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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 子供の理想郷
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第九話 ソラ、エキ、コ

前回、蛍の過去



数十時間後。


「やったーーー!!!」


地面に倒れ伏す大型モンスター。ミッション成功の合図。

ノーダメージ裏ボス撃破十回目。

そして全ミッションノーダメノーアイテム十回クリア。

この、長時間に渡る作業が、ようやく終わりを告げたのだ。


「ようやく終わったよ。やったね蛍!」

「うん、ここまでやっとたどり着けたね」


溜息をつきながら笑みを浮かべる蛍。その声には憂いの響きが感じられる。

トレーニングルームでアラディアさんと何か喋ってからずっとこれだ。

二人が何を話していたのかはわからないけど、きっと重要な話なんだろう。蛍は終始、何か思いつめた顔をしていたから。


「終わったか。エンディング見たら次のトレーニングに移行するぞ」


後ろでアラディアさんが、読んでいた本を閉じて言う。

ちゃんとエンディングは見させてくれるんだ。

5分間のエンディングの後、アラディアさんは立ち上がり指を鳴らす。

すぐさま変容する空間。天都さんとの特訓で使用する白いトレーニングルームが現れた。


「ソラ、エキ、コ」


アラディアさんが呼ぶと、床から三体の人形が飛び出す。

液体、気体、固体で構成されたアラディアさんお手製の人形たち。

三体は主の命令を、微動だにせず待っている。


「次は実践だ。

今さっきまで行っていた特訓。シミュレーション。それを強化する」



それが戦闘の合図と言わんばかりに、放たれた矢のようにこちらに突撃する三人形。


エキは液体を凝固させ、全身から氷柱をマシンガンのように発射する。

ソラは無色無音の気流と化し、五感での事前予測を許さないまま接近する。

コは全身から光沢を放ち、金属とは思えない流体のような移動方法で、腕を鋭い刃に変形し振り下ろす。


慌てて構え、迎撃の用意をする。が、アラディアさんはそれを制止した。


「攻撃を禁じる。躱すことだけに専念しろ」

「え、・・・わかりました」


言われた通り、私たちは弾丸のような氷柱と無味無臭の風と光る刃とを躱す。

今まで散々使ってきたからか、直感は自然に最短の回避ルートを示す。

直感は使えば使うほど練度が上がるようだ。そうでなければ見えず聞こえずのソラの攻撃を避けることなどできない。

シミュレーション実践のために、三体の人形の攻撃を避け続ける。

いきなり言われたことで焦ったが、幸い美羽はすぐに対応できた。


今日のトレーニング初期の方で増えた並列思考。詳しくは並列思考の第二分岐。

それを使って人形たちの目線で考える。

自分が人形たちならどうするか。どう攻めるか、どう殺すか。

想像力と実戦で補いながら、脳内で全体像を掴んでいく。


再び目線を戻す。

目の前には両腕を鋏のように変形させたコの姿。黒いその鋏は顎のようにガパッと大きく開かれる。

次、固体人形だったらどうする。

それはもう、鋏の形を取ったんだから挟んで切るはずだ。

腕を二本変化させたということは、一方を外してももう一方で追撃するためか。


先ほどの動きは金属の領域をはるかに超える可動域だった。液体金属のように、体を自由に変化出来ると思ったほうがいい。

なら遠くに逃げるのはよしたほうがいいかな。腕を伸ばすなんて容易いだろうし、後方に逃げても追ってくるだろう。

私だったら一方の鋏で逃げ道を限定して、もう一方で逃げるであろうポイントを切断する。


なら懐へ潜り込めばいい。

蛍の顕現である長刀もそうだが、リーチが長い分近くに来られたらどうしようもない。

だけど、その判断は間違いだと知ることになる。

懐へ潜り込んだ私を嘲笑うように、コの胴体がゴボゴボと動き出し、無数の刃物を出現させたからだ。


「!!?」


目の前に飛びこむ槍、刀剣、斧、刃物。あと数ミリまで迫ったところで、私は前に向かう勢いを利用しその場で回転して、空中を蹴って距離を取る。

辛うじて頬に掠り傷がついた程度で済んだ。

だが追撃に巨大な鋏が飛んでくる。

空気を切り裂き、私の脚と胴体を分離するために。


まさかここまで読んでいたのか?

