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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 星姫と狂乱の騎士
133/211

第四話 やっと見つけた 

前回、決着



「お前らはあれだな。

互いに依存しあってる」


それは僕たちがジェムと戦う前。魔術訓練中にアラディアさんが話したこと。

僕が過去にやらかした過ち。それを聞いて、呆れたように言うのだった。


「美羽もお前も、互いがいないと生きることができない。

極めてありふれている関係だが、どこか違和感があるのが気になるが」


その違和感の正体を探るように、顎に手を当て思考するアラディアさん。

だけど数秒後、諦めたかのように踵を返す。


「まあ、いいんじゃないか?

愛情も依存も大して変わらん。重要なのは矢印の向きではなく矢印の長さ。

それが正の側面に向かおうと負の側面に向かおうと関係ない。最低限の強さもない奴は何も成せない」


矢印の向きと長さ。

向きがそれぞれの想念で、長さが想念の強さ。

想念の善し悪しはどうでもいい。例え救済だろうと殺害だろうと。

大切なのは想いの強さがあるかどうか。

それがないと何もできないと、アラディアさんは言っている。


「逆に、美羽のためならいくらでも限界を超えられるんだろ?

お前はそれでいい。そのうち、お前なりの答えを出せるはずだ」



■ ■ ■



次の日、僕は6時ちょうどに起きた。

体内を完全に制御できるようになってから、起床や睡眠のタイミングを自由に設定できるようになっていた。

昨日は結局どうなったのかって?

美羽の踵落としをもろに食らって負けました。

途中まではいけるかなって思ったんだけどな。やっぱり顕現の数の差はどうしようもなかった。


ベッドから立ち上がり、鏡の前に立つ。

日課の白髪チェック。髪全体の八割が白く染まっていたが、もう驚くことはなかった。

5分かけてスプレーを使い髪を黒く染める。

新雪のような髪が不自然な黒髪に戻る。

これをこれから毎日やることになるとは。思わず溜息が出てしまう。


今日は休み。昨日でテストは全て終わった。

なので家族には息抜きと偽って桃花に向かう。休日など関係無しに特訓はあるんだから。

脳内で今日全体の工程を確認する。特訓をする前に堅洲国に行って、高天原の援軍と会うことになっている。

果たしてどんな人なのか。咎人と対峙する時も緊張はするが、今は別の意味で緊張している。


と言っても店に集まるのは9時だ。あと3時間ある。

何をしようか。そうだ魔術の練習をしよう。

朝早いけど、アラディアさんは店にいるし頼めばスライムの中に入れて貰えるはずだ。

よくよく考えれば今日は一日トレーニングに専念出来る。

今日は僕たちがファルファレナと同じ熾天使に上がれる記念すべき日。

決めた。早い内に外に出よう。


6時45分に外を出る。

蒸し返るような暑さは相変わらずだが、僕自身は暑さを感じない。

良くも悪くも自分の法則で動くのが顕現者。体温や気温の調整などお手の物。

なんなら長袖長ズボンで動いても構わないが、そんなことをしたら不審がられるに違いない。

蝉の合唱を聞きながら外を歩いていると、向こうから見知った友人が現われた。


「あれ、奏?どうしたのこんな朝から」

「おっはよー蛍!どうしたのはこっちの台詞だよ。

蛍もあれ?暑すぎて夜眠れなかった?」


現われたのはジャージ姿の奏。僕と美羽の友人。

ランニングの途中だったのかな。滴る汗を拭い、気さくな笑顔を浮かべる。


「僕はなんとか眠れたよ。これから用事があるから早めに行こうと思って。

そういう奏は部活?土日は無かったんじゃないの?」

「部活はないね。けど朝は走るって決めてるんだ。

今までずぅっと机に(かじ)りつきっぱなしだったからその分動きたくて」

「ああ、確かにね。よく分かるよ」


朝から友人と出会えるとは良い日だ。二人の間で会話は弾み、いつの間にか昨日の話に。


「それでね、放課後部活もないからさ、私映画見に行ったんだよ!

