第二十四話 無秩序の大魔
前回、巻き返し
美羽の言葉に、ある種の迷いが生じたジェム。
だがそれを振り払うように、その場から退くと同時に宝石を投擲した。
空中できらりと輝くのは琥珀。古代の痕跡が結晶化した化石。
大地の魔力を溜め込んだ蜂蜜色の宝石は、どこからともなく土と岩石を巻き上げ巨大な槌となる。
山を幾峰も小石大に凝縮し、それがさらに凝縮した30メートル大の鎚。これまでで最大規模の質量を溜め込んだ技。力業で押しつぶすにはもってこいのスキル。
対する美羽も、全霊を込めて一撃を叩き込む。
渦まくは暴風。美羽がジェムに手を向けると、切り裂くような黒風が美羽の背後から発生する。
木剋土。五行思想では風は木に含まれる。
あの巨大な槌を迎え撃ち、なおかつ凌駕するため、属性的に有利なスキルを使う。
連続する風の輪が大質量とぶつかる。
辺りに散らばる岩の欠片。常識的に考えれば美羽の風が押し負けそうだが、常識を超越した顕現者のぶつかり合いは既存の価値観を凌駕する。
横に吹く嵐は、槌を先端から破壊していき、ついに後部に立つジェムを飲み込んだ。
「ッ!!」
暴風の内部はまるでミキサーの中に入ったかのよう。巻き込まれた固体物が一瞬で原子の域まで分解される。
暴風が身体を引き裂き、全身の細胞が千切れそうな旋風。
ミリ単位であるものも、削れていくジェムの体力。
今までの攻防もあいまり、ついに三割もの体力が削れた。
美羽のスキルを歯牙にもかけず、ジェムが黒い宝石を取り出す。
オニキス。空気中に数十ばらまくと、一つ一つが巨大な爪となった。
まるで獅子や熊が引っ掻くように、島中に不可視の斬撃が刻まれる。
爪は二人を襲い、ジェムを引き裂く嵐を切り裂いた。
解放されたジェムはさらに追撃の宝石を、一度に五つも投げようとする。
ルビー、サファイア、エメラルド、トルマリン、琥珀。
二人を攪乱させ、体勢を整えて隙を狙う。
そんな狙いで放たれた五つの宝石。空中で火球と氷塊と風と雷と槌が生まれ――
発生したと同時に、虚空から生まれた全く同じ宝石とぶつかり、対消滅したかのように消えた。
「んなっ!?」
目を剥くジェム。誰が?どうやって?
だが次の瞬間には答えが分かった。蛍だ。
まるでそうなることが分かっていたかのように距離を詰める蛍。
蛍の顕現は模倣を得意とする。餓車の腕を模倣したように、先ほどジェムの電撃を模倣したように。
想造による事象の模倣。トレーニングで培った技術を使い、一回見聞きしただけでそれが可能になった。
ならば粒子と反粒子がぶつかって対消滅が発生するように、相手の攻撃そのものをぶつけ打ち消すことも不可能ではない。
ジェムに対して真っ直ぐ突っ込んでくる長刀。瞬きの間に到着するだろう。
状況判断。最適な行動を取る。
あの剣以外は優先度が下がる。あれを食らったら終わりである以上、何をどうしても防がなければならない。
それ以外の攻撃は食らっても仕方ない。一発二発は譲渡しよう。
幸いにも、蛍ではダイヤモンドのシールドを突破できない。
間近に迫る蛍に対して、その右腕を振る動作と共にダイヤモンドを発動して――
「づぅ゛!!!」
ズドッ!!と、腹部に何かがめり込まれた。
それは黒化した左拳。美羽の顕現に似た、破壊力のある左ストレート。
長刀にだけ注意を向けていたジェムは、まんまと蛍の策略に嵌まってしまった。
後ろに数歩よろけながら、床を蹴り距離を取るジェム。
蛍はさらに追撃する。長刀から光が溢れ、瞬く間に発光が全体を覆いその刀身を伸ばす。
まるで巨大な十字架。煌々たる光に包まれた長刀を両手で握りしめ、横薙ぎにそれを振るう。
背後に浮かぶ宇宙空間の星天を、その刀身から迸る光が切り裂く。
天を焦がすその光は蛍の想像や魔術に加え、周囲に漂う光子やら陽子やら物質の最小単位にある素粒子を集め蓄積したもの。
それを超光速で放つ。熱線が地平を焼き、七色の神々しい光は無限に加速しながらあらゆる事象を打ち砕いていく。
「く、っそ!!!」
止められない。だけど躱せもしない。最小限の被害に留めるしかない。
両手の指にダイヤモンドを計十個。それを発動し十にも及ぶシールドを眼前に展開。最大防御で相手する。
だが、束ねられた光は容易くその防壁を打ち破る。
確かにダイヤモンドは宝石の中で最硬度を有するが、あくまでそれはモース硬度という硬さの尺度による。
すなわち、宝石同士をこすり合わせて、傷がついた方がより柔らかいという硬さの差に注目した順番。外からの衝撃への硬さを基準にしたものではない。
ハンマーで叩けばダイヤモンドだって割れる。蛍はその理論を自分の斬撃に組み入れ、ダイヤモンドのシールドに対して優位な原理を叩き込む。
蜂の巣のような六角形のシールドが蒸発し、その隙間から光がジェムを焼く。
だが一瞬時間を稼げればそれでいい。ジェムは最後のシールドが突破されるその前にその場を去り難を逃れる。
光に触れた右肩口が熱い、どころか変調をきたしている。
光が照射した箇所がボロボロと崩れる。手で触れると白い結晶が付着する。塩だ。塩に変わっていた。
(あー、あれか?聖書とかマハーバーラタとかの描写から『古代には核戦争があった』っていう仮説を使ったとか?
