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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 子供の理想郷
124/211

第二十五話 終局

前回、ゲームを超えた殺し合い



「このろくでなしめ」


それが父の口癖だった。

毎日告げられる、僕への侮蔑(ぶべつ)と失望の言葉。

ついでにゴミを見るような目をして、ゴキブリを叩き潰すように僕を殴る。

ろくでなし。事実僕はそうだった。

テストの成績は平均以下。クラスでの付き合いは良くはなく、友達なんて一人もいない。

むしろいじめの対象だ。理由はわからない。いかにも気弱そうにしていたからかな。


「頑張って。頑張ればきっと幸せになれるわ」


それが母の口癖だった。

毎日告げられる、僕への(なぐさ)めの言葉。

僕が父に殴られても、蹴られても、決して(かば)うことなく物陰から見ていた母。

僕がまだ小さい頃、僕と母の関係は逆だった。いつも叩かれ殴られる母を、涙目になりながら僕は見ていた。

それがいつの間にか僕が加虐の対象になっていた。父の暴力の矛先が僕に向けられ、解放された母がほくそ笑んでいたのは分かっている。



・・・・頑張ってる。頑張ってるさ頑張ってるんだ。僕だって色々試してるんだよ。

友達の作り方なんて、いっぱい本を読んでみた。勉強法が書かれた参考書なんて、何冊も買った。

けど駄目だ。駄目なんだよ。どうしても自分には無理なんだ。

そもそも勉強なんて一方面で、人の出来が良い悪いなんて分かるのか?

人には向き不向きがあって、僕の不向きは勉強や人付き合いで、それでいいじゃないか。

だけど、両親はそれを認めはしない。


僕の救いはゲームだけだった。時間を気にせず熱中できる。何事も集中力が続かない僕が、唯一何時間も続けられたものだったから。

現実を忘れるほど楽しい。学校や家でのストレスを、ゲームをプレイして発散した。

ゲームの中なら僕は主人公であれる。世界を救うヒーローになれる。

ああ、なんて楽しいんだ。ゲームをする時だけは、僕は笑っていられた。


現実もゲームのようであればいいのに。

誰もが主人公で、努力が即結果と繋がる。

生きていて楽しいと、心の底から言える世界。

銃弾が飛び交う戦場、魔法が存在するファンタジー世界、自由に建築できる箱庭の世界。

涙を流す程憧れて、涙が出るほど切望した。

それに比べて、この世界はなんてクソゲーなんだ。


テレビやパソコンを見る度に、この画面の中に入りたいと何度想ったことだろう。

それが出来ず現実に戻って、何度溜息をついたのだろう。

それでもなんとか生きてきた。自殺なんて毎日考えながら、ゲームのためだけに生きてきた。

なのに・・・・・・・。


「おい!なんだこの成績は!!!」


その日は父の怒声が一段と際立っていた。

僕がテストで低い点数を取ったからだ。それを見た父は激昂(げっこう)し、殴りかからんとする勢いで僕を責め立てる。

やがて怒りの矛先は僕のゲーム機やソフトに。バットを持ち出した父は、思い切りそれらに叩きつけた。


「こんなものをしとるから!!お前はくだらん人間になるんだ!!!」


ダン!!と、ゲームで聞こえる銃声よりも物々しい音がした。

振り下ろされた金属製のバットが、僕のゲーム機を大きくへこませる。

飛び散った破片が僕の元まで飛来した。


続いて何度も、何度も振り下ろされる。

そのたびにゲーム機が破損し、見えてはいけない中身が露出する。

壊れる。壊されていく。

僕が一生懸命遊んだデータが、積み上げた時間が。

弾ける破片。努力の結晶。それを見て、そこで、ついに。

僕を押さえつけていた(ふた)が、奥底から吹き上がるマグマによって吹き飛んだ。


「いつも、いつもさ・・・・・・・・・・」


不思議な感覚を味わった。

心の内にある武器が、いつの間にか手に握られていた。

その形状、覚えがある。

僕がいつも遊んでいるFPSのゲームで出てくるサブマシンガンだ。


「うるさいんだよお前っっ!!!!!」


僕は父親に、それを発砲した。

ババババババババババババババババ!!!と、ゲームでしか聞いたことのない発砲音が連続した。

部屋の壁を打ち抜き、床に銃痕を刻み、父の頭部を打ち抜く。

壁に飛び散る血。その鮮血は、ゲームで何回も見たことがある光景。

崩れ落ちる父親の死体。その体はピクピクと痙攣(けいれん)し、握っていたバットを手放す。

アドレナリンが最大限に分泌された僕が、この程度で満足するはずがない。

死体に近づき、さらに発砲する。

全弾撃ち切る頃には、僕の父親は血塗れの肉塊に成り果てていた。


息を吐いて、僕の視線は横に。この惨状(さんじょう)を見て、立ちながら呆けている母。

僕と視線が交わり、突然床に膝をつけ許しを乞い始めた。


『 ごめんなさい 許してください 助けて お願い 』


すすり泣き、しどろもどろになりながらも声を紡ぐ。

僕はそれに応えない。聞こえない。

いつの間にかサブマシンガンの銃弾はリロードされていた。その銃口を母に向ける。


「・・・・・・・・あんたらさ」


今まで溜めに溜まった怨嗟(えんさ)。吐き出すにはこの言葉がふさわしい。


「僕に求めすぎなんだよ」


銃弾が放たれ、後に残ったのは死体が二つ。

その死体を、僕は一時間くらい見下ろしていた。



■ ■ ■



「は、はは・・・・・・あ~あ、こうなっちゃうんだ」


最悪の過去を思い返しながら、僕は壁にもたれかかる。

見事に上半身と下半身で二分された僕は、前に立つ二人を見る。


「お見事。君たちの勝ちだ。

喜べよ。でないと負けた甲斐がないじゃないか」


僕を見る二人の顔からは、勝利の余韻(よいん)に浸っている様子は見受けられない。

なら何だ?僕が哀れだとでも思ってるのか?

