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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 喫茶店・桃花
13/211

第十三話 車に注意

前回、店長厭世



・高欄視点


美羽、蛍、否笠が別れる数十分前。

兄妹が籠もっていた廃工場。そこで動きがあった。


「帳! 起きろ!」

「ぇ、お兄ちゃん。どうしたの」


眠たい目をこすりながら、急いで脳を覚醒させる。

兄の怒声にも似た、切羽詰まった声が間近から聞こえる。


「奴らに居場所が見つかった! すぐに逃げるぞ。掴まれ!!」


訳がわからないまま、布をマント代わりに纏い、差しのばされた手を掴む。

直後、廃工場の出口からドン! と何かをぶつける音が聞こえた。

音は連続する。その度に扉はへこみ変形する。


ドアを突破される時は近い。高欄蓋はあらかじめ見つけておいた裏口を開き、外へ飛び出す。

背後に鳴り響くドアが蹴破られる音。

敵はすぐそこに迫っている。最早後ろを振り向く余裕すら無い。


「お兄ちゃん! どこ行くの!」

「わかんねぇ! けど今は逃げるしかない!!」


夜の廃工場を飛び出し、ここに来るまでに通った路地裏に逃げ込む。

まるで迷路のように入り組んでいるこの路地裏。しかし二人のかつての遊び場でもあった。

幼い頃はよくここでかくれんぼをして遊んでいた。迷うことも多々あったが、今では脳内で正確なマップが描けるくらいには知り尽くしている。

十字路を左に曲がると、道路にでる道が見える。


「いたぞ! 布を被ったあいつだ!」


その直後、背後から聞こえる声。

まずい、ばれた。

もうすぐで道路に出る。背後で聞こえる無数の足音。

後戻りは出来ない。このままでは近いうちに追いつかれる。

蓋はすぐに決断した。自らが囮となって妹を逃がそうと。


「帳! その毛布よこせ!」

「え、うん!」


手渡された布を頭から被る。これで奴らが騙されててくれればいいが。


「よし、いいかよく聞け。あの道路に入ったら別れるぞ。お前は右、俺は左だ。わかったな」

「え、一人で移動するの?」

「ああ、そうなる」

「そんなのやだよ! 一緒に逃げようよお兄ちゃん!」


縋るように、俺の手をギュッと握る帳。

辛いのは俺も同じだよ。けどわかってくれ。


「大丈夫だ。できるだけ顔を伏せていれば見つからないさ。

秘密の場所で待ち合わせよう。あそこならそうそう見つからない。

もしお前がそこについて1時間経っても俺が来なかったら、そん時は橋を通ってひたすら北に走れ」


それが、蓋の考え得る限り最適な逃走ルートだった。

情けないことに、それ以降のことは帳の判断に任せるしかない。

まったく役に立たない兄だ。妹とは大違いの、駄目な兄だ。

それでも、せめて妹には生きて欲しい。逃げ延びて、可能なら平和な生活を送って欲しい。

そのために、今も握りしめているこの手を振り払う。


「お兄ちゃん!」

「ごめん、必ずまた会うから!」


道路に出る。宣言通り俺は左。帳は一瞬躊躇(ちゅうちょ)したが、それでも右に走った。


(ありがとう、帳)


去りゆく背中を見つめながら、やがて路地裏から例の集団が現われたのを確認した。


「左だ! 左に走ってるぞ!」


よし! 無事誤認してくれた。周りが暗かったこともあり、身長差はうまく誤魔化せたようだ。

後は俺が奴らを可能な限り引きつけて、できるなら逃げ切る。

疲れが出てきた脚に活を入れて、横の車道を突っ切る。

突然現われた俺に驚き、車のクラクションが鳴らされる。

注意しないと轢かれそうになるが、四の五の言っている場合では無い。

車道を渡りきり、背後の集団から距離を取る。


川が見えた。背後では交通路でタジタジになっている集団。

ちょうど良い。俺は被っていた毛布を川の近くに置く。ついでに近くにある大きめの岩を転がして川に落とす。

ボチャン! と大きい音が響き波紋が立つ。これで川に飛び込んだと思ってくれよ。


俺は川に沿って走り、ここから集合場所への道を考える。


(あそこは俺が走ってる方向と真逆だ。あそこまで行くにはどっかでUターンするか、いっそタクシーでも捕まえるか・・・・・・・。

どちらにしろあんまり顔は見せないようにしないとな)


何はともあれ奴らを撒くことが最優先。暗闇で目立たない場所を探す。

しかし走っている最中、蓋の思考を遮るように背後から爆発音が辺りに響く。

思わず背後を見る。そこでは車が数台燃え上がっていた。


(何が・・・・・まさか車が邪魔だから無理矢理どかしたとかじゃないよな!?)


