生きて
消そうと思いました。
生きることを諦め、このゲームにおいて足を引っ張る彼女を利用して。
しかし、彼は私の急襲などいとも容易く避けてしまい、私は物品の箱に飛びかかることになってしまいました。
「……なぜ木下が?」
「……これは武島さんの端末です。武島さんに頼まれて来ましたがどうも貴方に信じていただける気がしなかったので。」
私は浅はかと思いながら嘘を吐く。
彼ははじめキョトン顔で私のことをジッと見つめていましたが、突然爆笑し始めたものですから、頭がおかしくなったのかと思い私も彼の顔を覗き込んでしまったのです。
「そうかそうか! やはり武島さんには難しい提案だったか! ……それに酒門も忙しそうだしな。」
彼は背を向けると、私に無防備にコードを晒したのです。
「なぜ貴方は、武島さんを、皆をそこまで信じられるのですか?」
ふと純粋に疑問に思ったことを尋ねてしまいましたが、今思えば勘の鋭い彼はこの時点で気づいてもおかしくないのです。
「こんな世界に召喚されちまった時点で、能のないオレが役に立たないことは明白だ。ならば、誰かの、皆のために消えるが本望さ。」
この人は、見抜いた上でこの選択を。
でもこの言葉は、私にとっての挑戦状に等しいのです。ならば。
「受けて差し上げましょう。
貴方の好きな、男らしく正々堂々、と。」
彼は武島さんが来ないと、酒門さんや梶谷さん、皆さんが真実に辿り着くことを信じてやまないのです。
恐らく、彼が武島さんを贔屓してしまったことも、そのことを後悔していることも、全て真実なのでしょう。
だから私は躊躇いなく彼を【強制退場】させ、工作に移りました。
怯えているばかりの私も、この時だけは自分のためだけに戦ってみたいと、浅はかにも思っていたのですから。
それきり、美波も、菜摘も言葉を発することはなく少しばかり時が進む。
言葉を発したのは、意外にも内気な彼女だった。
「……木下さん。」
「何ですか。消すならさっさと消せばいいではありませんか。私は自らログアウトをするほどお人好しではありませんよ。」
どことなく刺々しい口調に怯むことなく莉音は会話を続ける。
「その、ごめんなさい!」
思わぬ謝罪に菜摘は一瞬驚いた表情を浮かべたが、みるみる憎しみを前面に出して彼女に掴みかかった。
「全く、死にたがった貴女が生き残って、誰よりも生き残りたかった私が消えるなんて、理不尽にも程があります!
いいですか、武島さん!」
今までの上品な彼女は何処へやら、顔面は涙でぐしゃぐしゃになっており鼻頭も真っ赤になっている。莉音は決して泣かないように堪えているのだろうが、すでに涙は溢れていた。
「何が何でも、貴女は残って全員救うことに尽力なさい! それが、唯一できることで、誰もが望んでいる第一課題なのです。」
「……うん。」
彼女はゆっくりと頷く。今までの、どの言葉よりも強く、強く。
「……酒門さん、まさか貴女にしてやられるとは、思ってもいませんでした。
恨んではいないと言えば嘘になりますが、これが貴女の最善と考えるならば、それ以上のことは問いません。貴女が強情なのはよく存じておりますから。」
「……悪いね。」
美波は決して菜摘から視線を外すことなく謝る。
その潔さに諦めたのか、彼女はふと微笑んだ。一方で梶谷と楓は動揺を隠しきれず、また石田は警戒を露わにしていた。
「木下さん、」
「何ですか?」
一方でこの2人だけは互いに向かい合っていた。そして、莉音は意を決したように彼女に問いかけたのだ。
「私が、ログアウトさせてもいい?」
菜摘は彼女の言葉に驚き目を見開いたが、すぐに穏やかな表情になると、ゆっくり頷いた。
それから、彼女は多くを語らず、また別れの言葉も告げず、静かにログアウトしていった。
しかし、異変は息を吐く間もなくやってきた。
モニターには赤字で【error】の文字が浮かび上がる。
「なっ、何これ……!」
「酒門、何したの?!」
楓も莉音も、溢れていた涙は引っ込んでしまったようで、揺れでそのまま腰を抜かした。なんとか踏みとどまった石田は険しい表情で冷静に壁に触れる彼女に問うた。
「……こんな早く、切り替わるのは予想してなかったな。」
『酒門美波ィ!!』
彼女の独り言をかき消すような怒号が、音割れしながら部屋中に響く。一瞬警告音も消えたかと思うくらいだった。
『アンタ、なんてことをしてくれたんだ!
