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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 星姫と狂乱の騎士
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第六話 LESSON8

前回、天孫



昼食後、私たちは奏と行ったことのあるショッピングモールに行き、一階から五階まで歩き回った。

帰り道、いつか私たちが買ったクレープを食べながら焔君の後を追う。

時刻はそろそろ4時。アラディアさんの指定時まであと少し。

その5分前に、私たちは桃花についた。


「帰ってきたぞー!!」


一階では店長が優雅にコーヒーを飲んでいた。

私たちを見て立ち上がり、焔君の前に立つ。


「我々の世界は楽しめましたか?」

「そりゃもう!二人との仲も深められたし、万々歳じゃ!」

「それは良かった。ただ任務をするために降臨なされては味気ないですからね」


店長と焔君。こうして見るとおじいちゃんと孫だ。

店長は僕たちを見て、上を指差す。


「ではお二人とも、トレーニングの時間です。

最後の調整、万端の状態まで心ゆくまま仕上げてください」

「はい、分かりました」


私たちの足は二階へ。

既にアラディアさんがスライムの前で待機していた。


「時間ちょうどだ。入れ」


アラディアさんの指示通りにスライムの前に立つ。

スライムは大口を開け、私たちを一飲みする。


目を開ければそこは異世界。

いつもの白いトレーニングルームに立つ。

これから何をするのか。内容を知っているであろうアラディアさんを待つ。



「LESSON8 防御」



やがて空間を突き破り、アラディアさんが出てきた。


「直感や顕現を使っても相手の攻撃は食らう。

空間を超越している奴の攻撃は特にな。

そのリスクを最大限に減少させるための特訓だ」

「具体的には?」

「美羽。お前はいつも透明の膜を自分に張り巡らせているだろう。

それを何重にも重ねるようなもんだ」


私がいつも展開している破壊の膜を、いくつも重ねる。

自分事とあって容易くイメージは出来た。

ようは纏うシールドを増やすようなものか。


「結界、障壁、防壁、シールド。呼び方は多数あるが、どれも自分の身を守るために使うものだ。

咎人共も当然のように使ってくる。そりゃそうだ、何が起きるか分からない以上、相手の攻撃なんて食らわないのが最善だからな。

これもなかなかに研究が進んでる分野だ。つまりそれだけ需要があるということ」


アラディアさんの言葉に合わせて、その手元に台が出現した。

台の上には石やらナイフやらが置いてある。


「俺から見ればお前らは守りが貧弱すぎる。自分の周りを障子一枚で遮っているようなもんだ。

それをこの特訓ではコンクリートの壁で何重にも囲む状態にする。イメージは出来たか?」

「はい」

「ならさっそく始めるぞ。まずは基本的なものからやるか。

お前ら、魔術なり顕現なり使って自分の周りの空間を操ってみろ」


言われた私たちは早速行動を開始する。

蛍は顕現を使い、手早く自分の周囲の空間を歪ませる。

私の顕現は操作に向いていないため、魔術を使ってそれを成す。

確認したアラディアさんは、次の指示を出す。


「次だ。周囲の空間を、自分に纏うように固定化させてみろ」


なかなかに難しいことを要求してきた。

けれど出来ないというわけではない。私が纏っている破壊の膜の上に、毛布で包むように空間を安定化させる。

破壊の膜が操作された空間を拒絶し壊す。この二つを両立させることは難儀だが、フィルタ機能を使って詳細に設定。なんとか両立させることに成功する。

私の視界から、周囲の景色が止まっている=空間の固定化成功が確認できる。

案外と難しい。慣れない作業は精神を削る。

安堵の溜息をついて、横にいる蛍の様子を見る。


・・・・・・あれ?


