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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 喫茶店・桃花
11/211

第十一話 三つの視点 

前回、平行世界のお話



・????視点


暗い、足下までしか視界が効かない暗闇。

外では何かが走る音。一人ではない、多数の足音。

時には怒号が入り交じる、切迫した様子だ。


どこかの廃工場。その端っこで膝を抱えてうずくまっている少女、高欄帳(こうらんとばり)は物音を出さないよう息を殺していた。

見つかってはならない。兄にそう言われた。見つかれば連れ去られてしまうから。

やがて足音が遠ざかり、工場内を静寂が支配する。


少女は安堵して、工場内の二階に上る。

唯一信頼できる兄の元へ行くためだ。


「お兄ちゃん。外の様子、どう?」


二階の窓の側。そこで外の様子を覗っていた兄、高欄蓋(こうらんがい)は妹を視認し、静かにしろと合図をする。

帳は足音を抑え、そろりそろりと兄の元へ近づく。


「静かにしろって言っただろ。奴らはまだ近くにいる」

「ごめん」


申し訳なさそうに頭を下げる帳。その頭を蓋は撫でる。

ついでにビニール袋の中から市販のおにぎりを取り出し、帳に与えた。


「ほら、これ食って元気つけとけ」

「うん。ありがとうお兄ちゃん」


おにぎりを手渡された帳は嬉しそうに頬張る。

移動のために今まで何も食べて無かったんだ。がっつくように食べても叱りはしない。


「・・・・・・・・・・」


その様を見て、蓋は歯噛みする。

なんでこんなことになってしまったんだろう。本来なら今頃家族と机を囲んで夜食を取っているはずだ。

しかしそれは奴らによって引き裂かれた。


突如襲ってきた謎の集団は、両親を殺し、妹を連れ去ろうとした。

なんとか逃げおおせた兄妹は転々と場所を移動し、そしてこの廃工場にたどり着いた。

悲劇としかいいようがない。しかしその原因はわかっていた。


数日前、妹から突如発現した謎の力。

周囲にいる者を()()()()()。そうとしか表現できないあの力。

あれが原因であると、蓋は理解していた。


その力をあの謎の集団は狙ってきた。しかも家族を殺した集団だけでは無い、複数の集団が。

なぜそれがわかったか。これまで逃げてきた中で、異なる集団同士で激しい殺し合いをしていたからだ。

路地裏で響く発砲音。火薬の匂い。あふれ出る鮮血。今も鮮明に思い出せる。


それを無理矢理忘れるように、蓋も袋の中からおにぎりを取りだし食らいついた。

パリッとした海苔の食感。ツナの味が口に広がり、米と共に胃に収める。

ついでにお茶を取り出す。逃亡する中で、食料と飲み物を確保できたのは不幸中の幸いだった。

後のことを考え、お茶をちびちび飲む。するとおにぎりを食べ終えた帳が兄に質問する。


「ねえお兄ちゃん」

「ん?」

「これからどうするの?」

「・・・・・・」


どうしような、とは言えなかった。

蓋にはこれからの当てが無い。

親戚を頼るという手も思いついたが、帳を追う集団は自分たちの家系を調べているのではないかと思うと、迂闊(うかつ)に寄ることはできなかった。

知り合いや友人も、巻き込みたくなかった。


だけど行く先行く先で隠れながらやり過ごすのも限界だ。

どうしよう。不安と苛立ちで冷静さが欠ける。

しかし地団駄を踏んだところで状況が変わるわけではない。


「とりあえず朝まで寝てな。何かあったらお兄ちゃんが起こすから」


元気づけるように妹の頭を撫でる。廃工場で見つけた布を与え、布団替わりに使わせる。

帳は布を纏い、兄の近くで横になる。


「お兄ちゃん」

「どうした?どこか痛いか?」

「ううん。痛くないよ。

けど、お兄ちゃん。無理しないでね」


その言葉を聞いて、思わず蓋は泣きそうになった。

気丈な妹だ。本当は帳が一番辛いはずだ。

何もわからず変な力に覚醒し、訳のわからぬまま家族を殺され、よくわからないまま逃亡する。


それなのに、こうして俺の心配をしてくれる。

俺の不安を感じ取ってくれたのだろうか。なんて優しい妹だ。

帳の兄で良かったと、蓋は心の底から思った。


「もしもの時には、さ」


か細い声。今にも消えてしまいそうな、そんな声が妹から発せられた。


「私を捨てて、お兄ちゃんだけでも逃げてね」

「・・・・・・馬鹿、そんなことするわけないだろ」


本当は叫んででも否定したかったが、外に誰かがいるかもしれない。

小さい声で、帳の言葉を優しく否定する。


