ゲームの真実
綾音は自室でもやもやとする気持ちを抑えられず、布団の上で座っていた。
そんな綾音に対して、楓が申し訳なさそうに綾音に声をかけた。
「お言葉だけどさ、綾音ちゃん。美波ちゃんもああ言ってたし、今はしっかり休んで冷静になるべきだと思うよ。」
「そう、ですけど……。」
彼女も頭では分かっていた。
しかし、今部屋にいない彼女のことを想うと居ても立っても居られなかった。
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『最初の世界は、私のものらしい。』
話は数時間前に遡る。
美波は、ほぼ表情を変えずに驚くべきことを言ってのけたのだ。
あまりにも平坦な声で言うものだから、誰も咄嗟に言葉が出てこなかった。
「いやいや、なんでそんな冷静なの? 悪い冗談っしょ?」
「冗談ではありませんよ。この中庭は明らかに私の高校の中庭と同じです。それにグランドも。」
「……そう。」
正直なところ、参加者のほとんどが冷静な彼女の分析に舌を巻くしかなかった。美波は少しだけ考える様子を見せたがすぐに口を開く。
「とりあえず調査は明日から本格的に開始でどうですか?」
「なっ、お前バカじゃねーのか?! ただでさえ時間がないっつーのに!」
千葉が声を荒げた。
しかし美波は全く動じずに平然と返した。
「時間がないのは確かだけど、今ほとんどの人が冷静でない。そんな状況で調査したって大切なものを見逃したり仲間内の喧嘩が起きたりするよ。なら、しっかり休んで冷静になった方が効率がいい。
それに、本当にこの世界が私の記憶に基づくものなら、尚更思考が止まった人たちに闇雲に漁られるようなことはされたくない。」
そのように言う美波の表情はまさに有無を言わせないと言っているようだった。
「そうっすね、リスクのことを考えるとオレも酒門さんの言葉が正しいように思うっす。」
「私も……、今冷静に調査できるかと言われると自信が……。」
梶谷と菜摘が口を開いた。
「そうだな、確かに中途半端な心持ちで人の記憶漁るのも気分が悪いし。オレも、正直時間が欲しい。」
「オレはすぐにでも調べたいけど……、ま、酒門サンがそう言うなら従うよ。」
高濱や荻がだめ押しの同意をしたことで意見はまとまったらしい。
調査は明日朝から開始という意見でまとまった。
解散の流れになった時に美波は久我を呼び止めた。
「久我。」
「ん?」
「行くよ。」
「……いいの?」
「できることはできるうちにしておきたい。」
「分かったよ。」
彼は薄く微笑むと頷いた。
あの、と2人に綾音が声をかけた。
「……美波ちゃん、部屋に戻らないの?」
「少し気になることがあってね。」
「なら、私も!」
「大丈夫、それより綾音は休みなよ。顔色が悪い。」
やんわりと断られ、綾音はそれ以上追及することはできなかった。
久我は少しばかり、彼女を見やると素直に美波について行く。
置いていかれた綾音は自身の無力さと、自身が犠牲になりかかっているにも関わらず冷静さを保つ美波に対して、歯がゆく感じていた。
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「……良かったの? 寿さん。」
「うん、今余計な負担を掛けたくない。」
「、そう。」
久我はそれだけを言うと足を止めた。
「どうしたの?」
「前に、荻くんが隠し部屋のことを言っていたのを覚えてる?」
確か、隠しギミックのようなものと言っていたか。
美波は頷いた。
「それについて心当たりがあるんだけど、付き合ってくれる?」
「……何でそんなことを知ってるの。」
「後から話すね。」
久我の言葉を信じ、ついて行くと彼は奥の階段の踊り場で不意に姿を消した。
何事かと目を見張ると、彼の手が壁から現れ来い来いと手招きをする。
不審に思いながらも、美波も足を踏み入れると、決して広くはないが書籍なども揃った小部屋が広がっていた。
「……何、ここ。」
「やっぱり、コーチに聞いた通りだ。」
「コーチ?」
彼は頷いた。
「僕はね、最後の【箱庭ゲーム】の真実を知っているんだよ。」
