第十一話 天の気苦労
前回、人形の教授
(ようやく)活動報告を書くようになりました。投稿しましたよー!という内容が主になります
堅洲国・第一層。
千引きの岩に腰かけて、彼女――高天原十二天・シュヴァラは部下から送られてきた情報を確認していた。
今月発生した顕現者の数。その内保護できた者の数。その人物の詳細なデータや顕現の情報。居住地の割り当て。
続いて葦の国へ侵攻してきた咎人について。いずれも1~3層の咎人が九割を占めている。
それらを確認し次第即粛清。部下が有能で助かる。
次に休暇の申請について。今月は三名がそれぞれの理由で3~5日ほどの休暇が欲しいと申し込みがあった。
もちろんOKだ。上手く休みを取るのも私たちの務め。充分休んで欲しい。
小さい袋の中から氷を取り出す。四角の透明なそれを、彼女は口に運んだ。
ガリッと氷を砕く音がして、ボリボリと小気味いい音が連続する。
袋は氷入れ。特殊な作りで、袋の中は常に低温に保たれ、自動で氷を生成する。
暇さえあれば氷を食べる彼女にとって必要不可欠なもの。これを無くした時には絶叫して滂沱の涙を流すだろう。
『シュヴァラ』
そんな彼女の耳に、聞き慣れた声が届く。
今シュヴァラの見ている画面とは別に、新しく画面が表示されよく見た顔が映る。
粛清機関・アストレイア所属の粛清者、ロウ。
そして同時に、シュヴァラと同じ十二天の一柱でもある。つまり同僚だ。
「あ、ロウ。お疲れ様。妹さんは?」
『エクシリアは無事。けど連戦で少し疲れたみたい。今は寝てるわ。
それより貴方、百鬼夜行が始まってからずっとそこで備えてたんでしょう?
そろそろ交代の時間よ。今代わりを派遣したから』
「はいはい。じゃあそれまで話に付き合ってくれない?」
『・・・・何かあったの?』
ロウの言葉に、シュヴァラは肩を落としながら話し始める。
「今回の百鬼夜行さ。桃花の皆さんに借りを作っちゃったかもしれないんだよね」
『なぜ?』
「今回の空亡役、七大天使だった。たぶんあいつはアリエル、七色に発光する球体だったから間違いないはず」
『アリエル・・・・・。確か最後に確認したのは1年前ね』
「咎人を焚きつけたのか操ったのか、いずれにせよ何かしら確認したいことがあったはず。
あの程度の咎人じゃあ千引きの岩は壊せない。七大天使もそんなことは分かってるはずだから」
『なるほど。それも考えないとね。それで、借りっていうのは?』
「奴が奥で控えていることは分かってた。それで私が睨みを利かせてた状態だったんだけど、奴に気付いた桃花の粛清者が顕現で追い払ったの。
本来それは私の役目なのに、彼女はきっと同僚に手を出すなって威嚇したんだと思う。
後で礼は言ったけど、とても申し訳なかったんだよね」
はぁ、とため息をつくシュヴァラ。自分は熾天使を相手する専門であるのに、傍観していた結果その役目を果たせなかった。
それがシュヴァラにとっては悔いの残る選択だったらしい。
それを聞いてロウは、
『私としては、むしろあなたが傍観に徹していて良かったわ。
七大天使は熾天使の中でも強大な存在よ。私たちでもどうにかなるか分からない。
何の用意もなく相手するのは無謀だわ』
確かにここで七大天使を一人仕留めれば、高天原にとって朗報であることは間違いない。
しかしそれにはリスクが伴う。彼らの実力は自分たちと同格だと思っていい。
部隊を一人も率いず、周囲にいる粛清者たちに被害を出さず、単騎で七大天使と戦うことは十二天にとっても不可能に近い。
七大天使にとってもそれは同じ。彼らにとっても使える咎人(駒)を無意味に失うのは避けたいはず。
最善とは言わずも、痛み分けの結果にはなった。
彼らを討滅するのはまだ先だ。侵攻を妨げただけ十分仕事をしたとロウは言っている。
ここでロウは話を区切り、気になったことを話し出す。
『桃花といえば、例の熾天使を倒すと宣言したのもあそこね』
「例の?ああ、ファルファレナ。
咎人の上昇を引き起こしている熾天使か」
『そう。
驚いたわよ。てっきり他の粛清機関と同じく私たちに任せると思っていたのに』
「倒してくれるのならありがたい話じゃない?
