終わりのない悪夢
梶谷は目を覚ました。
そこには残りの参加者が皆、一様に倒れていたが、ただ1人、美波のみは身体を起こした状態で項垂れていた。
額には脂汗が滲んでおり、何かに耐えているような、苦しそうな表情だった。
「ああ、梶谷。目覚めた?」
「あ、はい。ここは、次の世界っすか?」
「そうだよ。でも、ただの【箱庭】じゃない。」
美波の言いたいことが分からず梶谷は首を傾げる。彼女は仕方なさそうに、少しだけ微笑む。久しぶりに緊張感のとれた彼女を見たような気がした。
「それは、みんなが起きてから説明するよ。」
「分かりました。」
それから梶谷は莉音、千葉と起こしていく。石田と楓については2人を起こしている間に自力で起きたようだった。
「あの、これ。」
いつの間にか莉音が部屋を抜けて濡れたタオルと氷嚢を取りに行っていたらしい。それを美波に渡す。
彼女の行動に驚いたように目を見開いていたが、礼を言うとそれを素直に受け取った。莉音からも安堵の色が窺えた。
しかし、石田は美波に対して警戒を崩さない。
「……ほのぼのとしているところ悪いんだけど、説明してもらうからね、酒門。」
「そうだね。木下の世界と、千葉の世界になってから、私が知ったこと、何を狙ってこの世界に来たか説明する。
その前に、全員。端末をはじめとした電子機器は電源をつけないでね。」
「何でだ?」
千葉は不思議そうに首を傾げた。さすがというべきか梶谷はすぐに自身の考えを述べた。
「もしかして電子機器をつけると、【スズキ】に連絡がついちゃうから、っすか?」
美波はこくりと素直に頷く。
「今から今回のステージについて話す。
もしかしたら、ここに今回の【箱庭ゲーム】の目的が隠されているかもしれないから。」
「目的?」
石田は訝しげにしながらも美波に尋ねた。彼は美波以外の4人の中で唯一冷静を保っているようだった。
「【スズキ】が頑強にロックをしていたプログラムをこの世界にダウンロードした。おそらく、動画になかったあの部屋だと思う。」
「何でそんなこと思うわけ?」
「【スズキ】とやりとりしていく中で、私の印象だけどどうしたってあの人に具体的な目的を感じられなかった。
そして外部に公開することなく【スズキ】の手の中で済む話ならば、このゲームの過程とかエンディングに何か括りがあるんじゃないかって思うんだよ。」
肩で息をしながら美波は語る。
えーと、と楓が迷いながらも自身の意見を述べる。
「つまりは、その隠されていたプログラムに、【スズキ】の動機を求めるってこと?」
「そう、そしてその思惑と別の方向にゲームを進めれば何らかの手立てが見つかるかもしれない。それにもし、この世界にヒントが無くてももう1つの世界に移れば……。」
いや、と彼女は首を横に振った。
考えたくもない、仮定の話なのだろう。
「じゃあ、すぐにでも探索に行った方がいいですよね?」
「武島の言う通りだが、オレからも1つ聞きてぇ。」
座り込んだ美波に視線を合わせて彼女の眉間を千葉が指差す。
「お前がそんなに苦しそうなのは【サポーター】になったからか? 久我が残した情報の通り、【サポーター】は暴走するのか?」
「はぁ、何それ。」
莉音も楓も、その内容について知らない3人はあからさまに体を硬らせる。
美波はその3人の表情に、悲しそうにしながら答える。
「それもあるし、今【スズキ】が必死にこの世界にアクセスしようとしている。その影響。」
「……そうか。なら仕方ねぇな。」
千葉が美波に対してしゃがんだまま背を向けた。その意図するところが分からず美波は目を丸くするしていた。
「もしかして、千葉さんがおぶった状態で探索するってことっすか?」
「そうだよ。今回未知の世界なんだろ? なら、全員一緒に動いた方がいいだろ。」
「……おぶるならオレがするけど。」
「アンタはオレより判断速いし身体能力高いからフリーの方がいいだろ。」
千葉の言葉に言い返すこともせず、石田はあっさりと受け入れた。
ちょいちょいと梶谷は手招きされ、美波に近づくと彼女は自身の端末を梶谷に渡してきた。梶谷は一瞬何が起きたか分からず端末と美波の顔を交互に見た。
「万一暴走したときに千葉を消さないように、ね。おぶるってことは首元のコード無防備だし。」
「姫抱きや俵担ぎでもいいけどよ。」