そうだとしたら狂ってる。何も知らない一般人だぞ。妹と何の関わりもない。

そんなことをしてまで、あいつらは帳が必要なのか?


しかし、背後の音に気を取られ、前方から目をそらした事が最大の過ちだった。

なぜなら対面から走ってきた一台の車が、俺に向かって突進してきたからだ。


「なっ!?」


避けようとするが、とっさのことで身体がうまく動かない。

当然衝突。急転換する視界。奇妙な浮遊感と共に一瞬感覚の全てがなくなった。

ドガッ! と人を()ねる鈍い音がして、俺の身体は大地に転がる。


幸い車が低速だったためか、俺は意識を保っていた。

だが身体が動かない。全身に焼けるような痛み。熱い。骨が数本折れているのがわかる。

呼吸もおかしい。ヒュー、ヒューと、か細い呼吸を繰り返す。


「こいつは、高欄帳の兄か」


今さっき自分を撥ねた車の中から、一人の男が現われた。

肩まで垂れる黒い髪。鋭い眼光。ゾッとするような冷えた声。

男は倒れ伏す俺に近づき、運転席から出てきた男に伝える。


「おい。こいつを車内に入れろ。聞きたいことが山ほどある」

「はい。それより暦さん。この先で抗争です。うちの奴らと例の宗教団体か、あるいは上層部をバックに持ってる奴らです」

「殺し合わせてろ。こっちは有益な情報源を手に入れた。律儀に殺し合う必要はない」

「はい」


運転手は俺を後部座席に乗せ、ドアを閉める。

俺は抵抗も何も出来ず、ただ呻き声を上げることしかできなかった。

俺が乗せられた席の隣に、鋭い声の男が乗車する。


「走らせろ」


男の声と共に、車は今まで来た道を戻る。

先ほども言った通り、暦にはわざわざ抗争に付き合う気は無かった。


「自己紹介が遅れたな。高畠暦と言う。覚える必要は無い」

「くた・・・ばり・・・や・・・・・がれ」


もはや痛みで怒りも何も浮かばないが、それでも悪態をつくことはできた。


「仕事柄よく言われるよ」


目の前の男、高畠暦は特に気にした風もなく俺の方見ている。


「おおぜい・・みて・・・る。けい・・さつが、くる・・・・・ぞ」

「安心しろ。そんなもんまともに機能していない。

他の組織がとっくに根回し済みだ」

「・・・・・・」


薄々わかっていたことだったが、それでも現実を突きつけられると辛いものがあった。

暦は肩肘で頬をつき、その鉄面皮を変えないまま蓋に質問した。


「さて、先ほども言ったとおりお前には聞きたいことが山ほどある。

一番重要な事を聞こうか。お前の妹はどこにいる」

「言う、とでも・・・思っ・・・・てん・・・・・のか?」

「思っているとも」


暦は拳銃を取り出す。


「俺の趣味は読書でな。本を読むのが好きなんだ」


聞かれてもいないのに、暦は淡々と話し始めた。


「いくつも本を読んでると、どの本にも共通するパターンってものが見えてくる。

例えば漫画や小説の主人公が突如事件に巻き込まれ、翻弄されながらも最後は無事ハッピーエンドを迎えるとか」


彼は懐から取り出した拳銃を、隣に座っている蓋の右膝に押しつける。


「お前もそうだろう?

