首謀者の思惑
「酒門さん、千葉さん、【寿さん】!」
梶谷は目を覚ました途端大声で叫ぶ。
自身の所在は相変わらず隠し部屋らしい。
ログアウトできていないということは、どういうことであろうか。
先程まで【綾音】が映し出されていたPCは【セーフティモード】になっており、特にこれといったものはない。
そしてもう1つ、いつの間にか久我の端末も消えているのだ。莉音が、千葉の残したノートをしっかりと抱えていることに安堵する。
「どうやら、元の【箱庭ゲーム】の世界らしいよ。」
「石田さん!」
先に起きていたらしい彼は出入口に椅子を突っ込んだり取り出したりと様子を見ていたらしい。
うう、と楓から唸り声が聞こえる。
「……あれ、ここは隠し部屋? ゲームは?」
「まだ終わってないみたいだよ。ほら武島も早く起きて。」
石田が揺すると、もにょもにょと何かを呟きながら彼女は起き上がった。
「……う、さっきは何が起きたの、」
「どうやら世界が切り替わったんすかね? とりあえずモニタールームの方に行ってみます?」
「そうだね、ならさっさと行こう。」
彼は躊躇いなく隠し部屋から出た。
さすがは特攻隊長、と思いつつ梶谷も、楓とともに莉音を支えながら部屋から出た。
屋上から出ると、似つかわないほどに穏やかな天気の【箱庭】が広がっていた。
4人は屋上からモニタールームに向かう。
決して電源が切れている、ということはなく正常に動き始め、モニターは以前のような問い合わせの際の画面が表示される。
「……これって元の世界に戻ったんだよね?」
「誰かの記憶、ってことは無さそうだからね。といってもB棟は見てないからはっきりとは言えないけど。」
梶谷の作業を見守りながら2人が言葉を交わす。
一方で莉音は黙々と千葉の残したノートに目を通している。
「あ、繋がったっす……。て、」
『あ、繋がったよ!』
画面の向こうの声と梶谷の声が重なる。
『君が梶谷くん? 映像は見られないけどこっちの映像は見えてるかな?』
「見えてます!」
良かった、と黒髪の清楚な女性は微笑んだ。
『初めまして、私は乙川恵、かつての【箱庭ゲーム】の参加者です。』
「恵って、確か3つ目の再現で、【強制退場】させられた人が繰り返していた名前じゃ……。」
ふと顔を上げた莉音が指摘する。
確かにそうだ。
その横から、線の細い男性がひょっこりと顔を出した。
『僕らの時と違って4人か。初めまして〜、千藤春翔だよ〜。君たちの身体はもう1人の参加者の舘野琴乃が上手くやってるから安心してね。』
「……千藤も、2つ目の再現で出た名前だよ。」
「5つ目の再現の時に風花さんが3人、って言ってたから必然的に舘野さんがその3人目かな。」
莉音と石田の言葉に梶谷は頷いた。
『さっそく本題なんだけど、そちらに起きていることを説明するね。
さっき【スズキ】本体の身柄を確保して、あなた達の体の安全も確保したんだけど、【スズキ】が負け惜しみでウイルスを放ったみたいで、あなた達のログアウトができないの。』
「あなた達って、何百人も被害者いるんすよね? それが全部?」
『あー、そこから勘違いしてるわけ?』
楓の言葉に千藤が手を止めてこちらに向き直る。
恵は仕方なさそうに画面の半分を譲った。
『そもそも事件の全貌を君たちは分かっていないんだねぇ。今回の【箱庭ゲーム】は、君たち14人の誘拐が行われて、かつて使用されていた【箱庭ゲーム】の残骸に14人だけかけられてるってわけ。
つまりは誘拐されたのは君たちだけなんだよ。だから何を見せられたかは知らないけどそれはまやかしってこと。』
「……つまりは今まで見てた他のルームの動画とか、残ってる部屋数とかは。」
『全部嘘だろうね! 過去の箱庭と同じような環境を作るための!』
これで自身が調べていた【箱庭ゲーム】の構成の疑問が解決した。
そもそも自身達のワンルームしか存在していなかったのだ。考え込む梶谷の裾を莉音がちょんちょんと引く。
「……ちょっと、今千藤さん、14人って言わなかった?」
「確かに。」
梶谷は向き直る。
「千藤さん、オレ達は15人すよ。ルーム構成も15人す。」
