ゲームのはじまりだ
「オイオイなんだよこれ!」
「やっと皆さん集まりましたね。」
モニタールームに飛び込んできた高濱と石田を認めた梶谷が口を開いた。
その近くでは莉音が不安に耐えきれず肩を震わせながら泣いており、その傍らには菜摘と楓が寄り添っていた。
荻が嬉しそうに笑う。
「で、メールでみんなを集めたってことは何か梶谷クンには心当たりがあるってことでしょ?」
「もちろんすよ。モニタールームに集まってもらったのもこのエラーへの対策っすから。」
梶谷は真剣な表情でモニターに向かい合いながら呟く様子に荻は揶揄うのをやめた。
「さっきから本部の方に連絡をしてるんすけど、全く応答できず、しかもメールもエラーで送信できません。ついでにメールについては個別も送れず、グループでのみ送れるような状態っす。」
「極め付けは空中に浮いている不穏な【danger】の文字、この部屋以外に浮いていたね。」
空中に不穏な文字が浮きはじめたタイミングで美波は久我と綾音とともにいた。
梶谷からのメールにはすぐに気づき、辺りの部屋を確認しながらモニタールームに向かったのだ。
「……アンタが作成した顔認証システム、それについて何らかのバグが発生した可能性は?」
「顔認証システム?」
あの時、モニタールームにいなかった麻結が不思議そうに尋ねた。
「まだ試作段階でモニターを千葉さん、酒門さん、久我さん、寿さんに依頼したんすよ。こっちの本体の方には特に異常は見られませんでしたし、万一端末の方に異常が見られる場合には自動でアンインストールされる予定でした。」
「私たちの方には特に何もなかったよ?」
「なら、おそらくっすけどそれによるエラーは起こりにくいと思います。作成の段階で警告は出ると思いますし、それを作って実際使いはじめたのは今日の午前中っす。」
「……今はもう夜になりかけだもんな。」
千葉が頭を掻きながら呟いた。
それで、と梶谷はキーボードを叩く。
「で、運営の状況もわからないんでさっきハッキングして他のルームの様子も見てみたんすよ。」
「……この数字からわかることは?」
香坂が渋い表情を浮かべながら尋ねた。
「簡単に言うと、他の部屋も運営とは通信が断絶している状態、つまりはエラーで外部と連絡が取れない状態になっている。」
「原因は? ウイルス、プログラム改竄、はたまた運営の操作ミス、なんでもあり得ると思うけど。」
「それは酒門さんのおっしゃる通り、でもそれさえも分からないんすよ。」
美波もふーん、と唸りながら悩む。
それと同時だろうか、ブゥンと不穏な音を立ててモニターに女性のシルエットが映った。女子は数名が悲鳴をあげ、部屋から飛び出ようとする者もいたが、とっさに久我が止めた。
「やめてよ! こんな所に閉じこもってたら頭がおかしくなる!」
「やめるのは君だよ。外の様子がおかしい。」
彼に言われ、美波も扉を覗き込むと、【danger】という文字が化け、世界を構成していたものが何やら漠然と不安定になっているような印象を受けた。
『参加者の皆さん、怯えているようですね。』
「……まるで監視してるような口ぶりだな。」
須賀が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
女性はこちらの声が聞こえてか、はたまた聞こえずか不明であったが、不敵に口元をゆがめた。
そして驚くべきことを口にするのだ。
『この【箱庭ゲーム】は、【スズキ】が乗っ取りました! 参加者、あなた達にはゲームに参加してもらいます!』
「……ゲーム?」
美波が問いかけるように呟く。
『その前に、参加者に相応しくない危機意識に欠けたものを消去しなければいけませんね!』
その言葉とほぼ同時であっただろうか、扉の外から高音の不快な音が響き、世界が揺れる。
咄嗟に近くにいた久我が扉を閉める。
部屋には、参加者の半数以上があげた、驚きと恐怖と、さまざまな負の感情が混じった悲鳴がこだました。
