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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 子供の理想郷
107/211

第八話 蛍火の咎

前回、鼠と酒と



スライムの中。八畳ほどの室内でゲームをする二人。

美羽と蛍はあれから22時間後、ついにランク7にまで到達していた。

このゲームにおいて敵の難易度はランクで表される。頂点の10まであと三つ。充分進んだほうだ。

それまでのミッションは全てクリア済み。ノーダメで、全て10回は繰り返している。


あれから脳内でのシミュレーションを、二人はすっかりものにしていた。

習慣化。同じ動きを繰り返すと脳が自然と動きを覚え、わざわざ思考する必要すら無くす。

直感も並列思考も常識の改変も覚えた二人は、超人の域で新たな技術を習得する。

ランク5からのミッションリトライ回数は平均8回。リトライ数50を超えることもあったそれまでとは大違いの進歩。

未知の相手にも今までのパターンから推測し、三回目にはノーダメージクリアが可能になっていた。


今二人が挑んでいるのはリントヴルムという大型モンスター。

姿は西欧のドラゴン。巨大な翼が生え、黒緑の鱗は生半可な兵器を凌ぐ。

空を飛ぶのはもちろん、空中から巨大な火炎を吐く厄介なモンスター。

しかも独自の能力として、こちらの攻撃を半減させるドーム状の空間を作り出す。

これがエリア一帯を覆い、そこから抜け出すには別エリアに行かなければならない。

二人もそれに従い、エリアを変えて戦闘中。


(次、噛みつきかな)


