孤独の先に得られるモノ
梶谷修輔という男は基本的に挫折を知らない。
やると決めたこと、それを実行するために必要なことは非情なまでに手を尽くす。
例え、それで負けたとしても恥ではないことを知っている。だから幼き頃、味わった敗北さえも糧にできている。
しかし、昨日の【スズキ】や麻結の言葉で思いの外、ダメージを受けていた。
『あなたたちの浅はかな作戦のせいで!』
『アンタは、結局、あたしらのこと救えなかったろうが!』
眠るとその言葉が頭の中をぐるぐると回る。
『みんながそう思いたいならそう思えばいい。私は私のやるべきことをやる。』
『……梶谷くん。』
あの強い背中に頼りっぱなしで、あの優しい『ありがとう』さえも返せていないではないか。
調査も進まない、AIの解析も、助けを求めることも叶わず自分は何をしているんだ。
今までの努力も、自信も全てが折れそうになる。
「起きろ梶谷!」
「あだっ!」
脳天に衝撃が走る。
慌てて身体を起こすとイライラしたような顔を浮かべた千葉が立っていた。
「珍しくちゃんと寝たと思ったら起こせど起こせど起きねーし! もう新しい世界にアップデートされたぞ!」
「うぇ?!」
「ほれ、朝飯食ってさっさと行くぞ!」
千葉に叩き起こされて梶谷は慌てて部屋から出る。
「って、呑気に朝飯食ってる場合じゃないっすよ! 早く調査に行かないと……。」
「オレはやっと酒門の気持ちが理解できたぜ。そりゃ頭働いてねーやつに自分の世界調べられたくねーわ。」
「え?」
梶谷は、寝起きの頭で千葉の言葉を反復する。
この男は確かに【自分の世界】と言った。
「……言っとくけど聞き間違いじゃねーからな。今朝見たところ、ここはオレの世界だ。」
「……なんで、」
千葉は静かに微笑むのみ。
「でも、オレでよかった。逆にこの状況だからこそ落ち着いていられるわ。」
「……絶対、オレが。」
助けます、という言葉はゆっくりと飲み込まれ、言葉にされることはなかった。
朝食を終えて調査に向かう。
この段階での危険は薄いため、今回は各自調査となっているらしい。改めて思えば人数も少なくなっている今、うかうかしていられないのも事実だ。
そしてもう1つ、この世界になってから美波を見た者がいないらしい。
千葉は改めて隠し部屋に向かったらしいが、やはり出入口は無かったらしい。おそらく出入口の無くなった隠し部屋の中に閉じ込められたか、はたまたーーーー。
嫌な考えを振り切るように頭を横に振る。千葉は訝しげに梶谷のことを見つめるが特に問いただしてくることはなかった。
「え、なんすか、これ。」
「だよな。オレも初めて見たとき戸惑った。」
B棟に向かうと早速須賀に出会った。
B棟は今までと異なり、図書館の場所や教室、自室など構成にある程度の規則性があったのが無くなっていた。
「おう! 梶谷、顔色が悪いが大丈夫か?!」
「大丈夫っすよ。須賀さんは……元気そうっすね。」
「まぁな! オレも何ができるか改めて考えたが、バカみたいに事実を確認し、皆を鼓舞すること、そして今度こそ武島さんを守ることしかできないと思ったんだ!」
ガハハ、と愉快そうに笑うが、千葉は呆れたように彼に尋ねた。
「別に恋愛すんのは勝手だが、どうしてお前は武島にこだわんだよ……。」
「ふん、まぁお前さんには分からんだろうが、まずはあの愛らしさだな! それに今は環境に参っているだろうが、根は真っ直ぐな人間だとオレは信じている!」
千葉は須賀に聞こえない程度の声で、ただのメンヘラにしか見えねぇ、と率直な意見を述べていた。梶谷は苦笑しつつ、話題を変えようと口を開く。
「早速、っすけど1階はなんかありました?」
「ああ、1階は図書館とゲームセンター、千葉の部屋、教室、ホームセンターがあったぞ!」
「ホームセンター?」
「バイト先だよ。」
だから物品の整理や把握が早いのか、と梶谷は勝手に納得する。
「相変わらずの他ルームの動向が書いてあるファイル、そしてお前さんの思考が書いてある本があったぞ。」
「ああ、いらねーよ。何もやましい事なんてねーし。」
そうか? と彼は手にとっていた本をおそらく戻す書籍の山に入れた。
「……ちょっと攻略指南書も確認した方がいいっすかね?」
「その攻略指南書なんだがな、どこにも見当たらないんだ。」
「「え?」」
2人が不思議そうに顔を見合わせたが、須賀の言葉は空耳でないらしく、須賀は申し訳なさそうに拳を握りこむ。
「すまん、オレの見逃しかもしれんから、もう少し調べさせてくれ……。」
「まぁ、無いっていうのは、それはそれで何らか意味はあるでしょうから。」
梶谷は頭を捻る。もしかしたら、彼女が持ち出しているのではないか。案外、彼女との思考は似通っているところがあったため、梶谷は何となくそう感じていた。
「あ、梶谷くんたち、いいところに。」
2階に上がると、廊下でちょうど楓と出くわした。
「もう調査終わったんすか?」
