過去の現実
梶谷は珍しくパソコンに触れずに黙々とノートにメモをとっていた。
あれから解散になり、各自自由行動となったのだ。
美波は本格的に体調が悪いらしく、千葉と楓が部屋で様子を見てくれている。鎮痛剤も効くか効かないか分からなかったがないよりマシだろう、と以前睡眠導入剤と一緒にダウンロードしたらしい莉音が提供していた。
石田は確認したいことがあるとどこかへ行ってしまった。
「梶谷くんは何を調べるの?」
「もう少し前のゲームの様子を見てみようと思って。」
「なら、私も行く! ちょうど倉庫にノートとかあったはずだから持っていこう。」
気遣う言葉をかける暇もなく彼女は足早に倉庫に行ってしまった。
彼女も何かしていないと自分を保っていられないのだろう。梶谷は少しだけ口元を緩めると彼女を待つために玄関に向かった。
「じゃあまず1つ目の事件だね。」
「久我さんのメモだと確かコーチの先輩がウイルスの人を消した事件すね。」
「再現流して、細かいところをメモしよう。」
莉音の言葉に頷く。
まず2人は2階の所で言い争う。内容については、どうやらコーチの先輩が、彼を【サポーター】と疑う内容らしい。
始めから見るとコーチの先輩がウイルスの人に迫り、厳しい言葉を投げかけているようだ。そこから急にウイルスの人が掴みかかり、揉み合うようにして階段から転げ落ちる。
まるで久我と綾音の事件のようだ。
それからコーチの先輩が端末を拾い上げる。ここで映像は途切れている。
「……何かおかしいよね。」
「それ、オレも思ったっす。何か、不自然な。」
「何かどころじゃないよ。おかしい。
だって他の再現は犯人が被害者を【強制退場】させるまで全て流してたんだよ?」
「……マジっすか?」
彼女はうんうんと何度も頷く。
にしても、メモの細かさといい、違和感の正体にすぐ気づける事といい、彼女は案外視野が広いらしい。
梶谷は莉音がメモをとり終えるのを確認すると声をかける。
「……他のところも見てみよう!
アンタが味方になってくれてよかった。」
「うん!」
初めて、といっても過言ではない彼女の笑顔を見て梶谷も少しばかり安堵した。
それから2人は倉庫に向かった。
メガネの女性が何もないところを、息を止めながら見ている。彼女が駆け出そうとした瞬間、気配なくメガネの青年が近づき、彼女を消してしまう。
『千藤さん、大丈夫ですか?! この女を退場させました! もう安全です! あとは端末を温室の熱で……!』
その言葉を最後に影は消えてしまう。
しかし、ここで初めて固有名詞が出てきた。千藤、と呼ばれた人物の影は出なかったあたり、事件に関わっていない者は表示されないのだろう。
それらのことを事細かく、莉音が記載していく。
次に2人は倉庫へ向かった。
4つ目の事件については隠し部屋で行われたため確認が叶わない。
3つ目の事件のボタンは倉庫にあるが、1人目の事件は温室で発生するためスルーして2人目の方から見ていく。
長髪の女性が、身長の高い女性をバットで殴るシーンから始まる。倒れた彼女はずるずると体を引きずりながら、裏庭を通って表に向かう。
その最中はずっと、めぐみ、という言葉を繰り返していた。
一方で長髪の女性は慌てたようにその場を去り、B棟の方に戻っていき、ついた先で何やら端末を操作していた。恐らく遠隔による【強制退場】を行なったのだろう。
1人目の方も追ってみた。
1人目のツインテをつけた少女は尋ねた。
『らいらいとさぁ、このままでいいのかな〜って。』
『は? 何で桜庭くんのことを私に聞くのかしら?』
『……それは、その、こゆっきー、らいらいと仲いいじゃん。』
『貴女が、それを言うのね。本当に、理解してないのね。』
その言葉を最後に彼女は素早くツインテの少女を眠らせ、そして温室に引きずっていく。
彼女は、ツインテの少女の端末を漁り、それで消しているように見えた。
「……何か、私が言うのも何だけど極限、って感じだよね。前のゲームの人たちも追い詰められていた、というか。」
「武島さんの言う通り。でも、今回のゲームも、このきっかけになったゲームも、1つ目の事件が階段からの転落がきっかけだったり、3つ目の事件の被害者が2人だったり、何か関係あるんすかね?」
2人が首を傾げながら影を追って温室に向かうと、そこには石田が何やら花壇に侵入して物色しているようだった。
「石田さん! 何してんすか!」
「ああ、梶谷。こっち来て。」
ちょいちょいと彼が手招きをするとそこには寂れたような大きなパソコンに取り付いた奇妙な植物が存在していた。
以前、温室に来たときは、勘づきそうな美波は完全にダウンしていたし、他のメンバーもいっぱいいっぱいで再生される様相をみつめることしかできなかったため、気づかなかった。
「よく見つけましたね……。」
「5つ目の事件が、どうも気になって。さっきちょうど再現が終わったんだけど、どうも変なんだよ。」
「変なんすか?」
彼はこくりと頷く。
促されて再生ボタンを押すと、会話の途中から再生が始まった。
『この装置は【サポーター】のみが使えるいわば最終兵器。あなた達を守るためのもの、でも、今の私じゃ使えないの。』
『【サポーター】なんか、関係ないよ。どうやったらみんなを、赤根さんも助けられる?』
『……風花くん、』
『もしかして、オレのアバターを渡せば助かる?』
そこで一度プツリと動画は切れて、新しい場面になる。赤根と呼ばれた人物の影はぐったりと倒れており、風花と呼ばれた影は駆け足で温室から出て行く。
そして出入り口のところで自身の端末を起動させて1人で話し始めた。
