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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 星姫と狂乱の騎士
134/211

第五話 天降りたまう一条の焔

前回、歓喜



堅洲国・第一層。

どこまでも赤い世界。赤い山々に、赤い空に、赤い海。

血をぶちまけたような世界で住人達がすることは、殺し合いをおいて他にない。

他者は餌。自分が喰らうもの。

他者を殺して、その魂を喰らう。それが最も手っ取り早く効率的。

そのために堅洲国のバトルフィールドは存在する。


今も赤い世界では無限数の存在が殺し合っている。

葦の国はありとあらゆる世界を内包した極大規模の国。あらゆる論題や仮説、理論や矛盾を許容する世界。

当然そこから堅洲国へやってくる者の数も無数。

顕現を発現した者は有限数だが、それ以下の一~三層の存在は無限数存在する。

それゆえ階層自身も、それに応じた自由度を有している。


そんな階層の、ほんの一部。

とある山の一角で、手頃な岩に座った何者かが、周囲に集っている堅洲国の住人たちと楽しそうに話していた。


「それでな。今回とある咎人を粛正しに来たわけなんじゃ。

なんでも最近の堅洲国の異変、その原因らしくての、早急に始末しなければならんわけじゃ。

その大役に、今回(わし)が選ばれたのじゃよ!まあ、実力的に順当じゃな。

今回の粛正業務で手柄を立てて、早くお母様を安心させたいのじゃ!