『スキゾフレニア』っていうアニメ映画でね、あ、軽いネタバレ大丈夫?」

「うん」

「ありがと!じゃあ話させてもらうね。

主人公は統合失調症でさ、その主人公の見た視点から物語が進むの」

統合(とうごう)失調症(しっちょうしょう)・・・・・」


聞いたことがある。精神分裂病とも呼ばれていたんだっけか。

幻聴が聞こえたり、幻覚が見えたり、妄想を抱いてそれが間違っていると思えない。そんなことが起きるんだったか。

発症する理由は詳しくは解明されてない。遺伝的な理由や周囲の環境などによっても発症すると聞いた。


「それで、見てみた感想は?」

「下手なスプラッターものよりよっぽど怖かったよ!

どんどん症状が進んでるのが私の視点で分かるからさ、主人公と自分とのギャップに得たいの知れない何かを感じたよ。

特にエグかったのが幻覚とか幻聴でさ。何もしてないのに主人公を責める声が鳴り止まなくて。

それに視線も怖かったな。ただ街を歩いてるだけなのに、道行く人全員が主人公を見ててさ。怖くて震えたよあそこは。

やっぱりね。一番怖いものってさ、人の心の奥深くの闇だって分かった気がする。

理解できないから怖いというか、理解することに恐怖を覚えるというか。上手く言葉に出来ないけどそう思いました」


思い出して、(おのの)きながら感想を言う奏。


「『全てが叶う妄想の中と、辛いことしか存在しない現実。果たして妄想に逃げ込むのは間違っているのだろうか』

主人公の関係者が言った言葉なんだけど、これまた私の胸にズシンと来てね。

そっかー、そういう生き方もありっちゃありだなーって、一人納得してたんだ」

「確かに、苦しい世界よりかは楽な世界を望むだろうね。

結局主人公はどうなったの?統合失調症は治った?」

「いいや、そのまま」

「え?」

「治らないまま、っていうか症状が悪化したまま映画は終わったよ。

結末は、まあ、主人公にとってはハッピーエンドなんだろうけど私たちからすればバッドエンドにしかみえない感じだったかな。

後味悪くてもやもやしたけど、逆に最後まで一切救われる要素がない所を貫き通してたのはすごかったね」


初志貫徹(しょしかんてつ)。無理矢理ハッピーエンドに持って行くよりかはそちらの方がいいのかもしれない。

そうまでして伝えたい事がある。ということだろう。

妄想と現実、果たしてどちらが人にとって救いとなるのか。


「長々と語っちゃってごめんね。

ネタバレし放題であれだけど、興味持ったら見てみてね!それじゃ」


映画の告知をして、手を振りながら走り去っていく奏。

僕も手を振り返しながら、暇さえあれば見に行こうと決意した。僕が今日生き残っていればだが。




時刻は7時20分。桃花についた僕は裏口から店内に入る。

一階には誰もいない。二階に上がると、店長が机の上の鳥人形(羽鶴女さん)と話している最中だった。


「なるほど、やはり減少傾向にありますか。

ええ、仕方ないことです。自分の命を最優先に考えることは当然のこと。

しかしそうなると困りましたね」


どうやら僕が邪魔してはいけない様子だ。

会話が終わるまで壁際で待機する。店長に挨拶しないのは失礼だ。


「だからこそ、ですか。いよいよ責任重大ですね。

はい、本人曰くあと少しです。特定次第情報を提供します。

・・・・ははは、いえいえ、優秀な魔術師がいるもので、ええ、はい。

ともかく全員に伝えておきます。それと、再度確認しますが合流はこちらの時間の10時で間違いありませんか?