「蛍?どうしたの?」

「・・・・・・・・」


けれど蛍は動かない。呼吸で肩が上下することも、瞼が開閉することもない。

呆れたアラディアさんがスタスタ歩き、脚を振り上げ固定化された空間を砕き蛍を蹴り上げた。


「グボァッ!!」


雑魚キャラのような悲鳴を上げながら蹴り飛ばされ、再び動き出した蛍はアラディアさんに謝る。


「す、すいません。自分ごと空間を固定化させてしまいました・・・・」

「ボケかませなんて言ってねぇぞ俺は。ついに自分で自分を封殺するようになったか」


どうしようもない馬鹿を見るような目をするアラディアさん。

申し訳なさそうに蛍は、次こそ自分の周囲の空間を固定化させた。

二人とも成功。アラディアさんは蛍を指差して、


「この馬鹿が示したように一歩間違えば自分を拘束しかねない。

攻性の防壁なんてそう、下手したら自分が一番被害を受ける」


そう言って、台の上にある石を手にし、私に投げるアラディアさん。

ヒュンと、軽く音速を超える速さで放たれた小石。

石は私の防壁の表層に当たり、空間の固定に巻き込まれ空中でピタリと静止する。

それを私は指でツンツンと触れる。だが動かない。


「防御特化の十二天は数万数億の防壁を一度に展開できるらしい。

そこまでやれとは言わないが、今日のノルマは10だ。複数同時展開。さらに防壁を破壊されても即座にまた作り上げる。

それを体に覚え込ませる作業をする。とりあえず自分でできるところまでやってみせろ。そのあと俺が付け足す」


必要な事は告げたとばかりに、近くにあった椅子に座り本を読み始めるアラディアさん。

自由にやれということだ。私たちはそれぞれ作業に移る。

私は今、破壊の膜と空間の固定という二つの防壁を展開していることになる。

この状態からさらに防壁を重ねていく。ようはバウムクーヘンのようなものだ。


まずは基本的な、空間を利用した防壁をさらに重ねる。

呪を用い、空間に干渉しながら、その形を整えていく。


そうだな。最初に思いついたことを実行する。

私が戦闘で使用する歪曲の魔術。それを防御に使ってみよう。


「歪曲」


ぐにゃりと(あめ)のように歪む空間。その効果は蛍との手合わせで確認済み。神話の輝きを防ぎきった障壁だ。

重要なのはその操作。そして常時固定化。

固定した空間の上に、被せるように歪曲した空間を乗せる。

なかなかに難しい。既に展開している防壁との摩擦面で衝突が発生する。

自分の身に新たにのしかかる防壁の重圧。決して軽くはない。

それに防壁を維持することも困難だ。精神力を使うというか、常に魔術を使うことで少なくない疲弊が襲う。

並列思考を習っていてよかった。一つの思考で一つ一つに目を向けていたらとても追いつかない。


それら問題点をなんとか突破し、三つ目の防壁が完成する。

効果はどうかな。私はトレーニングルームに思念を発し、空間がそれを受諾(じゅだく)し適切な機能を実行する。

虚空に現われた一本の矢が、現実的な速度で私に放たれる。

三層目の部分。歪曲防壁に到達した瞬間に、矢の向きが変わり明後日の方向に飛んでいった。

成功かな?感覚も分かってきたし、次行ってみよう。


脳内で練り上げたイメージ通りに、私の前方にある空間と後方にある空間を繋げる。

それを今まで通りに纏う。合わせて四重のシールド。外部と接している新しい防壁が、私の防御をさらに強化する。

すなわちここはそこになる。私の指示で放たれた矢が、防壁に触れた瞬間に私の後方から出現した。

これも成功。防壁が一つずつ増えるにつれ、安心感が増えていく。


だがこれがどこまで通じるか。智天使(ケルビム)、このレベルからは空間を超越した咎人が多く存在する。

ファルファレナもそうだった。たった一歩で彼我の距離を縮めた、速度とはまた違うあれ。

まるで世界の内にいながら外にいるような、彼女一人だけ別世界にいるような、不思議な感じ。

だけどある意味言い当たっているだろう。外の法則に従う必要がない顕現者はそれ自体が一つの異世界。世界の中で動く世界なんだから。


次は時間関係。私の周囲の時間を操る。

まず時間の停止。空気中に漂う塵すら氷結し、一切の運動を停止する。

保険のため、その上に時間の減速を行う。一秒が千分の一以下になり、前方の光景がスローになる。


さっきから私は息をするように空間や時間やらを弄っているが、破壊すること以外苦手なんじゃないかって?

