第三話 黒白
前回、手合わせ開始
黒と白の閃光が瞬き、数瞬遅れて床と壁が爆発する。
縦横無尽に動き回る二つの光。一方は白の剣を携え、一方は身体から黒い瘴気を発している。
二人の衝突は既に30を超えた。
直接の激突のみならず、顕現や魔術を使った波状攻撃も止まない。
武器群と魔獣が互いを喰らい合い、白が黒を、黒が白を侵し合う。
総じて言えば、直接の激突は私が勝り、飛び道具を使った波状攻撃は蛍が勝る。
接近戦は自分の十八番。それに対して無限の手札を創造できる蛍は後方からの支援を得意とする。
破壊は創造を産み、創造は破壊を産む。対照的な両者の想いは太極を描きながら殺し合う。
だけど、私はそれを終わらせるために足を踏みだした。
飛来する妨害を一切減速することなく躱しきり、同時に計18発の打撃を蛍に食らわせる。
いずれも急所。破壊の致命傷が身体を覆うが、その前に蛍は自分の剣を自分自身に突き立て、再創造し回復する。
それを確認して私は飛び上がり、空中に作成した自らの魔方陣に飛び乗る。
魔方陣は暗く、黒く輝きだす。それは一種の加速用カタパルト。
魔方陣の直線上、レールのように道が策定され、空間が固定されていく。
この魔方陣の役割は二つ。自らの加速。そして回避場所の限定。
ちまちま動いて煩わしいのなら、どこにも移動させなければいい。
「El Diablo Cojuelo」
呟きと共に魔方陣が最大の輝きを放ち、スタートダッシュと共に砕け散る。
一瞬を極限まで凝縮。それを無限に繰り返せば今の速度を説明できるだろうか。
その飛翔に合わせて直線上の何もかもを粉砕し、破滅の腕を振り下ろす。
蛍の反応速度を上回り、辛うじて展開していた翼の盾ごと、彼の腕を吹き飛ばす。
「は、やっ」
驚愕する蛍の声さえ今は遅い。
慌てて逃げようとする蛍だが、既に鼻先には黒脚の蹴りが迫っている。
突き上げる一撃。天を貫く衝撃をもろに腹部で食らった蛍は、砲弾のように天井に激突。
理を穿つ黒脚は顕現による再生も破壊する。長刀を手放した蛍はあの致命傷を治癒できない。
決着。その二文字を頭に思い浮かべた時。
左と右。両隣から幾百もの剣閃が走った。
「なっ!!」
慌てて上体を反り、本来腰から上を切り裂いたであろう剣を回避する。
宙返りをして、回転しながら両隣にいる何者かに蹴りを食らわせる。
飛び退く両者。そこにいたのは二人の蛍だった。
(自分を作った。けどどうして?)
数を増やす。最もな戦術だ。
だが疑問でもある。自分自身を増やしたところで顕現までは再現できない。
そしてどれだけ大勢でも一撃で葬ることができる。類感魔術の応用だ。二人はその術を身につけている。
私からすればむしろチャンスを増やしてくれたようなものだ。
疑問を感じていると、蛍が天井から落ちてきた。
「う、ふぅ、めっちゃ痛かったよ。
あれ食らったらああなるんだね」
「それはどうも。それより増やしていいの?