優しいお兄ちゃんはどんな拷問を受けても妹の居場所なんて吐かない。

それが鉄板の流れだ。家族愛は素晴らしいものだからな。

ありふれたパターンだとしても感動するよ」


暦は一切顔色を変えずに呟く。

何をされるのか察した蓋は、恐怖で引きつった声で嘆願する。その前に――


「だがな、人間はお前が思っているよりは利己的な動物だ」



そして、一切顔色を変えずに引き金を引いた。

パァンと、狭い室内に銃声が鳴り響く。

銃弾は膝の皮膚を突き破り、その足から鮮血を散らす。


「ア、ガアァッ!」

「自分の身の安全を確保できるのなら、肉親だろうが容易く裏切る。

自分の利益のためなら、呼吸をするように仲間を裏切れる。

それが俺が見てきた人間だ」


少年の悲鳴に一切動じず、次は左膝に弾丸を撃ち込む。


「アアアァア!!!」


まともに酸素も吸えないが、それでも絞り出すような悲鳴が出た。

痛みで涙があふれ出る。全身打撲の身体が震える。


「お前が小説のように妹への家族愛を貫けるか。

それとも現実のように裏切るか」


暦は拳銃を、蓋の脇腹に押しつける。


「さあ、お前の家族愛を試してやろう」


狭い車内に、三度目の発砲音が響いた。




・美羽視点


否笠と別れた後、美羽と蛍は使い魔を呼び出し、先ほどと同じように高欄帳の足跡をたどっていた。

使い魔の後を、走りながらついていく。


「人が集まってるね」


道路の周囲を見わたしながら、蛍は呟く。


「車が止まってる。警察もいる。何か事故があったのかな?」


その言葉を聞いて、一瞬高欄帳のことを考えたが、さすがに無関係だろう。

ミサイルが直撃しようがケロリとして生きていけるのだ。自動車に轢かれた程度でどうにかなる顕現者などいない。


後ろを見れば警察が交通封鎖をしていた。野次馬も集まっている。

何があったのか気になるが、今は高欄帳の元へ行くのが最優先。


不意に、目の前を走る使い魔が左へ方向転換する。

犬は車道を横切り柵を越え、川辺に降りていく。


「! 蛍、一気に行こう」


一瞬だけ超人的な脚力を発揮して、反対側の車道を横切る。急に飛び出しては運転手に迷惑なので、せめて一気に駆け抜ける。

秒もかからず柵の上に飛び乗り、そのまま使い魔の近くへジャンプ。


使い魔は川辺の砂利道を走り、やがて大きな橋に近づく。

橋の上では先ほどの道路と同じように、警察による交通規制が行われているのが遠目で確認できる。


使い魔は橋の下。太い橋脚についている、扉の前で立ち止まる。

その扉をひっかき、私たちにワンワンと吼える。


「この先にいるのかな?」


蛍が警戒しながら、ドアのレバーをゆっくりと引く。

月明かりに照らされて、一部中が見えるが、それ以外は真っ暗。

開いたドアから使い魔が中に入りこむ。そのまま暗闇の中を走り、見えなくなる。

やがて遠くから犬の吠える音が聞こえた。


もしかして、見つけたのか?


