地獄へのカウントダウン
「何これ。」
深夜、美波はAIがあるという部屋に訪れて顔を顰めた。というのも、机の上に大量の睡眠薬があったのだ。
忌まわしいあの派手なパッケージだ。
彼女が睡眠薬を回収していると背後から小さくぁ、と息を呑んだ声が聞こえた。
振り返ると莉音が青い顔をしながら震えていた。
「何で酒門さん、というか、それ……返して。」
「返してどうするわけ? 誰かを消す? それとも自分で飲む?」
彼女の鋭い質問に、莉音は諦めたように萎れてしまう。そして、ぽつりぽつりと使用用途について話し始める。
「……もう、消えたいんです。矢代さんも守れない、何の役にも立てない、私なんて。」
「その命は、今まで消えていった人たちが喉から手が出るほどに求めていたものかもしれないにも関わらず?」
「……。」
彼女はうつむき、静かに目元から涙をこぼす。
「武島、アンタは何もできないわけじゃない。それにまだアンタのことバカみたいに信じてくれてる奴だっているじゃない。
せめて、その人に相談してみたら?」
「……考えてみます。」
莉音は納得したのかしていないのか、そのまま睡眠薬を諦めて部屋を去って行った。
美波はその背を見送ると、パソコンに再度向き合った。そして、凍結されたファイルを開き、中身を確認する。【スズキ】が打ち込みそうなパスワードを適当に叩き込んでいると、まさに当たりといったものがあったらしい。
「これって……。」
しかし、表示されたのは一瞬。パソコンはすぐに再起動を始めてしまった。やはりオンラインのものは【スズキ】の手の内にあるらしい、美波は早々に諦めて、その部屋を出て、彼らの部屋にとあるメモを挟むことにした。
梶谷はノックの音で目を覚ました。
仮想世界の中にも関わらず、筋肉痛というものが存在してしまうのか。
部屋を見回してみると、千葉と石田がぐっすり眠っている。男女ともに人数が少なくなってきたため一纏めになって寝ているのだ。
「はい……。」
「ちょっと起きて起きて! 部屋にこれがあったのよ!」
楓に詰め寄られて眠っていた頭が徐々に起きてくる。渡されたメモを見ると、酒門よりというサインがまず目に入った。
そして順に内容を追っていくと、昨晩あったらしい莉音の行動について書かれていた。
『武島が睡眠薬をダウンロードしていたことは知ってる? その薬は服用されず、バックヤードの部屋に溜め込まれていた。大量摂取の可能性があったから私が処分しておいた。信じられないならグランド側で燃やした跡があるから確認するといい。
慌てて対処する必要はないと思うけれども、注意しておいた方がいいと思う。』
「バックヤードの部屋にあったんすね。」
「えっ、心当たりあったの?」
「ええ、昨日不審な動きをする彼女に出くわしたもんで。確認したけど見つからなかったんすよ。」
梶谷は肩をすくめる。
それにしても、そのメモは男子部屋でなく女子部屋に挟まれていたのか。彼女のことだから千葉か自分に渡してくれると思っていたのに、と内心悲しくなる。
それから千葉と石田を起こし、事情を楓から説明してもらう。梶谷がカフェテリアに向かうと不機嫌そうな表情を浮かべる菜摘が煎茶を飲みながらため息をついていた。
「あら、梶谷さん。おはようございます。」
「おはよっす。何か気分悪そうですね……。」
「当たり前ですわ。」
仮面のような笑顔を貼り付けたまま、抑揚なく彼女は答えた。
「だって何もしていない、何もできない、ただ私達を惑わせるだけの彼女がなぜこんなにも周りに支えられているのでしょうか。腑に落ちませんわ。」
「核心的な何かをしたわけじゃないっすけどそんな言い方、」
「大丈夫、よく存じております。世の男性がああいった可愛らしく守りたいような存在に弱いことを。」