それに『見るなのタブー』を強制的に見せてくるとかありかよ・・・・)
光に付属する超濃度の放射線。そして振り返ったものを塩の柱とする聖書の記述。
それらの情報から、蛍が使用したであろう魔術を脳内で検索する。
彼とて座天使。美羽や蛍並ではないが、それなりには魔術に通じている。
それらしきものを見つけ出すのはさして苦労はしなかった。
だが、どちらにしろこれで蛍もジェムのシールドを破れるようになった。
だんだんと、自分が追い詰められてきた事を悟るジェム。
経験則からこのままではまずいということも感じ取る。
自分の宝石は蛍の顕現で無効化されたも同然。使用できるのはまだ使っていない宝石だけ。それも少ない。
かといって他に頼れるものもない。先ほど言った通りジェムは魔術を一応は行使できる程度。二人にも及ばない。
数でも不利。当たり前だが同格を二人も相手取るなど避けるべき行為。よほどの力量差が無い限り無謀極まりないことだ。
ならどうする?焦燥しながら必死に打開策を考える。
だがこういう時に限って解決案というのは思い浮かばないもの。それが輪をかけてジェムの冷静な思考を奪っていく。
(くそ、どうすればいい!!体力は残り六割。あの二人もだいぶ僕との戦いを慣れてきた。
このままじゃ体力が尽きるのは僕が先だ。どうすれば・・・・・!!!)
歯噛みしながら苛立ちを募らせるジェム。
その彼に、美羽は静かな調子で話しかけた。
「相手を殺せば勝ち。そのためならイカサマでもなんでも、全ての行為を許容する」
「?」
その言葉に、ジェムは思わず眉をひそめる。
彼本人が言った言葉だ。それをなぜ今再び?
「君は全力で戦ってない。いや、正確には自分が定めた範囲内で全力を尽くしてる。
そうでなきゃこんな肉弾戦なんてしてない。君の顕現を使えばもっと大規模なことができるのに」
考えて見れば当然の話だ。
展開型は世界という最大単位を操る顕現。
自らの存在を世界に滲透させ、世界に内包された全てを己とする偏在者。
その凄まじさ。美羽は同僚の顕現で確認済みだ。単純規模で考えれば三つのタイプの中で随一を誇る。
それなのにジェムは最低限のルール設定をするだけで、世界操作による攻撃防御を一切しない。どころか自分をそのルール内に縛って二人を相手している。
本当はHPに意味なんてないのに。
これが公平だと言わんばかりに、彼は本来の力を行使しない。
それに美羽は隔たりを感じる。自分たちはゲームの中で戦っているのに、ジェムだけゲームの外でコントローラーを操っているような。
だからこそ、言いたいことがあった。
「私たちに合わせてくれるのは嬉しいけど、遠慮なんて必要ない。
全力で来ないと、このままじゃ負けるよ」
ゲームだろうが現実だろうが関係ない。
お前の想いの全てをぶつけてこいと、美羽は言外に言っている。
自分たちの有利不利など度外視。そんなことはどうでもいい。全力を出せよ、と。
その意を、ジェムは無言で受け止めて、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど、分かったよ」
呟きと共に、世界が脈動する。
空間を揺らす振動が走り、歪み、捩れ、書き換わっていく。
四方八方から視線を感じる。細かい粒子の一つ一つにさえ、ジェムの意思が宿る。
まるで世界が一つの生命となったかのように。
展開型の本領を発揮していく。
「文字通り、世界の全てを使って君たちを叩き潰してあげるよ!!!」
世界の絶叫。
魂にまで轟くそれは、ゲームでは自らの負けを認めた証。
そして同時に、殺し合いでは勝ってやるという、全力を解き放った彼の意思。
言葉と同時に、二人を取り囲むように火球が出現した。
ルビーの宝石を用いたスキル。ただしその数も大きさもこれまでの比ではない。
島をまるごと包み込む程の、星のような火球が無数に発生する。
一切の制限を排除したジェムは、限界を超えた戦術を展開した。
ゲーム兼殺し合いが、ただの殺し合いになっただけ。