「行こう」


蛍が私たちの目の前に灯りをともした。そのまま、周囲に警戒しながら歩を進める。

空中に突如出現した炎は、歩く私たちからつかず離れずの距離を保ち、周囲を照らす。

その灯りのおかげで周囲が見えた。


段ボールや器具がそこら中に置いてある。この部屋は物置部屋だろうか。

埃が積もっている。そこから長い間誰も使っていないことがわかる。

それを証拠に至る所に蜘蛛の巣が張ってある。おっと、目の前を鼠が横切った。


やがて使い魔が吠えている場所にたどり着く。

室内の隅。そこにうずくまるように座っていたのは。


「お姉ちゃん達、誰?」


間違いない。

茶色い短いショートの髪。目の下の泣きぼくろ。

写真で見た、高欄帳その人だった。


それを確認した私は、なるべく緊張させないように、笑顔を浮かべながら話す。


「こんばんは。ええと、貴方は高欄帳ちゃんであってる?」


少女は少し躊躇して、一拍おいて首を縦に振った。


「よかった。あ、私の名前は美羽。隣にいるのは蛍って言うの」

「よろしく」

「・・・・・・・・・・・・・」


私と蛍は交互に挨拶する。

少女は警戒している。まあ当然か。突然知らない人が現われたら私だってそうする。

とにかく私たちの目的を伝えよう。


「帳ちゃん。私たちは貴方を保護しにきたの。

貴方は不思議な力に覚醒して、今まで追いかけられていたでしょう。

私たちはその不思議な力を持つ人を保護する役割があるの。決して敵じゃ無いから安心して」

「・・・・・・・・・」


疑心暗鬼の目で帳ちゃんが私を見つめる。

駄目だ、警戒を解いてもらえない。

私は縋るように隣にいる蛍を見つめる。

その意図を察したのか、蛍が一歩前にでる。


「帳ちゃん。今何か食べたいものはある?」

「え? ・・・・・・・・・たまごボーロ」

「たまごボーロね。はい、どうぞ」


蛍の右手、何も無い掌の上で突如袋に包まれたたまごボーロが出現する。

蛍の顕現で、たまごボーロを無から創造したんだ。


その現象に目を大きくして驚く帳ちゃん。信じられないようにパチパチ瞬きをしている。

それから蛍の手の周りをきょろきょろ見る。どんな仕掛けを使ったのか気になっているようだ。


「・・・・・・・・ありがとう」


やがて、恐る恐る蛍からたまごボーロを受け取る。袋を破き、その中のたまごボーロを一つ口に運ぶ。

味わうように咀嚼すると、その顔にほのかな笑顔が浮かぶ。

餌付(えづ)けかよ、と一瞬思ったが何はともあれさすが蛍。相変わらず便利な顕現だ。

それを見届けて、蛍の視線は背後。暗い室内に向けられる。


「ここで食べると衛生的に問題がありそうだね」


突如虚空から風と水が発生する。

それらは回転し、ガソリンスタンドの洗車機よろしく室内を一掃する。

私たちとあちらには透明な壁がしきられ、舞い散る粉塵を一切寄せ付けない。

あまりの出来事に帳ちゃんは手にしたたまごボーロを床に落とした。


やがて室内を綺麗さっぱり洗い流し、風と水は消えた。

コンクリートの床は光沢が放ち、先ほどまでの染みや埃が跡形も無くなっている。

洗い流された段ボール類や器具は、新品のような輝きを添えて、先ほどは無かった戸棚に収納されていた。


蛍はさらに左右の無機質な壁に灯りをともす。

シャボン玉の中に七色で輝く光が産まれる。踊るように周囲を旋回する灯りは、提灯のように周囲を七色に優しく染め上げる。


「わあ・・・・・・・・」


その光景に目を輝かせる帳ちゃん。気に入ってくれたようで何よりだ。

私も忘れていたが、顕現は決して咎人を殺すためだけにあるのではない。

こんな風に、誰かの役に立つこともできる。結局は使い方次第なんだ。


「すごい! どうやったの!」


一部始終を見ていた帳ちゃんから、拍手喝采が送られる。

蛍はにこやかに説明する。


「実は僕達も、君と同じ不思議な力を持ってるんだ。それを顕現って呼んでる」

「顕現?」

「そう。自分の願いとか想いが形を持って現われたもの。

帳ちゃんがずっと抱えていた想い、それを現実にできる力。

物を燃やしたいって想ったら、火炎放射器が出てくるみたいなものと思ってくれればわかりやすいかな」

「・・・・・・なんとなくわかった」


少し思案して、帳ちゃんは納得する。

蛍の例えは的確でわかりやすいな。今度私もその表現を使わせて貰おう。


「僕たちも君と同じように、突然顕現が発現して困ってたんだ。

そこに、今僕たちと同じ仕事をしている人が助けてくれた。

それからはその力の使い方とか色々教えて貰って、今はさっきみたいに自由自在に使えるようになった。

僕たちと君は同じだ。だからどうか安心して欲しい。

必ず君を守ってみせるから」

「・・・・・・・ほんとに?」

「ほんとだよ。約束する」


蛍が帳ちゃんに向かって手を差し伸ばす。

私は、横から蛍の顔をのぞき見る。

誠実さと、親愛が混じった、優しい表情だった。

その表情を信頼したのか、帳ちゃんは差しのばされた手を握りしめた。


