようと傲慢(ごうまん)に満ちた声で言われようと。

ふざけるなと言う権利は、私たちにあるのだから。


「これからも皆と、君と一緒にいられる」


言葉を切って、そしてまた続けた。


「そんな未来を、僕自身の力で創りたい」

「うん。だから、私もそれを(さえぎ)るものを壊したい」


蛍の覚悟に、私も相応(そうおう)()で返す。

今まで、大した想いも持たずに顕現を使ってきた私たちだけど。

やっとその理由が見つかった気がする。

蛍は私の言葉に、優しい笑みを浮かべる。


「理由、できたね」

「ふふふ、うん。割とあっさり見つかっちゃった」

「僕たちが気づかないだけで、ずっと前から見つけてたんだよ、きっと」


蛍は私に手を差し伸べる。


「練習に戻ろうか。今ならきっと出来る気がする」


私もそう思う。それは決して根拠(こんきょ)のない自信ではなくて。

理由は、確かにこの胸の中にある。



■ ■ ■



練習を再開して早くも5分後。


「お」


重なり、混ざり、何倍にも膨れ上がる。

それを感じ取ったのは蛍。

美羽に合わせ、目の前にある壁めがけて、『壊す』と想念を高める。

粉々(こなごな)に壊れろ。(さえぎ)る障害、全て壊れて砕け散れ。

結果膨れ上がる霊格。二人の力が一つになって、修復不可能の(ひび)を壁に刻む。

衝撃は間近(まぢか)にいた僕たちにもふりかかる。

僕の目の前には、大穴を開け、九割以上を失った壁の姿があった。


「できた!蛍、できたよ!!」

「うん!感覚は掴んだから、これから連続でできるはずだよ」


その成果に舞い上がる美羽。それを見て僕も嬉しくなる。

やっぱり、目標を設定して、後は二人でそれを強く想えばいけるんだ。

次は交替して僕の番。美羽にはあらかじめどのような想像を行うのか伝えてある。

空中に武器を創り、それをぶつける、僕の常套手段(じょうとうしゅだん)

だけど威力が違った。


無数の剣が壁を容易く打ち抜き、向こう側まで貫く。

その一つ一つが、光を(まと)った僕の長刀以上の威力。

つまり僕が用意できる最大火力を容易く突破したということだ。

そんなのが無数に襲いかかるなんて悪夢だな。

ともかく、僕の顕現でも協力意思を最大限発揮できた。それが確認できた。


「僕と美羽の残りの顕現でもやってみよう。

その後はアラディアさんが言った通り防御にも適用できるかチャレンジして、それが終わったら動きながら試そう」


協力意思を完全に使いこなすための道筋を立てる。

目標は実戦で難なく使える状態。

楽しくなってきた。さあて、やりますか。



次回、今までの全てを

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