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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 子供の理想郷
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第二十八話 クリキンディ

前回、久しぶりにヴァルキューレ登場



心の御柱。コミュニティ『レディエラ』が活動する塔。

その内部に入った俺に待ち構えていたのは、意外にも普通のロビーだった。

異形が横行闊歩(おうぎょうかっぽ)していることを除けば、だが。


「あの、すいません。コシャル・ハシスってどこにありますか?」


とりあえず通りすがった二足歩行で白衣を纏う猫に聞く。

彼?は、眼鏡を直しながら、丁寧に答えてくれた。


「ええ、ええ。お答えしましょう。地下254階にあります。

ですが一々移動する必要はありません。思い浮かべればすぐにでも移動できます。塔の全階層はワープ装置になっておりますので。

ああ、念のためにお聞きますが、『マナス検索機能』というのはご存じで?」

「すいません。知らないです」


猫は答える。


「ではでは、お教えいたしましょう。

『マナス検索機能』とは、イメージや思考などを空間のネットワークが感知し、それに該当する情報を自動検索しサービスを提供するシステムのことを指します。

例えば、幼い頃に聞いた曲があるとして、リズムは覚えているがその歌詞が思い出せないことがあるでしょう。

ですがこの検索機能があれば、その思考を感知しそれに該当する曲を調べ、提供する。そんな魔法のような技術でございます」

「へえ、それはすごい」

「もちろん他のシステムとも併用が可能です。

この塔のワープ機能と合わされば、詳しい階層は知らずとも『どこどこという場所に行きたい』と想うだけでその場所にワープします。

昔は脳波を一々感知する古臭い手法を取っておりましたが、これに取り替えたことで所要時間も精度も抜群に上がりました。

まさしく思考と同速で、皆様にサービスを提供するのです」

「そうなんですか。ありがとうございます。色々教えて頂いて」

「いえいえ。私としても知識をひけらかすことは底知れない高揚感を生み出すものでございます。自分の研究テーマならなおさらに。

つまりwin―winの関係というものです。それでは」


猫はお辞儀をした後、突如としてどこかに消えた。

先ほど言った通り、どこかの階層にワープしたのだろう。


なら、俺もそれを使って移動しますか。

脳内で思い浮かべるコシャル・ハシスの言葉。

そうした時、瞬時に変わる目の前の光景。

先ほどまで目の前にあった白のロビー。それが一気に赤と黒に変わる。



炎が噴き出し、あちらこちらから金属を撃つ音が連続して聞こえる。

暑い。数十度は上がった大気がぶわっと俺に押し寄せる。

足から燃え上がるように伝わる熱気。何百度あるんだこの床は。

石で出来た床からはドドドドドと何かが波打つ音が足を伝って鼓膜に届く。


辺りを見渡せば、石造りの小屋が何軒も建ち並び、そこで一心不乱に金属を打つ(たくみ)の姿がある。

ドワーフやら小人やら巨人やらが、その鎚を持って鉄を打つ。

鍛冶場。その言葉が脳裏に浮かぶ。

コシャル・ハシスは鍛冶・武器製造のコミュニティだと聞いた。

ならこの光景も納得だ。


ともかく何をすればいいのか分からない俺は、せっかく来たのだから周囲を散策することに。

遠くに見える火山。点々と続き、その頂上から煙を吐き出している。

時折聞こえるこの地鳴りは火山の噴火によるものか。


この空間は足場が狭い。10分ほど走れば端から端に着ける。

ニライカナイが極端に広いせいか、平時ならなんとも思わないその広さが窮屈に感じる。

端に着き、俺は眼下を見下ろす。

目に映ったのは山肌。標高何千メートルだろうか。下には赤いマグマが蛇のように(うごめ)いている。

マグマは山や地面から噴き出す。つまりここらへん一体の山は今も活動している活火山ということか。


・・・・・って、ちょっと待て。高さからして、ここは山頂だよな?

つまり、ここは火山の噴火口?

え?そんなところで鍛冶してんの?

正気ではない。確かに火山の火口で製鉄を行うことはあるが、それはあくまで神話や伝説の中の話だ。ましてやそこを鍛冶場にするなど自殺もいいところ。

それとも、火山の噴火程度、危険の内に入らないということか?