数分もすると揺れは収まり、自ずと悲鳴も収まった。
「みんな、怪我はないか?!」
高濱が辺りを見回して尋ねた。
「なんとか……。」
「うぅ……ぐすっ、なんでこんな事に……。」
「莉音ー、深呼吸だぞー?」
「……扉が開かないね。」
久我が呟くと、須賀と千葉が駆け寄ってきた。
「ぶち破るか?!」
「……今は何もしない方が賢明だと思うよ。小窓から外を見てみなよ。」
「あ……、はぁ?」
そう、千葉の目に映ったのは何もない世界。
真っさらな、雪原よりも白い、何もない世界。
さすがの彼も、言葉を失い固まる。
しかし、久我は冷静にモニターに向かい言葉を発する。
「スズキさん、でしたっけ? 僕たちはどのようなゲームをすればいいんですか?」
「お前本気でやる気かよ!」
高濱が掴みかかろうとするが石田が止める。
一方で久我は高濱に一切興味を示さなかった。
『102ルーム中、ゲームの参加資格を得たルームは67ルーム。その参加者の皆様に今からルールを話します。』
「……スズキさん、なのかな?」
「確かに自動応答っぽいかもね。」
楓が不安そうに尋ねたが、美波は冷静に答えた。
『今からあなた達には【サポーター】を見つけるゲームをしていただきます。』
「……【サポーター】?」
『ええ、【サポーター】とは、本来ならばあなた方の【箱庭ゲーム】を支援する所謂AIの存在。しかし、その【サポーター】にバグが発生しているのです。あなた方にはその【サポーター】を見つけ、【強制退場】をしていただきたいのです。』
「なら簡単じゃねーか! さっさとでてこい!」
千葉がそう言うが、誰も碌に返事をしない。
少々困ったように梶谷は笑いながら答えた。
「確か、っすけど。【サポーター】はより人に近づけるため自覚しないようにプログラミングされているんじゃなかったすか?」
「そうなのかよ……。」
千葉は悔しそうに俯きながら拳を震わせる。
『そして、ゲームには制限時間を設けたいと思います。』
「制限時間……。」
怯えた声で綾音が復唱した。
画面の向こうの影が、微笑んだように見えた。
『この説明が終わった後、モニタールームの外の世界を、参加者の誰かの記憶に基づいて再編します。そして1つの世界に対して、制限時間は4日間。それを超えた瞬間に、記憶を使われた参加者は消滅します。』
「しょ、消滅ってどういうことだよ!」
麻結が取り乱す。
その近くの女性陣も些か顔色が悪かった。
『消滅を防ぐ方法は、3つ。
①【サポーター】を消滅させ、このゲームを終わらせる。
②記憶を使われた参加者当事者が誰か他の参加者を【強制退場】させる。
③別の参加者が他の参加者を【強制退場】させた上で、その参加者がログアウトをする。
以上です。』
皆が解決策を見出せない中で、不敵な笑みを浮かべたシルエットは話を続ける。
『……③において、【強制退場】させた人物がログアウトしなかった場合、その人物以外の参加者が制限時間を迎えるとともに退場する事になります。その時には、残った1人だけは、安心安全でゲームからログアウトできるかもしれませんね。』
何人かの身体がぴくりと震える。
それに気づいたらしい高濱が声を荒げた。
「みんな、惑わされるなよ。絶対他に解決策はあるはずだ。」
「……そうだね。僕もまずは【サポーター】を探すことを優先すべきだと思うよ。」
高濱と久我の言葉を聞いて何人かは同意する声をあげた。
しかし、莉音は真っ青な顔のまま震え、悲鳴のように言葉を発した。
「でも、ここにいる誰かが自分を狙ってきたら? 私たちはどうしようもないですよね? それをしないって保証はあるんですか?!」
「武島さん……。」
「触るな!」
寄り添おうとした菜摘の腕を振り払う。菜摘も怯えたような、悲しげな表情を浮かべた。
しかし、それに恐れず、華が暴れる彼女に優しく触れた。
「大丈夫だよー。少なくとも、華は絶対に莉音の、ううん、みんなの味方だもん。信じれば、きっと救われるよ。」