否笠殿もいるし、その後輩たちも順調に強くなってるようだし。
任せても問題ないと思うけどな」
『・・・・・また羽鶴女たちから粛清機関の話を聞いたの?』
「ふふふ、皆でおやつ食べてる時の話題にね」
『そう。でも深い話は止めなさいよ。プライバシーに抵触することもあるんだから』
「はいはーい。けどロウが一粛清機関の話をするのも珍しいかも。
何かあったの?」
それを聞かれて思わず言いよどむロウ。
ますます珍しい。いつも毅然とした態度を崩さない彼女が。
少しの沈黙の後、彼女は話し始めた。
『桃花の、海曜集という御方に妹を助けてもらったの。
だから彼らには恩がある。そんな彼らが熾天使に挑むって聞いて、少し不安で』
「あぁーなるほど、そういうことね。
けど大丈夫だよロウ。桃花は並みの粛清機関の基準を軽く超えてるし、何より今回あの方も助力として降臨なさるじゃない。
私たちは念のために用心しとく程度でいいんじゃない?」
『・・・・・・確かにその通りね。
ごめん、心配しすぎた』
謝ると同時にそれ以上の話を断ち切った。
シュヴァラの前の空間が揺らぎ、現われたのは高天原の同胞一人。
シュヴァラに頭を下げ、交代の旨を伝える。
千引きの岩の守備は高天原にとって最重要事項。ゆえに交代制で、ここに来る咎人の監視を行っている。
巨石の上から飛び降りて、交代の人に、お願いね、と頼む。
笑顔で任務を引き受けた彼女が巨石の前に立つ。
それを確認し、シュヴァラは高天原へ帰還する。
「黄泉戸大神開き給え。再び光を見るがために」
■ ■ ■
大地が隆起し、氷と水の華が舞い踊り、暴風がそれを吹き飛ばす。
武器が降り注ぎ、流体が渦巻き、粉塵が爆発する。
足場がぬかるみ、水銀の鉄槌が打ち、風の刃が通り過ぎる。
三態の人形が繰り出す同時攻撃。先ほどよりも苛烈さを増している。
それぞれが遠距離・中距離・近距離をすぐさま切り替える様子は、さながら動くトライアングル。
上空から見ればバレリーナのようにも見える、華麗で軽快な動き。
飽和攻撃の連続を受けている二人は傷を負いながら、けれどシミュレーションによる予想を使いこなしていた。
単純に人形たちとの戦闘時間が長かったことが原因だ。人形が二人のアクションに講義してくれたこともあって、次はどう来るか事前に分かる。
軽い攻撃の次に来る大技。幾重ものフェイントに紛れ込んだ本命。今まで温存していた一撃。
美羽に向かって、弾幕のように大量の氷柱が発射される。
わずかな隙を残して全面を埋め尽くすそれを、美羽は避けながら思考の同調を進める。
この後、美羽の予想が正しければ、
(やっぱり来た!)
美羽のすぐ近くを通り抜けた氷柱。その細い氷が一気に体積を増し、氷の棘を突き出す。
自分だったらそうする。その予感と直感で事前に動いた美羽は寸前でそれを躱した。
飛び退いた美羽の頭上に降り注ぐ武器の群れ。
人形たちはありがたいことに魔術の復習もしてくれる。
今もそう。剣、斧、槍。降り注ぐそれらを紙一重で躱しては駄目だ。
なぜならそれら金属の表面にぽつぽつと水滴が浮かんでいるから。
金生水。金属の表面には気体が凝結して水が生じる。
水は高温と化し、瞬間的な蒸発により体積が増して、その結果発生するのは水蒸気爆発。
あえて距離を多く取っていたのが功を奏した。
爆発の衝撃は破壊の膜で相殺し、高速で飛び散る鋼の破片を手で叩き落とす。
やり過ごした美羽に、第二第三の攻撃が降り注ぐ。
それは蛍も同じ。
空気中に舞い散った氷、水、金属の破片はソラの支配下。
漂う微細な埃や塵。人の目では到底見えないレベルのそれらを操り、魔術を起動し振動させ、本人も気づかないままにダメージを負わせる。
具体的には呼吸や肌から体内に侵入し、内臓や血管を傷つける。
暗殺には持って来いの術技。もちろん実戦に使える。
本来なら蛍は全身から血が噴き出すはずだが、そうはならない。
そんなことをいつしかやってくるだろうと、その可能性に気付いた時から、蛍は呼吸法を変えていた。
