調査編⑤
梶谷はプログラミングを終えた後、早速調査に入った。迅速に話し合い、結局のところ4人で見回ることとなった。
「まずは、【退場情報】だね。
……といっても碌な情報じゃないけど。」
「そうですね。【人物不明、日時場所不明】って意味ないですよね……。」
石田の端末を見ると確かにそのような情報が記載されていた。
「それで、退場させた候補は酒門か、千葉の2択で間違いないわけ?」
「実はそうとも限りません。」
「「え。」」
梶谷の言葉に女性陣が注目する。
「……というのも、ご存知の通り【オレはまだ端末のロック解除をしていないから、オレのか、はたまた入れ替えられているか、不明なんす】よ。」
「じゃあ解除した方がいいんじゃ……。」
楓の提案にゆっくりと首を横に振った。
「確かにオレらに情報は落ちますけど、【スズキ】にも落ちる訳っすから。安直に行うことはお勧めしません。
つまりは、退場させた人は酒門さん、千葉さんに加えてオレも含まれます。まさにダークホースっすね。」
「自分が消えちゃうかもしれないのに冷静だね……。」
「それより、アイツに一泡吹かせられるかも、って思えば頑張れるっすよ。」
嘘、そんなこと思っていない。
3人には分かっていたが、彼が決めたことだ。それ以上の追及は無駄と理解していた。
「じゃあこの話は終わりにしようか。
梶谷はプログラミングしている途中で気づいたこととかなかったの?」
「気づいたことっすか。それなら2つ。」
彼は人差し指を立てる。
「1つ目は、昨晩【酒門さんがネットワークに侵入しているということ。そして、膨大なデータの書き換えが行われています】。」
書き換えた内容については甚だ想像がつかない。しかし、梶谷からすれば手段は容易に浮かんでいた。
恐らく石田は追々気付くかもしれなかったが、端末について不明瞭である時点でそれは不可能だった。
「2つ目は、【【スズキ】の侵入経路がやっぱり端末の電源が入ったことで間違いがない】ということです。」
「端末の電源をつけたのは、酒門さんか千葉さんだよね……。」
莉音の確認には誰もうなずくことはできなかった。というのも、これが違うなれば4人の中に内通者がいる可能性が一気に高くなるからだ。
「……その判断は話し合いの時にしましょう。
まぁ、【ロック解除をしなければ管理外らしいですし、他の機器も電源をつけられたことで管理下に置かれたみたいっす】ね。」
莉音は、納得いかないがとりあえず、という形で引いてくれた。
「じゃあ、調査に向かいましょうか。
今回ばかりは全員で移動しましょう。」
梶谷の提案は悩む間もなく賛同された。
まず調査に向かったのは、はじめに隠し部屋を見つけた踊り場だった。
以前出入口が現れた場所をなぞってみるが、どうも見つかりそうにない。
「でも【千葉くんってさ、見た目に反して結構マメ】じゃない?」
「まぁ……そうっすね。」
初めて見たときの緊張感を思い出して梶谷は苦笑いを浮かべていた。
それに彼はカフェテリアで食事を終えた後や入浴後もかなり綺麗に掃除をしていたし、4つ目の世界では倉庫の片付けをしていた。自室も、そもそもの物が少なかったがかなり部屋が綺麗だった。
「倉庫の件についても正直びっくりしちゃったもの。
彼が見つけられなかったってことは、それだけ見つけにくいところにあるってことよね? 正直見つける宛が……。」
「でも今回は酒門さんが協力を無理やりにしろ、何にしろ千葉さんに頼んだ訳ですよね……? 千葉さんが見つけた見つけてないは関係ないのでは?」
楓や莉音が言うことも最もであった。
石田は壁に触れながらぽつぽつと呟くように言う。
「【酒門は元から梶谷と同じようにプログラミングに長けていた。それに【サポーター】として暴走するリスクもあった】。酒門が好きなところに倉庫の出入り口を設定できるってことでしょ? ……思考を読むなんて、この上なく難しいと思うけど。」
