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乳獣母神コヌビ

「ダンカン何をしておる!? はよ逃げるのじゃ!!」


 ナツメの言葉に、竦む足を無理矢理動かし山を駆け上がり始めた私。


「む! 一搾りも交えぬまま逃げるとはそれでも母乳一族か!?」


 槍を構えたコヌビが後ろから追い掛けてくる。馬の足で颯爽と追い掛けてくるその姿に、私は更なる恐怖を覚えた。


「しめたぞい! あそこに小さな穴がある! アレならコヌビも追っては来られまい!」


 岩肌に空いた小さな穴。私が何とか入れる位の横穴ならコヌビも諦めざるを得ないだろう。そう思い穴へと入ろうとした瞬間、私は少し先に見知らぬ幼女が倒れているのに気が付いた!


「ナツメ! 誰か倒れているぞ!!」


「今は気にしている場合ではあるまい!? 己の命を優先するが良い!」


「しかし!!」


 私は二三その場で狼狽えたが、構わず幼女へと掛け出した!


 ―――ドゥ……ン!!


 私の頭上をコヌビが跳んでいき……降り立ったコヌビは幼女と私の間へと着地をした。


「さて、死合を始めると致すか……」


 槍を地面へと突き刺し、指を鳴らすコヌビ。口からは獣臭い息と白いヨダレが激しく流れ出していた。


「ダンカン!!」


「……ナツメ、あの子を救うのが先だ。それは私の命よりも大事な事だ」


「んん……? 何故このような所に娘がおる? 勇ましき戦の邪魔である」


 コヌビが幼女に気が付き、槍先を幼女の服へと引っ掛けヒョイと持ち上げた。


「ま、待ってくれ! その子は関係無いだろう! 離してやってくれ!」


「…………己より他者が気になるか。ならば拙者を退してみよ!」


 コヌビは幼女を大きく投げ捨て、幼女は山道を転げ落ちる様に何処かへと消えていった。私は伸ばした手を虚しく握る事しか出来なかった……。


「ダンカン……」


 私の中で初めて会ったばかりのコヌビに何か形容し難い感情が芽生え始めている。


「!」


 私と会う直前にもその槍で誰かを殺めたのだろう。乳英雄とは、人の命を軽く扱う外道の事なのか……。


「ダンカン! 落ち着くのじゃ! お主の母乳神が目覚める前に憎悪で腐ってしまうぞ!?」


 コヌビはニヤリと笑い。槍を撫でながら野太い声を上げた。


「拙者は目覚めたばかり。母乳一族の血が欲しくてのぅ……先程も幼子を八つ裂きにして飲みほしたばかり」



 ………………


「ダンカン! 嘘じゃ! 奴の言葉を聞いてはならぬ!」


 私の中で『黒い』感情が芽生え大きく育つ!

 生まれて初めて「人を殺してやる!」と願った!


「ヒヒ! 来るぞ……! 貴様唯の母乳一族ではないな!?」


 私の胸がジワジワと伸びる刺青の様に漆黒に染まり、やがて腕や足まで全身に広がり、私の意識までも飲み込んでしまった…………


「いかん吾輩までも飲まれてしまう! ダンカン許せ!」


 最後の刹那、ナツメが肩から離れたのが分かった。私の意識は何処へ行く……? 幼女は……? 奴を…………コロセ!!



「久々に見たぞ……『ヒドイヨナキデチチヲセガムアカサン』になる母乳一族を! これは楽しめそうではないか!!」


「ダンカン…………」

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