「そんな……ッ、私……!」
「じゃあまず、華から信じてみてー? それで、どんどん信じられる人を増やしていこー?」
その華の言葉でやっと彼女の震えは止まる。
涙で濡れたぐしゃぐしゃの顔を上げ、華に泣きつく。
「そうだな! 矢代のいう通りだ! オレも武島を信じるぞ!」
「……ッグス、っうぅ。」
須賀の言葉は届いているのか届いていないのか、彼女は矢代の胸の中で涙をこぼすばかりだ。
美波は、梶谷の横に座るとキーボードを叩き、何かメッセージを送る。
それを見ていた梶谷の表情は明らかに曇った。
「……み、美波ちゃん、何したの?」
「声が届かないなら、って。『ゲームオーバーの条件は? 世界から退場した参加者はどうなるんですか?』ってね。」
残酷にも、しかし冷静な言葉に綾音は僅かに表情を歪めた。
そのメッセージが届いたのか、ああ、とシルエットが声をあげた。
『ゲームオーバーの条件は、
①記憶を提供できる参加者がいなくなる。
②【強制退場】させた参加者をログアウトさせられなかった。
以上の2つです。
そして、ゲームオーバーした者は……そうですね、万が一その世界の中で死ねば肉体も死を認識しますし、目覚めません。世界が消えてしまえば、もしかしたらそれきりかもしれませんね。』
ひゅ、と喉がなった。
その場にいた、全員が息を呑む。
『では、皆様、10分後に世界の再編を行います。モニタールームにて暫しお待ちください。質問があればモニタールームよりご連絡ください。』
それだけを述べるとモニターはプツン、と落ちた。
その場を沈黙が流れるが、ふと美波が口を開きモニターを指差す。
「梶谷、他ルームには繋がらないんだよね?」
「まぁ、はい。」
「なら、ここの回線、何に繋がってるの?」
「これはーーー、ぁ。」
小さく梶谷が呟くと、美波と視線を合わせて頷きあう。
「皆さん、希望を捨てるのは早いっすよ。」
「何か分かったの?」
久我が尋ねると彼は頷いた。
「ええ、今酒門さんが指した場所は、他ルームでなくまた別の場所に繋がる回線っす。正体は分かりませんけど、絶対にオレが見つけてみせます。」
「……それに、これは私個人の考えだけどあくまでもゲームって言ってるし、このエラーについては人為的な物。なら、システム自体が死んでるわけじゃないし、ログアウトや【強制退場】したからといって全てが絶望ではないよ。梶谷だってああ言ってるし、できることをやろう。」
腕組みしながら彼女が全員に向けて言うと、なぜか皆が黙る。
その空気をすぐに察したらしい美波は気まずそうに顔をしかめ、久我と綾音を見やる。
「……ちょっと、何か言ってよ。」
「いや、そうだね。酒門さんの言う通りだ。できることを、しっかりやる。それが解決の糸口になるかもね。でも、君がそうやってみんなを励ますのは意外だったかも。」
「うるさいな。」
「ごめんって。」
2人の和やかなやりとりが場の空気を和らげたようで、他の人もちらほら話し始めた。
「そうだよな、美波ちゃんの言う通りっしょ!」
「おー、見直したわ。」
「そうね、私も頑張る!」
「私も、微力ながらお手伝いします。」
美波はほっと一安心した。
ここで誰かがパニックになって揉めることが1番の懸念事項であったからだ。
時計を見ると10分。
彼女は小窓から再構築された世界を認め、嘆息をつく。
「……まぁ、幸い最初の世界はそう心配ないから。」
「どういう、こと?」
美波は扉を開け、躊躇なく外に出る。
須賀や高濱が止めようとしたが彼女は遠慮なく進み、中庭、そしてグランドを一瞥した。
そしてやっぱり、と呟いた後に全員にあっさりと告げた。
「これなら全員冷静に動けるね。」
「……どういうことっすか?」
「まさか、」
綾音の顔がさっと青くなる。
そう、彼女らの想像通り。
なぜならここはーーー。
「最初の世界は、私のものらしい。」
美波はそのように言いながら、自分たちを嘲笑うような青い空を睨みつけたのであった。