「早く寝ろ。身体が持たないぞ」

「うん。おやすみ」


兄の言葉を聞いて、帳は瞼を閉じる。

数分後、寝静まった帳の頭を、蓋は優しくなで続けた。




・美羽視点


美羽たち三人が降り立ったのはビルの上だった。

暗い。時刻は夜。頭上に広がる夜天に星々が輝いている。

眼下に広がる街並みは明るい。宙には糸が垂れ下がり、その糸に灯りがぶら下がっている。

屋台だろうか。所々から声が聞こえる。


行ったことは無いが、街並みは台湾に近い。

遠くにはビル群。恐らくあそこが中心部で、ここはそこから外れた場所だろう。


「さて、ここが今回顕現者が現われた平行世界です。

分岐が近いこともあり、私たちの世界とあまりかけ離れていなくようですね。文明もある程度似通っている」


店長が眼下の街並みに目を向ける。

屋台が建ち並び、多くの人が何かを食べたり飲んだりしている。

そこまでは私たちの世界でも珍しくない。問題は文字と言語だ。


「あれ、なんて書いてあるんですか?」


蛍が指差すのは向かいのビル。

ビルの屋上には光る文字、ネオンサインで文字らしきものがある。

ただしそれが解読できない。日本語では無い。英語でも無い。その他私が知っている言語では無い。

中国語が一番近い。漢字のような文字が並び、緑に黄色に点灯している。



「よく聞けば、言葉もなんて言ってるかわからないね」


眼下から聞こえる、人の声に耳を傾ける。


「               」

「        」

「            」

「 」


・・・・・・なんて言っているのかまったくわからない。ビルのネオンサインの言語を話しているのだろうか。

まずい、これでは対象の顕現者に会っても会話も何も出来ない。

意思疎通が出来ないことはこれからの活動に大きな支障をきたす。身振り手振りでどうこうするにも限界がある。


「ふふ、さっそく苦労しているようですね」


店長は余裕の表情を浮かべている。店長はあの文字がわかるのだろうか。


「先ほど、アラディアさんから魔術を教えてもらったでしょう。

それを使えば母国語のように見えるし、聞こえることができますよ」


教えてもらった魔術?

・・・・・・は! さっき脳内を走ったあれか。思いだし、早速それを使ってみることにする。


集中する。

体中に魔力を精製する。体内のエネルギーを魔術的なエネルギーに置き換え、魔術を使う体勢を整える。これが最も基本的な型だ。


魔術。

顕現とは違う、世界に偏在する技術。もしくは知識。世界に住まう存在が確立した痕跡。

ざっくり説明するのなら、特定の行為をすることによって、ある効果や事象を発動させるものだ。

今もそう。体内のエネルギーを魔力に変換することにより、インストールした魔術を発動することができる。


脳内で電気が走り、魔術的な火花が弾ける感覚がした。しかしそれ以降変化はない。

失敗したか? とりあえず眼前のビルを再び見る。


すると眼前のネオンサイン。その文字が意味を伴い、まるで日本語のように理解できる。


「宝居ビル、住居者募集中」


読めた。あっさりと。


「美羽? 何を言っているの?」


隣で蛍が不思議なものを見るような視線を向けている。

蛍からしたら、私は突然何かよくわからない言語を話しているのかな。

蛍に、身体の中で魔力を錬成するように伝える。

指示通りにした蛍は、再び目前の建物を見る。

文字を目で追って、口でなぞる。どうやら読めたようだ。


「これは・・・・・・・」

「言語分析、解読の魔術です」


店長が空中に指で何かを描く。

店長がなぞった跡は発光し、意味のある文字を成す。

中国語に近い、漢字が並んだ複雑な語。

だけど読める。その語は『言葉』と書いてあることが理解できる。


「異なる平行世界では言語や文字が違う世界もあります。

当然意思疎通はできません。身振り手振りで伝えようとしても齟齬が発生します。文化が違いますからね。

ですがこの魔術を使うことで、その問題が解決できます。

貴方達にとっては日本語を話しているような感覚で、相手の言語を話して書くことができます。

平行世界を渡る時に必須の魔術ですね」


なんて魔術だ。つまり英語とか中国語とか全く勉強しなくてもペラペラに喋れると。

その便利さに感心すると同時に、堅洲国との相違点が目立った。


「便利な魔術ですね。堅洲国とは違うんですね」

「ええ。堅洲国には、言語統一の法則があります。これにより異種族の間でも話し合いをすることができますが、平行世界にはそれがありません。なのでこの魔術を使うわけです」