『ええ? バイタルは14人分の表示しかないけど。ねぇ、舘野さん?』
『そうだね〜……何でかな?』
『単純に14人しかいないってことでしょう? 君馬鹿なの?』
キーキー画面の向こうで喧嘩を始める2人を無視して恵が話を再開した。
『おそらく、前の【箱庭ゲーム】と同じ。15人目は、架空の人物。誰かの記憶を模した人。私たちの方からカプセルに入ってる人は見えないから誰とは明言できないんだけど。
……千藤くん、参加者14人を一箇所に集めることでまとめてログアウトさせられないかな?』
彼女は少し思案するとすぐに打開策を背後の千藤に打ち明けた。
引っ掻き傷をこさえながらも彼は真面目な顔でモニターに向き直る。
『できないことはないけど……、でもその場に15人目がいたら恐らくバグるよ。どっか別のとこにいてもらわないと。』
『…….そうだね。梶谷くん、提案なんだけど。』
「はい、」
彼はゴクリと唾を飲み込む。
このスピード感に追いついていけず緊張してばかりであった。
『15人目が誰だかわからないけど、その人を別空間に分けて、他全員が同じ場所に集合するってことできそう?』
「……できるできないじゃなくて、やります。それしか方法はないんすよね?」
『そうだね、15人目と君たちが一緒にいる時点で私たちは君たちのアバターを操作することができない。隔離されてくれればその空間と一緒に15人目を消しちゃうんだけど。』
「でも、15人目さんも、仲間だったんですよね? それは……なんか、」
莉音が眉をひそめてぽつぽつと語る。
同じように、【サポーター】であった赤根茉莉花を失ったことのある3人は僅かに悲しげな表情を浮かべた。
『……私たちも、かつて【サポーター】だった【赤根茉莉花】さんの犠牲があったから、今ここにいる。私たちだけじゃない、多くの高校生たちは彼女のおかげで救われた。
彼女は、彼女の元データになった人に、『……私は生まれて良かったって、幸せだった、と思う』って言ってくれた。だから、私たちは今でも忘れずに、いる。心の中で生きてる。』
恵の横から見慣れない顔がひょっこり出てくる。
かつてより落ち着いた髪色であるが相変わらずの長髪だ。垂れ目の彼女は優しく微笑む。
『綺麗事かもしれないけど、想いはデータでも、リアルでも、死なないよ。私はそれを知ってる。』
「……乙川さん、舘野さん、」
莉音は2人の言葉を受けて頷く。
そこに現実をぶつけてくるのは、もちろん千藤の役割だ。
『2人が名言を言ってるところ申し訳ないけど、【スズキ】が放ったウイルスは確実に君たちを害するものだから、正体がわかったら容赦なく潰さなきゃダメだよ。石田くん、だっけ? 君、何か妙なデータ持ってるよね?』
「……もしかしてこれですか?」
石田が差し出したのはUSBだ。
間違いなく【赤根】にもらったものである。
『15人目にはそれが身体のどこにでも刺すことができる。見つけたら迷わず刺すんだ。体格のいい君ならできるね? 最年長なんだから頑張りな。君の仕事だ。』
「……勿論。」
さすがの石田も少し躊躇いを見せたがすぐに振り切ったように頷く。
『他の3人も、必死に考えるんだ。僕たちも必死に考えて、君たちを助ける。それが僕ら大人の役目だ。』
「「「はい。」」」
『もし何かわからないことがあれば、モニターから呼んでほしいです。全員の端末を繋いでもらえる? そこからみんなの会話を傍聴できるようにするから。』
「分かりました。」
梶谷が順々に4人の端末を繋ぐ。
その間にも彼は思考を止めることはない。ずっと、引っかかっていることがあった。
『ちなみに、この世界は継ぎ接ぎみたいな世界だから、過去の色んな人の世界があると思う。どうにか、【スズキ】さんと繋がりのある人を見つけてね。』
恵の言葉を受けて4人は最後の調査に向かう。
「……良かったの、あれで。」
ダストボックスのデータを展開させる千藤は恵に尋ねる。
「大丈夫。それにあの【スズキ】さんにも、たぶん1番会いたくない人を仕向けているから。痛い目を見られると思う。」
「……、悪い顔。」
バイタルが安定した画面に向き合った琴乃は、彼女こそ悪い顔で微笑んだ。




