守るべきものと託すもの
「……千葉、頼みがあるんだけど。」
顔色の悪く、汗を異常なまでにかいている酒門がそばに付き添っていたオレに声をかけたのが始まりだった。
酒門は今まで存在していた隠し部屋の場所について語った。驚くべきことに倉庫の天井にあったらしいが、トイレに行った時確認したら無くなっていたそうだ。
隠していたことに内心では腹を立てていたが仕方ない。
「たぶん、隠し部屋は温室か屋上にあると思う。
でもこれからは本山が付き添いになるから、……もし見つかったら、倉庫のアンタが隠れてた場所に詳細の場所についてメモを貼ってほしい。待ち合わせは温室。合図はお見舞いにコーヒーを持ってくること。
それと、隠し部屋が見つかったら梶谷とアンタの端末を入れ替えてほしい。」
「何でまた。」
「あの端末には、【綾音】が入ってる。」
「……!」
追及したかったが、部屋の外に人の気配を感じた。案の定本山が入ってきたから、その会話はそこで終わった。
酒門が何を考えているかは分からないけど、アイツが言うってことは何か策があるのだろう。
そして梶谷でなく、オレを選んだこと。それがこの場に似合わず嬉しく感じた。
調査を進めると、屋上の非常用発電機の上方に隠し部屋があった。
正直なところ半信半疑だったから驚いた。
約束通りメモを貼った。
梶谷にヒントだけ与えて、オレは行動に移る。
2人が寝静まった後、温室に向かう。
正直なところ暇だったから何度も何度も、前回の箱庭ゲームにおける5つ目の事件のやりとりを見続ける。
もしかして酒門はこの【赤根】と同じようにアバターの乗り換えを考えているのだろうか。それは全く以って構わないのだが、何か引っかかった。
「ごめん、遅くなった……。」
「お前、大丈夫かよ。」
より体調の悪そうな酒門が紐を片手に身体を引きずりながら温室に入ってきた。酒門は身体を引きずりながら植物の奥にあるPCに向かった。
「お前、アバターの乗り換えをする気か?」
「……アンタには悪いと思ってる。でもーーーー。」
「なぁ、それは危険じゃねーか?」
オレが珍しく静かに反論すると、彼女は目を見開いた。
「悪いけど端末はまだ交換してねーよ。
でもアバター交換ってのは前のゲームでも行われたことなら【スズキ】も予想してんじゃねーかな。」
「……なら、どうすれば。」
彼女は心身ともに衰弱しており素直にこちらに尋ねてきた。
「こう、アバター交換をしたことを装って、逆にオレが酒門を【強制退場】させて、こう、【スズキ】の思惑と違うことをするっつーのはどうだ?
だって、アイツ何かたくさんの人間を利用してやっと作り上げたゲームで、オレらのゲームのエンディングがうんちゃらって言ってたろ?
なら理想があるはずだよな? それがこの前回のゲームだったとかは考えられねーか?」
話し出した時は適当であったが、話しているうちに自分が言っていることが案外的を射ているのではないかと思い出した。
恐る恐る酒門の顔を見てみると、彼女も存外納得しているようで、驚いた顔をしていた。
「……アンタ、案外頭いいね。」
「おま、失礼すぎか!」
ふ、と彼女が笑った時だった。
咳き込んだと思いきや口元から血が出ていた。
オレも、酒門自身も驚いた。
「とりあえずオレに任せろ! 酒門の端末寄越せ!」
「……分かった。任せる。」
オレは無我夢中で自分の部屋に戻った。
梶谷の端末と、酒門の端末に時間を記載して、交換して戻ると酒門は自身が動けないことを察しているのか武島を運んだ時と同じように紐を組み合わせてくれていた。
梶谷のためにオレは靴にメッセージを残そうと提案する。代わりの靴を倉庫から持ってくる間に酒門がメモを書いてくれたらしい。
それを草陰に放り、オレが最後にひと縛りし、酒門を背負う。
正直武島より重いし、下るのより上る方がしんどかった。
でも、これを果たせば、オレのやることは終わりだと内心で鼓舞する。
屋上に何とかたどり着き、そのまま隠し部屋に転がり込んだ。
幾分か酒門の顔色が良くなった気がする。
「……【綾音】。聞こえる?」
