第六話 LESSON7
前回、魔術楽しい~
僕が顕現を発現させたのは、5、6歳の頃です。
当時の僕は戸惑いました。想像しただけで何でも起きるのですから当然です。
けれど、同時に嬉しくも思いました。
子供は幸福です。無条件に周囲から愛情を注がれ、そこにいるだけで喜ばれる幸せな生物。
自分を特別な存在だと、なんの根拠もなく思えるのですから。
僕はまさにそれです。この顕現は僕に与えられた、神様からの贈り物だと無条件に思いました。
そして、それを誰かのために使おうとも思いました。
だって、まったく関係ない人でも、その人が笑っていると自分も嬉しいでしょう?
誰かが幸せだと、自分も幸せになるでしょう?
笑顔は伝染する。一人が幸福になれば、周囲の人も幸せになれる。
昔の僕はそうでしたから。
道路で猫が車に轢かれていました。腹部がつぶれ、中身が溢れて、死臭に釣られて蝿が群がっていました。
それを見て僕はいたたまれなくなりました。あんなに可愛い猫がこんな可哀そうな目に遭うなんて。
だから想像して、猫に再び命を与えました。
傷が治り、再び立ち上がった猫を見て、僕は良しとしました。
家の庭には木が合って、そこに巣箱を設置すれば、鳥さんが入って卵を産むとお母さんが言いました。
鳥さんが喜ぶだろうな。と、僕は巣箱を想像し、それを樹に設置しました。
十数日後、巣箱の穴に一羽の鳥さんが入るのを見たのです。
中を見たら、巣の中に三つ卵を発見し嬉しくなりました。
早く産まれないかな~と期待して、僕は良しとしました。
両親とどこか旅行へ行く予定の日に雨が降りました。
前日にてるてる坊主を作りましたが、晴れにならなくてがっかりしました。
だから、晴れろって想像しました。
結果は大成功。キャンセルする予定だった旅行にも行けて嬉しかったです。
車の中から窓越しに未知の風景を見て、僕は良しとしました。
お母さんと買い物をしていると、ゲーム売り場で小さい子供がゲームを買ってと、父親らしき人にねだっていました。
買って買ってと必死で縋り付く子供に対して、父親は駄目の一点張り。
大声で泣いているのに、静かにしろとしか言いません。
それを見て悲しくなりました。歳が近いからか、僕はその子供に同情したのです。
だからその子のポケットに、誰にも気づかれないように欲しがっていたゲームを作ってあげました。
家に帰ったらさぞ驚くだろうな。僕は良しとしました。
ある日おじいちゃんが死にました。
最初に気付いたのは僕です。ベッドの上でいつものようにおじいちゃんと話をしていると、突然おじいちゃんが眠ってしまったのです。最初は眠っちゃったのかなと思いましたが、何度体をゆすっても一向に起きる気配がありません。徐々におじいちゃんの肌が冷たくなっていく。何が起きたか分からないでも、これが異常であることは分かりました。
僕は泣きじゃくって、起きておじいちゃん!と何度も叫びました。
優しいおじいちゃん。いつも僕が帰ってくると『お帰り、蛍』と言ってくれるおじいちゃん。お母さんとお父さんがいない時、代わりに遊んでくれるおじいちゃん。大好きなおじいちゃん。
だから僕は想像しました。おじいちゃんが起きて、いつもみたいにそう言ってくれるよう願って。
そしておじいちゃんの眼は開きました。僕を見て、いつものように「お帰り、蛍」と言ってくれました。
嬉しくて思わず飛びつきました。何が死者は生き返らないだ。嘘ばっかり。
おじいちゃんに抱きついて、僕は良しとしました。
さあて、次はどんな良いことをしようかな。
■ ■ ■
アラディアさんが来ると、
「ゲームをするぞ」
そう言って指を鳴らすと、世界が様変わりする。
そこは室内だった。広さは大体八畳ほど。
ソファーが一つ。大きなテレビが一つ。机が一つ。その上に載っている家庭用ゲーム機。そして二つのコントローラー。
違和感MAXの光景に、僕はオウム返しでアラディアに問う。
「ゲーム?ゲームをするんですか」
「そうだよ、さっさと起動しろ」
言われた通り、テレビを点けて電源と思わしきボタンを押す。
ケーブルは既に繋がれていた。
大きいテレビ画面にメニュー画面が浮かぶ。ソフトはもう入っていたようだ。
ゲームをするなんて中学以来だ。スマホでもゲームはしていたが、コントローラーに触れる感触が懐かしい。
やがてゲームのOPとチュートリアルが始まる。
作品名は、『Paradice Lost』
日本語では失楽園というらしい。聖書の創世記で、アダムとイヴが禁断の果実を食べて、その結果楽園から追放されたエピソード。
大まかにゲームの内容を説明すると、何らかの原因で人類が大量に死滅し、生き残った人類は変異したモンスターと戦う。というものだ。
ジャンルはポストアポカリプス。そしてアクションゲームといったところか。