腹部で息を吸うのではなく、へその下、丹田で息を吸う。
丹田に清らかな気を溜め、それを全身に放出。
気は血管を巡り、臓器を巡り、全身を巡って各部位を活性化させる。
ついでに強化系の魔術を発動。これにより僕の体内は鋼の強度になる。
血管は鋼糸に、内臓は岩に。
強度を増した内部器官を傷つけるには、塵や埃では役不足。
ここまでの作業を刹那の間に行い、その間も迫る攻撃に備える。
次の可能性を脳内でストックしておく。その後様々な視点、人形の動作、周囲の環境から妥当なものを選ぶ。
並列思考の第二分岐40個を使い、次なる攻撃とその対処法を編み出す。
そして空気の温度が局地的に上がっていることに気付く。
ソラの周囲、膨大な熱量がその現象を生みだした。
物質が電離し、超高温の中で自由電子と陽イオンが飛び交う不安定な状態に。
赤、青、黄、緑、紫。自由に色を変え、大きな球体を取る。
それはプラズマ。固体、液体、気体に続く第四の物質の状態。
太陽風や雷、オーロラや火が身近な例だろう。宇宙の質量の99%以上がプラズマ状態なんだとか。
蛍光灯や切断技術など、工学的にも利用されている。オカルトの分野でも、超常現象はプラズマで説明できると主張する者もいる。
それをソラは発生させた。その温度、おそらく10億度はくだらないだろう。
ソラの合図で、それが放電しながら襲い掛かる。
雷のようにジグザグと、あるいは球体の状態で。
その形状も大きさもバラバラ。放物線を描いて、超高温が蛍を蒸発させようとする。
だがそれも予測済み。
速やかに理論を構築し、魔術を発動する。
あっという間に僕の直前に迫るプラズマ。
それに対して僕がしたことは、
「王冠より降る雷光。
王国の最下層より神の恵みを返礼する」
用いるのはセフィロトの理論。
本来王冠の領域から、ジグザグとに王国へ降りる雷光。
それは神の叡智や天啓。
それを応用し、独自の改良を加え、呪い返しとして作用させる。
球体のプラズマや、放物線を描く稲妻が、その方向を変える。
超高温のそれが主の元へ戻っていく。
ズバァッ!!! と、この世のものとは思えない音がして、プラズマがエキに直撃した。桑原桑原。
独自の応用に不安があったが、それでも上手く機能してくれた。
さしものソラもこれには堪えただろう。
と思ったがそうでもないらしい。風が渦巻き、高温の中からソラが出てくる。
ダメージ無し。ただの気体ではないからだ。
ニタリと笑い、ソラが双掌に濃密な風を渦巻かせ、タイミングを伺う。
他の人形と連携し、近接攻撃を仕掛ける気だろう。
他の人形たちに気をかけながら、ソラから目を離さない。
互いの間で火花が散り、それが弾けた時──。
「そこまでだ」
アラディアさんの声が戦闘中に響き、人形たちがピタリと動きを止めた。
今にも動き出しそうだったソラも、支援をしていたコも美羽と戦っていたエキも。
僕たちも構えを解いて、アラディアさんに目を向ける。
「今はそれで十分だ。必要なものは身についた。
これから咎人を殺しに行くぞ」
椅子から立ち上がるアラディアさん。それに合わせて人形たちが一列に並び、僕たちに深々と頭を下げる。
「オ疲レ様デシタ」
顔を上げる三体の人形。人形のように無機質な表情だ。直前までの激しい戦闘が嘘のように。
そして三体の人形が、横から順に話し始めた。
「下層ノ咎人ハコレマデ以上ノ難敵デス」
「私タチナド比ベ物ニナラナイホド、多彩デ難解ナ攻撃ヲ繰リ出ス者ガ大勢イマス。
咎人ノソレゾレガ独自ノ方法デ、強サヲ求メテ修行シテイマスカラ」
「生半可ナ敵デハアリマセン。ヨリ高度ナ対応ガ求メラレマス。デスガ――」
一度言葉を切って、人形たちはこちらを見る。
それぞれ笑顔を浮かべて、人形とは思えない表情だ。
「「「貴方タチナラ、キット乗リ越エラレルハズデス。
頑張ッテ。ナンテ、無責任ナ言葉シカ言エマセンガ、オ二人ノ目的ガ叶ウコトヲ願ッテオリマス」」」
次回、子供の理想郷




