第二十五話 終局
前回、ゲームを超えた殺し合い
「このろくでなしめ」
それが父の口癖だった。
毎日告げられる、僕への侮蔑と失望の言葉。
ついでにゴミを見るような目をして、ゴキブリを叩き潰すように僕を殴る。
ろくでなし。事実僕はそうだった。
テストの成績は平均以下。クラスでの付き合いは良くはなく、友達なんて一人もいない。
むしろいじめの対象だ。理由はわからない。いかにも気弱そうにしていたからかな。
「頑張って。頑張ればきっと幸せになれるわ」
それが母の口癖だった。
毎日告げられる、僕への慰めの言葉。
僕が父に殴られても、蹴られても、決して庇うことなく物陰から見ていた母。
僕がまだ小さい頃、僕と母の関係は逆だった。いつも叩かれ殴られる母を、涙目になりながら僕は見ていた。
それがいつの間にか僕が加虐の対象になっていた。父の暴力の矛先が僕に向けられ、解放された母がほくそ笑んでいたのは分かっている。
・・・・頑張ってる。頑張ってるさ頑張ってるんだ。僕だって色々試してるんだよ。
友達の作り方なんて、いっぱい本を読んでみた。勉強法が書かれた参考書なんて、何冊も買った。
けど駄目だ。駄目なんだよ。どうしても自分には無理なんだ。
そもそも勉強なんて一方面で、人の出来が良い悪いなんて分かるのか?
人には向き不向きがあって、僕の不向きは勉強や人付き合いで、それでいいじゃないか。
だけど、両親はそれを認めはしない。
僕の救いはゲームだけだった。時間を気にせず熱中できる。何事も集中力が続かない僕が、唯一何時間も続けられたものだったから。
現実を忘れるほど楽しい。学校や家でのストレスを、ゲームをプレイして発散した。
ゲームの中なら僕は主人公であれる。世界を救うヒーローになれる。
ああ、なんて楽しいんだ。ゲームをする時だけは、僕は笑っていられた。
現実もゲームのようであればいいのに。
誰もが主人公で、努力が即結果と繋がる。
生きていて楽しいと、心の底から言える世界。
銃弾が飛び交う戦場、魔法が存在するファンタジー世界、自由に建築できる箱庭の世界。
涙を流す程憧れて、涙が出るほど切望した。
それに比べて、この世界はなんてクソゲーなんだ。
テレビやパソコンを見る度に、この画面の中に入りたいと何度想ったことだろう。
それが出来ず現実に戻って、何度溜息をついたのだろう。
それでもなんとか生きてきた。自殺なんて毎日考えながら、ゲームのためだけに生きてきた。
なのに・・・・・・・。
「おい!なんだこの成績は!!!」
その日は父の怒声が一段と際立っていた。
僕がテストで低い点数を取ったからだ。それを見た父は激昂し、殴りかからんとする勢いで僕を責め立てる。
やがて怒りの矛先は僕のゲーム機やソフトに。バットを持ち出した父は、思い切りそれらに叩きつけた。
「こんなものをしとるから!!お前はくだらん人間になるんだ!!!」
ダン!!と、ゲームで聞こえる銃声よりも物々しい音がした。
振り下ろされた金属製のバットが、僕のゲーム機を大きくへこませる。
飛び散った破片が僕の元まで飛来した。
続いて何度も、何度も振り下ろされる。
そのたびにゲーム機が破損し、見えてはいけない中身が露出する。
壊れる。壊されていく。
僕が一生懸命遊んだデータが、積み上げた時間が。
弾ける破片。努力の結晶。それを見て、そこで、ついに。
僕を押さえつけていた蓋が、奥底から吹き上がるマグマによって吹き飛んだ。
「いつも、いつもさ・・・・・・・・・・」
不思議な感覚を味わった。
心の内にある武器が、いつの間にか手に握られていた。
その形状、覚えがある。
僕がいつも遊んでいるFPSのゲームで出てくるサブマシンガンだ。
「うるさいんだよお前っっ!!!!!」
僕は父親に、それを発砲した。
ババババババババババババババババ!!!と、ゲームでしか聞いたことのない発砲音が連続した。
部屋の壁を打ち抜き、床に銃痕を刻み、父の頭部を打ち抜く。
壁に飛び散る血。その鮮血は、ゲームで何回も見たことがある光景。
崩れ落ちる父親の死体。その体はピクピクと痙攣し、握っていたバットを手放す。
アドレナリンが最大限に分泌された僕が、この程度で満足するはずがない。
死体に近づき、さらに発砲する。
全弾撃ち切る頃には、僕の父親は血塗れの肉塊に成り果てていた。
息を吐いて、僕の視線は横に。この惨状を見て、立ちながら呆けている母。
僕と視線が交わり、突然床に膝をつけ許しを乞い始めた。
『 ごめんなさい 許してください 助けて お願い 』
すすり泣き、しどろもどろになりながらも声を紡ぐ。
僕はそれに応えない。聞こえない。
いつの間にかサブマシンガンの銃弾はリロードされていた。その銃口を母に向ける。
「・・・・・・・・あんたらさ」
今まで溜めに溜まった怨嗟。吐き出すにはこの言葉がふさわしい。
「僕に求めすぎなんだよ」
銃弾が放たれ、後に残ったのは死体が二つ。
その死体を、僕は一時間くらい見下ろしていた。
■ ■ ■
「は、はは・・・・・・あ~あ、こうなっちゃうんだ」
最悪の過去を思い返しながら、僕は壁にもたれかかる。
見事に上半身と下半身で二分された僕は、前に立つ二人を見る。
「お見事。君たちの勝ちだ。
喜べよ。でないと負けた甲斐がないじゃないか」
僕を見る二人の顔からは、勝利の余韻に浸っている様子は見受けられない。
なら何だ?僕が哀れだとでも思ってるのか?