というわけで儂はいつもより気合い入っておるぞ。いつもが100%だとすると300%くらいにな。

ところでお主ら、ファルファレナという咎人について何か知らんか?」

「知らな~い」

「見てな~い」

「分かんな~い」

「ふむ、それもそうか。

姿を隠していると聞くし、わざわざ一層に来るメリットなどあるわけもないか。

あ、そういえば最近甘食(あましょく)パンというものにハマってな。

素朴な味の中にほのかな甘さがたまらんのじゃ!お主らも食べてみるか?」

「「「食べた~い!」」」


高い子供の声。岩に座っているのは少年か少女か、外見からは判別が難しい。

だが身長は140~150程で、幼い子供だということは分かる。

あどけない笑顔は幼児のよう。口調が古めかしいことが目立つ。

まるで筆の先に墨汁をつけたように、黒い髪は肩まで垂れ、髪の先端が白く染まっている。

その身に纏う服は、儀礼服を動きやすいように改造したかのように見える。桜や日輪のイラストで彩られ、清浄さと華々しさを同時に感じさせる衣装だ。


その子供は手に持っている甘食パンを、周りにいる堅洲国の住人に手渡す。

異形の彼らはそれを思い思いに口に放り込む。

もぐもぐと食べて、何を思ったのか口を開いて見せた。


「パンが口の中で燃えちゃった」

「パンが口の中で炭になっちゃった」

「パンが口の中で鉄に変わっちゃった」

「まじかお主ら!?というか最後錬金術使っておるだろう!!?」


子供のツッコミに、住人達は「使ってな~い」と返事する。

いかにもほのぼのとしたやりとりだが、ここは堅洲国。平和な光景など、逆に異常な世界。

隙を見せれば殺されるのが常のこの世界で、和気藹々(わきあいあい)と語り合う姿が奇妙なのは言うまでも無い。


「ふぅ、まあよいわ。

そろそろ桃花の迎えが来る頃じゃが、果たして誰が来るのかのう。

話は聞いているが初対面だしな。ふふん、全員と友達になれればいいんじゃがな」


その時、子供を取り巻く住人達が何かの気配を察知し、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

そして、聞こえる二人分の足音。


「おっと、話をすればなんとやら、かの?」


期待を込めて音のする方へ目を向ける。

そこには、一組の男女がいて・・・・・・




堅洲国・第一層。

昨日ぶりに訪れた僕たちは、魔術式インターフェースに示された一点に足を向けた。

そして、その人はいた。


子供。黒と、先端が白い髪。そして桜や太陽の描かれた服を纏っている。

歳は、12か13くらいかな。

周りにいるのは姿形ばらばらの異形。しかし子供は臆するどころか、楽しげに話している。

僕たちの気配に気づいたのか、それらが反対側に逃げていった。

そして、岩に座っていた子供が飛び降り、僕たちの方へ目を向ける。


「おーい!お主らが桃花の粛正者か?」

「あ、はい!その通りです」


満面の笑みで手を振る子供。あどけないその姿に、一瞬この子が本当に高天原からの援軍なのかと疑問に思った。

一応敬語を使いながら、走り寄るその子に近づいていく。

距離が縮まるにつれ、本当に子供なのだと分かる。

けど見た目はあまり重要ではない。外見を自由に変化させる顕現者なんて腐るほどいる。

この子もその一人なのかもしれない。敬語はそのままの方がいい。


「初めまして。僕は粛正機関・桃花に所属している白咲蛍と申します」

「同じく。黒雲美羽です」

「ふむ、蛍に美羽か。

よし、憶えたぞ!それと敬語はやめい。こんな子供に使うものではないぞ」

「え、あ、はい」

「ま、止めろと言われて止められるものでもないか。

まあよいわ。いずれ交友を重ねるごとに自然と話せるであろう。儂はそれを理想とする」


はあ、と相槌を打つ。

確かに、高天原に所属しているというだけで、僕たちからすれば遙か高みにあるようなもの。

そんな方に敬語を使うなと言われて、即座に『OK!分かったぜ!』なんて言える精神性はない。


「名乗るのが遅れたな。儂は高天原に所属するにぎ・・・・(ほむら)と言う!性別は一応男じゃ。幼い顔立ちゆえよく間違われるのじゃよ。

今回はファルファレナ粛正に向け、是非とも協力したいと儂らが願い、そちらが受諾してくれたゆえに儂が派遣されたと言うわけだ。

援軍が儂一人じゃからといって悲嘆に暮れる必要はないぞ!儂は十二天よりかは実力があると自負しているからな!」


名乗る時に若干時間があったが、それ以外は太陽のような笑顔で語る。

そして無視できない事を聞いた。本人の言では、十二天以上の実力があると。

もしもそうなら、援軍なんてもんじゃない。


「さて、ここで話すのもなんだ。さっそくお主らの本部である桃花に向かおうではないか」


焔君の提案に乗り、僕たちは堅洲国から桃花へ戻った。



■ ■ ■



「というわけで儂が派遣されたというわけじゃ。よろしく頼むぞ桃花の粛正者諸君」


堅洲国から戻ると、桃花の皆は二階で待機していた。

僕たちと同じく緊張しているのは集先輩だけで、他の大人四名は平常時と変わらず焔君を出迎えた。



その四人が何を思っているのかというと。


店長は

(子供の姿を模しているのかと思ったら、年齢そのままですか)


天都さんは

(パッと見た分の実力は申し分ない。むしろ俺たちよりも上か)


アラディアさんは

(偽名だな。安々と自分の名前をさらけ出す真似はしない。よほど高貴な立場か)


霞さんは

(なにこの子超可愛い!ロリばばあってやつ?いや、ショタじじい?

どっちにしろ見た目と口調のギャップがたまらないんですけど!)


各々がそれぞれの感想を胸に抱いていた。

焔君はまず店長の下へ駆け寄った。


「直接会うのは初めてじゃな否笠殿。

お主のことは羽鶴女から色々聞いておるぞ」

「それはどうも。お初にお目にかかります焔様。今回、我々に助力頂き誠に感謝いたします」


互いに笑顔と共に握手を交わす。

次に焔君の足が向かったのはアラディアさんの元だった。


「お主がアラディアじゃな。

シエルから話を聞く度に一度は会いたいと思っていたんじゃ。

奥方は健在か?」

「え、ああ。その通りです。

今は娘につきっきりですが」


珍しく敬語を使うアラディアさん。いつもとは大違いの光景に僕の目が飛び出そうになる。あれ、アラディアさんってこんな人だっけ?