いや、あらかじめこう来たらこうしようと決めていたのかもしれない。

戦術のストック。引き出しが多ければ多いほど有利になる。

アラディアさんお手製の人形だ。彼女たちも並列思考を使えたって不思議ではない。


鋏が届く前に、足元の床を破壊し破片を蹴り上げる。コがそれに気を取られた一瞬の隙に、ジャンプしてコの背後数十メートルの場所に降り立つ。

空ぶった鋏。こちらを振り向く固体人形。私を見てニタァと笑う。とても人形とは思えない笑顔だ。

その笑みを張り付けたまま、コは鋏で私の立っていた場所をコンコンと小突く。


何か伝えようとしてるのか?良いことではなさそうだけど。

鋏の先には私の足跡。さっき回転した時についたもの。


(あっ、もしかして)


予想は的中し、鋏でその足跡を切る固体人形。

ゾグッ!と、同時に私の足が半分、履いている靴ごと大きく切断された。


(っ!やっぱりか。あれも感染魔術、痕跡からここまで効果を及ぼせるなんて)


速やかに治癒する足。

並列思考を用いて分担させた回復の想像は、もはや傷ついた瞬間に回復が完了している域に上がっている。

固体人形は説明する。


「感染魔術ヤ類感魔術ハ魔術師ニトッテ基本ノ基本。

当然ソノ対策モ複数用意シテオク事ガ推奨サレマス」

「それは、親切にどうも」


わざわざ教えるということは、これもアラディアさんの授業の延長か。

ありがたい。実戦の中でしか学べないこともある。

自分だったらどうするか。相手だったらどうするか。

両者を一致させる。想像し、相手を自分事として捕らえ、足りない部分は実戦で補う。




それにはどうすればいいか。想像には限界があり、実戦で補おうにも相手は待ってくれない。

それに、相手は自分自身の事を熟知しているはずだ。どうやって弱点を補うか、どうやって長所を生かすか、その研究が濃密であるほど、僕にとって予測は難しくなる。

ゲームと現実とでは全く違う。その動き、当然だがAIとは比べ物にならないほど複雑だ。

より多角的な視点が必要だ。自分だけの視点ではない。

相手の視点。上空からの俯瞰した視点。下からの仰望の視点。横から見たり斜めから見たり、とにかく多角的にアプローチする。蛍は並列思考にそれらの視点を付け加えた。


遠くから液体人形が、鉄を遥かに上回る強度の氷柱を無尽蔵に発射する。

物体の三態を自由に操れるエキにとって、物体の凝固や昇華などお手の物だ。

弾幕の隙間を抜けて、ソラが無色無音無味無臭の気体となり死角を狙う。

気流と同化し、障害など関係なしにその身を拡散させる。

そしてそれに触れると、


「!」


グバァッ!!と、腕と腹部が円状に抉れた。

腕は骨まで削れ、腹部からは臓器が外にはみ出る。

だがその怪我もすぐに治る。人形たちには殺意がないようだ。凶悪な想念による回復性や不死性への貫通がないからだ。

それも当然か。これはそんなトレーニングではないんだから。


円状に抉られたということは、ソラは球状になっているはず。

エキは遠方で氷柱を発射させている。当たるわけにはいかないので、手足を使って体を翻す。


自分の視点から、相手の視点から、上から下から横から斜めから。

相手の動きを予測する。次の動きを読む。


ソラは次どうする?接触することが攻撃になるのなら、もう一度突撃してくるはず。

エキはソラのサポートに徹するか、自らも前線に加わるという可能性も考えられる。

いや、後者はなさそうだ。美羽と対峙している固体人形のサポートも行っている。あの場を動く可能性は低い。


脳内でシミュレート。今もソラはこちらに迫っているだろう。

前方の床に影が見えた。影はまるで大蛇のように、蛇行しながら移動する。

ソラだ。さっきは気づかなかったが、どうやら影は見えるらしい。

近くにまで追ってくる。エキもサポートをするだけで近づかない。

安心して床を蹴って後ろに飛ぶ。影は僕のいた地点を通過し、大気ごと物体を抉る。だが回避はできた。


・・・・・・・いや、ちょっと待て。

思い出す。先ほどは影に気づかなかったんじゃない。最初からなかったはずだ。

それに気流と化したにソラに影なんてあるのだろうか。そんなわかりやすい・・・・

その意図に気付いて、僕は逃げるように真横に飛んだ。


直後、鉄塊が落ちてきた。

ズドン!!と、爆弾のような衝撃が走る。

それは大気を圧縮した超大のハンマー。地面が丸く凹み、パラパラと粉塵が舞い上がる。

影は囮。気体を操ってそれらしいものを作ったのだろう。僕はそれにまんまと騙されたわけだ。


濃密な気体の塊は四つに分散し、小型の竜巻となって周囲を囲む。別れて僕を襲う気だ。

いざ動こうとした時、足に違和感が走る。

動かそうとしても動けない。見ると足が地面と融合。否、冷たい氷が床を覆っている。

それが僕を地面に縫い留めている。遠くでは美羽も同じように氷に驚いている。

そのまま気体の塊が四つ、僕を追い詰める。


固体、液体、気体。それを操る人形たち。

攻撃方法が多彩。確かにトレーニングには持って来いの相手だ。



次回、本格的な魔術戦

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