「……どういうこと? 世間一般では、外部からのウイルスによりシステム全体に不具合が発生。どこかのルームの尽力によりエラーは解決、犯人も逮捕に至る。そして、犯人のその後は不明、っていう流れだったよね。」
久我はデスクに寄りかかりながら説明を始めた。
「概ねは、そう。ただ、その時ルームで行われていたことがまさにこの状況と類似しているんだよ。」
「……詳しく聞かせて。私たちの誘拐と、何か関係があるんでしょ?」
美波の問いに久我は頷いた。
「……コーチは、当時ルーム89に参加していたらしい。そこで犯人のハッキングによりシステム全体のエラーが生じた。その時に犯人が送り込んだAIはまるで今と同じことを言った。そしてルーム89のメンバーは【箱庭ゲーム】に挑んだらしい。」
「過程と結果は?」
「……まず1つ目の世界、その主を救うためにコーチの先輩が別の男の人を消した。2つ目の世界、その主を救うために動いた女性が返り討ちに遭った。3つ目の世界、恋情の縺れと目撃した人が2人消された。4つ目、ゲーム存続のために男の人が自分の端末で自分を消した。5つ目の世界では、【サポーター】が他の参加者を救うためにコーチと協力して世界を再編した。
最後は残った3人でエラーの原因となった人物をスキャニングして、ゲームクリア。コーチと、最後に残った3人、そして当時ゲームに携わった人物しかこの真実は知らない。」
意図せず、ゲームのようなことを行なってしまった真実に少しだけ寒気を覚えた。美波にとっては、今回の事件は模倣犯の仕業のように思えた。
「ちなみに、犯人は各ルームに自分の分身みたいなものを送ったらしいんだけど、ルーム89では1番最初の犠牲者になっていて、ウイルスの影響を受けにくい状況だったらしい。」
「その時みたいに私たちの中に分身が混ざってる可能性もあるね。【サポーター】とかその分身に特徴はあるの?」
「本来なら【サポーター】は僕たちを助けるものらしいから、自然と手伝いはしてくれるみたいだけど今回はどうかな。分身については、自分の端末で自分のことを【強制退場】できないらしい。で、これは2人に共通することなんだけど、各自が支配できるルームがそれぞれ存在するらしい。そこではその2人以外端末を利用できないんだって。」
「なら、まさにこの部屋がその支配ルームってこと?」
美波が尋ねると久我は驚いたように目を見開く。
「……どういうこと?」
「私の端末は、この部屋に入ってから使えないんだよね。久我は?」
「……君は鋭いね。」
久我は諦めたように苦笑いを浮かべた。
「恐らく僕が【サポーター】か、分身なんだろうね。僕は、この部屋で端末が使えるから。」
「……どっちか分からないの?」
「うん、残念ながらね。それに、僕が気づいたのも、今朝なんだよ。それで、今君の端末の話を聞いてやっぱりね、って感じ。」
2人の間に妙な沈黙が流れる。
「……もし、期限が迫ったら、僕のこと消してーーーってぇ!」
久我が言葉を絞り出すと、間髪入れずに美波がパチンと叩いた。
彼女も反射的にやってしまったのか、申し訳なさそうにごめん、と謝る。
「何で叩くのさ。」
「アンタがバカなこと言おうとしたから。」
美波が悔しそうに、顔をしかめながら言う。
「確かに、現状では【サポーター】か、分身の要素はあるわけだけど。
でも、誘拐されてきたって言う共通点もあるし、ゲームが始まる前に話した内容と矛盾もない。敵意も感じないし、協力する気はあるんでしょ?」
「もちろん。君をみすみす消させないよ。」
「……ならいいよ。とりあえず信用しとく。あまり遅くなってもアレだし、今日は部屋に戻ろう。」
美波が部屋から出ようとしたが、久我は微動だにしない。
流石に不安に感じ振り向いたが、彼は呆然と立ち尽くすだけだ。
「何、エラーでも起こしたの?」
「いや、そうではないよ。まさかそんなあっさり信じてくれるとは思わなくて。」
「信じるも何も、アンタは生きて、私たちに協力しようとしている。消す理由がない。早く行くよ。」
じれったくなった美波は、強めに久我の手を引いて部屋を出る。
その時、背後の久我が嬉しそうに微笑んでいたことは彼女はつゆ知らず。