「さて、ファルファレナへの対策は立てていると聞いたが、それはどういうものか教えてもらってもよいか?」

「もちろんです。この機会に全員共有しておきましょう」


店長が前に出て、全員に対して話し始めた。


「とはいっても大したものではありません。

決行は明日。午前9時に、皆さんで堅洲国・第九層のファルファレナが潜んでいる縄張りに侵入し、交戦する。それだけです」

「ふむ。シンプルじゃな。

といっても、咎人も何かしら対策して待ち構えているのではないか?

例えば、自分と同格か格下の咎人を護衛につけているとか」

「その可能性は大いにあります。

ですから我々も全員で乗り込みます。戦力はなるべくあった方がいい。

もちろん、あまりに戦力差が開いていると確認できた場合は離脱も考えています。熾天使が千体以上いたりとか、そのような場合には即帰還を優先していただきたい」

「そうなったらうちの十二天全員だすしかないな」


あっはっはと笑い合う店長と焔君。とても僕たちが笑える話ではない。


「軽い冗談として言いましたが、あり得るかもしれませんね。

ファルファレナの顕現は咎人全体を強化する。それはある意味本人の実力よりも脅威的です。

咎人側としても彼女を失うのは避けたいはず。

だからなんとしても、粛正しないといけません」


店長は全員を見渡して言う。


「当然のことですが、縄張り内の構造はどうなっているか分かりません。それゆえ皆さんには臨機応変な対応をお願いしたい。

説明は以上です。

では、明日に向けて最終調整を行いましょうか」


それを聞いて全員が動いた。霞さんは集先輩の首根っこを掴み堅洲国へ。

アラディアさんは自室に向かう。

店長は焔君の元へ。


「焔様。貴方はどうなさいますか?」

「せっかく葦の国に来たんじゃ。少しこの街を観光してきてええか?

最終調整のことなら安心せい。儂はいつでも準備万端じゃからな」

「おお、頼もしいですね」


そう言って店長の目線は僕たちに向けられる。


「では、美羽さんと蛍君に案内してもらってください」

「「え?」」


唐突に話が進み、素の声が出てしまう僕たち。


「初めての場所です。道案内が必要でしょう?」

「いや、でも僕たちはトレーニングが」


ある。と言おうとしたところで、アラディアさんの自室から声が聞こえた。


「4時までに帰ってこい」


まさかのOKがでた。嘘だろアラディアさん今日ほんとどうしたんですかあなた?


