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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 星姫と狂乱の騎士
130/211

プロローグ&第一話 騎士の独白 古き思い出

前回、第四回QandAコーナー


少ない分量のプロローグを投稿するのもあれなので、第一話と合体しました。

『自灯籠 星姫と狂乱の騎士』始まり始まり



地獄絵図。その光景はまさにその言葉がふさわしい。

栄華を誇った街並みは瓦解し崩れ、あちらこちらで火の手が上がり、有害な黒い煙が天への架け橋を作る。

瓦礫に押し潰された者、火に焼かれて焦げた者、そこにあるのは死者だけ。

まさに死屍累々(ししるいるい)で、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄。

それなのに空だけは雲一つない晴天で、太陽は眼下の惨状(さんじょう)を見てもこれまでと変わりなく輝き続ける。


全ては突然だった。

それを目撃した者は行商人。朝早くから街道で売る荷物の整理をして、さて今日はどれだけ稼げるかなと、期待とやる気を朝日から貰っていた時。


その男は、空間を割って出てきたかのように、突如して行商人の近くに出現した。


言葉がでなかった。人というのは理解ができない事態に遭遇すると、声を上げたり後ずさったりするなどの明確な行動を取る前に、まずは(ほう)けるものだ。

黒衣を纏った男。見た目の歳は20になっているかどうかの境目あたり。

二つの綺麗な青い瞳はサファイアを連想させる。

思わずそれに、美しいと思った瞬間に。



ゴバッ!!!!と、世界が突然傾いた。



「――!?!?!」


至近距離で吹き飛ばされ、その体が粒子以下に分解する行商人。

秒も保たずに、その体が完全に消滅した。


黒衣を纏った男がしたこと。それは単純な気の発露。

さて、やるか。と、雑務を片付ける感覚で行った小さな小さな決心。

ただそれだけが核爆発すら凌駕(りょうが)して、一つの国を物理的に壊滅させた。


建物が倒壊する轟音。そして鳴り響く悲鳴が合唱となって天にこだまする。

今の一瞬で何万の民が死んだのか、およそ検討もつかない。


亡国を容易く成し遂げた男は、次の行動に移った。

まるで指揮棒を振るうように、男は虚空で指を振る。

その動きに合わせ、ガパァッ!!と空に亀裂が走り、黒い空間が姿を見せた。


すると、瓦礫の山から飛び出してきたのは金銀財宝。城や宮殿の奥深くで管理されていた膨大な量の宝物や、民家の戸棚の中に隠されていた小さな宝石まで、全てが黒い空間へ飛来する。

既婚者がつけていた結婚指輪の一つまで念入りに、価値ある輝きを飲み込んでいく。

金銀財宝が列をなして空中を飛ぶその様は、まるでお伽噺(とぎばなし)のように幻想的だ。

やがれそれらが完全に黒い亀裂の中に吸い込まれ、それ以上の収集物が無いことを男に伝える。


それを確認し、再び指を振るって、空の裂けた亀裂を閉じる。

一面の瓦礫(がれき)の上に立つその男は、何万人もの死者を出した事実を、まるで道端に転がる石ころのようなどうでもいい目で睥睨(へいげい)する。


最後に、その男は腕を一振りして――




その日、平行世界が一つ消えた。






堅洲国・第八層。

強大な堅洲国の住人()たち――智天使(ケルビム)が存在するその階層。

赤い空。赤い海。赤い大地。

一面血の色で染まった世界は他の階層でも共通だが、ここはそれまでの層とは違う。

殺意の質が違う。怨嗟(えんさ)の量が違う。

殺し殺されて発生した想念の残滓(ざんし)。空間に充満するそれを感じ取っただけで、座天使(スローンズ)であろうと精神に異常をきたしかねない、上の階層など比較にもならない死の濃度。