このままじゃあ、私のゲームが……ただでさえあの2人が消えたっていうのに、何で自分を【サポーター】に書き換えやがった!』
「は、【サポーター】は久我じゃ……?」
「えっ、それならログアウトできてるはずですよね?」
顔がぐちゃぐちゃのまま、慌てた莉音が尋ねる。彼女については、今までの隠し部屋などに関する情報を知らないのだから当然のリアクションだ。
「いや、【サポーター】が本来久我さんならもうゲームは終わってるはずっすよ。」
「でも、隠し部屋以外端末の使えなくなる部屋ってあった?」
「……ないね。」
美波の問いに石田が答える。
そう、もし前回のゲームに沿ったカタチで、久我が語ったことに寸分のミスも無ければ、もう1部屋、あるはずなのだ。
なぜなら、前回のゲームには、ゲーム開催をした元凶である【ウイルス】という名の原因がいたのだ。
しかし、今回部屋はない。
はっと梶谷は息を呑んだ。
「もしかして、最初から【サポーター】の消滅に関わらず、オレたちにゲームをやらせるつもりだったんすか?!」
『黙れ黙れ黙れ! お前たちはただのキャラクターだ! こうなればリセットをしてやる! お前らを殺してもう一度ニューゲームさ!』
「……間に合わないよ。」
モニターの向こうでキーボードを叩いているらしい発狂した【スズキ】に淡々と、彼女は述べた。
「ゲームは続く。
アンタが私たちを殺すには直接肉体を殺すか、ゲームで廃棄するかだ。
でもアンタに前者を選ぶことはできない。」
『うるさいうるさいうるさい! 』
「なぜなら、アンタの一部もこのゲームに参加しているから。そして、このゲームをアンタの支配下から切り離す。」
なぜ彼女はここまでできるのか。
自身が【サポーター】となり、消されてしまう懸念はなかったのか。
【スズキ】に消される恐怖は無かったのか。
何故自身が死ぬことを恐れないのか。
梶谷が口を開こうとした時、モニターから聞こえる警告音の音量は一気に上がる。
とてもでないが立っていることも困難なほどだ。
必死に耳を塞ぐが、抵抗などできない。
何やら美波が【スズキ】に向けて言葉を発しており、【スズキ】が言い返しているようだ。
警告音で怯える一方、梶谷の中の冷静な部分は、またゲームが始まるのか、と冷静に分析しながら、梶谷は意識を手放したのだった。
まさか彼から連絡が来るとは思っていなかった。
夜勤明け、高校生が14名も行方不明になった事件、何だか聞いたことのあるようなないような事件だと欠伸をしながら道を歩いていたら、懐かしい名前から連絡があった。
「……もしもし。」
『眠そうだね。夜勤明け?』
「……そうだよ。というか、春翔も疲れた声してるね。今回の、担当なの?」
『はぁー、君たちはいかんせん勘が鋭いね。』
「たち?」
ということは、恵にも連絡がいっているのか。
この3人の共通点といえば、前回の【箱庭ゲーム】の終焉に立ち会ったことだ。
嫌な予感を働かせていると、電話口の向こうの声が真剣味を帯びる。
『本題だけど、至急協力してほしいことがある。事件の詳細については今は話せない。申し訳ないけど仕事も数日休んでほしい。』
「例のゲームが関わってる、ってことでいいよね?」
彼は肯定した。
まさか、高校生行方不明事件ではないだろうなと思考を巡らせる。
あの凄惨な事件が再び起きようというのか。
それならなぜ、どこの誰が、
そして自分が招集される理由は嫌でもわかる。
「……もう一度、あの世界に。」
正直なところ、御免だ。
でも、今度こそ【箱庭】を壊さなければならない。
舘野琴乃は、行き先を変え、警視庁に向かうバスへと迅速に乗り換えた。