「ここ最近お二人が張り詰めているようにみえますのでね、息抜きにいいと思いますよ。

ずっと働き過ぎると体に悪いですからね」

「わ、わかりました」


こうしてなし崩し的に話が進み、僕たちはそれを承認した。

たまの休暇も悪くはないと思ったし、さっき充分な練習は出来たし、なにより焔君の輝く目がこちらを見ていてとても断れなかったから。



■ ■ ■



というわけで僕たちは街を歩きながら、焔君の質問に答えていた。

日照りがジリジリと僕たちを照らし、蝉の絶叫が耳をつんざくが、焔君はそれに不平不満は言わず、むしろ酔いしれるように耳立てていた。


「ふむふむ、なるほどのう。

この街は人口は30万程度で、第三次産業が盛んと」

「はい。第三次産業が盛んなのは日本中でそうですね。

けど海に面しているから漁業も盛んですよ」


僕が指差すと同時に、潮風が海の匂いを運んできた。

遠くには青の海。漁港にカモメが飛んでいるのが見える。


「ここからでも海が見えるな。そして後ろには緑の山々が囲んでおる」

「自然は豊かです」

「なかなかいい街ではないか!気に入ったぞ!」


上機嫌で歩みを早める焔君。視線はキョロキョロと忙しく動き、周囲の光景を少しでも多く目に映そうとしている。

僕たちは当たり前すぎて今さら何も感じないが、焔君から見ればこの街は初めて見る物のオンパレードなのかもしれない。


「焔君は、以前葦の国に来たことはあるんですか?」


美羽が問うと、焔君は首を振る。


「今回が初めてじゃ。じゃから目に映る全てが新しいぞ。

知識では知っておるが、体験が(ともな)っておらんからな」


つまり高天原しか知らない箱入り娘ということか。

いい機会だ。心ゆくまま葦の国を堪能してもらおう。


「さて、このまま4時まで歩き回っても儂はよいが、二人は飽き飽きするじゃろう。

どこか面白そうなテーマパークとかはないか?」

「テーマパーク、ですか?

私、ちょうど近くに一つ知ってますよ」

「ほう?それはなんじゃ?」


美羽は少し歩き、一㎞先に見えた建物を指差して言う。


「水族館です」



■ ■ ■



水族館はテーマパークといえば鉄板。むしろ外すことはできない。

今日は休日ということもあり、館内は大勢の人が居る。駐車場もいっぱい車が並んでいた。

当然その中にはカップルの姿も。デートスポットに挙げるとしたらまずここだろう。

入り口にはチケットの販売機と受付。そしてたくさんのお土産が並んでいるミュージアムショップ。お菓子や可愛らしいグッズが置いてある。

当然、目にした焔君は目を丸くしていた。


「美羽!蛍!これを見よ!

クラゲが円筒の中で浮かんでいるぞ!

しかも円筒一つ一つで色が違う。なんとも美しい眺めじゃ!」


人数分のチケットを払い、受付の先に行った場所に行く。

そこにあるいくつもの円筒の、水の中を泳ぐクラゲに焔君は見入っていた。

恐らく円筒の下からライトアップしているのだろう。赤、青、黄、緑、紫。一つ一つで色が違う。それがよりクラゲの優雅さを際立たせている。


「綺麗ですね。クラゲは特徴的な形をしてますから余計映えるというか」

「だから海に月と書くのかのう。生命というのは不思議じゃな」


ひとしきり堪能した焔君は、貰った地図を頼りに、おすすめルート通りに次の場所へ向かった。

右に曲がると、小柄な体に反して大きな声で驚いた。


「うわっ!!なんじゃこれは!?」


何が起きたのか。続いて曲がった先で、焔君が驚いた理由が分かった。

巨大な魚(もちろん標本だが)が天井から吊られ、まるで僕たちに襲いかからんと口を開いている。

ああ、確かにこれは怖い。僕も小さい頃は初めて見て泣きそうになった。食べられてしまうんじゃないかと思って。

何より大きいんだ。15~20メートルはあるのかな。


「これは古代魚ですね。詳しい名前は分かりません。

ここには太古の海に生きていた生物を主に展示してます。あと生きた化石と呼ばれるような生物も。

あそこにあるのはシーラカンスの標本ですよ」

「なんと、ひれが八枚もあるではないか。

これはあれか?海底をひれで移動していたのか?」

「いえ、普通に泳ぎますよ。

シーラカンスは未だに謎が多い魚ですから、全容は未だに解明されていません」

「ふむ、なんにせよ迫力があるのう。人並みの大きさはあるか」


満足するまで見た焔君は、近くにある資料や魚を見た後、次の展示エリアに早足で移動する。


「なんだか、近所の子供を預かったみたいだね」


隣を歩く美羽が笑みを(たた)えて呟く。

それに関しては同感だ。未だに僕の目上の者に対する口調はそのままだが、本人の子供そのままの雰囲気に、態度はすっかり柔らかくなっていた。

人の魅力とはそういうものだろう。本人が喜んでいると、僕たちも自然に笑顔になる。

良くも悪くも熱量がある人に、人はついていきたいと思うものだ。


「美羽ー!蛍ー!