自分の足場が今にも噴火したらどうしようと恐怖に駆られていると、


「どうした、小僧。さっきからうろうろしやがって」


不機嫌そうな低い声が、横にある小屋から響いた。

ボロボロの暖簾(のろん)の奥から出てきたのは一つ目の巨人。五メートルはあるだろうか。その右目は潰れ、一つ残った左目には老齢(ろうれい)な光を携えている。


「あ、すいません。少し迷ってて。

あの、自分だけの武器を作ってもらえると聞いたのですが」


俺の言葉を聞いて、目の前の巨人は鼻を鳴らし、


「ふん、武器のオーダーか。

ついてこい」


そう言って再び暖簾の奥に消えていった。

ついてこい、と言われたので言葉に従い奥へ進む。

外から見るとボロ小屋のように狭かった室内が、中へ入ると同時に空間が広がる。俺が数百人入っても十分な広さが保てる程に。


これは、きっと店長が言っていた空間占有権によるものだろう。

自分に与えられた空間を自由に編成(へんせい)できる権利。内部の自由度を弄り、実際よりも広くしている。


その内装は無骨(ぶこつ)そのもの。製鉄に必要なもの以外は存在せず、かろうじてレイアウトと思しきものは壁にかかっている大剣や槍の類。


「他の鼠どもの獲物だ。勝手に触んじゃねぇぞ」


釘を刺すように、一つ目の巨人が接触厳禁(せっしょくげんきん)を言い渡した。

そして、ドカッと椅子に座り俺と向かい合う。


「そんで、武器が欲しいと言ったな」

「はい。もしかして、貴方が作ってくれるんですか?」

「そのためにここに来たんだろう?」


なんやかんや言って作ってくれるというわけか。ありがたい。

他の鍛治屋も回りたかったが、これも何かの縁。この人に頼んでみよう。

それに、壁にかけてある武器。その輝き、その霊格。どれも一級品を超えて神域に至る程の神威が秘められ、下手すりゃ魂が飲まれかねない輝きを発している。

それを製造できるこの巨人は、間違いなく本物の腕前を備えているはずだ。


「ぜひお願いします。徒手空拳(としゅくうけん)だけじゃ心許なくて」

「いいだろう。ならその分、魂をもらう」

「・・・・・・はい?」


思わず素の声が出てしまった。

え、だって、魂をもらう?それはあれか?悪魔と契約して、願いを叶えてもらうとか、そんなあれか?

俺の反応に、巨人は深く溜息をついた。


「小僧。お前ニライカナイに来るのは初めてか?」

「ええと、その通りです」


ちっ、と舌打ちをして、巨人は話し始めた。


「ニライカナイで物の売買、サービスの提供で使う貨幣は魂だ。

ちょいと考えれば分かるだろう。金なんて無限に生み出せるからな。価値がねぇんだ。

なら価値があるものはなにか?それは想念だ。魂だ。だからこそ魂を単位にやりとりをする」

「それはわかりますけど、けど俺どうやって魂を払えばいいか知りませんよ」

「んなもん両者合意がなされれば自動でお前の霊格からさっ引かれる。一種の契約だ」


魂が単価。なるほど、堅洲国にふさわしい発想だ。

けど、魂の総量が減るということは、霊格の量が減るということになる。

それが意味するのは自身の弱体化。果たしてそれをしてまで、この巨人が作る武器は見合う価値があるのか。

(しぶ)る。(うな)る。けっこう高価な買い物になりそうだ。


「完成は一週間後になる。今すぐにはできん。

お前だけの武器を創ることになるからな。

さあ、どうする。さっさと決めろ」


一週間後。つまりファルファレナ戦には間に合わない。

さらに唸る。元々奴との戦闘に、わずかでも足しになればと期待していたが、その望みがないのでは動機が薄くなる。

だが、新しい武器を得たとしても、使いこなせなければ意味が無い。むしろそれで隙を晒すはめになったらそれこそ墓穴を掘るようなもの。どのみち明後日はいつも通り徒手空拳だ。