残念。私は常人からすれば充分に全能の域に達している。上を見上げればきりが無いが、この程度は造作も無い。どうにもならないのは同格以上の存在だけだ。

霊格が増加した副次効果。一種のステータス。

全能という言葉の価値が暴落してるなと思いながら、私は魔術を使いさらに防壁を強化していく。


チラリと横の蛍を見る。我が幼馴染みはどこまで進んでいるのか。

そして目を見張った。蛍の周囲。目に見えるもの見えないもの合わせて8にも及ぶ結界が展開されている。

蛍はこういう細かいことが得意だ。既に要領(ようりょう)は掴んでいるのだろう。

防御用の防壁。攻防一体の防壁。直接的な防御とは関係ない、補助的な防壁。その他もろもろ。

私もそれに習って試行する。


衝撃の転移。物理的な壁。因果事象を寄せ付けない因果隔絶(かくぜつ)

超重力による檻。向きの反転。物理的な結合を分解する空間。

一通り成し遂げた私たちは、アラディアさんの指示を仰ぐ。

アラディアさんはジロリとこちらを見て、二本指を立てた。


「どれだけ甘く見積もっても20点だな」

「・・・・・まじですか」


40点くらいは貰えると思ったんだけどな。

アラディアさんは手に石を持ち、それを私たちに向けて親指で弾いた。

光る閃光となった二つの石は、私たちの防壁にぶつかる。

何千倍にも倍加された重力の縛鎖に捕らえられ。

因果関係を断たれ、衝撃がどこかに転送され。

原子間の結合を解かれ、向きが逆になり。

次元のひずみに衝突し、勢いが減速し、止まって、あちらとこちらが逆転して、歪曲した空間の作用を受け、空間の停止に阻まれ、膜によって破壊され。


それでも強引に突破した石が、私の頬を掠って消えた。

あれ、おかしいな。頬の傷を治しながら、自分が張った防壁の貫通痕を見る。

椅子に座りながら、アラディアさんが指摘を始める。


「防壁の強度が弱い。力づくで突破されたのがその証拠だ。

そんで制御も甘い。それだとすぐに逆算されて防壁を消される」


二本指を立ててそれぞれ説明する。アラディアさんは必要を話してくれる。


「防壁つっても種類はたくさんある。

お前らみたいにただ思いつく限りの方法で攻撃を妨害するもの、ある特定の事象に対して特攻の効果を発揮するもの。

これはそうだな。美羽、お前顕現使って俺を思いっきり殴ってみろ」

「え?」


突然指名されてたじろぐ。アラディアさんを殴れ?後で数億倍にして仕返しされるとしか思えない。

それでも命令には逆らえない。私は腕を黒化して、破壊を一点に凝縮する。


「い、行きますよ」

「合図なんていらない。さっさとやれ」


アラディアさんが指でクイクイっと挑発するのに合わせて、私は床を蹴り右拳をその顔に叩き込む。

一瞬で零になる互いの距離。放たれる拳は天を穿つ威力。

けれど手に伝わる感触は人肌のそれではなく、コンクリートの壁を思いっきり拳で叩いたもの。

見ると私とアラディアさんの間に透明な防壁が展開され、私の顕現を易々と防いでいた。

紙一枚分の幅もない、そんな薄い障壁が。

私それなりに力込めたのに。すっごいショック。


「この防壁は破壊という事象・概念に対する防御性能を特化させたものだ。

対破壊。それ以外の事象に対しては紙切れ並の防御力しかないが、一点に集中させた防壁はそれに関して並外れた防御力を誇る。憶えておけ」


アラディアさんの言葉を速やかに脳内に書き加える。

私だってアラディアさんのように顕現を易々と防ぎたい。肩を並べることは無理でも、せめてその足下並にはたどり着きたい。


「さあ、ここからは俺の教えを加えるぞ。

それが終われば防壁への干渉をやってもらう。より実践的な内容が必要だからな」




それから、アラディアさんの熱血指導は始まった。

教えてもらってる私たちからすれば、アラディアさんの講義は非常に分かりやすい。

脳内に直接書き込むとでも言えばいいか。一回手ほどきを受けただけで一から十まで理解出来る。



「一つの防壁に同系統のものを幾つも重ねろ」

「フィルターの設定は一つ一つの防壁ごとに細かくしろ。防音用のシールドだったら何デシベルまでといった感じでだ」

「自動的に防御できるようにしておけ。お前らが気づかない不意打ちにも対応できるようにだ。寝てる間もな」

「外部からの情報を取捨選択する場面もある。

ミームを利用した情報攻撃もあるからな」

「相手の防壁を破るには、こちらも顕現や魔術を使って防壁に干渉する。

この世に絶対なんてない。あらゆる魔術にはそれを破る魔術もまた存在する。顕現も法則の流れを読めばそれが可能だ。本当はそれ専用の使い魔なり機能なりがあれば楽なんだがな」