今度はすごいぞ!自然の川そのものじゃ!!」


奥から聞こえてきたその声に、僕たちは付いていく。

通路を歩くと、見えてきたのは日の光に照らされた展示エリア。

まるで外に出たかのような開放感。上を見るとガラス張りの天井から光が射している。

そして水のちょろちょろ流れる音。上から水が滝のように落ち、真下にあるガラス張りの水槽に注がれる。

その中にいるのは川魚。そして植物。

なるべく自然に近い環境で展示しているんだ。

自然光をふんだんに取り入れた水槽では、魚の繁殖行動と植物の四季の変化も楽しめる。


焔君が目を輝かせているのは次の水槽。

小型生物を展示しているそこには、カエルやイモリなどの両生類、ゲンゴロウなどの水生昆虫も見られる。

カエルの鳴き声が、まるで楽器のように鼓膜を打つ。耳心地(みみごこち)に良い。

カエルは石の上に乗って、なんとものんびりした目で鳴いている。

それを焔君が指差して僕たちに見せる。


「儂はカエルのな、この目が好きなんじゃ!

このなんともいえん緩い幸せそうな目。随神(かむながら)たちにも見習ってほしいものじゃな」

随神(かむながら)?」


初めて聞いた単語に、オウム返しで焔君に意味を聞いた。


「高天原で活動する者たちを総称してそう呼ぶ。要は高天原に属する粛正者のことじゃ。

それぞれが固有の役割を司っておる。

多いのが咎人との直接戦闘隊で、他にも医療担当や研究担当の隊もある。

仕事ゆえか、厳しい目つきの者も少なくないのじゃ」


ツンツンと、焔君がガラスをつつく。

カエルは喉を鳴らして、「なんのこっちゃ?」と首を傾げてこちらを見ている。


「さて、次に向かうぞ!

この先には大水槽があるはずじゃ。そこにはペンギンなりアザラシなりがいると書いてある。

さぞ雄大な泳ぎを見せてくれるのじゃろうな、楽しみじゃ!」


とててて、と可愛らしい足音で駆け出す焔君。

僕たちは焔君が迷わないよう、その後を追いかける。なんだか本格的に保護者の気分になってきたな。



■ ■ ■



その後、巨大水槽の外からペンギンやアザラシの遊泳を見たり、街の捕鯨・漁業文化の歴史を見たり、マングローブ植物が生い茂る熱帯アジアエリアを見たり、冷たい海域の魚を見たりして2時間を過ごした。