よしてくれ、同情なんてされたくないんだ。


最後。最後に、負け惜しみとばかりに君たちに言葉を残そう。

僕はお姉さんを指差して、


「お姉さん、あれでしょ?

人を殺すことはもう慣れたって言ってるけど、そうじゃないよね。

殺すことに躊躇(ためら)いはないだろうけど、殺した後色々考えちゃうタイプだ。

それなのに、これからも咎人(僕たち)を殺し続けるの?辛いよ?」


僕も分かるよ。モブを殺すのとは違うからね、あれは。

今も両親を撃ち殺した日のことを考えると身体が震えるし、取り返しの付かないことをしてしまった罪悪感に(さいな)まれる。

僕からしたらろくでもない親だったけど、死んだら死んだでなんか心に残るから。


今度はお兄さんを指差す。


「お兄さんも、怖がりすぎじゃない?

お姉さんのことを気にしすぎだよ。

いつ怪我したらとか、そんなこと考え出したらきりが無いんだからさ。

宝石みたいに接するの止めなよ」


まあ、それくらい大事なんだろうけどさ。

リア充なんて死ぬほど嫌いだけど、こうも見てて欠陥が分かる二人は初めてだ。

君たちは仲が良い。すっごく良い。良いんだろうけど、なんか()()()()()()()()()()()()()

それがなんとなく分かった。


あのレベル50への試練。何が起こったかは見なかったけど、きっとそこでヒントは得たんだろう?

ならそれを忘れるな。決して。

そうすれば、この先何が起きても、きっと大丈夫だから。


さて、ここまできて僕も限界のようだ。

僕の存在が消えていくのが分かる。亀裂が魂の中枢まで届いた感触があるから。


ああ、怖かった 怖かったんだ

このまま、ずっと一人で、ずっと生きていくのではないかと思ってた。

胸の中の不安に、圧し潰されそうだった。

死ぬのは怖い。けど同時に待ち焦がれていた。

それを与えてくれた二人に、


「じゃあね、お兄さんにお姉さん。

久しぶりに誰かと遊べて、楽しかったよ」



直後、ジェムの身体は風化したように崩れて、

縄張りの崩壊が、彼の死を物語っていた。



■ ■ ■



大事な人がいて、こんな僕でも役に立ちたいと言った。

僕の分身は、『ならそれを貫き通してみろ』と言った。

彼女と共に生きる世界を創りたいのなら、それを絶対に違えるなと。


堅洲国から帰ってきた僕は、それを思い返していた。

霞さんが買ってきてくれたドーナツを二人で食べながら、隣に座る美羽を見る。

美味しそうに頬張りながら、だけどどこか物思いに(ふけ)っているようでもある。

ジェムが言っていた通り、咎人を殺した後に色々考えているのだろうか。

それも当然だ。美羽の顕現は触れたモノを完全に破壊する。

それが人であれ、歴史であれ、一度壊された物は二度と修復不可能。僕の想造でもアラディアさんの魔術でもそれは無理だ。

だから、せめて自分だけは覚えているのだと、美羽はいつしか言っていた。


「ねえ、美羽」

「ん?なあに?」

「あのさ、突然こんなこと聞くのもあれなんだけど」


ずっと気になっていたこと。

美羽は、あの日の約束を覚えているのだろうか。


あの冬の日から時は経ち、美羽に笑顔が戻っていった。

カナという素敵な友人ができて、桃花の皆とも仲良くなって。

それが嬉しかった。

けど同時に、不安でもあった。

僕の役割が希薄化(きはくか)して、もしかしたら約束を覚えているのは自分だけではないのかと。


「美羽は、あの日の約束を覚えてる?」

「うん。覚えてるよ」


即答だった。美羽はドーナツから手を離し、僕に向かい合う。


「『ずっと一緒にいて』。そう言って、蛍は頷いてくれた。

今も蛍は約束を守ってくれてる」


憶えていた。あの日の約束を。

それが嬉しくて、思わず安堵の溜息を吐いた。


「ずっと前のことだから、僕だけ憶えているのかと思った」

「そんなことないよ。あの日からずっと憶えてる。大事な約束だから」


大事。その言葉にどれだけの意味が込められているんだろう。

美羽は微笑んで言う。


「ねえ、蛍。これからも、ずっと一緒にいてくれる?

そのために、私頑張るから」

「・・・・・うん。君が望むのならいつまでだって」


君を守れるのなら、手でも足でも、心臓だって捧げてみせる。この魂が幾度砕け散ったって構わない。

僕のエゴを貫き通すために、最高の未来をこの手で創るために。

いつまでだって君の側にいたいから、それは絶対に譲れないから、そのために僕は強くなろう。

もう、後悔しないように。



次回、おまけ編。ニライカナイの光景

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