「しっちゃかめっちゃかに防壁を張ればいいもんでもない。

自分に適したものを選べ。美羽だったら破壊に関連した防御を。蛍だったら創造で再現できる防御を。属性が似通っている方が上手く親和する」

「壊された防壁は即座に張り替える。ガラ空きになった懐に侵入してくるぞ。

その時には破壊されたものと構造を変えろ。一度破ったものを同じまま再展開しても無駄だ」


増強。改築。強化。

アラディアさんの指示を受ける前と後では、何もかも違う。

一層ごとの頑強さ。防壁の制御力。

さっきまでと比べものにならない程、質の強度が増大した。


「さて、次のステップに進むぞ」


一通り講義を終えたアラディアさんが再び椅子に座る。


「お前ら二人、憶えたことを使って互いの防壁を破りあってみろ」


やることは簡単。防壁を使って殺しあいを演じろ。

シンプルだ。私と蛍の目線は交差し、一言も発することなく行動に移った。

互いに縮まる距離。目の前には顕現を発動させた蛍。だが蛍の前には透明の防壁がいくつも展開されている。

私は黒化させた腕で防壁を突き破る。

砕かれ破片を撒き散らした障壁の数は計七つ。それより先は幾重にも張り巡らされた対破壊の防壁が私を(さえぎ)る。


どうやらここまでが打撃での限界らしい。

脚で残りの防壁を破壊する直前、既に蛍の姿が遙か後方に消え、代わりに四方から鋭い剣の群れが出現する。

それら一つ一つが智天使である蛍の一撃と同等。

だが私の防壁を三つくぐり抜けた時点で、その剣は錆び付き酸化し風化して消えた。


防壁の強度、密度。どちらも申し分ない。

破れた防壁を瞬時に再生し、先ほどとは構造を変えて再展開する。

ここまではなんてことない。問題は蛍の幾重にも張り巡らされた防壁をどうやって突破するか。

蛍も同じ事を考えているのだろう。武器を創造し私の防壁に攻撃しながら、その種類や防性を確認している。


互いに隙を狙い、絶好のタイミングを見計らった結果同時に激突。

喰らい合う互いの防壁。衝突による摩擦(まさつ)で火花が散る。

顕現を使い、魔術を使い、相手の防壁を解析し、解除して、破壊する。

高速で防壁を突破していく。侵入した瞬間一切が消滅する空間も、情報の伝達をカットする障壁も、超重力が襲う領域も。


それは蛍も同じ。想像し、魔術を使い、切り裂いて。

歪曲しずれた空間も、止まった時間も突破して。

私よりも早く、その懐に長刀を届かせる。


結果痛み分け。蛍に遅れて全ての防壁を突破した私は、腹部に一閃食らうと同時に黒手が蛍の肩口を抉った。

胴体の半分を切り裂き内臓に届いたが、その事実を破壊し全快の状態を取り戻す。

蛍は(ひび)が広がる前にその部位を切除。壊したものは時間を戻そうが元に戻らないが、容易く自分の肉体を補完できる蛍にそれはいらぬ心配だ。


蛍は壊れない。だから安心して全力を出せる。

加減という考えが思考をよぎることがない分戦いやすいが、同時に戦闘が結構複雑化してきたと思う。

幾十と積み重なった防壁を破壊して、その上で本人の不死性を突破しなければならない。


私たちにはアラディアさんという師がいたから一週間でここまでくることができたが、咎人たちはどうやって戦闘技術を得ているのか。

階層が下にいくにつれ、その実力は天地の差があるが、それは単純な質量の差ではない。ということに最近気づいた。

魔術を修得しないといけないし、並列思考もほとんど必須レベルだし、理論と知識を集めなければならないし。

戦闘知識をどうやって学んでいるのだろう。独学?だとしたらすごすぎる。素直に尊敬する。

それともどこか、そんな教習所でもあるのだろうか。

並列思考の一つでそれを考えながら、残った全ての思考と感覚を目の前の蛍に向ける。


防壁を張っているとはいえ安心はできない。

今のように干渉されて打ち破られるし、接触するだけであらゆる障害を打ち砕く一撃には、さすがに対処はできない。少なくとも今の私たちの実力では。

この場合私の脚と、蛍の剣が該当する。