改めて、この魔術を教えてくれたアラディアさんに感謝。滅茶苦茶痛かったけど。

私は次の行動を店長に聞く。


「これから先はどうするんですか?」

「そうですね、とりあえず移動しましょう。

顕現者がどこにいるかはわかりません。が、その足取りをたどることはできます

二人とも、ついてきてください」


その言葉を皮切りに店長がビルから飛び降りる。

それに遅れないよう、私たちも空に飛び出した。




・????視点


夜の街を数多の車が走る。

その中の一つ。ベンツのような縦長の車内。一人の男が携帯電話片手に、外の景色を眺めていた。


「それで、見失ったと」


部下の連絡を聞いた男は、それまでの情報を一言にまとめる。

氷のような声だ。あるいはナイフ。聞く者の首元に刃物を突き刺すような、そんな声。


高欄帳を追っている組織の一つ、その幹部である高畠暦(たかはたこよみ)は、冗長な部下の言い訳を聞いて呆れていた。

別に怒っているわけではない。ただ状況を伝えろと言っただけなのに、彼の部下は結論を避けて見つけられなかった理由を長々と説明している。

だからこうして自分が要約しているわけだ。最近の若い奴は全員こうなのか?


しかし彼とて暇では無い。組織の上層部から(めい)を受けたからには、命に代えてでも達成せねばならない。

なので対象を逃した部下に、矢継ぎ早に指示を出す。


「奴らの足取りは検討はついているか」

『い、いえ。まだ断定していません。

広範囲を探しているつもりなのですが』

「ガキの足だ。そう遠くへはいけない。隅から隅までくまなく探せ。

監視カメラをうまくかいくぐっているようだが、逆に言えばそれだけ慎重に行動しているということだ。交通も規制している。

くれぐれも他の奴らに先を越されるなよ。そうなったら、お前らの命だけじゃあ償いきれんからな」


背筋が凍るような声だった。

電話の相手は早口でよくわからない返事をし、矢継ぎ早に電話を切る。

これで少しはやる気もでるだろう。携帯電話をポケットにしまい、再び外の景色を眺める。


高欄帳を狙う集団・組織は彼らだけではない。

国内の暗部を司る組織、怪しげな武装宗教団体、国の権力者を何人もバックに持つ暴力団体、更には外国の組織も報告に上がっている。

それらを相手にし、先んじて、娘を確保しなければならない。

既に奴らはそれぞれの方法で探っている。

人海戦術、警察を買収し監視カメラを独占、交通規制による移動の制限と車内確認など。この数日で複数の組織によって徹底的な包囲網が完成している。

結果として、それが暦の属する組織にとっても役立っているのは少し不服だが。


それにしてもと、暦は高欄帳の姿を思い浮かべる。

今年で14になった少女。家は貧しいが、食べていけないことはない、といった財政状況。

これといった特徴もなく、学校でも大人しく目立たないという評価。

そんな少女に突如超常の力が芽生え、その力を独占するために今回様々な組織に追われている。


不運なものだ。一番困惑しているのは他でもない、少女だろう。

心の底から同情する。

だが加減はしない。


やれと言われて、やらなければならないのが暦の属する組織。

そうでもしなければ自らが殺される。


「あとどれくらいだ」


運転手へ声をかける。もちろん彼の部下だ。


「30分でつきます」

「そうか、もうすぐであいつらと合流できるな」


暦は読みかけの本を取り出し、栞を挟んだページから読み進める。

読書は彼の趣味だ。暇な時、時間がある時は本を読む。

だからといってこんな時に読むのは緊張感に欠けると思われるが、読書は彼にとって自らを落ち着かせるものだ。プロの野球選手が、打席に立つ時にルーティン――決まり切った動作をすることで、自分の集中力を高める。それに近い。

そのまま彼は読書に没頭し、彼を乗せた車は夜道を進んでいった。



次回、我らが店長は否定的

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