空間そのものの排他性(はいたせい)もあいまって、足の指先ひとつでも踏み込『』めば、全身に消滅の波が浸蝕して有無を言わさず消えるだろう。


その一区画。とある咎人の縄張りに、その主が今帰還した。

病的なまでに白い髪に、中世風の漆黒の服。

青い瞳はサファイアを連想させるが、同時に海の底のような暗い色を覗かせる。

口と鼻を隠すように、黒いマスクで顔の下半分を覆っていた。


そしてその目の先。

広大な庭、中央で吹き上がる噴水、そして奥に構える豪邸(ごうてい)が並び、

庭の中には、天まで届こうかとばかりに積み重なった、金銀財宝の塔があった。


金貨、銀貨、宝剣、王冠、宝石、金像・・・・・・。

その輝き。光が集まりすぎて、直視しようものなら目眩を避けられない。

僅かに光る星々の輝きに呼応(こおう)して、呼吸しているように塔も夜空に輝きを届ける。

目の前が金一色。欲深な者が見れば涙を流して喜ぶ光景だが、縄張りの主たる彼はそれにさしたる感慨(かんがい)も持たない。

彼の目はここではないどこか、空の彼方を見ていた。


金銀財宝の前で立ち止まり、彼は虚空を指で裂く。

指の動きに応じて、塔の上の空間が破けた。

破けた隙間から零れ落ちる物も金銀財宝。数えきれないほどの金貨や宝物が、雪崩(なだれ)のように落下する。

これらはもちろん、先ほど奪ってきたものだ。

上から落ちてくる宝物を受け止め、塔全体が流動し、押し寄せる波のように男性の足下まで金貨が押し寄せる。


「まだ、全然足りないな」


宝物の全てが雪崩(なだ)れ落ちたことを確認し、男性はようやく言葉を発した。

暗い声。見かけの数倍以上の年を感じさせるように低さ。


「君にはまだ会えない。けど、必ず僕の方から迎えに行く。

その時まで、待っていてくれ。アンジュ」


聞く者によっては感情が込められていない棒読みのように聞こえるが、マスクをかけていても、こみ上げる激情を隠しきることはできない。



そうだ。いつの日か、君にたどり着くまで。

これは供物だ。君に全て捧げるものだ。君にこそふさわしい。

優しい君。弾ける笑顔が可愛い僕の姫。

もう少し、もう少し待っていてくれ。


握りしめた手から血を零しながら、騎士は(きびす)を返す。

また彼女に捧げる宝物を持ってくるために。

例え、その過程で世界が幾つ滅ぼうが眼中にない危険性を宿して。



■ ■ ■



グツグツと煮えたぎるシチューに牛乳を入れ、弱火にした後お玉で掻き回す。

後は少し待つだけ。鼻歌を歌いながら僕は完成を待つ。


For auld (懐か)lang syne(しき),my dear(日々の),

for auld (ために)lang syne(親友よ),

we'll take(友情の) a cup (杯を)o'kindness(酌み交わ) yet(そう),

for auld(懐かしき日) lang syne(々のために)


僕の鼻歌が気になったのか、美羽は冷蔵庫からジュースを取り出しながら質問する。


「あ、どこかで聞いたことある。

蛍、それなんの曲?」


問われた僕――白咲蛍は幼馴染みの顔を見ながら答える。


「オールド・ラング・サイン。

スコットランドの歌だよ。意味は『古き良き日々』。

『蛍の光』って、小学校の頃歌わなかった?

あの歌ってオールド・ラング・サインを参考にした曲なんだよ」


それを聞いて、『あ、それだ!』と美羽が目を輝かせる。


「そうだ、蛍の光だ!