悩んだ果てに俺は、


「分かりました。払います。

引き渡しと同時に魂を支払えばいいんですね?」

「そうだ。それまで座天使でも智天使でも狩ってるんだな。

安心しろ。お前に見合うもんは創ってやる」


契約の合意はなされた。

どちらにせよ今の俺では限界がある。ここらで武器の一つでもなければ新たな活路を開けない。


その後、巨人のいくつかの質問に答え、自分の顕現を一部披露し、話し合って俺はその場を後にした。



■ ■ ■ 



ニライカナイ・ダイニングテーブル。

ヴァルキューレのリーダー、ファミリアと桃花店長、否笠は雑談に(ふけ)っていた。


「へえ、後輩がファルファレナに襲われて、その二人が再戦を決意したから自分も乗ったと。

高天原に任せりゃいいだろうに。反対意見は出なかったのか?」

「出ましたが、最終的に皆さん納得してくれました。

それに、あの時の二人の目。私が反対したらそのまま堅洲国へ飛び出してしまいそうな勢いがありまして、これはいけないと妥協案を探していたところなんです。

元々イレギュラーなあの二人が、ファルファレナという熾天使に刺激された結果どうなるか、見たくなったという個人的な理由もあります」

「はっ、根は変わってねぇんだな。そっちの仕事は充実してんのか?」

「ええ。表も裏も、なかなかにやりがいがありますよ」

「ふぅん・・・・・・()()()気はないと」

「ないですね。残念ながら」


二人の会話は続く。

追加でガーリックシュリンプをオーダーし、それをつまみにし話に花を咲かせる。

100はあろう海老が次々と二人の口の中に消えていく。

美味だし、噛み応えも楽しい。

酒を飲み美味しい物を食べるとついつい口を滑らせる者がいるが、この多福感ではそれも頷ける。


「『ヴァルキューレ』っていうのはな」


次の話題はファミリアたちヴァルキューレのことに変わった。


「あんたも知っての通り顕現者の誘拐と拉致が仕事だ。

立ち上げたのは俺じゃねぇが、現状一番実力のある俺がリーダーを務めてる。

七大天使とも協力関係を築いてる分、ニライカナイでもそこそこ有名なコミュニティだ」

「ええ。その通りですね」


ここまでは既成事実。外にばれても問題のない情報。

が、上手い飯に機嫌を良くしたファミリアは自分の素性(すじょう)を語り始めた。


「俺も昔はあんたみたいに粛正者をしててな」

「貴方が?粛正者だったと?」

「ああ。自分の大事なもんのために、咎人と戦い続ける日々だったよ。

当時の俺はそれを正義だと、それこそが俺の存在意義だと思ってた」

「・・・・・・・・」

「世界は守れた。それによって自分の価値を見いだせた。

何回も感謝されたし、金だって使い切れねぇほど貰ったよ。

けどな、俺の欲しいもんはそんなものじゃなかった」


ガーリックシュリンプをつまみ、口に放り入れる。

そのまま咀嚼(そしゃく)し飲み込んで、再び言葉を紡ぎ始めた。


「当時、俺ともう一人の顕現者(ダチ)で粛正業務をしてたんだがな。

そいつが咎人に殺された。

無論その咎人は俺が殺したが、けど大事なもんを失った喪失感は耐えがたいもんだ。

仕事柄(しごとがら)覚悟はしていたが、だからといってそれに耐えられるかどうかは話が違う」

「ええ、その通りですね」


少なくとも彼がダチと言う分には親しい仲の顕現者。それが殺された。その悲しみは他者には計り知れない。


「唯一本音を語り合える仲だったよ。あいつ以外に俺と同じ顕現者はいなかったからな。

するとどうだ?俺にとって戦う理由とやらが一切消えちまったのさ」


誇るように、あるいは自嘲するように、どこまでが本音で冗談か分からない笑みを浮かべ、彼は語る。


「やる気もなくなって、死んだみてえに日々を送ってた。

そこでようやく気付いたんだ。俺が欲しかったのは富や名声なんてくそくだらねぇもんじゃねぇって。

ヴァルキューレの前リーダーに会ったのはそれから数日以内のことだ。

これがまたおかしな女でな。俺をボコった後、殺すかと思ったら地べたを這いずる俺に手を差し伸べて