自分の基礎的な能力しか付与できないんじゃなかったっけ」
それは他ならぬ蛍自身が言っていたことだ。
エンケパロスとの戦闘時、自分を増やそうとしても顕現は創造できない。
むしろ無闇に数を増やしてこの前痛い目に遭ったとも言っていた。だから基本的に数を増やしても良いことはなさそうだが。
問われた蛍は、笑顔で返す。
「うん。全く以てその通り。
だけどね、あれから色々試してみたんだけど、新たな発見があったんだ」
「発見?」
蛍が言うと同時に、トレーニングルームを埋め尽くすように蛍が無数に出現する。
今話している蛍と瓜二つ。違うとすれば手に持つ武器が双剣であることか。
「顕現は創造できない。確かにその通り。
けれど、全体として共有することはできるんじゃないかって思ったんだ。
今僕は僕自身を無限に作ったけど、顕現は僕にしか宿らない。
けれど僕たちの魂をネットワーク化して、総体として顕現を共有したんだ。
いわば、顕現の射出口を増やしたってことだよ」
蛍の言葉を聞いて、思考する。
つまりだ。蛍は裏技を使って自分の分身体にも顕現を使えるようにしたと。
「それって、あり?」
「というか、もともと顕現と自分自身の区別がかなり曖昧だったからね。
僕は今ここにいるけど、それは顕現を使った再生能力のおかげであって、本来なら残っている部分は無いに等しいんだ。
肉体も、魂も自分が創造したからこの世に在るようなもの。つまり自己顕現を行っている状態。
自分で自分を創造するなんて、頭がこんがらがりそうだったよ」
笑顔を交えて語る蛍。
「けれど、これでまた戦術が一つ増えたよ。手数はさらに増えて、一回のアクションで取れる行動も増えた。
加えて個体内での離反や反逆も起きない。全員の意思は一つだし、制御するために色々対策を考えたからね。そんなことされたらたまらない」
無限の創造による懸念材料も着手済みだと。
「けれど、問題はまだ残ってる」
私が呟くと同時に、間近にいた蛍の一人を引き裂く。
特に抵抗はなく、あっさりと五分割にされた。
そして発動するのは類感魔術。似ているものは互いに影響を及ぼしあう原理。
対象と似ているほど効果を及ぼすこの魔術は、偏在や分身に対して鬼門となる。
だから咎人も策なく自らの増殖なんてしない。
だが、
「あれ?」
蛍の群れが傷を負わない。
全体に影響が及ばない。
いや、よく見れば多少傷ついている。
だが目の前の死体と違い、それらは確かに五体満足で生きている。
「類感魔術への対策もしてあるよ」
蛍はそう言いながら、自分の死体に目を向ける。
五体に割れた死体は時間を巻き戻したかのように元の形を取り戻す。
「今日、ジェムとの戦闘で分かったことがあるんだ。
彼は自分という集合の内部に自分を要素として含ませて、矛盾を生じさせると同時に自分の存在密度を上昇させた。
だから僕も自分に矛盾を組み込んでみたんだ。
『僕は僕であって僕じゃない』っていう風にね」
咎人にはわざと自分に矛盾を含ませ、それを利用している者もいる。
今回、蛍もそれを利用したんだろう。推測するに、そうすることで総体への影響を軽減させた。
類感魔術がどれだけ対象と近しいか、それを元に影響を及ぼすものである以上、蛍であって蛍でない総体への影響は減少する。
「けど、そうだとしても50%は影響を被るはず」
「うん。だから他にも色々試してる。
右利きの僕と左利きの僕。白髪の僕と黒髪の僕。男性の僕と女性の僕。数万以上は細かい違いがあるはずだ。
仮に1つの違いで、2分の1は総体への影響が減少するとしたら、
僕全体への影響なんて、コンマ以下のはずだよ」
「・・・・・・まじですか」
対策は完璧。私が一々指摘する必要はなかったようだ。
「じゃあ、納得したところで続けようか」
