解決編⑤ -前編-
定刻。
モニターが宣言通りに点灯し、【スズキ】の姿が映し出される。
『さて、議論を開始しましょうか? 私も一度参加してみたかったんですよね。』
「そっちは遊びでもこっちは真面目なんだけど。」
『私だって真面目ですよ。でなければ、酒門さんの愚行にあれほど憤ることはありません。
ちなみに私はもう答えを入力済みですので。』
からりとした笑いを零すと彼女は話題をかえる。
『今回の退場者は、【この場にいない酒門さんか千葉さんで間違いがない】でしょう。
そして、貴方が意地でも端末をつけないせいで、【犯人はその2人に加え、梶谷さん、貴方も候補に入ります】。』
「分かりきった事ですよ。」
梶谷がなんて事のないような風に返答すると、彼女はつまらなさそうにため息をついた。
『まぁ貴方たちがどんな答えを出そうと、犯人は自明なのです。それをじわりじわりと知り、絶望してください。』
「それは話し合ってみないことには分からないっす。
……まずはどうしましょうね。動機に関しては分かりませんし、結局のところ隠し部屋の出入り口も不明のまま。」
「なら、できる人が3人のうち誰だったか考える?」
「本山さんの言う通りっすね。」
彼女の提案に頷く。
しかし、と石田が吐き捨てるように言う。
「今回についてはその2人どころか、ここの4人さえ【アリバイ】がないでしょ?
どうするわけ?」
「あの、なら2人がやったことを可能な範囲でリストアップして時系列に纏めてみませんか? それを繋げたら2人が何をしたか分かるかも……。」
莉音は几帳面にまとめた調査内容を確認する。
「なら、1番大きいのは【端末の電源がついていた】ことっすね。そして、【スズキ】さんが2人の場所を把握してないってことは、2人は恐らく隠し部屋についてから端末ロックの解除を行なって、【強制退場】に及んだということ。」
「……そもそも、2人は梶谷くんの端末開けるの?」
「たぶん、1番最初に端末の使い方を講義したことがあったんす。その時、オレは2人の目の前でロックを解除してます。それに、3つ目の世界でも、前回の世界でも……端末のデータを見せる時に。」
そう、梶谷の端末にはAIの【綾音】がいた。
彼女から報告を受ける時の多くは美波が同席していた。梶谷と身長が同じ程度の美波からすれば盗み見ることなど造作もないだろう。
『そういえば貴方達、いつまであの小娘を隠しているんですか? もう武島さんと本山さんにも教えて差し上げたら?』
「え、小娘?」
「何か良からぬ視線なんだけど。」
明らかに勘違いしたらしい莉音の軽蔑する視線を石田が呆れつつ諫める。
「そっすね、もう2人も覚悟は決まってることでしょうし。
オレと、石田さんの端末にはAIの【寿さん】のコピーがいます。」
「えっ?! コピー? どういうこと?」
楓が驚いて追及する。
それに答えたのは、大元を発見した石田だ。
「2つ目の世界でオレが見つけた。
それで梶谷と酒門に相談したんだよ。その時は3つ目と4つ目の世界と違って未完成って感じだった。
世界が切り替わっても端末の【寿】の記憶が抹消されることも無かったしね。」
「そうなんですね……。うー、伝えてもらえなかったのは悲しいですけど確かに言われてたらパニックになっていた気がします。」
莉音は3人の懸念をあっさり読み取り引き下がる。
梶谷は内心で安堵した。どちらかが納得してくれれば余計な追及はされないことを見越していたからだ。
「……話を戻すよ。あと、履歴から【酒門がなんらかのプログラム改変をした】ことは明らかなんだよね?」
「ええ、正しくはオレの端末を持ち出した酒門さんが、【寿さん】を使ってやった、ってのが答えかと思いますが。」
『確かに、あのAIならセキュリティなどあってないようなものですからね。作業履歴を私も見てみましたが、酒門さんはできることの作業は速いですが未知への対応は圧倒的に梶谷さんの方が優れていましたから。
触れないものもあったんでしょう。』
ーーーーアンタは、未知のものに対して怖いとかないの?