はい。わかりました。ではこれで」


やがて鳥人形がプツリと事切れる。

ソファーから立ち上がった店長が僕の方を振り向く。

弱った顔をしていた。


「おはようございます、蛍君。朝早くからご苦労様です」

「おはようございます店長。その、何かあったんですか?」


僕が問うと、店長は困った困ったといわんばかりに肩をすくめる。


「羽鶴女さんからの連絡によると、ここ一週間の咎人粛正数が大幅に減少している、とのことです」

「それは、まずいですね」

「ええ。本当にまずいです。

原因はもちろんファルファレナによる咎人の強大化。手痛い反撃を受けた粛正機関も多いのだとか。

咎人の粛正数の減少は、咎人の増加を招きます。見事な反比例になっていますからね。

仕事を任せられる粛正機関は限られますし、彼らへの重荷が増えることになります。

どちらにせよ、ファルファレナの粛正を最優先にしなければならないのは変わりませんがね」


店長は机に置いてあったコーヒーを手に取り、それを飲む。

苦かったのか、渋い顔をしている。


「また、高天原の調査ではファルファレナの恩恵を受けた者、その数が咎人全体の九割を超えているとか」

「九割!?そこまで浸透してたんですか」

「ええ。脅威的なスピード、いえ、拡散力と言った方がいいですね。

恩恵を拒絶する者もいますが、デメリット無しに強化がなされるのですから、大抵の者は飛びつきます。

それ含めて、ファルファレナの思惑通りなのでしょうね」


なんとも苦々しい話だ。店長に釣られて僕の顔も渋くなる。

早急に、なんとしても、ファルファレナを粛正しなければならない。そうでなければ粛正機関がまともに活動できなくなってしまう。

たった一人でこれまでのパワーバランス・均衡(きんこう)を崩す力があるんだ。それは本人の実力以上に厄介かもしれない。

それなのに、ファルファレナの居場所が特定できない。

堅洲国にいることは確かだ。自分の作った縄張りの中にいることも確か。

だが、これまで探知に優れたアラディアさんの追跡を煙に巻き続けている。

僕たちのリベンジも、そもそも相手がどこにいるか分からなかったらできようがない。


暗雲低迷(あんうんていめい)。何かこの状況を打開する方法はないのか。

その時二階についている二つのドア。その一方からドタバタと足音が聞こえ、バァンと大きな音を立ててドアが開かれた。



「YEEEEEEEEEEEEEEEEEEEeeeeeeeeeeeeeAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaHHHHHHhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!」



歓喜の叫びはドアを開いた人物、アラディアさんから発せられた。

サッカーの試合で勝った人みたいに、深いガッツポーズで有り余る幸福を体現している。

なんだ?ついに狂ったかこの人?

魔術の研究は危険も多いと聞く。深淵を覗くと深淵もまたこちらを覗く理論で、おそらく研究の最中に何か知ってはいけないものを知って狂気に陥ってしまったのか。

一応、僕はアラディアさんに何が起きたか聞いてみる。


「あ、アラディアさん、どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもねぇよ。ついに分かったんだよ奴の居場所がぁ!」

「奴?それって」


僕がもしやと思うと、アラディアさんはニタリと笑う。


「ファルファレナの縄張り、ついに割れたぜこんちくしょう」



■ ■ ■



朝の7時30分頃。

私、黒雲美羽は桃花を訪れた。

休みということもあり若干速く来すぎた気もする。

だけどその分トレーニングに当てればいい。今日は時間がたっぷりとある。

この後八層の咎人・智天使(ケルビム)の粛正もすることになるんだ。

それが終われば、ついに私たちの位階は熾天使になる。

つまり、ファルファレナと同格に。


高揚しないわけがない。かつて惨敗を(きっ)して、それから地獄のようなトレーニングを乗り越えて、ようやく奴と同じ舞台に上がる。

今度こそ、今度こそ奴に白目を剥かせてやろう。

未だにその居場所が掴めていないことが唯一の不安要素だが、準備は入念に行わねばならない。

意を決して裏口から店内に入る。


それと全く同時だった。



「「「YEEEEEEEEEEEEEEEeeeeeeeeeeeeeeeeeAAAAAaaaaaaaaaaaaaHHHHHHHhhhhhhhhhhh!!!!!」」」



男三人の絶叫が店内に響いたのは。


「!?」


思わずビクッと身構えてしまう。

音の発生源は二階。叫声(きょうせい)には喜色が多分に含まれている。

何が起きたのかとソロリソロリと二階に行くと、店長、アラディアさん、蛍が全身で喜びを表現していた。


(!??・・・・・・!?!!・・・・・・・!?!?!)