無限の蛍が一斉に動きだす。
手には様々な凶器。完全に同一なようで、細かく見れば違いがある個体たち。
四方八方。360度の全てから襲い来る蛍。
私は腕に力を溜め、思いっきり腕を振り切る。
「はあぁァッ!!」
腕の一振りで総体の七割を破壊する。
辛うじて破壊を免れた者、破壊を食らって奇跡的に生き延びた者だけが残る。
だが減少はすぐに補完される。
空いた隙間に創造される蛍。何事もなかったかのように、それぞれが想造を発動する。
蛍が作った複製が、さらに複製を作るねずみ算。
一体でも撃ち漏らせば、延々とそれが続いていく。
想造の恐ろしさはそれだけではない。
私を囲むようドーム状に剣が出現する。
逃げ場のない空間で、剣が私めがけて殺到する。
それに対し次元を2万は上昇して回避。低次元の干渉を退け、私はドームから脱する。
だが蛍はそれを読んでいたかのように、私と同じ次元までたどり着いた無数の蛍が武器を振るう。
蛍の身体能力を受け継いだ分身。一体ずつならまだしも、こうも数が多いとどうしようもない。
「顕現 渇熱の双炎!」
空気中の水分が全て蒸発した。
発動させた黒炎はまるで龍のように、分身体を飲み込み灰にしていく。
だが暴れる黒龍を切り裂く閃光が走る。長刀を持った蛍だ。
想造を全体で共有はしても、あの顕現は共有できていない。
つまりあれを持った蛍が本物で、同時に起点。
頭上から流星が降り注ぎ、武器の群れは相も変わらず私を付け狙う。
白い光に触れれば塩化が進み、とてつもない強度の豪腕が幾千も私も狙い撃つ。
数が異常。たぶん何を創造するか、一体ずつ、あるいはチームで担当して分けているんだ。
今もそう。私に向かってくる直接戦闘型。後方から創造だけする後方支援型。最低でもこの二つが確認できる。
余計な思考をしない分一つ一つの想造の質がいい。
加えて必要な情報をリンクしているのか、私が攻撃に転じる度に全体が一斉に動く。おかげで腕を振っても外れることが多くなった。
「前から聞きたかったんだけど、怖くないの?」
「怖い?自分が死ぬことが?
いいや。怖くないよ。
確かに自分があっさりと死んだことに最初は恐怖を感じた。
今ここにいる自分は何なんだって。自分に作られた自分の感情や魂は、ほんとうに自分のものなのかって。
けど、考えても無駄だなって分かったよ。
顕現が僕に宿ってるってことは僕が本体であることの証明でもあるし、それに僕が何者かなんてどうでもいいよ」
この魂から生じる想いは本物であり、そうであるなら自分が一体何者であるのかなどどうでもいい。
真顔で答える蛍。けれどその内に秘められた熱は本物だと言葉で分かった。
何度全体を破壊しても、何度全体を削ろうと、そのたびに欠員が補充されていく。
至近距離で幾千の蛍を相手取り、後方から発射される無数の飛び道具を対処する。
並列思考の全てが焼き切れそうなほどに加速し、魔術や顕現を使用して状況を打破しようと試みる。
だが一瞬一瞬を対処するので精一杯。そうこうしていると蛍たちの影から長刀を持った本物が現われ、私の横腹を切断した。
「――ぅ、!ああ、もう!!!」
切られた傷。だが切り傷に罅が走り、内側から壊れる。
現われるのは傷一つない美羽。現実と傷を破壊して損害を無にする。
同時に、いい加減苛立ちが募った美羽が、新たな顕現を発動した。
「顕現 穢る暴風破壊の侵犯!!!」
美羽の周囲。陽炎のように揺らぎ、触手のようにのたうち、黒紫のそれが影のように世界を覆った。
前衛で身近にいた蛍たち。中距離にいた蛍たち。後方にいた蛍たち。
長刀を持った蛍だけは飲み込まれなかったが、それ以外の全てが一瞬にして黒に飲み込まれ、完全に破壊され尽くした。