どこかで聞いたことあると思ったらあの時歌った曲だったんだ。

気に入ってるの?」

「うん。昔を思い出して、どこか郷愁(きょうしょう)を感じるんだ。

最近頭の中に浮かんできてね」


いつからだろう。たぶん昨日からだ。

突然脳裏をよぎった歌。それがこれだ。

歌詞はなぜか憶えていて、それ以来気がつけば口ずさんでいる。

たぶん、小さい頃お気に入りの歌だったんだ。10年近く経っても憶えているんだから。



さて、事の経緯を説明しよう。

咎人・ジェムを粛正した僕たちは、その後桃花に別れを告げ、家に帰ると思ったら近所のスーパーに寄っていた。

目的は美羽の夕飯を作るため。二人で今日は何を作ろうか話して、シチューを作ることにした。

材料をひとしきり買った後、そのまま美羽の家にお邪魔した。二人でシチューを調理して、そして今に至る。

そしてもうそろそろ完成だ。美羽が美味しいと言ってくれれば嬉しいな。

後は様子を見ながらシチューをかき回すだけ。美羽と会話しながら、その完成を見届ける。


「それにしても『()()()』か。

蛍にぴったりの歌だね」

「それ、小学校の時に散々聞いたよ美羽」

「あれ、そうだっけ?