「お前、梶谷の端末の解除番号知ってんのな。」
「盗み見たからね。」
『美波ちゃん! ……どうしたの? 顔色悪いね?』
【寿】は相変わらず寿とそっくりで見るたびに戸惑ってしまう。
「……見ての通りだから、説明してる暇がないんだ。今から話すことを、お願いしたい。
世界の改変と、隠し部屋のオプション変更。それと、私の【強制退場】。」
『……。分かったよ、きっと綾音は美波ちゃんを信じてるもんね。』
一瞬悲しげな顔をしたが、一変。彼女は笑顔で言ってみせた。一方で、酒門はかなりの疲労のためか、ついいつものポーカーフェイスが崩壊して、泣きそうな顔をした。
『じゃあ私の操作をよろしくね。それが終わったら、【強制退場】してね。』
「……ありがとう。」
2人の円滑な作業を見守っていると、恐らく数時間でそれは終わった。オレは倉庫にある本を読んでいた。
「千葉、アンタの出番だよ。」
「ああ、任せろ。」
「もう遺言は【綾音】に任せたから、アンタもログアウトまでの時間に残しておくといい。」
「遺言はやめろよ。」
オレがすかさずツッコミを入れると、彼女はいつぶりだろうか穏やかに微笑んだ。
「なぁ、1つ聞いていいか?」
「何?」
「……お前は、ここから出たら何がしたい?」
明らかに何言ってんだコイツって顔をした。
腹立つな。
「……オレは、向こうで目覚めたらお前らに会って、そんでもう1回友だちになりたい。覚えてなくても、だ。もし、会えたらオレはたぶんまた寿を好きになるかもしれない。」
『へ?!』
後方で驚いたような声がした。
酒門は察していたのか、対してリアクションはなかった。
「私も同じだよ。綾音と友だちになって、アンタらを冷やかす。あと久我を殴る。」
「鬼か。」
「あと梶谷にも謝らなきゃね。私ら約束守ってないし。それとーーーー。」
酒門の続けた言葉にオレは驚く。
それはもう少し先に言っておくべきではなかったのか、彼女は随分と不器用だ。
「じゃあ、また目覚めたらな。」
「うん。よろしくね。」
それだけを言うと、アイツは目の前から消えた。
当たり前だ、オレが消したのだから。
『千葉くん、もう君はここから出ちゃダメだよ。』
「分かってるよ。」
大丈夫、アイツらなら。
オレは信じてゆっくりと座りながら、いつ消えるか分からない不安を抱えつつも、【寿】への独白を始めた。
隠し部屋の先には、やはりと言うべきか予想通り誰もいなかった。
それはそうだろう、美波は【強制退場】され、千葉はログアウトさせられたのだ。
もちろん、今まで己の手に収まっていた端末はない。
隠し部屋に転がるのは、梶谷の端末と、かつて美波たちと共有した久我からのメモとなぜか消えることのない彼の端末だ。
梶谷はそれらをゆっくり拾い上げる。
他の3名は初めて入る隠し部屋に戸惑いながら辺りを見回していた。
「……【寿さん】、いますか?」
電源をつけて呼びかけると、画面の中には見慣れた彼女の姿が現れた。
3人も周りからその画面を覗き込む。
【綾音】は涙を静かにポロポロと溢しており、嗚咽を漏らしていた。
『……ごめんね、梶谷くん。2人を止められなくて。
でも、』
「分かってます。2人が、【寿さん】が、ここに参加したメンバーを救うためにやったことだって。
オレもそっち側だったら迷わずに決断しましたよ。」
【綾音】が苦しそうにしながらも頷く。
梶谷は今まで4人で語った推理について、【綾音】に伝える。彼女は首肯しながら聞いていた。
『概ね合ってるよ。……でも本当に千葉くんが言った通りになったね。梶谷くんなら分かってくれる、ってずっと言ってたし、何ならログアウトの瞬間ガッツポーズしてたよ。』
「何かイメージ変わっちゃうな。」
「オレも。」
3年生2人は少し残念なものを見るような顔に変わっていった。
「概ね、ってことは何か当たってないこともあるんすよね?」
『うん。』
彼女はあっさりと頷いた。
『周辺機器の電源と、端末の電源については2人は何もしてないはずだよ。美波ちゃんは私を起動する時、電源オンからロック解除まで間は殆どなかったから入れ替えたあと、何者かによって行われた。