キャラメイクに時間をかける気はない。デフォルトのもので設定を完了して、チュートリアルに入る。
拠点となる場所に、僕と美羽のキャラが降り立つ。
「アラディアさん。これから何をすればいいんですか?」
「まず何でもいいからミッションを受注しろ」
言われた通り受付から任務を受注し、それからフィールドへ向かう。
任務と言ってもチュートリアルのものだ。そんなに難しくもないだろう。
数秒のロードの後に、場面が移り変わる。
フィールドはまさにポストアポカリプスの風景そのもの。人が住んでいたであろう家屋やマンションが立ち並び、コンクリートの隙間から草花が茂る。
捨てられた車には植物が巻き付き、悲しくも退廃的な風景を演出している。
そしてそんな滅亡の跡を、我が物顔で闊歩する異形の影。
まるで犬が数倍にも巨大化したような姿。黒く、狼のような毛並み。鋭い犬歯が口からこぼれ見える。
そして目が赤い。それがモンスターの証と言わんばかりに、自然界ではありえない色の赤。
あれがターゲットのモンスターなのかな?少なくとも風貌はぴったりだ。
広大なフィールドを走りまわり、モンスターと戦う。
なんというか、モ〇ハンに似てるな。いや、どちらかというとゴッ〇イーターだな。
「そのゲームはキャラメイクが雑な分、敵のAIにとんでもなく力入れてるんだよ。超反応とか、行動パターンも鬼畜だったな。
やけにリアルな仕様も相まって上級者向けとか言われてる。インフレもいい具合に抑えられてて俺は面白いと思ったんだがな」
つまり、敵がとんでもなく強いということか。
画面内で表示される通りに動かす。移動して、弱攻撃、強攻撃、防御、ステップ、回避。
基本を一通りやった僕は、画面に表示された指示内容通りに、敵を倒すため移動する。
内容は先ほど見えた犬のモンスター、ヘルハウンドを三頭倒せとのこと。
序盤に出てくるということは、このモンスターは小型モンスターなのだろう。
いきなり大型のモンスターと戦うなんてほとんどない。チュートリアルだから簡単なはずだ。
そんなわけで移動しながらヘルハウンドと遭遇。
戦闘開始。基本的な操作はさっき覚えた。
ヘルハウンドの飛びかかりを回避して、その隙に武器を振るう。
僕たちが持っているのは初期武器。その中でも長剣の部類。
弱攻撃は五回まで連続で続ける。
二人で計10発。ヘルハウンドは沈んだ。
「ん?」
ここで右画面に表示。素材を入手したという報告。
もしかしてモンスターを倒すだけで入手できるのか?へえ、ありがたい。
わざわざ素材を入手するアクションをしないでいいということか。
その後もナビに従い、モンスターのいる位置まで向かう。
途中、道端の花やら遺跡やらから素材を入手して、三体のヘルハウンドを倒すことに成功する。
しかしチュートリアルにしては難しいな。僕の操作がおぼつかないこともあり、体力が七割削られた。
「アラディアさん、倒しました」
「ああ、そうか」
アラディアさんはここではないどこかを見ていたようで、僕たちの報告を聞いてこちらに目を向ける。
アラディアさんはミッション成功画面を見て、
「けっこう被弾したな」
「え、あぁ、はい。ゲーム自体久しぶりなので慣れなくて」
「とりあえずこのゲーム全クリしろ」
「・・・・・・・・・え?」
ん?今この人なんて言った?
アラディアさんはめんどくさそうに言う。
「ゲーム全クリ。ストーリーを最後まで進めて裏ボスまで全部倒す。
アイテム使用禁止。ついでに全ミッションノーダメで10回はやれ」
「・・・・・・・はい?」
「このゲームは基本が大事だ。相手の攻撃を避ける。自分が攻撃する。ヒットアンドアウェイ。それの繰り返し。やってみて分かっただろう」
「はい」
「ならノーダメで倒すことも十分可能だ。それを1ミッション10回。
それを全ミッションでだ。時間は腐るほどある。そんなに難しいことでもないだろう」
「・・・・・・全部?10回?」
「ああ」
有無を言わさぬ視線。さっさとやれという目線。
ははは、まじですか。さすがアラディアさん。
このゲームがどれだけの内容なのかは知らないが、プレイしてみた感じ割とよくできてる。
当然中身もちゃんと作られているだろう。全クリするのに数十時間かかるかもしれない。
それを、ノーダメで、全部10回。
遠い目をして、僕と美羽はテレビ画面を見る。
■ ■ ■
個人的な価値観だが、良いゲームは適度に現実と非現実が混ざり合っている仕様が必要だと思う。
リアルなゲームを求める気持ちはすごいよく分かる。FPS等のシューティングゲームだとそれが顕著かな。数発打たれたら終わり。頭部を打てば即死で、出血を止めなければいずれ死ぬ。
だからこそ緊張感を味わえる。現代では忘れられた、生と死の狭間に自分が立っているというそのスリルを。
けれど、あまりに現実に寄せすぎるのも問題だ。