リントヴルムの動きを予想した蛍は、噛みつきに移行する直前でシールドを展開する。

防御のタイミングが良ければジャスト防御が可能になる。

けどその判定はシビアだ。防御をして、0.1秒か0.2秒程のタイミング。

慣れるのに時間がかかった。けどこれができればすぐに攻撃に移れる。攻撃も流せる。

体力の4割を削る噛みつきをジャストガード。専用のエフェクトが出て、成功を知らせる。


だが油断はできない。噛みつきの後、前方に炎を吐くことも予想できる。

二発顔面を切り裂く。やけにリアルな血の演出と斬撃のエフェクトが画面に出現する。

予想通り、リントヴルムが後退し炎を吐く。これはジャストガードに成功してもダメージを受けるので回避一択。

喉と口が赤く染まり、赤熱が放たれる。地面を赤く照らして、真横を通り過ぎる炎の放射。


だけど三発入れる隙がある。僕と美羽は同時に、その前足に切りつける。

これで後五発入れれば倒れる計算だ。

この後はどうする。リントヴルムの近距離攻撃は八種類。

そこから、僕たちの立ち位置で、どんな攻撃を繰り出すか。

予測。足の叩きつけ。もしくは上空に飛び上がり足元に向けて火炎を吐く。

前者は回避。後者はジャストガードを狙おう。


AIが選んだのは足の叩きつけだった。

右足で踏みつけた後左足で踏みつける。

地面が沈み込むのではないかと幻視するほどの震動。

この攻撃の厄介な点は、震動にも判定があるということ。

地面の震動は判定が広く、近くにいると動けなくなる。

それを食らうと無防備を晒し、その間に攻撃されて被弾する。

だから踏み込みを回避した後、ジャンプして震動を躱す必要がある。


当然だが、ジャンプ中にも攻撃できる。

翼に三か所切り傷をつけて、翼を蹴って飛びのきながら着地する。

戦闘が始まってから5分。二人ともノーダメージをキープしていた。


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


僕たちの間で会話はない。

並列思考のほとんどをゲームに費やしているのだから当然だ。

そしてそれから五分。

ミッション終了の画面と共に、リントヴルムが崩れ落ちる。

終わった。ふぅ、とため息をついて、緊張感をほぐす。

報酬を全部受け取って、画面は見慣れたロビーへ。


「これでノーダメージクリア五回目。あと五回だね」

「うん。ここまで長かったけど、ようやくゴールは見えてきた」


美羽に言葉を返しながら、希望的な観測をする。

ストーリーもだいぶ進んだ。絶望的な未来にも関わらず、希望を忘れず生きる人類の力強さ。

失った妹を取り戻すために、仲間と共に突き進む主人公のひた向きさ。

過去の所業に後悔しつつ、それでも諦めずにもがくその在り方。

それが僕には羨ましかった。


「そろそろ休憩でもするか」


タイミングを見計らっていたのか、背後に座るアラディアさんがつぶやいた。


「お前ら、30分くらい休め」

「分かりました。魔術の練習をしていいですか?」

「好きにしろ」

「あ、じゃあ私も」

「はいはい。まとめて送ってやるよ」


アラディアさんが指を鳴らすと、空間が様変わりする。

八畳ほどの室内が、広大な白いトレーニングルームと化す。

その配慮に感謝して、僕たちは魔術の練習に取り掛かった。


ゲームのちょっとしたロード時間。僕は魔術のことを考えていた。

あれとあれを組み合わせればこんなことができるんじゃないか?とか、そんなことばかり。

それを試したくて仕方がなかった。


顕現にも魔術効果は付与できるのか。今から試すのはそれだ。

顕現を発動して長刀を取り出し、指を噛んで血を流す。

その血で長刀に、上向きの矢印のようなルーン文字を描く。具体的に言うと↑。

その意味は戦神テュール。北欧の神話に登場し、フェンリルという巨大狼に腕を噛みちぎられた隻腕の神。

昔の戦士はこうやって武器にルーン文字を刻み、戦神の力を得たとか。


そして長刀を構える。

神霊という、超膨大な想念の塊。

信仰という、想念の在り方の一つを丸ごと支配する存在。

超限以上の存在密度を有するそれらから借りる力はどれほどのものか。


狙いは前方。

長剣から根のような、羽のような白い何かが腕に絡まりつく。

僕の戦意に応じてルーン文字が光り輝く。

カッ!と目を見開いて、上から下に剣を振り下ろす。

その瞬間、剣に僕以外の何かの力が乗った。


天井まで斬撃が届き、広大なトレーニングルームを一刀両断にする斬撃。

走る衝撃は端まで届き、壁に巨大な切断面を残す。

平時の2,3倍の威力に思わず舌を巻いた。


「うわお」


ルーン文字を一つ刻んだだけ。それだけなのにこんな。


「お前らが注ぎ込んでる力がそれだけ多くて、俺が教えた知識と理論が緻密で濃密だからだな」


つまり三分の二は俺の手柄だと、後ろでアラディアさんが言っている。

それに関しては全くその通りだ。アラディアさんの授業を受けなかったら、ここまでの威力にはならなかっただろう。


「ありがとうございます。『想造』の方も上手く扱えればいいんですけどね」

「・・・・・・・・・」


苦笑して、もう一つの顕現の事を考える。

想像しただけで万物を創り出す顕現。しかし格上はおろか同格にも通じないため、今のところ使用方法は目くらましと物量攻撃、あと最近敵の攻撃を再現することを覚えたな。

質は上がっているはずなんだ。その干渉力も。


「無形型は元々干渉力が高い。だから同格には基本通じるし、芸が多彩だからといって基本例外はない」


僕の抱いている疑問を読んだのか、アラディアさんは語り始める。

少し言葉を切って、僕の目を見た。


「お前さ、心のどこかでその顕現を使っちゃいけないと思ってないか?」

「え?」


使っちゃいけないと思っている?

それは、一体どういう・・・・・。


「間違って人を殺してしまった。世界に混乱を招いてしまった。

過去の経験から、自分の顕現に抵抗を覚えている奴もいるんだよ。

そんな奴の心構えは顕現にも影響する。主に悪い方向でな。

変な話だ。自分の望みそのものである顕現を、使うのに躊躇う顕現者がいるなんてな」

「・・・・・・・・・」

「だがそんな奴が一定数いることも確かだ。

主に粛清機関に保護されてる奴に見られる傾向だが、それはお前もかもな」


アラディアさんが、正面から僕の目を見る。

刃のように鋭く、心を見透かす魔女の目だ。


「確か、お前は美羽よりも先に顕現を発現したんだっけか。

美羽ともども桃花に保護されるまでそのまま。顕現だって使ったことはあるんだろう?」

「それ、は」


チラリと、美羽の方を向く。

美羽は独自で魔術の修練に取り組んでいて、こちらに目を向けていない。

聞いてない。良かった。


それを見て、止めを刺すようにアラディアさんは、


「お前、何をやらかしたんだ?」




■ ■ ■




さて、良い事とは一体なんでしょう?

それは人を笑顔にすることでしょうか?命を救うことでしょうか?人類に貢献することでしょうか?