ふふ、今も昔も考えることは一緒だね」

「・・・・・うん、そうだね」


クスクス笑う美羽に返事をしながら、僕は昔を思い出す。

美羽と一緒に過ごした小学校時代。あの時は何を考えるまでもなく、ただ生きているだけで嬉しかった。

責任なんてなかった。将来なんて考える必要もなかった。

ただ、側に美羽がいてくれるだけで嬉しかった。

楽しかったし、この日々が続くのが当たり前だと思ってた。

僕と美羽はいつも二人で、朝小学校に登校し休み時間を過ごして、放課後一緒に帰宅して僕か美羽の家で遊ぶ。

同じクラスの友人に僕たちの仲を『夫婦』と揶揄(やゆ)されることもあったな。あれ、今もされてるじゃん・・・・・・。


けれど、昔と違って今は何もかもが変わった。

子供の頃は、まさか自分が『顕現』という異能を使って咎人を殺すことになるなんて、夢にも思わなかったはずだ。

事実は小説より奇なり。過去の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。きっと絶句するだろうな。


さて、そろそろ良いかな。

火を止めて、僕は食器を二つ取り、お玉でシチューの中身をよそう。

湯気のたつ温かいシチューを白い食器で受け止める。

準備は出来た。食器を食事用のテーブルに運んで、コップにジュースを入れ待っている美羽に差し出す。


「出来たよ、美羽」

「わあ、ありがとう蛍!とっても美味しそう」


反応は上々。美羽はシチューを見て目を輝かせている。

僕は美羽の向かいに座り、二人して手を合わせる。

いただきますを言って、僕がスプーンを手に取ろうとする前に、美羽が僕にコップを持ってと合図する。

その意図に気づいて、僕もコップを持ち、美羽のコップと合わせる。


「「乾杯!」」



懐かしき日々のために、親友よ、友情の(さかずき)を酌み交わそう。

懐かしき日々のために。




「ねえ、蛍」


シチューを食べ終わり、一服(いっぷく)したところで、美羽が話を切り出した。


「どうしたの?」

「あの、食べ終わったすぐ後で悪いんだけど、私の特訓に付き合って欲しいの」

「特訓?いいよ。なんなら今すぐにでもしようか?」

「ほんと!?ありがとう蛍!実は色々試したいことがあるの」


食器を片付け出す僕たち。シチューはまだ余ってるから明日にでも食べてもらおう。

洗剤で食器を洗いながら、僕は美羽に聞く。


「けど、特訓って言ってもどこでするの?」

「いつものスライム。アラディアさんがいつでも使って良いって言ってた」


スライム。アラディアさんが用意したトレーニングルーム。

あの広大な空間なら、僕たちが全力で動いても外に影響はしない。

堅洲国で手合わせするわけにもいかないし、そう考えればあそこ以外に適当な場所は他に存在しない。

両親には遅くなると言っておいた。9時までなら大丈夫だろう。

桃花はいつも開いている。アラディアさんが住み込んでいるし、なんなら僕たち従業員は裏口の鍵も渡されている。


「じゃあ、桃花まで行こうか。美羽」


食器を片付け終え、電気を消して、僕は美羽に手を伸ばす。

美羽は差し出された手を握る。

そのまま顕現を発動し、僕と美羽が桃花の目の前に立っている場面を想像する。

想像は現実に。一瞬で風景が変わり、家の中から暗い外に移動する。

目の前には桃花。明かりはついていない。

僕たちはそのまま裏口に回り、専用の鍵で店内に入る。


「「失礼します」」


一応声をかけておこう。

一階には誰もいない。だけど二階から階段を通して光が射し込んでいる。

僕たちは静かに、階段を上がり二階を見る。

明かりがついた部屋にはソファーに座っているアラディアさんがいた。


手に紫色の花を持ち、それをじっくりと観察している。

やがて僕たちの存在に気づいたのか、目線をこちらに向けた。


「どうした。咎人でも殺したくなったか?」

「いえ、特訓したいのでスライム使わせてください」


美羽が言うと、アラディアさんは指をパチンと慣らす。

すると床から液体が溢れたと思ったら、徐々に半透明の身体を作り上げていく。

膨張。膨張。膨張。膨張。

タプンと、弾む度に表面が波打つ。

あっという間に巨大スライムが出来上がった。


「アラディアさん、その花は」

「ラベンダーだ。イヴから貰った」


アラディアさんがさっきから持っている紫の花はラベンダーだった。

イヴちゃん――アラディアちゃんは、今日母親の元へ帰ったらしい。

(ほが)らかな笑顔の優しい子で、見ているだけで癒やされるとはまさにあのこと。

束の間の間だが、アラディアさんの珍しい家族関係を知ることが出来た。


「明日はトレーニングが終わった後に八層、智天使(ケルビム)の咎人を粛正してもらう。

それは分かってるよな」

「はい。先ほど聞きました」

「それに追加して、明日トレーニングが始まる前に一層に行ってもらうことになった」

「一層?どうしてですか?」


堅洲国・第一層。

葦の国と最も近く、同時に最も葦の国への侵攻事例が多い階層。

といっても咎人のレベルは弱い。最上層だけあって数は無限にいるが、それだけだ。

顕現すら開花していないのだから、顕現者にはどう足掻いても勝てはしない。そうなっている。

今の僕たちの敵ではない。そこで何をしろと言うのか。

アラディアさんはラベンダーを手で弄りながら答える。


「ファルファレナの粛正に当たって、高天原から援軍が来るって話、さっきしたよな。

そいつと落ち合う場所がそこになった。援軍つっても一人らしいがな」


高天原からの援軍。

確かに先ほど、僕たちが帰宅する前に店長が話したことだった。

『明日、ファルファレナ粛正に対して高天原から増援が来る』と。

この際一人だけでも心強い。何があるか分からないし、確実に奴を仕留めるのなら多いに越したことはない。


「落ち合う場所って、桃花じゃ駄目なんですか?」

「さあな。一層で調べたいことでもあるのか、千引きの岩の見回りをついでにするのか、真意は分からん。

どちらにしろお前ら二人が会うことになるのは変わらない」

「なぜ僕たちが?立場上僕たちの上の店長やアラディアさんが行った方がいいと思いますけど」

「アホ。立場だのなんだの、んなこと気にする奴は高天原にはいねぇよ。

お前らも交流深めるチャンスだ。羽鶴女(うずめ)以外の知り合いでも作っとけ」


言い終わると、顎でスライムを指すアラディアさん。

さっさと終わらせろって意味だ。

そそくさと、僕たちはスライムの目の前に立つ。

スライムの目が僕たちを捕らえる。そのまま大きな口を開いて、

バクンと、僕たちを飲み込んだ。



次回、どっちが強い?

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