「うーん、どういう意図で協力したか、それか今までと同じ事故だったのか、それが分かるだけでも違うっすね。」
それに自身の端末を持ち去った理由も検討はついている。恐らく【AIの寿綾音】が目的の1つだろう。
彼女に学習させれば、箱庭内ではかなり有利な権力となる。
次に向かったのは、千葉がよく行っていた倉庫だ。
「ここにも手がかりなしっすか。」
「……ここって何となく調べにくいよね。あの動画のせいというか。」
「でも調べるしかないでしょ。」
石田がお構いなしに倉庫を漁る。
かつての再現動画で血塗れになっていた場所も彼は勇ましく入り、辺りを見回していた。
「梶谷、これ。」
石田がちょいちょいと手招く。
彼が指差すところには、【紙片がテープで貼られていた】。どうやら引きちぎったような跡だったが、紙は随分新しいものだった。
「何か文字とかあります?」
「新しいもののようだけど、流石にないよ。」
よく見つけたものだと関心する程度には小さい紙片だった。
「でも、私が隠れた時にはなかったと思いますよ。」
「ああ、そんなこともあったね。」
莉音の証言に楓は思い出すかのように呟く。
その様子を見た彼女は何となく気まずくなったのか慌てて近場にあった紐を指した。
「そういえば、これって私を千葉さんが屋上から下ろす時に使ってくれた紐ですよね! ここにあったんだ〜……。」
いずれにせよ自身の失態を再び想起することとなり、莉音は肩を落とす。楓がポンと彼女の肩を叩く。
話題転換に使用された紐を見てふと梶谷は首をひねる。
「でも、これって1ダース毎に纏められているみたいっすけど、【武島さんが指したものだけ少し足りないっす】ねぇ。」
「本当だ。」
梶谷の言葉を受けて確認した石田も頷く。
確認するとここにいる面子は使用していないようであったが、何に使用されたのか。
最後に向かったのは温室。
この世界で恐らくキーとなる場所だった。
「【PCが起動してる】。」
梶谷は真っ先に石田が見つけた温室のPCの元に向かった。
1番最初に見つけた石田も怪訝な表情を浮かべる。
「オレがUSB挿した時と様相が全く違うんだけど。」
「え? え? どういうことなの?」
状況が掴めていない楓が尋ねる。
「……前に屋上を調べてた時に見つけたUSBなんだけど、この世界で急に現れた温室のPCに挿したら起動したんだよ。PCが使えたかって言われるとそんなことはないんだけど、ここの過去の出来事の再現だけ変化するようになったんだ。」
「再現について梶谷くんと私で調べてたら、石田さんと合流して……。これ、私たちで調べた内容です。
でも前に起動した時にはこんな画面でなかったですよね?」
疑問を口にする莉音から楓はノートを受け取り、目を通す。そしてPCに夢中になる3人対して指摘する。
「……3人が調べた時、この【血の滲んだ引きずられた跡】もあったの?」
「いや、無かったと、思う。」
石田はううんと首をひねる。
血の跡については心当たりが無かったが引きずった跡についてははっきりと思い返せなかったらしい。
その横で梶谷は植物の合間から見たことのあるものを拾い上げる。それに見覚えのある石田は眉を潜めた。
「それって【千葉の靴】?」
「……やっぱそっすよね?」
「何でそこにあるんです……。」
莉音は最悪の展開が頭を過ぎったらしく顔をみるみる青くしていく。
まさかあの2人に限って私怨なんてないだろう、莉音は首を横にぶんぶんと大きく振る。
一方で靴をまじまじと見ていた梶谷は、一通り見終えるとその場に戻し、皆に声をかける。
「……とりあえず飯食って午後の時間に備えましょうか。それと、もし【スズキ】に聞きたいことがあれば今のうちに済ませた方がいいかもしれませんね。」
「つまり、梶谷はあるってこと?」
「石田さんのいう通りです。」
「なら武島さんと私でご飯準備しとくから2人で聞いてきなよ。もう時間もあまりないし。」
楓の提案に梶谷は頷く。
こんな時でも腹は減るのだから不便なアバターだ。
