穏和と懐疑
約束の16時。
一部集まりの悪い者もいたが、大方が高濱と須賀により集められた。
報告会を行なったが、何か目新しいものが見つかったかといえばそうでなく、ここが改めて【箱庭ゲーム】を忠実に再現した世界だということを再認識しただけであった。
美波と久我、千葉以外は大方が配置を既に知っており、特に不便も感じないらしい。美波と久我はともかく、千葉は配置をあまり憶えていないらしく、B棟の部屋の位置があやふやらしかった。
そして仮眠室を宿泊部屋にすることを楓が提案し、割り振りについては、男子が久我、梶谷、千葉、須賀と荻、香坂、高濱、石田の2部屋、女子が美波、綾音、楓と華、莉音、菜摘、麻結となった。
そして高濱が提案してきたBBQについては滞りなく準備が進められていった。
「加藤さん、働かざる者食うべからずという言葉をご存知ですか?」
「ごめんってぇ……、働くつもりはあったんだよ……ただちょっと手が止まっちまって……。」
「それを言ったら香坂サンの方がよっぽどだよ。」
「ふん、オレは言われたから来ただけだ。」
「つーか、屋外でわざわざチェスなんてすんなっての。」
温室横のデッキでチェス盤を広げてひと勝負している荻と香坂に対して、千葉がトングをかちかち鳴らしながら呆れたように言う。
一方で華と莉音は非常に仲良くなっており、楓と綾音に布教しているようだった。須賀はその光景を見ながら、梶谷に何かを話しており、梶谷はうんうんとリズムよく頷くばかりだ。
美波は、楽しそうに過ごす皆の姿を見ながら少し離れた場所に腰掛けていた。
「どう? 楽しんでる?」
「……少し疲れた。」
「顔に書いてあるよ。」
感情を隠すことをせずに言うと、久我は仕方なさそうに笑う。
「そういえば、ログインルームでの話、いつするの。」
「そうだね……今だとみんないるし、寿さんがこっち来たそうにちらちら見てるから難しいかもね。」
明らかに助けて、とメッセージを送ってくる綾音に苦笑する。
手招きをすると嬉しそうに顔を綻ばせ、何やかんやと3人に言って抜けようとし始めていた。
「なら、明日デートって銘打ってみる?」
「そんなの加藤のパパラッチがつくに決まってるじゃん。アンタ、頭のキレは良さそうなのにアホなこと言うね。」
「えぇ、加藤さんパパラッチなの?」
彼は楽しそうに笑う。
「じゃあ明日の夜待ち合わせしようよ。B棟の1番奥の個室とか。」
「……そうだね、うまくやるよ。」
「やっと抜け出せた〜。」
ちょうど約束を取り付けたところで綾音となぜか梶谷も一緒にこちらへやってきた。
「おっ、お2人さんもお熱い感じっすか?」
「バカ言わないでよ。加藤に絡まれる。」
「ぶはっ、どれだけ加藤さんに絡まれるの嫌なの?」
久我が腹を抱えて笑う。
穏やかで落ち着いているような雰囲気であったため、こんな風に子どもっぽく笑うのは少々意外に思った。
「えと……私は応援するよ?」
「だから……はぁ、もういいよ。」
美波は面倒なことに頭を抱えた。
あれ? と事態を把握していないらしい綾音は首を傾げていた。
「というか梶谷くん。も、ってことはどこかにお熱い2人がいるの?」
「ああ……須賀さんっす。ほら、あそこ。」
彼が指差す先を見ると、暗い中でも明らかなくらい真っ赤になりながら何やら話しかける須賀と、こちらもまた真っ青になり怯える莉音がいた。
「えと、お熱いのは須賀さんだけな気がするよ……?」
「確かに、武島さんはむしろブリザードっすからね。さっきまで須賀さんがオレに相談してきてたんすけどオレもよく分からないからとりあえず話しかけてきたら、って言ってみたっす。オレも恋愛はからっきしっすからね。」
「アンタは残酷なアドバイスをするね……。」
美波は気の毒そうにその光景を見ていた。
あのままでは、須賀の好感度は地につくことが明白だ。
「そういえばお三方に声かけようと思ってたんすけど、明日モニタールームで、プログラム組んでみようと思ってるんすけどどうっすか? 箱庭ビギナーの千葉さんも来るんすけど。」
「へぇ、興味あるな。」
「僕も。前のゲームだと、ゲームの中でプログラマーとして働く高校生もいたらしいし、色々と機能はありそうだよね。」
「2人が行くなら私も行こうかな……?」
「よし、決まりっすね!」
彼は嬉しそうに微笑む。
BBQもそこそこで終わり、皆片付けに入る。
シャワーは男女別に1つずつ使うことになり、順々に入っていった。
美波たちの部屋は後半に入る組であり、じゃんけんで順番は決めたため、楓、美波、綾音の順で入ることになっていた。
シャワーから上がり、部屋に戻ると楓は何やら読書をしていた。
「お疲れ様。今日は楽しめた?」
「まあまあだよ。そっちは?」
「私は楽しかったよ。」
彼女も満足そうに笑った。
「でも、美波ちゃん凄いよね。まだ会って間もないのに綾音ちゃんや久我くんと仲良くなって。しかも梶谷くんも明らかに3人に懐いてるし。」
「前者はともかく、梶谷は誰にでもあんな感じだと思うけど。」
「そうかな? 千葉くんとも仲良く見えたけど……千葉くんも加えて、あなた達に対しては特別、って感情が読み取れたよ。」
「よく分かんないな。」
長い髪をくるくると巻きながら美波は唇を尖らせて誤魔化した。
「本山はこのゲームで何かしたいことでもあるの?」
「おっ、初めて話題を振ってくれたね。」
嬉しそうに笑うとうーん、と悩み始める。
「そうだね、私は自分の身内が【箱庭ゲーム】に参加しててさ。彼女、凄く【箱庭ゲーム】のこと好きだったから、復活しないかなって思ってたの。まさか自分がモニターに選ばれるとは思っていなかったけど。」
「……そうなんだ。」
「美波ちゃんは?」
彼女が首を傾げながら尋ねる。
まさか攫われてここにいる、などとは口が裂けても言ってはいけないことだろうと考える。
「兄さんが私の端末使って会員枠抑えてただけだよ。私自身は【箱庭ゲーム】に興味はないよ。」
「参加したいとも?」
「思ったことなんてないよ。私のやりたいことは私の世界でやるから。」
「かっこいいね……。」
彼女は目を輝かせながらいう。
加えて、それに、と言葉を続ける。
「美波ちゃんは強いね。」
「……別に、それに本当に強いっていうのは、」
美波はそこまで口を開くといや、と口を閉ざした。
「えー! そこまで言ったなら言ってよ!」
「いらないでしょ、主観の話だし。」
楓がわーわー騒いでいると、不思議そうな顔をしながらも綾音が控えめに扉を開いて入ってきた。聞いてよ! と綾音に詰め寄っているが、彼女も口角を引きつらせてまぁまぁというばかりだ。
ここに来るまでの過程を踏まえると、穏やかでなさそうであったが、いざ蓋を開けてみるとこの世界はどうやら平和らしい。
とりあえずのところ、そんなに気を張らなくていいか、と美波は自分の布団を広げる。
明日、その考えは間違いだったと思わざるを得ないエラーが発生することを、美波はこの時全く予期していなかった。