よしてくれ、同情なんてされたくないんだ。
最後。最後に、負け惜しみとばかりに君たちに言葉を残そう。
僕はお姉さんを指差して、
「お姉さん、あれでしょ?
人を殺すことはもう慣れたって言ってるけど、そうじゃないよね。
殺すことに躊躇いはないだろうけど、殺した後色々考えちゃうタイプだ。
それなのに、これからも咎人を殺し続けるの?辛いよ?」
僕も分かるよ。モブを殺すのとは違うからね、あれは。
今も両親を撃ち殺した日のことを考えると身体が震えるし、取り返しの付かないことをしてしまった罪悪感に苛まれる。
僕からしたらろくでもない親だったけど、死んだら死んだでなんか心に残るから。
今度はお兄さんを指差す。
「お兄さんも、怖がりすぎじゃない?
お姉さんのことを気にしすぎだよ。
いつ怪我したらとか、そんなこと考え出したらきりが無いんだからさ。
宝石みたいに接するの止めなよ」
まあ、それくらい大事なんだろうけどさ。
リア充なんて死ぬほど嫌いだけど、こうも見てて欠陥が分かる二人は初めてだ。
君たちは仲が良い。すっごく良い。良いんだろうけど、なんか根本的な部分でおかしいんだ。
それがなんとなく分かった。
あのレベル50への試練。何が起こったかは見なかったけど、きっとそこでヒントは得たんだろう?
ならそれを忘れるな。決して。
そうすれば、この先何が起きても、きっと大丈夫だから。
さて、ここまできて僕も限界のようだ。
僕の存在が消えていくのが分かる。亀裂が魂の中枢まで届いた感触があるから。
ああ、怖かった 怖かったんだ
このまま、ずっと一人で、ずっと生きていくのではないかと思ってた。
胸の中の不安に、圧し潰されそうだった。
死ぬのは怖い。けど同時に待ち焦がれていた。
それを与えてくれた二人に、
「じゃあね、お兄さんにお姉さん。
久しぶりに誰かと遊べて、楽しかったよ」
直後、ジェムの身体は風化したように崩れて、
縄張りの崩壊が、彼の死を物語っていた。
■ ■ ■
大事な人がいて、こんな僕でも役に立ちたいと言った。
僕の分身は、『ならそれを貫き通してみろ』と言った。
彼女と共に生きる世界を創りたいのなら、それを絶対に違えるなと。
堅洲国から帰ってきた僕は、それを思い返していた。
霞さんが買ってきてくれたドーナツを二人で食べながら、隣に座る美羽を見る。
美味しそうに頬張りながら、だけどどこか物思いに耽っているようでもある。
ジェムが言っていた通り、咎人を殺した後に色々考えているのだろうか。
それも当然だ。美羽の顕現は触れたモノを完全に破壊する。
それが人であれ、歴史であれ、一度壊された物は二度と修復不可能。僕の想造でもアラディアさんの魔術でもそれは無理だ。
だから、せめて自分だけは覚えているのだと、美羽はいつしか言っていた。
「ねえ、美羽」
「ん?なあに?」
「あのさ、突然こんなこと聞くのもあれなんだけど」
ずっと気になっていたこと。
美羽は、あの日の約束を覚えているのだろうか。
あの冬の日から時は経ち、美羽に笑顔が戻っていった。
カナという素敵な友人ができて、桃花の皆とも仲良くなって。
それが嬉しかった。
けど同時に、不安でもあった。
僕の役割が希薄化して、もしかしたら約束を覚えているのは自分だけではないのかと。
「美羽は、あの日の約束を覚えてる?」
「うん。覚えてるよ」
即答だった。美羽はドーナツから手を離し、僕に向かい合う。
「『ずっと一緒にいて』。そう言って、蛍は頷いてくれた。
今も蛍は約束を守ってくれてる」
憶えていた。あの日の約束を。
それが嬉しくて、思わず安堵の溜息を吐いた。
「ずっと前のことだから、僕だけ憶えているのかと思った」
「そんなことないよ。あの日からずっと憶えてる。大事な約束だから」
大事。その言葉にどれだけの意味が込められているんだろう。
美羽は微笑んで言う。
「ねえ、蛍。これからも、ずっと一緒にいてくれる?
そのために、私頑張るから」
「・・・・・うん。君が望むのならいつまでだって」
君を守れるのなら、手でも足でも、心臓だって捧げてみせる。この魂が幾度砕け散ったって構わない。
僕のエゴを貫き通すために、最高の未来をこの手で創るために。
いつまでだって君の側にいたいから、それは絶対に譲れないから、そのために僕は強くなろう。
もう、後悔しないように。
次回、おまけ編。ニライカナイの光景