解決編⑤ -後編-
「か、梶谷くん! 結局どういうことだったの?
あの後【スズキ】さんとの通信切れちゃったけど。」
そう、あの答え合わせの後、モニタールームの電源は落ちた。
何かしたわけではないのだ。千葉のログアウトを合図にしたかのように真っ暗な画面になってしまった。
3人は梶谷に招かれ、倉庫に向かっていた。
「言った通りっす。前日、千葉さんからオレはあの人の端末がオレの顔で開けることを聞いていました。だから開けない時点で、ログアウト対象者はオレか千葉さんって絞れてました。そして、【スズキ】が酒門さんを【強制退場】の対象にしたいことも分かってましたよ。」
「どうして、って聞いていい?」
楓が尋ねると、彼は苦笑いした。
「だって、酒門さんが自身を【サポーター】にするなんて暴挙、見逃してんすよ。この世界では確実に彼女をログアウトさせたかったでしょうよ。自分の筋書き通り進めるために、彼女へあれだけの体調不良を招いた。結局のところ、アイツはオレ達を思い通りに動かしたかっただけなんすよ。」
鼻で笑いながら倉庫の扉を開く。
石田が目的のものを倉庫の奥から運び出しながら尋ねた。
「結局のところ、あの推理はどこまでが正しくてどこからが外れ?」
「……周辺機器の電源をつけたのは酒門さん、端末を入れ替えたのは千葉さんでしょう。それに隠し部屋を探そうとしてたこと、紙面でのやりとりもあってるはずっす。問題は紐。今から向かうところを踏まえれば分かりますよね?」
「この紐は拘束のためでなくて、体調の悪い酒門さんを背負って屋上に行くための?」
莉音の言葉に梶谷は頷いた。
結局のところ、この紐の活躍どころは莉音を屋上から下ろした時と同じだったのだ。しかもその時背負ったのも千葉、効率の良い固定の仕方は覚えているはずだ。
「温室のPCは恐らくフェイク。いや、もしかしたら本当に酒門さんが操作したのかもしれませんけど。引きずった跡は操作しててあの狭いところで倒れた彼女を運び出すため、血はどちらかが怪我して擦れたんでしょう。」
「なら靴は?」
「靴はただのポストっす。これが入ってました。」
調査の時、靴から取り出した手紙を渡す。
この状況に違和感を覚えた梶谷は靴を手に取り、中を覗き込んでこの知らせを得たのだ。
石田にそのメモを手渡す。
「『あとよろしく。』ね。」
「……筆跡を見れば、容易に分かることですよ。
字の上手い下手は置いておいて、こんなガタガタの字列は、【千葉さんの性格】を考えれば可能性は限りなく0です。」
石田から紙を返してもらうと、梶谷は大切そうにそれを懐にしまった。
それを莉音は華のことを思い返しながら見つめる。
「これを見た時点で、酒門さんが【強制退場】をしてることやアバターの書き換えもしてないこと、すぐにわかりました。そこからロジックを組み立てて……、正直皆さんからの反論が怖かったところですけど、1番痛いところ突いてくる石田さんが比較的黙っててくれたので。」
「……別に、2人が揉めるとは考えにくいし、その意図に気付けるのは梶谷だと思ったから。」
「つまりは私たちは言い負かすことができると思われてたわけだね……。」
「はは、すまねっす。」
楓の言葉にあっけらかんと答えてみせると、莉音と楓は肩を竦める。
「梶谷くんいい人には間違い無いけど底意地悪い……。」
「そんな本気のトーンで言わないでください……。」
そんなやりとりをしていると、いつの間にか目的としていた屋上への梯子のもとにたどり着いた。
石田が持っていた梯子を立てかける。
「事件の全貌としては、恐らく何らかの理由……酒門さんの限界か、隠し部屋が見つかったことか、分かりませんけど2人は協力して温室のPCからアバターの書き換えを行おうとしたことを装った。
それを誤認させたのち、隠し部屋に移動、それから酒門さんの【強制退場】を行なった。
隠し部屋は確実に【スズキ】からの干渉を受けないところであり、どちらが【強制退場】もしくはアバターの書き換えを行ったか分からないっすからね。」
「でも冷静になれば、美波ちゃん達の目論見はバレそうだよね。」
「今回の世界の件や、前回の世界の件も含め、【スズキ】は間違いなく苛立ってて焦ってました。メッセージのやりとりをしていた酒門さんは如実にそれを感じていたはずっす。彼女がこのチャンスを逃すわけがない。
……それに今回の世界のことも含め、【スズキ】にとっての何らかのアクシデントが重なっていたはずっすよ。」
「……でもそれは明らかにしなくていいんだよね?」
「それは今から聞きに行くことっすよ。」
ゆったりと梶谷は屋上を指さした。
梶谷、楓、莉音、石田の順で登っていく。相変わらず莉音は泣き言を溢しており、初めて上るらしい楓は顔を真っ青にしながら下を見ない、という言葉をぶつぶつ繰り返していた。
それを下から石田が呆れたように見ていた。
順に屋上に上がる。既に2名は疲労困憊だが構っていられない。
「じゃあここのどこかにある隠し部屋を探しますよ!」
「でも何で屋上に隠し部屋があると思ったの? こう言うのも何だけど、偶然あの紐をとっただけで別の用途やただ単に移動に使った可能性もあったよね……?」
さっさと探し始めてしまった石田と何とか腰を上げた楓を尻目に莉音が梶谷に尋ねる。
梶谷は未だへたり込んでいる彼女に手を差し伸べながら答えた。
「アレは決して偶然ではないと思いますよ。……どっちかはっきりは分からないっすけど、紐を準備した人はあえてアンタを運んだものと同じものを選んだはず。