「さて、ここにいるのもなんだ。

外に出て店長と合流しようか」


その意見には賛成だ。何をするにしろ、店長に合流しないといけない。

蛍が帳ちゃんの手を引いて、外に出ようとする。そのままエスコートするつもりだろう。


「駄目! 私ここにいる!」


しかし、突然帳ちゃんが叫ぶ。

今までの静かな声とは違う、不安が混じった、切羽詰まった声。


「・・・・・・なぜ?」

「待ち合わせしてるの、お兄ちゃんと」

「お兄ちゃん?」


帳ちゃんに家族がいたのか。それは初耳だ。

その後、帳ちゃんから話を聞いた。

突如現われた謎の集団に家族が殺されたこと。

兄と一緒に命からがら逃げ延びてきたこと。

その兄と別れ、秘密の場所、今私たちがいる場所で落ち合うことになっていること。

もうすぐ時間なのに、兄が来ないこと。


「・・・・・・・」


美羽は先ほど見た道路の騒動を思い出す。

もしかして、先ほどの騒動は・・・・・・・。

しかしどうすればいいか。帳ちゃんは何が何でもここで待っていたいらしい。

無理矢理連れ出すのもあれだしな。


少し悩んで、私は蛍と帳ちゃんに提案する。


「とりあえず店長に会おう。私が外で連絡してくる。蛍は帳ちゃんと一緒にいて。

店長と合流したら、その後は一緒にお兄さんを探そう」


探索用の使い魔を召喚できる店長なら、帳ちゃんを探ったように、お兄さんも探ることができるはず。

それを聞いて、帳ちゃんの目が輝く。


「ほんと? ありがとう! お姉さん」

「どういたしまして。じゃあ行ってくるね」


帳ちゃんの頭を撫でて、外へ向かう。

お姉さんなんて呼ばれるのは初めてだ。普段の私らしくなく心が踊る。

なんとか帳ちゃんに信頼してもらえてよかった。このまま店長と合流して帳ちゃんのお兄さん捜しだ。


そしてドアノブに手をかけようとしたその時。

バン! と外側からドアが開かれ、何かが投げ込まれた。

黒い、缶にも似た小型のそれは・・・・・・。

そこから光と煙が中から漏れだし、私たちの視界を一瞬で奪った。




・否笠視点


交通規制が行われている道路。

傍観者と警察で溢れかえるそこを、誰にも気づかれずに否笠は通り抜けた。

使い魔はこの先を吠えている。否笠は炎上し爆発した車両の横を通り過ぎる。


やがて使い魔はある一点を猛烈に吠えた。飛び跳ね、否笠にそれを伝えている。

否笠もそれを確認した。川辺に乱雑に捨てられている布。使い魔はそれに向かって吠えていた。


「まさか、川に落ちたとか言いませんよね?」


下には川。深さも幅もある。逃げるために飛び込んだとしても不思議では無い。


「ご苦労様でした」


もう役目が終わった使い魔を元の居場所に返す。淡い光を放ち、犬は消えていった。


(さて、過去に何があったか探るとしましょう)


否笠は体内に魔力を錬成する。

大地に手を触れる。魔術がよく伝わるように。

範囲を定め、時刻を定め、最後に魔術を唱える。


否笠の体内から放たれた魔術が、立体スクリーンのように過去の映像を現在に映写する。

過去映し。その名の通り、過去の現象を再現する魔術。

現われたのは少年。年は美羽たちと同年代ほど。茶色い髪、どことなく高欄帳と似ている顔立ち。

もしかしてこの子は。


(高欄帳の、お兄さんですかね)


彼は布を川の近くに捨て、ついでに岩を川の中に投げ入れた。

背後を確認し、そのまま道路を全力疾走。

その様子を見て否笠は大体の事情を察した。


(なるほど。妹さんを逃がすために、自ら囮を買って出たと)


できたお兄さんだと、否笠は一人感心した。

そのまま彼を追う。50メートルほど走った所で、彼は向かいからやってきた車に激突した。


「うわぉ・・・・・・・・・」


キキィィィ!!!と、タイヤの擦れる音が耳をつんざく。

車と正面衝突し、コンクリートの上を大の字で倒れた彼の前に、車から一人の男が出てくる。

冷たい目だ。人を殺しかけたこの状況をどうも思っていない目。


『こいつは、高欄帳の兄か』


男が呟く。その口ぶりから察するに、やはりこの少年は高欄帳の兄なのだろう。

そしてこの男も、高欄帳を追っている組織の一人なのだろう。


『おい。こいつを車内に入れろ。聞きたいことが山ほどある。』


高欄帳の兄を車内にいれ、そのまま走り去る車。


「やれやれ、追うしかありませんね」


高欄帳では無かったが、どちらにしろあの車を追えば高欄帳に会える。

中で行われることは容易に察しがつく。適当に拷問し、妹の居場所を聞き出すのだろう。


「はあ、いよいよきな臭くなってきましたね」


足に力を入れ、時速60㎞は出ているだろう車に、つかず離れずの距離を保つ。

老人が爆走している姿を見て、野次馬が口を開けて呆けている。

この際人目につくのはどうでもいい。どうせ後で世界ごと改変する。

高欄帳の兄を乗せた車を逃さぬよう、否笠は夜の街を駆ける。



次回、無双

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