どうせ書き換えるならそこも変えてくれればいいのになんて場違いなことを考える。
「あ、それならもしPC端末とかあったら回収しようか? 梶谷くん、あった方が落ち着くんじゃない?」
「そんなわけないじゃない……。」
楓が諫めると彼女はしょんぼりと肩を落とした。
恐らく気が気でないのだろう、梶谷は笑う。
「ありがとっす、じゃあお願いしときます。」
「……! 分かった!」
彼女は嬉しそうに頷く。
それから2人と別れて、石田とともにモニタールームに寄る。
「……確認したいことって結局なんなの?」
「【サポーター】のことっす。」
梶谷は淡々とメールを打ち込む。
正直なところ、あの女と直接話すのは辟易していたのだ。
石田はその文面を認めると僅かに顔を歪めた。
返信はものの数分で短文が届いた。
『はじめは慢性的な疲労感と虚脱感を覚えます。
中期的な症状として精神不安定性を呈し、脱力感、頭痛、目眩、嘔気を生じます。
最終的には四肢の運動が困難となり、性格豹変が見られます。身体症状や精神症状の出るタイミングには差がありますよ。』
「何か、正直自分がなってないから何ともいえないけどじわじわ自分が喰われてく感覚ってこんな感じなんだろうな。」
「……そっすね。」
美波の苦しそうな表情や、過去の再生の赤根茉莉花の末路を思い返すと気が重くなる。
「そういえば、最後に聴きたかったんだけど。」
「何すか?」
「……梶谷はもう決まってるの?」
何が、とは言わない。
【スズキ】に察されるのを避けるためか、はたまた言わなくても伝わると判断したのか。
しかし、梶谷は瞬くとふ、と口元を緩めた。
「オレは自分がやることをやるだけっす。
どっちにしろ、やんなきゃやられる。もう覚悟は決まってんすよ。」
「……なら、多少無茶しても梶谷を信じるよ。
オレ、そんなに頭良くないし。」
「鋭い人がよく言いますねぇ。」
軽口を叩きながらモニタールームから出るとすでに楓が軽食を運び出しており、莉音がPCを立ち上げて自慢げにしていた。
この時間もあとわずか、梶谷は最後の食事だと思うと、ほんの少し泣いた自分の心の声を聞かなかったことにした。
①退場情報
人物は不明、日時場所も不明
サポーターか否かも不明
②電源のついた端末
梶谷の端末が入れ替えられている可能性があり、調査することができない状況である。
③ ネットの侵入歴
酒門によるネットの侵入歴があり、膨大なデータの書き換えが行われている。
④【スズキ】の管理の範囲
端末の電源を入れてロックを外すと端末から状況を知られてしまうようだ。
他の機器も電源をつけられたことで管理下に置かれた。
⑤参加者のアリバイ
今回については互いのアリバイを証明できない
⑥千葉の性格
食事後や入浴後、自室はかなり綺麗に掃除をしていた。4つ目の世界では倉庫の片付けをしていたくらい几帳面な性格である。
⑦酒門の状態、スペック
酒門は【サポーター】となった影響で暴走しかけていた。加えて元よりデータの改変を行うことができていた。
⑧AIの寿綾音
梶谷と石田の端末に入っている、2つ目の世界から持ち込んでいる人工知能。高い処理能力を有しており、学習させれば箱庭の改変や分析も容易である。
⑨倉庫に残された物
倉庫の壁に紙片が残っていた。加えて、莉音を運んだ時に使用した長く丈夫な紐が無くなっている。
⑩温室にあるサポーター専用のPC
5つ目の世界で初めて現れた温室内のPC。古く廃れていたが石田がUSBを挿したことで起動している。過去の動画もここで発生したものだけ差し替えられる。
11温室の異変
床には血が滲んだような引きずった後と千葉のものと思わしき靴が転がっている。
12【サポーター】の末路
はじめは慢性的な疲労感を覚える。中期的な症状として精神不安定性を呈し、脱力感、頭痛、目眩、嘔気を生じる。最終的には四肢の運動が困難となり、性格豹変が見られる。身体症状や精神症状の出るタイミングには差がある。