「却下。」
呆れたように千葉の冗談を突っぱねる余裕はまだあるらしい。梶谷はつい噴き出してしまった。
この空気ですこし緊張が解れたのか、石田も莉音も楓も肩の力が抜けたようだった。
さて、当てがないため探すのは適当ということになった。玄関まで行ってみたが特に何の変哲もない施設、といった感じであった。
「久我さんに聞いた通りに、第一の事件の現場から行ってみます?」
「よく分からないけどそれでいいんじゃないかな?」
「久我さんが言った順ってなると、1つ目がB棟奥の階段、2つ目が図書館、3つ目が倉庫、4つ目が隠し部屋、5つ目が植物園、すね。」
「……その世界でも1つ目の事件は階段関連なんですね。」
莉音の指摘にふと納得する。
それは美波も同じであったように、少し悩むような様子を見せる。
たどり着いた答えは決して良いものではないであろうが。
「着いたね。」
石田を先頭に現場に向かったが特に変化は見られない。はて、と皆が首をひねる中、梶谷は階段の壁面に付いているボタンが気になり始めた。
梶谷はふと何気なくそのボタンを押した。
あまりにも躊躇いなく押したものだから周りは一瞬認識できなかったのだろう。
突然現れた階上の影に注意が向く。
『……お前、サポーターだろ?』
『何を言っているんだい? 訳が分からないな?』
「は、何だよこの声!」
「というか、梶谷くん何か押したよね?!」
千葉と莉音があからさまに驚いてみせる。
石田は躊躇いなく踊り場まで向かい、様子を見る。
彼の目の前で、自身より少し小さい影と同じくらいの体躯の影が何やら言い争いをしているのだ。
不気味だが、影はどうやら自分に気づいていないようだ。
押し問答になっているうちに影は1階にいる面子に見えるところまで移動する。
『クソ!』
『させるかよ!』
影の1人から何か四角いものが飛び出した。
それは端末のようなサイズだった。
大きい影が小さい方に掴みかかり、足を縺れさせた2人はゴロゴロと、しかし音を立てずに床に投げ出された。
石田をすり抜けて、だ。
当の本人は勿論、他もその影を呆然と見つめている。
先に起き上がったのは小さい方の影だ。
投げ捨てられた端末のようなものを探り当て、何やら操作しているらしい。
『もしかしたら……。』
ここで影の再生はぷつり、と終わった。
梶谷は先程何気なく押したボタンをみたが、特に変化はなかった。
「……何だよ今の。」
「もしかして、これって過去の事件を再生するボタンじゃないっすか?」
「確かに、それなら今のは久我に聞いた事件の、1つ目と同じだ。」
「そんな悪趣味な……。でも、間違い無いのよね?」
失神しそうな顔の蒼さであったが、楓はなんとか堪えて尋ねると、美波は頷いた。
「嫌な人は目を瞑ってていいんで、もう1回再生してみてもいいっすか?」
「ぅ、ぁ、私は、見るよ。」
この場で1番頼りない莉音が真っ先に頷いた。
意外だったものの、全員がもう1回見ることに同意した。
やはり、やりとりは変わらず、小さな影と大きな影の押し問答、そして何らかの事件の一端を見ることとなった。
「……酒門さんの話を信じるなら、これは久我さんの先輩と前回のゲームの原因となったウイルスが取り憑いたアバターのやり取りってことっすよね。」
「そうだね。でも、今回は違う。被害者は綾音で、加害者は【サポーター】の役割を与えられたであろう久我だよ。」
「なら、そもそものゲームの流れが違いますよね? 確か【スズキ】さんは、ニューゲームとか何とかって。」
はた、と皆の動きが止まる。
そして、美波は何か思いついたように目を丸くしたが、それ以上のことは述べない。
「他の部屋もみよう。
図書館、温室、倉庫、あと隠し部屋は難しいかもしれないけど。」
美波の提案に従い、順を追って確認していく。
図書館では女性が青年に背後から消された。
庭園では放置された女の子が消された。
同じ場所で女の子と男の子のアバターの中身が入れ替わり、共に消えた。
裏庭では、女性がバットで別の女性を殴り隙をついた上で消した。
残念ながら隠し部屋は出入口が見つからず確かめられなかったが、恐らく凄惨な再生を見せられるのだろうことは容易に分かる。
そして、誰もが解決策を探す最中、頭の中に一度は絶望を描いていたことに変わりはなかった。