僕はこの不思議な力を使うたびに、それがなんなのか分からなくなりました。


僕は顕現を人のために使おうと思いました。

けれどそれは、赤子に核爆弾のスイッチを渡すような、危険極まりないことでした。



猫を蘇生させた数日後、僕は再び同じ道路を訪れました。

あの猫は、全く同じ場所で、同じように車に轢かれて死んでいました。

血が円上に広がり、腹からこぼれる内臓、見開かれた鋭い眼光。

僕は驚いて、その理由を探ろうとしました。

けれどその時の僕は、死者の完全な復活は不可能で、自分が創造したのはただ動いている猫の姿だから。そんな理由に思い至ることはできませんでした。

見開かれた目。それが急にこちらを睨み、

『おまえのせいだ』

そう言ったように思いました。

こんな事望んじゃない。



木の上に乗せた巣箱。数日経って(ひな)が帰りました。

穴から覗きましたが、とっても可愛い小鳥でした。

このまま無事に巣立つことを、お母さんと一緒に願いました。

けれど、数日後雛は一匹もいませんでした。

蛇が食べたのだと、帰ってきたお母さんは残念そうに言いました。

巣箱の中は荒らされて、小さな羽が残るだけ。

少し遠くの樹から、母鳥がこちらを睨み、

『おまえのせいだ』

そう言ったように思いました。

こんな事望んじゃない。



旅行から帰ってきた後、十数日くらい快晴が続きました。

それを僕の顕現のせいだとは思いませんでした。その時は、僕の顕現の効果は一時的なものだと思っていたのです。

だから雨を晴れにした程度で、時が経てばまた雨が降るのだろうと楽観していました。

けれど、当時顕現をうまく制御できなかった僕は、晴れの状態をずっと創造しつづけていたのだと思います。

そのせいで農作物のいくつかが不作になり、野菜の値段が急上昇しました。

困った。と言う農家をニュースで見て、もしかして僕がやらかしてしまったのかと不安になりました。

でも自然だから仕方ない。そう言う農家の方を見て、心がめちゃくちゃになりそうでした。

その人がこちらを見て、

『おまえのせいだ』

そう言ったように思いました。

こんな事望んじゃない。



その後のお店で、女の子の叫び声はさらに大きくなりました。

見ると、父親に大声で叱られています。

父親の手には先ほど僕が創造したゲーム。

なんで盗んだんだ。そう問う父親に、泣きじゃくって答えられない女の子。

答えられるわけがない。気づいたらポケットに入ってたんだ。女の子は何も悪くない。

けどその状況からして、女の子が()ったと疑わない者はいないだろう。

一人泣く女の子がこちらを見て、

『おまえのせいだ』

そう言ったように思いました。

こんな事望んじゃない。



おじいちゃんが起き上がり、僕は嬉しくてその腕に飛びつきました。

「お帰り、蛍」 

おじいちゃんが優しく僕の頭を撫でてくれます。

「うん、うん、ただいま」 

涙を流しながら僕は答えました。

人は失って、ようやくその大切さがわかる。それを肌身で実感しました。

「お帰り、蛍」 

僕の返事が聞こえなかったのか、おじいちゃんはもう一度つぶやきました。

「ただいま、ただいま!」 

大声で僕は言いました。この嬉しさを伝えたくて。

「お帰り、蛍」 

それでもおじいちゃんは繰り返しました。耳が遠いわけじゃないのに。

「お帰り、蛍」 

「・・・・・・おじいちゃん?」

ここでようやく、僕はおじいちゃんの顔を見ました。

その目には生気が宿らず、虚ろな目で僕を見ていました。

肌や体温は白く冷たいままで、とても生きているとは思えません。

機械のように、その言葉を繰り返します。

「お帰り、蛍」

「お帰り、蛍」

「お帰り、蛍」

僕は怖くなりました。こんなの、おじいちゃんじゃない。

ただお帰りを繰り返す肉人形。それを僕が、創った。

「お帰り、蛍」

「お帰り、蛍」

『おまえのせいだ、蛍』

こんな事望んじゃない。



他にも、他にも、他にも他にも他にも他にも・・・・・・・。

僕が狂わせたのです。僕が猫を殺して、僕が雛を蛇に食べさせて、僕が天気を狂わせて、僕が子供を泣かせて、僕が死者を冒涜した。

誰もかれもが僕を指さして罵る。よくもめちゃくちゃにしてくれたな、と僕を責める。

僕のせいだ、僕のせいだ。僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ!!!

良いことに使おう?何を言ってるんだ僕は。

僕が余計なことをしたせいで、皆不幸になる!

僕は世界を捻じ曲げる、傲慢で醜い化け物だ。


だから僕は想像することを止めた。

余計な事はしないようにと、僕は誓った。

先に手を上げることはせず、誰かの意見に従っていおうと、僕は望んだ。

けれど悪癖は治らなかった。生きている以上何らかの活動はすることになる。毎秒毎秒選択の連続だ。

それで今も、僕か誰かが傷つく。

だから、誰かと関わるのを避けた。



でもある日、公園で一人遊んでいると、


「こんにちは!」


僕は美羽に出会った。磁石が引き寄せられるように出会った。

天使のようだと思った。無邪気なその笑顔が、僕にはまぶしく見えた。

彼女は不思議な存在で、光のようでもあり闇のようでもあった。

僕の道を照らして、同時に醜い僕を優しく包み隠してくれる。


この人と一緒にいれば、もう間違わないと思った。

そんな依存心とは別の気持ちで、彼女を好きになった。

美羽のためならなんだってできる。この腕でも脚でも心臓でも、好きなだけ捧げられると思えた。

それだけ大事な人なんだ。

それは、どんな世界でも、どれだけ時が経っても・・・・・・・。



次回、VS三相人形

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