それだけで、一気にその規模が増大した。
燃え盛る火球を破壊し、切り裂き、炎陣を突破する二人。
しかし足下の島がバラバラに融解する。
二人は飛んで空中を足場にし、主戦場を空に移す。
その二人に、今度は氷塊が落ちてきた。
見上げれば視界の九割を占有する巨大さ。サファイアの宝石を使ったスキル。
その本体から分離した氷柱だけで惑星並の規模を誇る氷の巨星。
それに立ち向かうのは蛍。先ほどと同じように刀身に光を溜め、斬撃と共に白熱を放つ。
斬撃が氷の塊を半分まで切断し、光の奔流が後を追う。
氷塊が二分され、莫大な熱量が氷の惑星を溶かし尽くす。
流星のような光が彼方に通り過ぎると、突如としてその光が消える。
直感で何かを感じ取った二人は急遽その場から離れた。
数瞬遅れて二人の足下から、蛍が放った光が天上目指して迸った。
避ける二人には、先ほどから凄まじい超重力が全方向からのしかかる。
超高密度の天体である中性子星の表面重力は地球の数千億倍はあるというが、これはそのさらに数千億倍はくだらない。
いかなる生命体も一瞬で肉塊以下に潰れ、生存など許さない圧倒的な重圧。それは顕現者も例外ではない。
自らを取り巻く環境の変化。酸素供給の遮断。大気のプラズマ化による急激な気温上昇。即死レベルの強磁場。
存在を0と1の情報に分解し、単なるデータに変換。そして周囲の情報ごと強制消去する情報分解の波が押し寄せる。
その一つ一つが即死確定の超暴力。
それを自らの顕現で無効化、あるいは破壊しながら振る舞う二人。その二人にさらなる波状攻撃が加わる。
ぴょこんと、可愛らしい擬音と共に巨大な動物人形が数百体現われる。
宇宙に浮かぶ銀河から飛び出した規格外のサイズの人形。それらの手に握られているのはSFじみたハイテクノロジーの銃火器。人形たちは軍隊のような統率された動きで、一斉に二人に狙いを構え発射する。
宇宙を突っ切る無数の銃弾と砲撃。
銃弾と爆撃の雨が二人めがけて飛んでくる。
二人がそれを避けたとしても、空間がねじ曲がり回避した方向へ飛んでくる。
つまり被弾は確実。これまでと違いあっという間に負傷を重ねる二人。
美羽は傷を破壊し、蛍はダメージを負う度に万全の自分を想像するが、そんなことはお構いなしに砲弾の集中砲火を何度も浴びる。
世界を操るとは、当然その世界の事象も法則も操れることに他ならない。
空間も時間も次元も、光も闇も火も風も水も土も。
その全てがジェムそのものであり、それを自由自在に操るなど造作も無いことだ。
彼がその気になれば、星を雪崩のように降らせることもできる。
銀河を海の砂の数叩きつけ、無数の多元宇宙の衝突に二人を巻き込むこともできる。
時間を巻き戻し、空間をねじ曲げ、次元を崩壊させ、森羅万象を再現する。
世界を操るとはそういうことだから。
それゆえ、展開型は具現型や無形型と比べても、ひときわ神の如き力を発揮する。
そして、宙に立ちながら二人を睥睨するジェム。
世界の内に、その世界を内包している張本人が立つ。
その矛盾がどうなっているのか。皆目見当もつかない。
そして、以上のことは展開型にとって前座に過ぎない。
重要なのは彼の想念。現実をゲームそのものとすること。
当然この世界はそのような法則で成り立ち、およそゲームでしかありえない現象がこの世界では常識となる。
それはジェム本体もそう。
「ハァッ!!」
絨毯爆撃の嵐を掻い潜り、ジェムに向けて爪を振り下ろす美羽。
衝撃は空を飛び、真っ直ぐに破壊を彼に浴びせる。
今までならダメージを負わせることができた攻撃。いかにジェムといえど、痛手を負うことは必須。
それが直撃。間違いなくその総体が削れたという確信がある。
だが、そこには無傷のジェムがいた。
「あはは、無駄だよ!!今の僕は常時無敵だしスーパーアーマー着てるし、HPもMPも無限にある。
チート使い放題ってわけ。僕を壊したいなら、世界ごと壊すつもりじゃないと!!」
哄笑と共に、ジェムは両手を勢いよく合わせる。