この時は少しばかり梶谷も琴線に触れた気がした。しかし、ちょうど千葉や石田達が部屋から出てきたため話は中断されることになった。
その後、朝食にやってきたのは須賀だけで、相変わらず莉音と美波は姿を現さなかった。美波に会ったことは報告したが、【綾音】のこともあったため、ある程度内容を伏せて報告した。そのせいか、話題はほとんど広がることはなかった。
約束の時間まで暇だったこともあり、梶谷は皆をバックヤードの調査に誘った。しかし、賛同を得られたのは石田と千葉、楓という参加者の半分だけであった。
須賀は何やら調べたいところがある、といい、菜摘は施設全体を調べたいとのことであった。恐らく彼女に関しては、犠牲者たちのAIと顔を合わせたくないということもあったのであろうが。
4人はそのままバックヤードの部屋に向かった。パソコンの操作は簡単なものだったので、昨日美波にパソコン禁止令を敷かれた梶谷に変わって石田が席に着いた。2人は不思議そうにしていたが特に言及することはなかった。
『こんにちは〜。今日はその4人なんだね、妙な組み合わせ!』
そのように愉快そうに笑うのは【荻】だ。
前回の世界同様、この【箱庭ゲーム】の記憶は持ち合わせておらず、そして前回の世界で伝えた内容についても記憶を失っているようだった。
「ねぇ、私ちょっと気になることがあるんだけどいい?」
「どうした?」
楓がうーん、と悩む様子を見せながら話し始めた。
「前回の世界でAIが入ってたパソコンってこんなにデスクトップガラガラだったっけ? まさに初期化したパソコンにAIのファイルを貼りつけたような感じなんだけど。」
「確かにそれもそっすね。」
楓の指摘はごもっともだった。意外にもその答えを出す案を提示したのは千葉であった。
「なら【矢代】のAIを起動すればいいんじゃねーか? どうせ昨日武島が話してただろうし、その履歴が無きゃ新しいファイル貼られたってことになんねー?」
「なら【矢代】を起動するよ。」
石田が手早くダブルクリックをするとすぐに【華】が起動された。
『やっほー、みんな元気〜?』
「元気っすよ。昨日とか今朝武島さんに会ってないっすか?」
うーん、と画面の向こうの彼女は可愛らしく首をかしげる。
『莉音のことは見てないぞー? 何かあったのかー?』
「いや、何もないっすよ。」
『修輔待て待て〜。』
ストップをかけてきたのはAIの彼女だった。珍しく真面目そうな表情を浮かべていた。
『みんなどこか顔色が悪いし、何かあったのか〜?』
4人は一瞬動きを止める。
果たしてゲームのことを伝えるべきか、全員の頭にその考えがよぎったのだ。4人は彼女に背を向け小声で話し合う。
「どうする?」
「……私は伝える必要ないと思う。だって自分が消えたことを知るなんて可哀想じゃない?」
「オレも伝える必要ないと思う。何か情報が引き出せるわけでもないし、香坂の言ってたことだけど、これは【矢代】じゃない。」
千葉も、必要ない派に流れそうになった時だった。
「オレは、彼女に伝えるべきだと思うっす。何かが変わるわけじゃないですし、無駄かもしれませんけど、でも、」
「……オレも、伝えた方がいいと思う。」
梶谷がはっと千葉の方を向くと彼は笑顔で頷いてみせた。
「無駄なら無駄でいいだろ。もしかしたら役に立つ可能性だってあるかもしれねーし。」
「……好きにすれば。」
「そうだね、【華】ちゃんが知りたいって、言ったこと全部伝えよう。」
それから、背後で心配そうにする彼女に再度向き合い、4人が伝えられる限りの情報を伝えた。彼女と関わりが深かったわけではないからこそ、なるべく客観的な内容のみを。
徐々に彼女の表情に陰りが生じるが、話し終えるとふと笑みを見せた。
『最後まで話してくれてありがとなのだー。でも、本物の華が何を想ってたか知るには、【華】は何億通りもシュミレートしなきゃいけないみたいなのだー。』