「えっ?」
梶谷は不意に頭に蘇った記憶に戸惑う。
幼いけど聞いたことのある声だ。
「どうしたの?」
「や、何でもない。」
莉音が心配そうに声をかけたが、梶谷は下手な作り笑いで誤魔化した。
なぜ今になってあんな幼い時のことを思い出したのだろうか。梶谷は口を噤む。
「なら、【周辺機器の電源つけた】のも美波ちゃんたちかな?」
「その可能性は高いっすね……。」
「ここからは推理も必要になる要素になりますね。」
「温室と倉庫、それぞれで何があったかだよね。」
ううん、と3人は悩む様子を見せた。
梶谷は他の面々の表情を見やる。
「少なくとも、あの髪を引きちぎったのは千葉さんじゃないと思いますが。」
「え、なんでかな?
……流れとか2人の関係性見てるとマウントをとってるのは美波ちゃんだよね?」
『マウントも何もありませんよ。
追い詰められたら人は何をするか分からない。それはあなたたちがよく知っていることでしょう。』
「少し静かにしててもらえます?」
梶谷が【スズキ】の野次をピシャリとシャットアウトする。
「優位性は関係ありません。
【千葉さんの性格】を踏まえれば、彼ならもっと綺麗にとるはずです。存外雑なのは酒門さんの方っすよ。」
「確かに前回の世界もそうですけど、倉庫物品とか几帳面に纏めてましたし、時々浴室とかカフェテリアの掃除してましたもんね。」
「となると、ここのメンツが嘘をついていないなら、千葉が酒門を呼び出したってこと?」
石田の言う通り、梶谷は頷く。
「呼び出しじゃなくても、紙でしかやり取りできない理由はあるはずっすよ。
だって、酒門さんには必ず本山さんか千葉さんがついていることになっていた。2人きりになるチャンスはあっても誰がいつ戻ってくるかははっきり言えません。
そして、酒門さんが皆に伏せたい内容といえば、間違いなく、隠し部屋のことでしょう。」
「……確かに酒門は千葉と梶谷と仲良かったもんね。」
高濱のことを思い出したのか、石田は僅かに目を細めた。
「酒門さんは、【サポーター】として心身共に追い詰められていたし、私たちの目があったから千葉さんを協力者に選んだ?
でも、酒門さんは隠し部屋のことを知っているはずですよね?」
「酒門さんは、みんなで調査をする時に『図書館、温室、倉庫、あと隠し部屋は難しいかもしれないけど。』って言ってました。
彼女は、世界の切り替わりで隠し部屋が最初の場所に切り替わると思っていたのかもしれません。でも、無かった。だから千葉さんに頼んだ……。」
「例えば、隠し部屋を見つけるコツみたいなのがあったら千葉さんすぐ見つけそう……。」
莉音の言うこともごもっともだった。
しかし、そんな数言で済むものであれば口頭で行なっても良かったはずだ。
おそらく、見つかったのが男女部屋を分かれてからの話だったのだろう。
なら、梶谷があの時寝る前に言葉を交えていた時にはもうーーーーー。
梶谷はため息をついた。
「じゃあ温室に隠し部屋はあったってこと? しかもそこで揉めた?
じゃなきゃ引きずった跡や靴の説明がつかないよね?」
「集合場所を温室にしていた、そこで酒門さんが倒れて引きずったとか?」
「……武島が倒れた時運んだの千葉だけど? まぁ、倉庫の紐使ってだけど。」
「……倉庫の、紐、」
梶谷が目を見開く。
何かに、確信を持ったような表情だった。
「アンタの、考えた通りなのかもしれません。」
梶谷は信じられないものを見るような顔で【スズキ】を睨みつけた。
【スズキ】は勝ち誇ったかのように微笑んだ。
『ほー、言ってみればいいんじゃないですか?』
「【赤根さん】の時と同じっす。
温室で再現したやつで、風花さんと赤根さんが言ってたじゃないですか!