その帰りに立ち寄ったお土産エリア。様々なグッズやお土産の食べ物が並んでいる。

ラブカという魚のぬいぐるみを見て、焔君が物欲しそうな目をしている。

しかしあの映画を見たからか、ぬいぐるみがまんまシン○ジラにしか見えない。

せっかくだから買うことに。人形を手渡された焔君は喜んでもらってくれた。


時間も時間なので、そのまま昼食に。

どこが良いか悩んだが、焔君の希望でハンバーグレストランに入店。

好きなものを頼んでいいと言うと、喜んでハンバーグにステーキがついている注文を頼んだ。


「何から何まですまんのう。なにせこの世界の貨幣が分からぬゆえな」

「いえいえ、全っ然大丈夫です。お金だけならビルの屋上からばらまけるほどあるので」


なにせ粛正業務でたんまり貰ってるんだ。事実上僕の持ち金は軽く国家予算は超えている。

もちろん銀行に預けられるわけもないので桃花が管理しているが。

だから水族館のチケット代を三人分払ったり、グッズを買ったり、皆のご飯代をおごっても痛くも痒くもない。精々山から小石を取り除いた程度だ。

なんなら僕の顕現で無限に作れる。僕にとってお金の価値なんてないも同然だ。


僕たちはコーンスープとドリンクバーで好きなものを取ってきて、そして料理が来るまで雑談をすることにした。


「しかし大変な目にあったのう。まさか力天使(ヴァーチュース)の段階で熾天使に遭遇するとは。本来そこでゲームオーバーな場面じゃな」

「はい。あの時は何回も死を覚悟しました。怖かったし圧力もすごくて全く動けませんでした」

「まあそれが普通だな。美羽はその重圧を振り切って突貫したのじゃろう?見た目に反して屈強なんじゃな」

「ははは、あの時は必死でしたから」


苦笑いを浮かべる美羽。その言葉に偽りはない。

ファルファレナの機嫌一つで消滅しそうになったあの時、怒りを爆発させた美羽はのしかかる重圧を振り切った。

今思い返してもとんでもないことだ。具現型だから基礎能力が高いこともあるだろうけど、とてもあの時の僕にそんな芸当は真似できない。

・・・・・・それだけ美羽が傷ついたということでもある。


その後も話は続いて、焔君が高天原の事を色々、そりゃもう機密事項なんじゃないかと疑うような事まで話してくれた。

彼はドリンクを飲みきり、次の話題を切り出した。


「気になっていたことなんじゃがお主ら、兄妹(けいまい)かなにかか?」

「いえ。家族ではないです」


僕の言葉に、焔君は眉を寄せて頭を傾げる。

なにか変なことを言っただろうか?焔君は少し悩んだ後、さらに続けた。


「なら、お主らは付き合っているのか?」

「!??!」


ブフゥ!!!と、思わず口の中のドリンクを吐き出してしまいそうだった。

それをなんとか押しとどめ、飲み干し、焔君に事実を話す。


「友人によく言われますが、僕たちはただの幼馴染みです。

僕と美羽が親しいのは、小さい頃から一緒だからですよ」

「はい。それでよくいじられるんですよ」


美羽も頷き、日々の苦労に思いを馳せる。

ついに初対面の子供にも言われるようになったよどうしよう。

それを聞き、やはり納得がいかないように焔君は唸る。


「んん?血縁関係がなければ、付き合っているというわけでもないと。

それにしては魂の結びつきが異常に()()()。あるいは前世に何かあったか?」


最後の言葉は小さく、僕たちには聞こえなかった。

両の神眼。僕たちを見るそれが何を映しているのか、僕には見当もつかない。


「お待たせいたしました」


その時、従業員が料理を運んできた。

焔君の前に鉄板に乗せられたハンバーグとステーキ。美羽の前にチーズハンバーグ。

ジュウウゥゥゥゥと、音を立てて熱々ほっかほっかだと主張するステーキ。

目を輝かせる焔君。今にもかじりつきたいといわんばかりに顔を近づけている。


「じゃあ、いただきます」

「「いただきます!」」


僕の合掌に合わせて、二人の声が続き一つになる。

手にしたフォークとナイフを使ってハンバーグを切り取り口に運ぶ。

口にした瞬間に弛緩(しかん)する焔君の顔。幸せオーラが満開になり、周囲に花が舞う姿が幻視できる。


「うぅ~、美味しい!牛さんや育てた畜産農家、料理人に感謝しなければのう!!」


そのまま二口、三口目を次々に平らげる。見ていてなんとも嬉しくなるような勢いだ。コックも浮かばれるだろう。


僕が頼んだのはスパゲッティ。二人と比べると少量。