「聞きたくなかったっすか?」
梶谷がおずおずと申し訳なさそうに尋ねると、画面の向こうの彼女はゆるゆると首を横に振った。
『そんなことはないよー。でも、少し莉音と話したくなったかも。もし会ったら来てもらうように伝えてくれると嬉しいぞー。』
「分かったっす! 約束!」
梶谷が食い気味で答えると、【華】は嬉しそうに微笑んだ。
約束の時間になり、石田と梶谷はホームセンターの部屋に向かった。昨日と同じ場所に、すでに美波は座り込んでいた。
接近した2人にも気づかず俯く彼女に違和感を覚えつつ、梶谷が声をかけた。
「あの、」
「うわ、びっくりした。」
「びっくりしたのはこっちっすよ。体調悪いんすか?」
「いや、大丈夫。」
重いため息をつきつつも端子を渡してきた。
どうやらすぐに石田の端末はオフラインになったらしく、【綾音】をコピーする環境は整っているようであった。
「あのさ、単独行動、やめた方がいいんじゃないの? それに何で自分の端末にコピーするって言ったの。」
どうせオレの端末に書き込むのに、と石田がズバリと指摘すると彼女は諦めたように話す。
「……私はずっと隠し部屋にいるからどっちにしろ端末は使えないんだよ。それに出入口を消したのも私だしね。」
「何でまた1人で……!」
梶谷が苦しげに言うと、美波は無感情に答える。
「これ以上は言えない。それにアンタなら分かるはず、だってこれは……。」
「内緒事、しないでって言ったじゃないっすか!」
ここで初めて彼女の顔が歪む。
何より視線を逸らしたのが答えだった。梶谷は悔しそうに、下唇をぐっと血が滲むほどに強く噛んだ。
「……私が言えるのは、信じてほしいってことだけ。それに今やってることは決して今の世界で意味をなさない。だから、2人にはこの世界でできることをやってほしい。
私は私のやり方でしかできないから。それと、」
「それと?」
少しばかり警戒心を抱いているらしい石田が尋ねた。
「武島、気をつけた方がいいかもね。思い詰めてたから。……なるべく私も気にかけるけど。」
「はぁ、わかったよ。」
強情な彼女の言い分に諦めたのか、石田は了承したように頷く。美波は僅かに安堵したように礼を述べると、そのまま部屋から出て行った。
一方で、梶谷は表情に暗い影を落としており、石田としては彼女を追いかけて出入口を知りたいところであったが、彼を放ってはおくことはできなかった。
美波は頭を抱えていた。
さすがに彼のあの表情はクるものがあった。
「……はぁ、さすがにしんどい。」
彼女は目的の場所に向かう前にとあることを済ませるために階段を上る。
どうやら背後から何者かが尾けてきているようだが、これも想定済みだ。
「おう、集まったな。」
「悪かったね、遅れて。」
「……。」
先に来ていた須賀は朗らかに笑う一方、莉音は陰鬱な表情で彼女を一瞥した。美波はドアを僅かに開けたまま2人に向き合う。
「で、話って?」
おう、と彼は笑った。
しかし、次の瞬間、その笑顔は消え、彼はその場に正座して真っ直ぐに2人に対した。
さすがの迫力に美波も身構えた。莉音に至っては、反応する余裕もないほどに消沈しているようであった。
「……何?」
「2人には、特に酒門には申し訳ないことを頼みたい!」
「は?」
しかし、彼の口から出たのは驚くべき言葉だったのだ。
「オレを【強制退場】させて、武島さんを脱出させてほしい! 酒門にはその協力を依頼したい。」
何を言っているんだこの男は。
深く深く頭を下げて床に擦り付ける彼を、愕然としながら見下ろす。一方で、いわゆる犯人として名を挙げられた莉音は口元を抑え、わなわなと震えていた。
驚きつつも、美波は冷静だった。
だからこそ、とある考えが浮かんでしまったのだ。【スズキ】の思惑を防ぐ、1つの手段を、残酷な方法を。