……4人の誰かがやったのか、外部からの侵入者がいるのかは分からないけど。』
4人の間を不穏な空気が包む。
ふ、と【綾音】は口元を緩める。
『そんなに気を張らなくて大丈夫。
例え、誰が何をしてようとも、議論をして、疑い合って、その先に信頼がある。
今までもそうだったでしょう?』
「……そっすね。酒門さんたちも、やってきたことだ。」
『うん。』
彼女の言葉に梶谷は肩の力を緩める。
「でも、さっきの議論で【スズキ】の思惑は上回った訳ですし、全員無事にログアウトできるはずですよね?」
『わからない。現状外部からの応答はない。
でも、このままいけばこの世界の終わりと同時に【箱庭ゲーム】は終焉を迎えるはずだけど。
もう一度、私を本体の方に繋いでもらえるかな?』
「分かりました。」
『あと久我くんの端末に色々入ってた情報を千葉くんが事細かく拾って記載してたからそのノートも興味あれば見ておいてね。』
「これですね。」
その役割を勝手出たのは、現在の世界で細やかさを発揮した莉音だった。
『それとね、梶谷くん。
君は酒門さんに対して何か思うところはなかった?』
「え、久我さんを敵に回したくないんすけど。」
「……そういうことじゃないと思うな。」
呆れた楓のツッコミに我に返り、思い返す。
ふと、先程の議論で思い出したことを口にする。
「オレ、何となく酒門さんを知ってる気がするんす。」
『何だ、覚えてるじゃない。』
【綾音】はクスリとお姉さんのように微笑んだ。千葉がいたら恐らく赤面ものだろう。
『梶谷くん、一度だけプログラミングの大会で誰かに負けなかった?』
「……ぁ、女の子に、」
そうだ、自分は酒門美波と既に出会っていた。
何で思い出せなかったんだろう。
思えば、1番最初の世界、彼女の部屋で一瞬見たではないか。2人で授賞式の後撮った写真を。
ーアンタは、未知のものに対して怖いとかないの?
ーない! そんでもって、アナタが作ったプログラムなんてすぐに超えてやる!
その時、彼女の目が見開き、微笑んだ後小さく『私には無理だ、尊敬する。』と年端に似合わぬ言葉を溢していた。
彼女は、それを覚えていたから自分に無償の信頼をくれていたのだ。
なのに自分は、彼女がいるうちに返せなかった。
千葉だって同じだ。
彼が端末のロックを変えてくれなければ、そもそも自分の顔認証システムを受け入れてくれてなければ、2人の作戦を自分が察すると信頼してくれていなかったら、今回のことだってできなかった。
「……オレは、どれだけあの人たちから沢山の信頼を貰っていたんすか。」
頬が冷たい。
この正体は涙か。
つられてのか、傍らでは莉音も静かに涙を溢していた。
【綾音】はその様子を確認すると、梶谷の端末から本体の方へと移動していった。
だが、この空気は長く続かなかった。
突如画面全体に【error】の表示が出る。梶谷は慌てて涙を拭うと画面に食いついた。
「【寿さん】?! 何が起きたんすか?!」
慌てた表情の【綾音】が映り出された。
『【スズキ】さんが箱庭ゲームの世界を消すためにプログラムの変更を行なったみたい! でも、外部から物凄いスピードでプログラムの再構成がなされてるよ! ……たぶん、』
そこで彼女は口を閉ざした。
『とにかく、4人はこの部屋に留まって! 次の世界に行くことでみんなのアバターを守るから!』
「待って、寿さんはどうなるんですか?!」
「そうだよ、早く梶谷くんの端末に……!」
彼女は驚いた顔を浮かべたが、ふと微笑むと拳を握った。
『私だって、美波ちゃんや千葉くんが守ろうとしたものを守りたい。寿綾音なら、そうするから。
石田さん、そっちの端末の【綾音】も入れてもらえる? 処理速度が間に合わないから。』
「……分かった。ありがとう【寿】。」
無情にも作業を行う彼は淡々と述べた。
その礼に彼女はうん、と小さく頷くと2人になった彼女らは人力では追いつけない速度での処理を始めたのだ。
そこで、4人の意識は途切れてしまう。