温室のPCは【サポーター】しか使えない、そしてアバターを開け渡せば、【サポーター】を救えるって。
千葉さんはそれを聞いて、酒門さんを助ける方法に気づいたんです。自身のアバターを彼女に渡せば延命処置できるって。」
「じゃあ千葉くんは酒門さんを温室に呼び出して自分のアバターを彼女に渡したってこと?!」
「そうすれば、倉庫から呼び出した理由も納得っすよ。PCを彼女に操作させる、そしてカモフラージュに引きずった跡の靴を放っておけば……オレ達に誤認させられる。」
【スズキ】はこの展開を読んでいたのかにやにやしている。
梶谷は緊張で喉を鳴らす。
「機器の電源を入れたのは酒門さんでしょう。
でも紐を持ち出したのは千葉さんだ。端末を、【捕縛】は使えないから、彼女は絶対に千葉さんのアバターを受け入れるなんてしない。
だから拘束して、隠し部屋に彼女を入れて、酒門さんの端末とこのPCを使って、アバターを書き換えた。」
「なら実行者は、千葉くん。
だけど端末の持ち主は……。」
「酒門さんっす。
だから、ログアウトさせるのは、酒門さんっすよ。」
チラリと【スズキ】を見やると、彼女はゆったりと拍手をしている。
『ご名答、そして残念でした。
私も、酒門さんの端末が千葉さんを【強制退場】させたこと、読んでいますとも。』
モニターには無機質に、文章が打ち込まれていく。
『GaMe OvEr ‼︎ 今回の犯人は【酒門美波】でした。』
『さて、あなた達はログアウト処理をしてください。彼女のことを。』
「……うそ。」
「……また、繰り返されるの、」
「……。」
楓がへたり込み、莉音は静かに涙を流す。
石田は梶谷を一瞥したが何も言わない。
「ふっ、」
梶谷は肩を震わせながら、ログアウト処理をしていく。
その瞬間だった。
あたり一体に、はじめの世界改変の時のように【error】の文字が浮かび、不気味な警告音が鳴り響き始めた。
『な、何ですかこれは……。なぜ世界の改編が始まる……? 私は正解したはずじゃ?』
「してないんすよ、実は。
オレはアンタの理想の物語を語っただけで、真実はもうとっくに分かってたことなんす。」
石田はやはりと安堵の息を漏らした。
莉音と楓が慌てて画面を覗き込むと、ログアウト処理は千葉に対して行われていたのだ。
処理は確かに進んでいるが、【スズキ】が提示した正解と一致しなかったためか、エラーが生じたらしく画面には見慣れない文字列が並んでいる。
『どういうことだお前ら! 何で、何で【サポーター】を見捨てた!』
「酒門さんは確かに【サポーター】ですが、その前に1人の人です。あの人はここの誰よりもアンタの鼻を明かすことを望んでいた。
それこそ、自分の命なんてそっちのけで。
それにあの人らはオレに託してくれていたんすよ。」
そう、自分の端末が開けない時点で、誰の端末かなんて分かっていたんだ。
『オレの端末は、お前と酒門は開けるようにした。あの写真の顔認証機能だ。』
千葉は昨日確かにそう言ったのだ。
彼のものであれば、開けていただろう。
『クソが、クソが……!』
「オレ達はアンタの思い通りにならない。
今回は、オレ達の勝ちっすよ!」
梶谷は3人に呼びかけるとモニタールームから出る。
どうやら自分の演技の拙さは突っ込まれなかったらしい。安堵しつつ梶谷は彼らがいたであろう場所に向かう。
梶谷だって納得していないのだ。
2人は内緒事をしないで、とお願いしたにも関わらずあっさりと決心して自身を犠牲にすることなど許した覚えなどないのだから。