けどこれでいい。最近特におかしいが、どうも肉に対して拒絶反応が出る。目の前のテーブルに並ぶそれを見ると食欲がなくなる。

というか吐き気がする。一口でも口に入れれば、途端に胃の中のものをその場にぶちまけると本能で分かる。

・・・・・・・どうせだ。これについても聞いてみよう。


「あの、焔君。一つ質問してもいいかな?」

「一つと言わず何でも質問してよいぞ!もちろん答えられる範囲でな」

「ありがとう。ならまず前提として、僕たちは今ファルファレナを倒すために咎人を倒して、急速に成長しています。

それでなんだけど、霊格の増加と合わさって体に変化が生じる事例って、高天原で見聞きしたことはありますか?」

「ふむ、副次効果か。具体的には?」

「僕の場合だと、この髪がいきなり白く染まったんです。

アラディアさんは霊格の増大による副次効果って言っていましたけど」


黒く染めた髪の毛を引っ張る。

本来は新雪のように白く染まっている髪。今は染めているけど、水に濡れればすぐ落ちる。

焔君はそれを見て、少し悩んだ後に、


「ふぅむ、あれじゃな。自分というものがある程度定まってきて、自分の容姿が過去からの堆積や想念通りに、最適な形に変化しているんじゃな」

「定まる?」


その言葉がどういう意味なのか、疑問に思うと焔君が付け加える。


「生きていると、大体自分がどのような人物か自然に決まってくるじゃろ?

怒りっぽい者、いつも笑顔でいる者、無表情な者、いかにも不幸オーラを漂わせている者。

博愛を説く者もいれば、殺戮に生きる者もおる。

いわば自分の属性とか世界観とかがある程度まとまり、自分という存在が出来上がっていくと言ってもいいな」

「属性、世界観・・・・」

「うむ。生きるということは自分の世界を造っていく行為じゃからな」


僕の髪の白髪化も、肉が食べられなくなっているこの現象も、全て自分の世界が出来上がってきたから、ということか。

焔君がステーキを頬張り続ける。


「まあ、それが有力な説ではあるが、しかし仮説の域を出ておらん。

霊格の増大による副次効果も確かに影響する。しかし顕現や顕現者のことは儂らにだってブラックボックスであるからな。

むしろ儂らが教えてほしいくらいじゃ」


ハンバーグとステーキをペロリと平らげ、ジュースを一飲みし満開の笑みを浮かべる。

外見通りの子供。本当にこの子が高天原で粛正業務を担当しているとは、正直まだ信じられない。

ここで、当然といえば当然の疑問が浮かんだ。


「焔君は、なんで高天原で働いているんですか?」

「儂?う~ん、といっても大した理由はないな」

「ない?高天原へ入界を希望したんじゃないんですか?」

「ああ。あまり深くは語れんが、実は儂は捨てられたんじゃ」

「・・・・・・捨てられた?」


突然出てきた子供に似つかわしくない言葉に、僕も美羽も目を見開く。


「うむ。まだ儂が生まれて間も無い頃にな、両親が舟を編んで川に捨てたそうなんじゃ」

「そんな、どうして」

「理由?そんなこと、生活が困窮(こんきゅう)していたからに違いあるまい!

そうでなければこんなに可愛い儂を捨てるわけなかろう!!」


堂々と、胸を張って言い切った焔君からは、恨み辛み一切の負の想念を感じなかった。


「一応言っておくが、恨みなど全くないぞ。

懸命な判断だと思うし、あの時代ならさして珍しくもない。

それに、そのおかげでお母様に会えたからのう!」

「お母様って、もしかして高天原の関係者ですか?」

「うむ。舟で川をどんぶらこどんぶらこしていたらのう、突然雲間が裂けて光が伸びて、誰かが儂を抱きしめてくれたのじゃ。

それがお母様じゃ。高天原でとっても偉い立場におるのだぞ」


語る焔君はいつもよりテンションが高い。まるで誇るように、自分はこの上なく幸せだというように主張する。


「好きなんですね、お母さんのことが」

「もっちろんじゃ!大好きで大好きでたまらんぞ!!

いつもは無表情で必要なことしか言わないが、たまに見せる笑顔がとても愛らしくて、それにとても優しいのじゃ。

理想の母とはああいうものなのじゃろうなきっと」


隠すつもりすらない喜色満面は、さながら花が開花したかのよう。

母の愛を一身に受けているのだろう。その言葉に嘘偽りなど欠片もなかった。



次回、防壁

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