共犯者共よ
梶谷は自室で目を覚ます。
いかんせん彼は寝起きが悪く、寝坊助なところもあったため、他の者より早起きするということはほとんど無かった。
今だって身体を揺さぶられたことで意識を浮上させたのだ。
「梶谷、起きて。千葉がいない。」
「はい……?」
始めはどういうことか分からなかった。
目を擦りながら、焦りを滲ませる石田に疑問を抱く。
「……どっかいってるんじゃ、ないんすか?」
「今何時だと思ってるの。まだ朝の5時だよ。オレが早起きなのは知ってるでしょ。
そんな時間に寝床に千葉がいた形跡も、温みもないなんて考えられる?」
石田の冷静な意見を頭の中で処理すると急に目が覚める。
梶谷は身体を飛び起こした。
「どういうことっすか?!」
「分からないよ。それに女子部屋も一緒、酒門がいないらしい。」
「は?!」
梶谷は思考を働かせるために顔を洗って慌ててカフェテリアに向かった。
女子部屋の方も同様にバタバタと騒がしくしており、石田と合流していた莉音と楓が梶谷に駆け寄ってきた。
「酒門さんもいないって……!」
「分からない……石田くんに起こされて、美波ちゃんに聞こうとしたら布団の中なんてもぬけの殻で……。」
「酒門さん、とても無理できるような状態じゃなかったのに……。」
ぐず、と鼻を啜りながら涙する莉音の言葉で3人はまさか、と嫌な予感がする。それを言葉にしたのは石田だった。
「……千葉が、酒門に協力したんじゃないの。あの2人、仲良いし。」
「でも、何で、この世界だって、十分に調べられてないのに!」
「酒門さんにとっては、十分だったってことすか。」
梶谷の言葉に石田は頷く。
あり得ない話ではない。彼女は事前に久我から渡されていたアドバンテージがあったのだ。
「でも、それなら2人はどこに行ったの?!」
「隠し部屋、それしか考えられません。」
楓の問いに間髪入れずに梶谷が答える。
「なら、端末使ってでも……!」
「いや、ちょ、それは待って……。」
梶谷が端末を出した楓を止めようとしたが、彼女は自身の端末を見た途端目を丸くした。
それを隣から覗き込んだ梶谷も、え、と小さく呻いた。
「どうしたの?」
石田と莉音も思わず2人を囲む。
驚いたことに、電源をつけてないはずの端末が爛々と画面に明かりを灯しているのだ。
「本山、まさか、」
「私、つけてないよ!」
「……本山さんのいう通りかもしれません。」
莉音も自身のを見たようだ。告げた通り、画面はついたままである。
「ロック、開いていい?」
「いいっすよ……。」
莉音と楓が恐る恐るロックを開錠すると、画面はあっさりと開く。
石田も2人を模倣して開いたが、やはり開いたようだ。
梶谷も開こうとした。しかし、すぐに自身の端末についた違和感に気づき、固まった。
なぜ、自分は自分の端末を持っていないのか。
「梶谷も開いた?」
「……開くまでもなくオレのっすよ。それに開いていないことで、【スズキ】の影響を受けないことも確認しないと。」
石田の問いかけに咄嗟に嘘をついてしまう。
しかし、梶谷の言葉に納得したのか3人は特に糾弾してくることはなかった。
突如、モニタールームの方から警告音が、続いてロックを解いてオンラインとなった3人の端末にメールから受信音が鳴る。
「モニタールームにいきましょう!」
梶谷の声に弾かれて、全員がモニタールームへと向かう。
案の定、というべきか。
モニターも見事に明かりがついており、モニターの先には空席となっている【スズキ】の席が存在していた。
「……【スズキ】さん、いるんすか?」
『いるも何も憤ってるよ!』
音割れする彼女の怒鳴り声に、莉音は肩を震わせた。梶谷も一瞬怯んだが、ぐっと堪えて冷静に返答した。
「……気に食わなかったのはこの世界を見られたことっすか? それとも端末による支配を邪魔されたことっすか?」
『どっちもだよ! ざけんな! それになぁ、こっちだって知らぬ間にダストボックスにプレイヤーが放られてるモンだから困ってるのよ!』
「……は?」
空間を嫌な間が包み込む。
彼女は何と言ったのか。
“ダストボックスにプレイヤーが放られた” つまりは、誰かが見知らぬうちに【強制退場】をされ、この世界から一足先に消えてしまったということだ。
『今のところ、所在が掴めないのはロック解除していない梶谷さん、酒門さん、千葉さん。その誰かが【強制退場】してるってことですよ!』
「……なんで、そんな。」
莉音が膝を折ってへたり込む。
楓も、石田も、完全に思考が止まっているようだった。
しかし、何故か梶谷の思考はクリアだった。
2人が何も残さず悪戯に【強制退場】させられる、はたまたする訳はない。もしかしなくとも、自分の端末が自分のものでないことに、何か意味があるはずだ。
2人と約束した。
隠し事はしないと。
破ったことは許せないけど、そうすれば何かを果たせるのだろう。
ならば、自分にできることは?
自問自答を終えた梶谷はゆっくりと目を開く。
「……【スズキ】さん、オレ達と勝負しませんか?