一体何が何なのか。ただ呆然と突っ立っているしかない私を見つけ、蛍が満面の笑みで私の手を掴みブンブン振る。


「美羽!やったよ!!アラディアさんがやってくれたよ!!!」

「え、え?ごめん、何が?」


涙を流しかねない程喜んでる。分かったのはそれだけ。

こんな蛍、普段なかなか見れたものじゃない。

頭上にハテナマークを五つは出している私に、蛍が興奮冷めやらぬ様子で説明する。


「今まで特定できなかったファルファレナの縄張り。そこが堅洲国のどこにあるか、やっと分かったんだ」

「!?えっと、それってつまり・・・・」

「うん。これでようやく、ファルファレナに挑むことができる。

僕たちが今日の粛正をやり遂げればだけどね」

「ホント!!?やったぁ!!!」


皆に触発されたのか、私自身も相当嬉しかったのか、思わず蛍に飛びかかって抱きついてしまった。

蛍も両手で懐に入った私を迎え入れる。

ついに、ついに奴と対面できる。

今までの努力が報われた。今以上にそれを感じ取れる場面はない。


ファルファレナ。奴の嘲笑。ちっぽけな虫に向けられた愛玩(あいがん)の視線。

『私がもう一度壊してあげようか?』

憐憫(れんびん)と共に投げかけられたあの言葉。

あの時の悔恨、絶望、かみ殺した憤怒。当社比500倍で返してやろう。


歓喜の抱擁(ほうよう)は20秒は続いた。

一通り落ち着くと、店長が笑顔でスマホを弄っている様子を見つける。


「念のため、皆さんに連絡しておきましょう。

どちらにせよ今日は全員集合する予定ですから、その時に改めて説明と今後の確認をします。

いやぁ、良かった良かったほんっとにもう」


すっかり脱力したようにソファーに座り込む店長。店長も店長でこれまで焦っていたんだろう。


「縄張りの根幹にある法則色。そこから予想される変形パターン7467万種まで照合可能。

魔術的インターフェース画面に情報をインプット。全階層サーチ。

これで奴がどこに移動しようが居場所はバレバレですぜ」

「グッジョブですアラディアさん。

早速高天原に連絡して情報を共有しましょう」


店長は鳥人形をツンツンとつついて話を始める。

邪魔にならないよう脇に寄ると、アラディアさんが私たちを捕まえた。


「恐らく決行は明日になるだろう。その頃にはお前らは熾天使、奴と同格になっている。戦力の一つに数えられるってわけだ。

今日はトレーニングを済ませて、その前に高天原の援軍と合流する。

分かったらさっさとスライムの中に入ってそれまで自主訓練でもしてろ。俺が教えることもあと一つか二つくらいだからな」

「分かりました。でも、その高天原の援軍と合流する時間は何時ですか?