『3人とも、久しぶり! って言っても3人はそう久しぶりな感じしないか。さて、時間もないから手短にいく。赤根さんのことはもう本人から聞いてるだろうから省略する。オレが話すのは、3人がオレの世界に行った後、ーーーーーーー。』
再びノイズが入り、場面が変わる。
次は温室の中で、彼が植物の中のPCに触れる。
『アバターの入れ替わりを済ませればいいんだよな……?』
彼が起動すると再び場面は一転。
彼の影が、何故か先程の赤根のような口調で話し出したのだ。
『……この部屋は、外部からの一切の通信が叶わない代わりにウイルスの影響も受けない。
そして、この装置を使うことが唯一脱出の手段だった、んだけど。それにはどうしても必要な条件があったんだ。』
『この世界の終焉は私の手で行われること、そして次の世界を構成するための記憶。』
『ダストボックスに入るにはログインルームからログアウト処理をすれば行ける……けど、行けるのは1人だからよく考えてね。』
『ないかな。おそらくウイルスからのメッセージだと思う。スズキさんがそんなこと命じるとは思えないし。何か情報が得られれば、って思っていたんだけど。』
これは1回目の再生では流さられなかった内容だ。
意味がわからず石田を見やると彼自身も驚いた表情を隠せずにいる。
「……毎回、ここの事件の再生だけ変わるんだよ。」
「何でっすか?!」
「……これ。」
躊躇い気味に彼は手に握っていたUSBの蓋を見せてきた。
本体は植物の根本にある端子に挿さっていた。
「どこで手に入れたんですか?」
「……木下の世界で。赤根って人から貰ったんだよ。」
驚くべき名前が挙がったことに、2人は目を見開く。石田自身も困ったような表情を浮かべながらも、説明をし始めた。
「貰ったのは屋上だよ。2人はあまり行ったことないから気づかなかったかもしれないけど、あそこはずっと誰かに見られているような感覚があったんだ。」
「……誰かって、【スズキ】さんじゃないんですか?」
莉音の問いかけに彼はゆるりと首を横に振る。
「オレも最初はそう思っていたよ。
でも、あの世界で屋上を調べていたとき、今みたいな光の影が、言ったんだ。
『私の世界に来たら使って』って。それでここで彼女の声を聞いて確信した。あの光は【赤根】だって。」
「じゃあここは誰かの世界、ってわけじゃなくて、前ゲームの【サポーター】、赤根さんの世界ってこと?」
「そうなると思う。」
石田は頷く。
ふむ、と3人は顔を突き合わせて首を傾げる。
「今回は誰かが犠牲になるわけではなくただ前のゲームの世界に来ているってことですね。
……なら、助けが来るまでここにいられるんじゃないですか?」
名案と言わんばかりに彼女は目を輝かせる。
しかし、梶谷はゆっくり横に首を振る。
「実際のところ、それは難しいっす。端末を切って【スズキ】と連絡を取れないようにしたからといって4日間の期限も消滅するとは考えにくいっす。
正しく解釈すると、ここは【サポーター】の世界、もしかしたら酒門さんの新たな世界と言ってもいいんじゃないでしょうか。」
「飛躍しすぎな気もするけど……、梶谷の言うとおりだったら、期限は必ずあるってことだよね。」
石田もとりあえず納得はしてくれたようだが、眉間にしわを寄せ、悩ましげに首を傾げる。
「でも、その石田さんのUSBのお陰でここからたくさん情報を得られるってことですよね? なら、何度も再生させて情報を集めませんか?」
「そうっすね。何回か回してみましょう。」
莉音の意見に同意して再び再生を始める。
やはり何パターンかあるみたいで、莉音が事細かに記載する。
そして10回目くらいの再生であろうか、そろそろ再生されるものに重複が見られれようになってきたとき、彼女の影は驚くべき爆弾を投げてきたのだ。
もちろんそれは風花という青年に向けたものであったが。
『【サポーター】は世界が進めば進むほど、精神が壊れていく。理性も何もかもが。
この世界が終わる頃には100%、いつまで保つか分からない。
スズキさんならどうにかできるけど、介入できない状況。』
『スズキ、のこと何でそんなに信頼してるんだ?』
『……だって、スズキさんは味方だよ。だって彼女は、私だもの。』
『それってーーーーーー。』
そこでブツン、と映像は切れた。
3人は顔を見合わせて戸惑う。
「え、これって、赤根さんが、【スズキ】さんってこと?」
「いや、おかしいでしょ。だって、このゲームって8年前に行われたものでしょ? その会社だって倒産して国支援も無くなった。その中でどうしてルームの管理者が8年も経って再開するの?」
「……それは。」
「……でも、同一人物とは限りません。このゲームの赤根さんは当時のスズキさんと同一人物なのかもしれませんが。」
梶谷は指を2本立てた。
「可能性は2つっす。
1つ目は武島さんの言う通り、【スズキ】の正体が赤根さん。
2つ目は別人物。でも別人物だった場合、前のゲームを知っている人物の可能性が高い。
前回ゲームと共通があるなら【スズキ】はゲームプレイヤーとして潜り込んでいる可能性がある。
それに……。」
梶谷が苦しげな顔をする。
そう、もう1つ彼にとっては何よりの絶望を告げられたのだ。2人もそれを察しているが、あえて言葉にしなかったのだ。
「もし、酒門さんが言ったことが本当なら、……彼女はこの世界の終わりとともに、【サポーター】として、壊れるってことっす。」
「「……。」」
莉音は静かに涙をこぼし、敵意を向けていた石田さえも下唇を強く噛む。
ああ、また大切な人が失われかけているのか。
いや、同じ過ちは二度としまい。
梶谷は目を雑に擦ると再現される影を見つめながら固く決意した。