美羽の周囲。幾つもの透明な水晶が浮かび上がり、それが美羽の身体に密集する。
腕と脚を動かせないよう、関節部から水晶が拘束していく。
やがて水晶はその全身を覆って、結界のように美羽の動きを封じ込めた。
一丁上がり。残った蛍は、隙を突き気付かれないようジェムの背後に回っている。しかしバレバレだ。
この世界の全てはジェム本人。ということは敵がどこにいるか、何を話しているのか、全ては筒抜け。
死角など存在しない。不意打ちなど当然通用しない。
首を切り落とすように放たれた剣閃を、ジェムは首を晒してわざと受ける。
ガキィィン!!と、首に切り飛ばすはずの長刀がピタリと止まった。
まるで鉄板にカッターを押し当てたように、掠り傷の一つもつきはしない。
目を細め、余裕の表情でジェムは言う。
「確かにそれは脅威だけど、そもそも切れなかったら意味がない。壊すんなら世界ごと壊せって言ったはずだよ?」
ジェムの周囲。色鮮やかに光輝く宝石が出現する。
ルビー、サファイア、トルマリン、エメラルド、オニキス、アメジスタ、琥珀・・・・・・。
その数幾千幾万幾億。星のように夜闇を照らすそれらが、雨のように蛍に押し寄せる。
それに合わせ、蛍も宝石を創造する。
一個一個、一瞬の内に襲い来る全ての宝石を想像して。
宝石と宝石が衝突。流星がぶつかりあうように、綺羅綺羅と宝石の欠片を散らす。
圧倒的な数を前に、全てを対消滅させることはできない。隙間を縫うように近づく宝石を長刀で切り落としても、頬を掠り腹部を貫通する。
再び光を溜めてひとまとめに薙ぎ払おうと、ジェムはその攻撃を操り、蛍の避けられない距離からその向きを変えて放たれる。
自分が放った光をもろに浴びる蛍。熱が彼を融解し、腕や胴体が塩と化す。
「ガーネット」
想像し、無から蘇った蛍に対して、新しい宝石が振るわれる。
一々宝石を投げる必要などもうない。ジェムが望めば世界の全てを宝石にすることも可能なのだから。
当然直撃。石榴のような宝石が赤く輝くと、蛍の体内に異常が現われた。
血液が逆流する。血管に存在する逆流防止の弁を破壊し、瞬時に心臓が破裂する。
「っ!!」
生身なら死亡。だがそれを無視して、蛍は刀身に光を宿しジェムに接敵する。
全霊を乗せた刃は、しかしジェムに触れる前に弾かれる。
ダイヤモンドのシールド。先ほど切り裂けたはずの防壁は、ジェムの本領発揮と共にさらに強度を増したようだ。
「ほらほら、僕が一人だけとは限らないんだよ?」
その言葉と同時に、たちまちに蛍の周囲に出現する数多の気配。
目の前に存在するジェム。それと全く同じ姿形をした、無数のジェムが視界を覆い尽くしている。
「あ、がぁァッ!!!」
全方向、全方面から飛んでくる打撃、そして宝石。
炎、氷、風、雷、土、毒。多様な属性が蛍を蹂躙し、五体を千切り爆散させる。
異なる時間から、異なる空間から、異なる次元からジェムが、この場に殺到する。
その全てが切断不可能なダイヤモンドのシールドを纏い、本体と同じく幾万の加護を得ている。
偏在だ。自分は世界そのものであり、同時に世界を構成する諸要素そのもの。
無数のジェムに囲まれながら、蛍は長刀を自分に突き立て万全の自分を取り戻す。
偏在体を殺す術を蛍は持っている。似ているものは相互に影響を与える類感魔術を使用すれば、無限の偏在体ごとジェムを葬ることができる。
しかし、それはジェムに何らかの効果を及ぼせることが前提にある。
今のジェムのように、頑強な法則と原理と力で武装し、そもそも傷を負わせることもできないのなら話は変わる。
自分に身の危険がないからこそ、ジェムは偏在を解放したのだから。
厄介だ。朦朧とした視界の中で、蛍は現状を分析する。
自分の放った攻撃は全て跳ね返され、圧倒的な物量攻撃はまともに受ければ致命的。
無数のジェムが存在し、そのどれもが本体と同スペック。今の彼を打倒するには、文字通り世界ごと壊す必要がある。
それなのに切ろうとしても切れないときた。これでどうしろというのか。