『一緒に来い。お前の空白を埋めてやる。嘆きを癒やすのは愛以外に存在しない。

今日からお前は私の家族だ!!』

なんて言いやがるもんだから笑っちまってな。爆笑して思わず手元が狂って、ついその手を握り返しちまったよ」

「惚れたんですか?」

「ああ。最初で最後の恋だ」


恥じることも照れることもなくファミリアは続ける。


「咎人のくせに規律を求める変な奴だった。

必要最低限の被害しか出してはいけない。高天原との交戦はなるべく避けろ。我らの所業を誇れ。

元々拉致した顕現者をヴァルキューレに無理矢理入会させて、家族なんて呼んでた馬鹿女だからな。奴の思考を読もうなんざ無理難題だ」


遠い過去を思い返すファミリアの口調は、先ほどまでより柔和で穏やかなものに変わっている。


「顕現者っていうのは孤独な生き物だ。理解してくれる者もいない。疎外感の中で生きている。安住の地なんてない。同じ顕現者にしか素性を明かすことができない。

そんな奴らに半ば強制的に居場所を提供するのがヴァルキューレ。顕現を発現させてどうすればいいかわからない、一人の集まりだよ。

『異常者は異常者でしか救えない』。あの女の心情がそっくりそのまま現われてる」

「拉致された顕現者は、全員ヴァルキューレになるのですか?」

「さあな。そのままニライカナイで暮らす者もいれば、たとえ一人でも元の世界へ戻りたいなんて言う奴もいる。ニライカナイの風土に合わないなら、いつのまにか高天原に流れ着いていた、なんてこともあるかもな」

「貴方がたの活動は、高天原と協力することは不可能なのですか?彼等も同じく顕現者の保護を担当しています。

ヴァルキューレとしても、無用な衝突は望まないでしょう」

「無理だ」


ファミリアは否笠の申し出を両断した。


「一応俺たちも堅洲国の住人さ。ここに住んでいる以上、最低限の仕事は果たさないとならねぇ。

それに、俺からすれば高天原の奴らの方が強引だぜ?高天原に属するか粛清機関に属するか、戦力増強の意図はわかるけどよ、それでも提供する選択肢が二つだけなのは不公平だと思わねぇか?」

「つまり、貴方がたは堅洲国という第三の選択肢も用意していると」

「ああ、良心的だろ?」


笑い、そこで話を止めたファミリア。

その様子を眺める否笠。目に宿るのは哀愁(あいしゅう)か、それとも追憶(ついおく)か。

ファミリアは続けた。


「俺は粛正者を辞めたが、あんたらはどうだ?その役目に何を見出す?

咎人を殺しても殺してもきりがねぇだろ。

思わねぇのか?自分たちがしていることは意味があんのかって」

「ふふ。確かに、悩む人はいるでしょうね。

大事なものを守るために戦っているのに、永遠と敵が湧いてくるのですから。嫌になってしまうでしょうね」


実際、それは粛正者の間でも重大な問題だ。

自分の世界が、せめて自分の周りだけでもあるがままであってほしい。

泣かないでほしい。誰もが幸せであってほしい。咎人を殲滅(せんめつ)したい。

そのために戦っている。それなのに敵が一向に減らない。どころかどんどん湧いてくる。

それなら、自分は一体何のために戦っているのか。

否笠はそれに、一つの解答を示した。


「私たちのしていることは、しょせんクリキンディの一滴。世界の全てを救うことなどできません。

ですが、それでいい。それでいいのですよ。それ以上のことなんて出来るはずがない」

「クリキンディ?なんだそれ、誰かの名前か?」

「いいえ、ある物語の、一匹の鳥の名前です」


最後のガーリックシュリンプを口に運び、否笠は席を立った。


「もう行くのか?」

「ええ。そろそろ迎えに行きます。

お仕事頑張ってくださいね」

「あんたもな」


会釈(えしゃく)して、その場を去る否笠。

それをファミリアは、いつも通りニタニタ笑いながら見送るのだった。



次回、ガーデナー

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