浸食の顕現。黒で覆われた世界で新たに何かを生み出そうと、そこは既に美羽の浸食後の世界。産まれた瞬間に喰われて消える。
これ以上創造しても一切無意味。最大の武器である生産性を潰された今、蛍は苦い顔で長刀を構えるしかない。
予想以上の結果に、思わず私も笑みがこぼれる。
さあ、これからだ。またもや振り出しに戻った戦況は、そろそろ終盤に入っていた。
こうしてみると、二人とも成長したな。
追い詰められながら、蛍は過去と今の自分たちを比較していた。
僕たちが初めてブルーワズと戦った時、今なら言えるがあの頃の自分はひよっこ同然だ。
経験が足りないし、戦術も練り固まってないし、顕現を工夫せずに使ってたし、自分の不死性に頼りっぱなしだった。
それがここまで成長できたのは、すべてアラディアさんや天都さんたちのおかげだ。
「――っと!」
一直線に顔を狙ってきた正確鋭利な黒脚。
身体を反らした隙に襲いかかる両手の武装。
それを至近距離で対処しようとすると、途端に発動する魔術。
そのどれもが必殺。人体の急所を狙い、炸裂すれば惑星なんて無限に吹き飛ばす。
次から次へと殺到する致死の情報。処理するにはとても間に合わず、被害を最小限に抑えることしかできない。
二人とも確かに殺す気で望んではいるが、もちろん最低限のブレーキはかけている。
腕を切るだろう。足を壊すだろう。頭部を粉砕して心臓を潰すだろう。
殺すために並列思考の全てを使い、使える手段の全てを使う。
だがあくまで手合わせ。殺す気というのは一種の方便で、込められた意味は『それくらい本気で特訓に望んで欲しい』ということ。
両者ともただでは死なないことは分かりきっている。だからこそ本気で殺し合えるのだから。
自分に迫る五百を超える連撃。その内半分を想像で凌ぎ、残り半分は長刀で防ぎきる。
互いの目はめまぐるしく動き、この均衡を打ち崩すべく打開策を探っていく。
先に動いたのは僕。
ジェムとの戦闘でそうしたように、僕の左手、長刀を握っていない手が変質する。
美羽のように黒く。破壊の力を宿して。
行っていることは顕現の模倣。
本来顕現は完全な模倣など不可能。なぜなら自分と相手は違うから。
完全に同一の顕現などどこにもない。それは人それぞれが送ってきた人生がそれぞれ違うから。
ゆえにどれだけ精密にコピーしようと、その本質に迫ることなど出来はしない。すなわち劣化しかしない。
だがそれで結構。今まで僕は両の腕で剣を振るってしかこなかった。
だからこの至近距離での一撃。咄嗟には反応できないはずだ。
迫る二つの黒腕を長刀で弾き、空いた胴体に模倣・暴虐の御手を叩き込む。
ズドン!!と、人体からしてはいけない音がして、衝撃と共に美羽の目が開かれる。
それと同時に、口の端が曲線を描き、ニタリと笑う。
それを見て『あ、しくった』と気づいたが、もう遅い。
殴った腕を侵食するように、黒く染まった腕がその上から変色していく。
腐っていく。爛れていく。溶けていく。朽ちていく。
先ほど太陽の例をだしたように、今の美羽に触れることそれ自体が自殺行為に等しい。
だから腕を介して、美羽が持つ負の情報が伝達することも必然だった。
発狂しかねないほどの激痛、骨の髄まで掻き毟りたくなるほどの痒み。
魂まで侵す猛毒。目眩。思考停止。
幾百の病、ウイルスの感染。超高濃度の放射能汚染。
高熱、筋力低下、肺炎、リンパ腫の腫脹、発疹、発汗、呼吸困難・呼吸停止、激しい頭痛、悪寒、脱力感、体内の酸欠、意識障害、精神異常、心肺停止。
概念汚染。霊病。霊質汚染。
身体中の気力やエネルギーが枯れていく。
細胞が朽ち、神経が溶け、いたるまでの組織が腐敗する。
美羽に触れただけで、それらの全てが這い上がるように全身を侵していく。
呻く僕に射す影。上を見ると美羽の踵落としが――。
次回、決戦の翌日