その時、美羽が封印されていた水晶に動きがあった。
透明な水晶の内部が黒に包まれると、罅が走り水晶が砕けた。
解放される美羽。その周囲の空間が黒ずみ、歪んでいるのが分かる。
蛍は美羽の近くに寄り、
「美羽。わざわざ挑発したってことは、何かしらの対策は持ってるってことかな?」
「うん。巻き込んでごめん。なんとかする」
美羽とて考え無しに挑発したわけではない。この窮地を打開する策はある。
そして今、水晶内でそれを試し実感を得た。
高まる美羽の想念。何かが来ると感じ取ったジェムは、それを阻止するため最大火力を美羽に集中させる。
幾億の宝石と、動物人形の銃弾、加えて二人がこれまで放ってきた攻撃の全てが。
世界の全てが敵。だが美羽の前に蛍が立つ。
さながら騎士のように、姫に迫る攻撃を防ぐ。
四方八方から襲い来る攻撃。保有する並列思考の全てを駆使しても、なお思考が焼き切れそうな程の情報量。それを斬り伏せ、翼を展開して防ぎ、時に自らの身体を盾にして。防いで防いで防いで防ぐ。
血を吐きながら、魂を削りながら、だが彼の意思は揺るがない。
自らを庇ってくれる蛍に感謝しながら、美羽はそれを解き放った。
「顕現 穢る暴風破壊の侵犯」
一瞬何もかもが止まって。
そして猛毒が流れ出した。
「!!!」
拡散。あるいは汚染。
植物が急速に家を覆うように、津波が町を襲うように。
美羽の身体から放たれた黒紫の波動がマーブル模様のように広がっていく。
キャンパスに絵の具をぶちまけるが如く、元々そこに描かれていたジェムの法則がその上から侵食されていく。
影の海が、一瞬にして世界の五割まで範囲を拡げた。
塗りつぶされた世界は、悉く闇に沈んでいく。
時間、空間、次元。異なる全ての座標軸にいる自分が消えていく。世界そのものであるジェムにはそれが分かる。
侵食された領域から自分の全てが駆逐された。
深刻なバグの発生。眼前に『ERROR』が連続して表示され、しかし侵食された場所には干渉することができない。
ジェムの全てが、穢され汚され侵され冒されていく。
あらゆる加護と防壁が破壊され、自分の法則が消えさる。
脅威的な侵食能力。
法則殺しの力は背教の歪脚でも確認できるが、これはその範囲が違う。
まるで展開型を狙い撃ちしたかのような顕現。瞬く間に世界が侵食され、残るは一人、ポツンと立つジェムだけ。
「そん、な・・・・・・」
展開型の強みである世界の操作。それを自分の世界ごと失ったジェムは文字通り孤立無援。
再び顕現を発動しようとも、塗り潰され黒に染まった空間では、展開した途端に喰らい尽くされ壊される。
自分の法則性が全て駆逐され、彼を守っていたチートコードの類がその効力を失う。
だが呆然としていられない。まだ殺し合いは続いているのだから。
完全に黒と化した空間で、なお黒い力が美羽に集っていく。
右腕に集う負の波動。呪い、怒り、悲しみ、絶望。怨嗟の全てが体内を巡り、それを自らと融和させ、破壊の爆弾を作り上げる。
今にも吹き出しそうな力を、目の前にベクトル制御の魔方陣を構築し、発射する。
それは闇の奔流。星々を押し流し、光の一切を喰らっていく。
流転しながら周囲を呪う赤黒い渦は、あっという間にジェムを飲み込んだ。
「く、ぐうぅゥウ!!!」
防いだ両手が黒紫色に変色、いや、侵食されていく。
痛みは感じない。五感が蝕まれ何も感じない。
黒い渦に顕現が付属されている。それを確認して、思わずジェムは毒づいた。
(ふ、ざけんなっ!!!どんだけ顕現使えんだよお姉さんは!!
くっそ、これがあるから僕を挑発したのか!?
だからといって舐めるなよ!!まだ僕は負けたわけじゃないっっっ!!!)
どうしようもない怒りを全て自分の力に変換する。
身を蝕む侵食を力尽くでねじ伏せ、それ以上の進行を食い止める。
今も自分を消滅せんと走る奔流を強引に引き裂く。
だが、視界の隅に、白緑の光が見えて、
「あっ・・・・・」
直後、蛍の剣閃がジェムを捉えた。
次回、ゲームクリア