剣は切断した全てを破壊し、改竄し、再創造する。

黒脚は触れた全ての法則と理を破壊する性質上、魔術や顕現に対して特攻性能を持つ。

どちらも、防ぐには単純な強度が要求される。物理的なシールドは張れるには張れるが、互いの必殺を防ぐ強度は用意できない。

ゆえに衝突。互いの絶対がぶつかりあい、矛盾を解決するために執行力が働く。

全ての防壁を突き破って相対する両者の顕現は痛み分けに終わり、弾かれ後退した二人とも傷はない。



■ ■ ■



「手際が良いのう。二人の学習速度もそうじゃが、アラディアの指示が素晴らしいな。二人がどうやれば最短で憶えられるか熟知しておる。

さすが三人いる魔術王の一人じゃ」


その様子を外から見ていた(ほむら)と否笠。ソファーに座り経過について話し合っていた。

机の上にはお菓子。ポテチの袋を開けバリバリと食べている焔。

その目はモニターに釘付(くぎづ)け。粛正機関の顕現者が珍しいのか、それとも二人の実力に着目(ちゃくもく)しているのか。

隣でピーナッツ入りの煎餅(せんべい)を食べている否笠が、焔に聞く。


「どうですか?焔様の目から見て二人の実力は」

「充分な水準だと思うぞ。技術もあれば知識もある。それなりの経験とセンスもある。なんにせよ粛正機関の平均(アベレージ)を大きく超えておる。

儂も手合わせ願いたいくらいじゃ」

「ははははは。それを聞けば二人も喜ぶでしょうね」


高天原出身者にそう言ってもらえるとは、二人としても感無量(かんむりょう)だろう。

否笠の目からしても二人の成長力は上々。いや、異常。

魂喰いを行わずに、同格の咎人と一回交戦しただけで次の階梯に到達できるなど、前代未聞もいいところだ。

ファルファレナの登場によりそのことについて深い検証はできていないが、いずれ解明しなければならないことだ。


「焔様。つかぬことをお伺いしますが」

「なんじゃ?申してみよ」

「高天原では様々な顕現者の保護、さらには葦の国で活動している粛正機関の顕現者、そして堅洲国の咎人たちの情報が集まっていますよね」

「うむ。その通りじゃ」

「では、何の想いも抱かずに顕現を開花させた者を、これまで見たことはおありでしょうか?」

「何の想いも抱かずに?」


目を瞬かせて、オウム返しで問い返す焔。それからうーんと腕を組み唸る。

その様子から、望んだ答えは得られないと否笠は悟った。


「残念じゃが今まで見たことも聞いたこともないな。

種が存在しないのに大地から植物が芽吹くようなものじゃからのう」

「やはりそうですか・・・・・・・」

「その質問をしたということは、その事例に該当する者を目にしたということか?」

「ええ、その通りです。私としても初めてのことなので、どうやって対処すればいいか頭を抱えましてね」


一応、それが美羽と蛍であることは伏せておこう。

プライバシーの問題でもあるし、下手に詮索(せんさく)されても迷惑だろう。

ひとしきり悩んだ焔は、


「ううむ。いくつか可能性を思い浮かべてみたが、やはり儂ではそれっぽい答えがだせん。

お母様に聞いてみるしかないな。すまんのう、力になれなくて」

「いえいえ、謝られる必要はございません。事例自体が少ないのでは推測もできませんからね」


高天原でもそんな事例は確認されていない。

これはまた難儀なことだ。手がかりが零に近い状態で異常の正体を探らなければならないとは。

今はまだプラスに働いているが、それが負の側面に働いてしまったらどうなるか。

否笠が危惧(きぐ)していたのはそれだった。


(ま、なにはともあれ今はファルファレナですか。

そろそろ集君も帰ってきますし、どうにもならないことに頭を悩ませても無駄ですね)


完全に思考からそれを切り離した否笠は、自分もお菓子の袋から一つ取り出しチョコレートを口に放り込んだ。



次回、LESSON9

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