「こっちの時間で10時だ。その頃には俺が教える。格好はそのままで構わない」


言うとアラディアさんはパチンと指を鳴らし、出てきたスライムが私たちを問答無用で飲み込んだ。



と言ってもやることは限られている。

まずすることは精神統一。

座禅を組み、二人並んで、余計な思考を消し無我の境地に達する。

まるで深海のように深く、自分を無我の領域に埋没していく。

周囲から音が消え、感覚が消える。

自分の存在が溶け、世界と一体となっていくような


しかし何も想わないわけではない。

高めるのは自分の想念。根幹にある想い。

私だったら破壊。蛍だったら創造。

昨日、ジェムの試練でさらに確立した自分の願いや望みを、さらに深く想い続ける。

皆と過ごす日々を守るために、立ちはだかる障害を打ち砕く。

そのために自分の顕現を使おう。そう決めた。

髪の毛一本、指の先まで、自分の身体が破壊の色で染まっていく感覚を味わう。


霊格の増加による副次効果の一つに、自己の抽象化というものがある。

文字通り、自分という存在が抽象的に、一つの事象や概念でしか説明できなくなっていくというものらしい。

ジェムであったら『ゲーム』という風に。

ファルファレナであったら『蝶』という風に。

私だったら『破壊』なのだろう。

自分の色や属性が決まっていく。自分がその色や属性と一体化していく。


自己の超越化。神性増大。

瞑想には様々な効果があるが、それを多分に含んでいるのは確かだ。


そして、一時間ほどの座禅を終え、したことは魔術の練習。

アラディアさんから一通り基礎は教わった。次にやるべきことは自分の得意分野を伸ばすこと。

自分の場合、得意分野は負の側面の魔術に特化している。


そして、理論を構築し、私の属性と混ぜ合わせ、複雑怪奇な綾模様の魔術が出来上がる。

その結果、『不浄門』という私オリジナルの魔術式が完成した。


負の領域の奥底。逢魔(おうま)(どき)を超え、パンデモニウムの座に在る存在からその権能を引き出す。

果てもなく、時間もなく、有形無形が渦のように溶け合い、しかし個我を保っているような魔界。世界の半分の要素が集まった空間。

この世のどこにも存在しない、仮の名前を与えられたそこから、私の呼びかけに応じてくれた者から力を貸し与えてもらう。

もっと精通すれば、擬似的な召喚も可能かもしれない。


『貴方に呼びかけられれば、喜んで皆参詣(さんけい)しひざまずくでしょうね』


そして、そのパンデモニウムの座に在る一角の霊体。もっとも速く私に力を貸してくれたのが、今話しかけているディスパーション。

コロンゾン。樹に潜む悪魔。親切にも私に色々知識を与えてくれた。

彼?曰く暇潰し。現世で堕落と誘惑を振りまくついでに、親しい私と関わっていると。

本人はそう言っているが、私自身この悪魔と会ったことは一度も無い。

人違い?だが悪魔は首を振る。確かに以前会ったことがあるのだと。


その謎は、ファルファレナの一件が落ち着いた後に考察するとしよう。

とにかく、今は不浄門をさらに開く。


『不浄門というのは、降霊術の延長線上にあるものとお考えください。

悪魔を呼び出したりする時って、魔方陣を描いたり、鳩の血を捧げたりするイメージがありますよね。

貴方の場合は、その必要なアクション、手順、儀式。それら過程を無視して召喚できるのです』

「へえ、便利だね」

『そりゃもう、貴方だけに許された特権ですから』


意味深な言葉と笑みはいつものこと。会って少ししか経っていないが、その笑みにはいい加減慣れた。


『さぁて、誰を呼びましょうか。よりどりみどりですよ。

基本貴方に逆らうものなどいませんからね。

最初は一体一体呼び出して、最終的には数十体一気に呼び出せるようにしましょう』


パラパラと、どこから持ってきたのか図鑑をめくって私に見せる。

一体何千ページあるのか。多すぎて一々選ぶのに時間がかかる。



それを踏まえて蛍との手合わせ。

前回と同じく殺す気で、やるからには本気で命を狙う。

昨日はなんとか勝てたけど、私としてはどちらに転んでもおかしくなかった。

それくらい蛍が手強かった。だから一度勝ったといっても、手を抜くなんてことは一切しない。できない。