前のゲームも、5つ目の世界で大きな変化が起きて、ドラマチックなゲームになったんじゃないっすか?」
『ほう……?』
【スズキ】が食いついたこと、そして梶谷が咄嗟に考えた仮定が当たっている可能性を示唆していた。
他の3人は不安げに2人のやりとりを見守る。
「アンタは、恐らく隠し部屋のせいで2人のどっちが【強制退場】したか分からない。
そして、アンタには理想の筋道があるはずっすね。
でもオレ達は真実を追う。例え、どんな結果だとしても。」
『……。』
無言は肯定ととる。
「だから、勝負っす。
アンタの理想が勝つか、オレ達の選んだ道が勝つか。そんで、賭けに勝ったらオレ達の要求を飲んでください。」
『あなた達が負けたら?』
「……その時は、もう一度このゲームを受け入れます。それでも物足りないなら、オレが【サポーター】になって、アンタの理想通りのゲームメイクをする。
どうっすか?」
「そんなの許される訳……!」
口を開いたのは石田だ。
しかし、彼の言葉は【スズキ】の大笑いにより掻き消された。
『いいでしょう! その勝負、受けて立ちます!
そして、最後の討論はせっかくなので、私も参加させていただきましょうかね。』
「……え、それって大丈夫なの?」
楓が青ざめたまま尋ねると、ふと彼女は馬鹿にしたように悪く微笑む。
『何、意地の悪いことはしないですよ。
ただし、条件を設けさせていただきます。』
「……条件?」
莉音が明らかに不安そうな表情を浮かべた。
これについては、梶谷は容易に予想できていた。
『答えが重複した場合は、私の勝ちとする。いいな?』
「それってこっちが不利だろう……。」
「別に構いませんよ。
ただし、4つ条件を要求します。
1つ目、後出しを防ぐために両者が解答した後は、2時間、オレ達のアバター情報の変更が不可能になるプログラムを組ませてもらいます。
2つ目、正しい実行者のログアウトを以て、オレ達の要求を飲んでください。
3つ目、オレ達が尋ねた事には隠し事をしない事。
最後、残り3人の端末のロック解除を強制しないこと。
少なくとも前2つは守ってもらわないと困りますけど。」
『ふむ、いいでしょう。』
重複した場合の勝利、それは梶谷が述べた条件をもってしても不利と思われる程に価値あるものであった。
梶谷は自身の端末についた傷を見つめると提案をした。
「話し合いは……プログラムを組みたいので今日の14時でどうっすか?」
『構いませんよ。プログラムはそちらで組むつもりですか?』
「ええ。2時間もあれば。」
『楽しくなってきましたね……。ではまた14時に。』
それだけを残すと画面はプツリと切れた。
梶谷は後からじわじわとまずいことをしてしまったのではないかと思い、恐る恐る背後の3人の顔を確認する。
石田は明らかに不服そうにしており、莉音は悲壮感たっぷりで涙目、楓は呆然としていた。
「いやー……、そのすまねっす。」
「すまねっす、じゃないよ! 明らかに相手が有利だよね?!」
「それよりもう1回ゲームなんて嫌だよ!」
「……梶谷がアイツの言いなりになるなんてはた迷惑なんだけど。」
三者三様に痛烈な批判を受ける。
ごもっともだが、やらねばなるまいことだ。
「でも、勝てたら脱出できます。
あの酒門さんが千葉さんを巻き込んでまで計画したことっす。きっとオレ達に有利なものを残しているはず。それに相手は隠し事できませんけど、オレ達はできる。
それなら議論を有利に進めることだって容易なはずです。勝てば、いいんすよ。」
「私はそれが厳しいよね、って言ってるんだけど……。」
自信満々に答える梶谷に、頭を抱えた楓は大きくため息をつくとよし! と気合を入れるように自身の頬を叩いた。
「まぁやるって言ったからには覚悟決めないとね!
2人も覚悟決めて、さて、まず何をする?」
「……本山さん。」
「別にオレはそれに関しては何も言ってないけど。ま、千葉も協力してる訳だし、勝てばいいよね。」
「私だって、酒門さんにはお世話になってますから、信じてます!」
「石田さん、武島さん……。」
そうだ、自分だけじゃない。
4人で戦えばいい。
「なら、さっき言ったプログラムをすぐに組みます。
石田さん、例のものを借りてもいいですね。」
「……これ?」
石田が持つUSBを借りる。
本山は存在を知らないため莉音が拙くも説明をしている。
「これでアバターを書き換えます。
恐らく作業自体は20分くらいで終わりますが、切替までに2時間かかります。
その間は飲み食いしないでください。
それからは、いつもどおり調査っすよ。」
「分かった。」
「うん……。」
「分かったよ!」
早速梶谷は作業に移る。
しかし、彼にはこの作業よりも重要な仕事がもう1つ残っていた。
(……これで、いいんすよね? 酒門さん、千葉さん。)
恐らく2人が考えていることは当たっていると思うが、外したら一環の終わりである。
(オレに、勇気をください……。)
3人の背後で大きく息を吐くと、彼は覚悟を決め、画面と向き合った。