武島さんが、答えに辿り着くか、オレの仮説を信じるヒントになるようにって。」
「……酒門さん、千葉さん。」
彼女は目尻からぽろりと涙を溢す。
しかしそれをなかったことにするかのように目元を強く擦ると梶谷の手を取り立ち上がった。
「2人とも、あったよ。」
石田の声は非常用発電機のすぐ近くから聞こえた。
正直なところ、話を聞く限りだと、予想通りといった感覚である。
「ここ、発電機の上の部分。踏み台使わないと3人は入れないかな。」
「やっぱり。石田さんはここから出たUSB貰ったんじゃないっすか?」
「何でわかったの?」
彼は目を丸くして尋ねた。
ぼんやりとは梶谷に告げていたが、自身もまさかピンポイントで同じ場所とは思っていなかったのだ。
「……石田さんはここで【赤根さん】に会ってUSBを貰った。他に違和感を感じたことはなかったっすか?」
「違和感……。」
少し考え込むような様子をみせるとすぐに口を開いた。
「前に、酒門と荻と屋上を調べたとき2人も感じてたみたいだけど、誰かの視線を感じることがあった。でも【スズキ】に監視されてるような、嫌な感じではなかったのが逆に妙だとは思ってた。」
「それっすよ。」
梶谷が鋭く放った言葉に、一瞬彼は戸惑いをみせたがすぐに何かに納得したように頷いた。
機転の良さや察することに関しては、彼は美波ばりに優れていることを思い知らされる。
「ここが、【スズキ】の監視の届きにくいところ。」
「そっす。だから、彼女は屋上の話なんて微塵も出さなかったし、隠し部屋の出入口が再度出現するには最高の場所だった。
酒門さんは、プログラミングでこれを狙ったんだと思います。それで屋上の調査を千葉さんに依頼した。」
「オレも上れるし、【寿】のバックアップ持ってるのにね。」
少しばかりふてくされたように言う石田の裾をそっと掴んだのは莉音だ。彼女は泣きそうな声で話す。
「それは、違くて……。
たぶん私と本山さんが千葉さんより石田さんと仲良かったからです。
あと、持っていたAIが【寿さん】だからですよ。」
「そっか、【スズキ】さんとの決戦は、2人と仲のよかった寿さんのための戦いでもあるもんね……。私も、麻結ちゃんのAIだったら……。」
同室で何かとテンポ良く会話していたことを思い出したのか、彼女もすんと鼻をすする。
「そうだね。ありがとう2人とも。
……そろそろいく?」
石田は礼を述べると、すぐに切り替えて梶谷に尋ねた。
その問いに対して答えは勿論イエスだ。
「……行きましょう。」
恐らく、自分が見たい光景は望めないけど。
梶谷は踏み台を使い、懐かしき隠し部屋に足を踏み入れた。
どうして思った通りにいかない。
どうして同じデスクにいたのに、赤根茉莉花のようなゲームメイクができないんだ。
スズキ、いや、過去の名はありきたりであったが別の名であった。スズキ、は赤根が使用していた偽名であった。
彼女は、過去のルーム89の動きに感動していたのだ。
それぞれが成長して、困難に立ち向かい、誰もが誰かのために、自分のためとしても何かを残して去っていく。
そのストーリーにドラマを感じたのだ。
だがら今回のゲームも、ドラマが生まれるように、参加者を選別して選んだ。
その物語が着実に進むように工夫もした。
しかし、駄目だった。
自分がかけてきた8年間が無駄になったのだ。
もうどうなってもいい。
スズキは最終兵器のボタンを無情にも押す。
そしてゲーミングチェアをしならせて背後から入ってきた人物たちを見やる。
懐かしくも、立派に育ってしまった過去のプレイヤー達に笑みを浮かべる。
「……思ったより早かったですね。千藤くん。」
「梶谷くん様々だよ。それに、あれしきのウイルスでうちのサーバー壊せると思ってるなら愚考だね。」
ああ、大きくなって。
利己的で、残忍だった彼も今や警察の人間か。
傍らには銃を構える機動隊の人間がいる。
「……負け惜しみ? 面倒なことしてくれたね。彼らを殺す気?」
「ええ、気に入らないデータは消す。そんなもんでしょう。」
彼はすぐに私が行なったことを察したらしい。
はぁ、と面倒そうにため息をついた。
「私はもう逮捕されるんでしょう。協力はしません。救えるといいですね。」
「大丈夫だよ、彼らなら。
それに助っ人だって連れてきてるからね。」
「助っ人?」
ゆったりと拘束される彼女は、すれ違いでモニターに触れる彼に尋ねた。しかし、その意味はすぐに分かった。
「バイタルの管理をすればいいんだよねー?」
「私は千藤くんのフォローをするね。」
「お前ら、なんで、」
「私たちだけじゃない。貴女と話したい人はもう1人います。隣の席だったからよくご存知でしょう?」
ダストボックスに飛び込むと、そう告げた時と同じ強い瞳が自分を捉える。
ああ、私はこの瞳を見たかったのに、なぜこのゲームではできなかったんだろう。
3人は、赤根に信頼の眼を向けていた。
しかし、私にはいつだって参加者たちは憎悪の眼を向けていた。
「……私は、どこから間違ったのか。」
項垂れながらも【スズキ】は機動隊に連行されていく。
「さて、本部のサーバーとは繋いだから、僕らはこっちで参加者たちを助けるよ。準備いいね、乙川さん、舘野さん。」
「もちろん。」
「頑張りますとも〜。」
3人は、【スズキ】が最後に投下した爆弾に悲鳴を上げるサーバーに向き合い、各々の作業を始めた。