これはゲームなんだから、そもそも現実を忘れるためにゲームをしているんだから。そこを忘れてはならないとも思う。
包帯を巻くだけで体力が治るなんてありえない?もっともだ。けど現実に傷が治るには数日も数十日もかかる。当然、ゲームでそんなに待ってはいられない。というか、もしもそんな仕様のゲームが出来たら間違いなくクソゲーだろう。
現実と非現実。その両者を上手く調和させる点に、良ゲーと呼ばれる基準があると、僕は勝手に思ってる。
だから今僕が遊んでいるこのゲームも、現実と非現実が合わさり難易度は高いが決してクリアできない類ではない、本来であればなかなかに歯ごたえがあり面白いはずなのだが、
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
無。無を宿した目で、僕と美羽は画面を見る。
指が動き、攻撃。ステップで躱す。
防御はできない。相手の攻撃を軽減するだけで、ダメージは負う。
それはノーダメージの縛りに抵触することになる。ジャストガードできれば話は違うんだけど、タイミングがとてもシビアだ。
だから躱す。ヒットアンドアウェイ。一撃与えたら即離脱。
これを繰り返してかれこれ12時間。今僕たちは巨大鳥のモンスターと戦っている。
これで7回目。うちノーダメージ成功は1回だけ。
唐突に尻尾を振り回す攻撃と、前方に蹴りを繰りだす飛び蹴りが厄介だ。これで何回も被弾している。
もはや遊びではなく作業と化している。画面を見る僕たちの目は真剣そのものだ。
何がまずいって、どっちかが被弾したその時点で終わりなんだ。
だから僕か美羽のどちらかが被弾すると、非常に気まずい雰囲気になる。
そして飛んできたのは三連続の蹴り。
一発一発が正確に僕を狙う。けどその間には一回弱攻撃を入れる隙がある。
なので蹴り→回避&弱攻撃→蹴り→回避&弱攻撃→蹴り→回避&攻撃、の三連続を続けることができる。
既に時間は10分経過している。慎重になっている分余計に時間がかかる。
それから2分経過して、やっと巨大鳥は倒れ伏す。
二人して緊張を解き溜息をつく。天を仰いで、あと最低八回はこれが続くのかと絶望する。
一回一回に全神経を集中させているんだ。精神が消耗するよほんとに。
机の上のジュースを飲んで、美羽が提案した。
「蛍、まだ気力ある?」
「尽きかけてるけどまだあるよ。何か作戦思いついたの?」
「作戦なんてもんじゃないけどさ。この際徹底的に極めてみない?」
「というと?」
「立ち回りとか、何回攻撃したら怯むとか、そういうの手探りで調べながらプレイしてみない?
今の私たちってヒットアンドアウェイじゃん。
慎重になりすぎてるからさ、その分時間がかかると思うの」
「つまり、僕たちのプレイスキルを上げればいいってことか」
苦笑しながら言葉を返し、確かにその方がいいかもなと思う。
一々被弾に怯えながらプレイしていては精神衛生上よくない。
美羽の意見に賛同すると、後ろで本を読んでいたアラディアさんが肯定する。
「そうだ。
AI特有の動きっていうものもある。どのタイミングでどんなアクションをするのか。
それを学んで、ていうか想像して先読みする。
自分の中で相手を構築し、脳内でシミュレーションしてみろ」
「シミュレーションですか」
相手がどう動くか。それを想像し独自でシミュレーションする。
確かにAI特有の動きがある。離れていたら近づくか遠距離攻撃。近くにいるのなら近距離攻撃や遠くに移動。その時折で最適な行動を取る。
自分の立ち位置とモンスターの行動パターンを想像する。
想像は得意分野だ。再び怪鳥のミッションを受注し、それを実践することにする。
「ああ、それと、お前らのモチベのためになることを教えてやるよ」
ロード時間中、背後から再びアラディアさんの言葉。
「ミスったら駄目と考えるな。むしろ積極的にミスってけ。そしてミスったら『良し!』って嘘でも喜んでみろ。時間とか、責任とか、そんなどうでもいい事に思考を割くな。
お前らには今まで身に付けたものがあるだろ」
言葉が終わると同時にミッションが始まった。
怪鳥・ペリュトンの討伐。
崩壊した世界へと足を踏み出し、計八匹目の巨大鳥と戦う。
まず周辺の小型モンスターの一掃。これが重要なんだ。戦闘の最中に割って入ってこられたら困る。
ペリュトンの出現位置は大体わかっている。
エリア四に餌を求めて舞い降りる。
鳥の翼と鹿の体躯を持つ殺人鳥。
それに再び向き合う僕たち。
ゲームとはいえ殺し合いであることに変わりはない。
この際被弾したらすぐにリタイアするのは止めだ。美羽が言った通り、自分のプレイスキルを磨くんだ。
CAPCOM様、BANDAI NAMCO様、申し訳ございません。
次回、堅洲国の説明と霞の深奥