そういえば最後のとどめに踵落とし食らわせたんだ。あの後精一杯謝った。


昨日と同じく、私の魔獣たちと蛍の創造物がぶつかり合う。

そしてその中心で、私たち自身が互いを削り合う。

位階が上がるにつれ、より戦闘が複雑で高速化している。

考えることは増え、勝利に至るための必要条件が増え、行動することが増えた。

単なる力押しでは届かない。技巧を上達させなければ遅れを取る。

手札はあればあるだけいい。もちろんそれを自在に操れる前提だが。

一つのパターンが上手くいかなかったら、次のパターンに移行する。

こんがらがりそうな思考を、並列思考は楽々と受け入れる。


胴体を穿つように放った破壊の爪。瘴気を纏い荒れ狂うそれを、蛍は即座に左手を黒化させ相殺。

蛇のように曲がり首を狙ってきた蹴りを、私は歯で受け止め食い千切ると同時に毒液を滴らせる。

鋭すぎて斬撃と化した蹴りの風圧を、蛍は切り裂き、倍以上の威力にして返す。

一瞬の溜めの後に放たれた白い閃光。触れる全てを塩に変え莫大な熱で吹き飛ばす光を、踏み潰して粉々に打ち砕く。


衝突を繰り返すごとに、互いが互いの戦法を即座に学び、対策を構成する。

そのたびに上昇を求める。高速で思考し、更なる一手を見つけ続ける。

このまま蛍と戦っていれば、永遠と成長できるのではないか。

そう思うほど、私と蛍の戦闘は白熱していた。

かつての戦法は通じない。それを証拠に、昨日と同じく空間を侵食しても、蛍は一対一に意識を切り替え白兵戦を仕掛ける。

長刀の不利もある程度克服しているようで、常に一定の距離を保ちそこから私を寄せ付けない。


かれこれ戦い続けて何時間経つだろう。少なくとも3時間以上は経っている気がする。

それでも私と蛍に疲労の色は見えない。どころか気力が溢れ出んばかりだ。

受けた傷も、昨日と比べて全然少ない。私は四太刀で、蛍が三撃ほど。

膠着(こうちゃく)していて、打開の一歩がなかなか見つからない。

その戦況に終止符を打ったのは、外部からの一声だった。


「お二人さん~、もうそろそろ終われってよ~」


その声にピタリと動きを止める。

声のした方には缶ビール片手に酒気を纏っている女性がいた。

霞さん。酒を好む『陶酔』そのもののような人物だ。


「こんにちは霞さん。ってことは10時近くなんですか?」

「うん。あと10分後~」

「分かりました。出ます」


私と蛍は頷きあって、霞さんの後を追いスライムの中から外に出る。

かなり充実した時間を過ごせたと思う。前と後ではかなり仕上がりが違うと実感できる。

桃花の二階には、先ほどいなかった天都さんがいた。


「こんにちは天都さん。集先輩は?」

「あいつは堅洲国だ。アラディアいわく最後の調整らしい」


新聞を読みながら答える天都さん。

支度をする私たちに霞さんが、


「もしかして緊張してる~?」

「え、まぁ、多少は」

「良い方法あるぜ~。私が持ってる缶ビールをグビッと飲んで――」

「霞。未成年に酒を勧めるな」

「はっはっは、七割本気の冗談だよ天都~。本気にすんなって~」


釘を刺す天都さんに酔いながら告げる霞さん。いつも酔ってるから冗談なのか本気なのか判別がつかない。

酔いどれ霞さんは通常運転。緊張しているようには欠片も思えない。

二人はあの事を聞いているのか?


「あの、ファルファレナの事についてお二人は聞きましたか?」

「うん、聞きましたよ~。明日なんだって?乗り込むの。

急だけど、まあ順当だね。即刻粛正しないとまずいし」

「俺も聞いた。準備は整えて臨むべきだ。

明日、馬鹿騒ぎを終わらせるぞ」


天都さんの視線は私たちに向けられている。

最初は私たちの参加を否定していた天都さんだが、私たちの覚悟を認めてくれたんだ。

それが嬉しかった。


「そろそろ時間だ。行って来な~」

「はい。行って来ます」


時間は7分前。せめて5分前には待ち合わせの場所に着いていなくては。

私と蛍はいつものゲートの前に立ち、吸い込まれるように堅洲国へ移動する。



次回、焔

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