「終わったというか、出来ないというか……。もし千葉くんが良ければ、千葉くんの自室のパソコンあたり調べてみようかなって思ったんだけど。」
「別にタンス漁らなきゃ構わねーよ。つーか、できねーって何でだ?」
「ああ、実はね。」
彼女曰く、2階はリビングや職員室、バイトのバックヤード、ペットショップがあるらしい。そして、そのバックヤードにパソコンがあるらしいのだが、そこには、AIが存在しており、莉音がいるらしい。
「そのAIね、どうやら前回の世界の記憶は引き継がれてないみたい。荻くんのAIはまたあの皮肉屋になってたよ。それと、」
伝えることを躊躇ったようにも見えたが、彼女はまっすぐと2人を見据えて事実を述べた。
「華ちゃんと、麻結ちゃん、それに香坂くんのAIが増えてて、そこに莉音ちゃんが張り付いちゃってるんだよね。
なんか、同じ部屋にいるのも気にくわないみたいで追い出されちゃった。」
「……なら後回しにすっか。」
ため息をつく楓に対して、面倒くさそうに千葉は肩をすくめた。
「でも、ちょっと心配っすね。集合時間になっても戻ってこなかったら見に行った方がいいかもしれませんね。」
「そうだね、本当は美波ちゃんにお願いしたいけど、全然姿見ないもんねぇ。」
彼女も諦めたように、頭を抱えていた。
外へ行くと、さほど大きな変化は無いが殺風景な、元の世界に近いようなグランドや温室周りになっていた。
「シンプルっすねぇ。」
「オレ、グランドやましてや植物なんかに思い出そんなねーからな。バイト先に観葉植物とか置いてあったけど、オレそっちのコーナー殆ど担当したことねーから知らねーし。」
そう言いつつも、勝手に足は温室の方に向かっている。
「……実は倉庫の整理とか好きでした?」
「おう。」
いい笑顔で頷く彼が開いた温室には、少しばかり憔悴した様子の菜摘が、園芸用の椅子に座って頬杖をつきながら遠くを見つめていた。
2人が入ってきたことに気づいた彼女は慌てて立ち上がる。
「ご、ごめんなさい! 私ったら、休憩なんかして。」
「いや、それ言ったらオレだって寝坊したっすから!」
あからさまに落ち込む彼女に、梶谷も必死にフォローを入れる。
「でも休憩すんなら自室の方が落ち着かねーか? それかカフェテリアのソファとか。」
「……なんか、人の目があるとどうも落ち着かなくて。それに、その、」
肩を落としながら彼女は目を伏せて呟く。
「私が、直接何かしたわけではありませんが、前回の世界では、本当は私が消える予定でしたのに……。
私は、矢代さんと香坂さん、そして加藤さんの犠牲のもとに今こうして生きていると思うと、つらくて。」
確かに、言い方は悪いが誰かを踏み台にして今彼女はここに存在している。美波も、それを切っ掛けにゲームへの対抗心を強く燃やすようになっていた。
「オレも、万が一次の世界に行くことになるなら、いっそ、って思っちまうよ。」
「……千葉さん、それは。」
梶谷は嫌だった。
前に自身によくしてくれた、綾音と久我を失って、やっと美波と千葉を信じられるようになって失いたくないと強く思っていたからだ。
その心情を察してか、千葉は苦笑しながら雑に梶谷の頭を撫でる。
「冗談だよ、この世界で終わらせねーとな。」
「……やめてくださいよ。」
「わり。」
温室は特に変わりのないことが分かり、2人は菜摘を残して別の場所の探索を行うことになった。
外に出ると、ちょうど屋上から降りてきた石田に出くわした。
「石田さんは相変わらず屋上っすか?」
「うん、千葉が梶谷と調べてるなら他のみんなは容易に屋上行きにくいでしょ?」
確かに、身体機能がいい者はそれなりにいるが高所恐怖症やらで梯子が必要やらで自由に行き来できる場所ではない。
「屋上は特に変わりない、それに前回の世界で壊されたブレーカーは直ってたから、自家発電機も動いていないよ。
あと、倉庫も見に行ったけど、物品の内容は変わってなかったよ。ただ細かい場所の変化とかあるかもだから、倉庫のことよく知ってる千葉が後で確認した方がいいかもね。」
「分かった。」
梶谷が端末をふと見ると、はじめに千葉が教えてくれた集合時間が刻一刻と迫ってきていた。
「なら、報告会してからオレが行くわ。自室気になるようだったら勝手に入ってくれていいぜ。」
「分かったっす。」
梶谷が頷く。
そして先程から、石田の視線が彼の端末に突き刺さっているため、おそらく彼が梶谷の端末に生きる【寿綾音のAI】を気にしているであろうことが容易に読み取れた。
「なら、ちょっと石田さんに付き合ってもらって調査するっす。」
「おう、その方が無理しなくて済むだろ。」
千葉が納得したように頷いた。
そして、集合時間。
カフェテリアには美波と莉音が集まらないまま、報告会が行われ特に進展もなく終えることとなった。
しかし、全員が抱えているであろう違和感、その答えに関しては誰の口からも語られることはなかった。




