解決編③ -後編-
冷汗をかく麻結はやっとの事で口を開く。
「お前がそう言っても謎は残ってんだろ! 確かにあたしは千葉とか武島よりは出入口側にいたし、お前のトリックは果たすことができる!
でも、説明できねーこともたくさんあんだろ!」
「確かに、そもそも加藤には動機がないだろう!」
ごもっともな意見だった。
確かに今回の記憶の主は菜摘、そして麻結自身は香坂や華と深い仲であったり揉め事をしたりするようなことはなかった。
「それに【強制退場】をぼんぼんと繰り返す意味も分からねぇ。それに、【睡眠導入剤】も、飲むならまだしもコードで読み込ませて使うパターン、って相当難しくねーか。」
「酒門さん、」
梶谷が尋ねると美波は大きくため息をつく。
しかし、ふと梶谷はその様子を見て、何か違和感を抱いた。それも、恐怖とか危機感とか、そういった類のものだ。
「ねぇ、アンタたちは前に行われたゲームのこと、知ってる?」
「……!」
「……は、」
千葉は目を大きく見開き、梶谷は息を漏らす。一方で、他の者は唐突に何を言っているのか理解できていないらしい表情をしていた。
真っ青な顔色の麻結を除いて。
「オレが知っている……というか風磨から聞いたのは、一般的なものだけどとあるルームの参加者たちが【箱庭】の中で犯人のアバターと対峙して、ウイルスをスキャン、全てのルームを救ったって話だよね。」
「まぁ、その程度だよね。」
石田の言葉に、美波は頷く。そして驚くべき言葉を放つのだ。
「でも、関係者なら、話は別だよね?」
梶谷や千葉からすれば寝耳に水だった。
彼女から、久我から聞いたという前提で過去のゲームのことを聞いたはずなのだ。
彼女が何を言い出すのか、ここで言っていいのか、2人には分からず発言を躊躇ったのだ。
「私は前のゲームのことを知っている。
だから、この事件はどうしたっておかしいんだよ。」
「……何が、違うの?」
楓が恐る恐るといった様子で尋ねた。
「まず、【矢代の端末】を見てほしい。」
「【強制退場実施済み】、の文字だね。」
「なぜ矢代さんの端末に【強制退場実施済み】の文字が……?」
「確かゲームが始まる前から梶谷は【強制退場】の機能を知っていたよね? 制限時間については知ってる?」
「何分かは覚えてないけどあったはずですよ。」
「えっ?! それって……。」
そう、楓の証言と矛盾するのだ。しかし、画面を見た限りタイムアウトについては言及されていなかった。
「【強制退場実行可能な時間には制限があるはず】、それが無いっていうのは明らかな【スズキ】の介入によるもの。」
「なら、やったのだって【スズキ】だろ!」
「それじゃ手の傷やペンキの説明がつかないんだよ!」
千葉の言葉に美波が珍しく怒鳴り返す。麻結、つまり渦中の人物は頭を抱えてへたり込んでしまっている。
「だって、あたし、何もしてない……。
【荻】と話して、香坂や矢代、武島を気にかけてくれって言われて、あ、でも。」
彼女は顔を上げて、驚くべきことを口にするのだ。
「目眩が、して、気がついたら、あのステージの前に立ってて、知らない端末を持ってた。」
誰もが息を呑む。
糾弾した美波さえも、彼女の表情を見て苦しげに下唇を噛む。
「何が何だか、分からなくて。確かにあたしは酒門の言う通り、端末を捨てた。でも信じてくれよ!
あたしはやってないんだ! そもそも端末だって、あたしには開けない!」
「……それは、なんとも言えないよ。矢代の番号は連番だし、記憶になくても無意識のうちに知ってたのかもしれない。本山の番号から連想して、ね。」
石田の言うことに誤りはない。
実際に、華の端末を開いたのは彼だ。
「なら、上着を脱いで袖をめくってよ。抵抗された痕も、ペンキの跡も、何もないはずだよね?」
ゆっくりと、彼女はジャージを下ろす。
腕には明らかに人の手で加えられた引っかき傷と、半袖の袖口に赤いペンキがある。
証言の限りでは、彼女はペンキに近づいていないはずだ。その事実は彼女も飲み込めたらしく、ふふ、と乾いた笑いを漏らす。
「わかんねぇよ……。だって、この世界で自滅したら、世界がぶっ壊れて、あたしらも無事じゃ、あれ?」
華と香坂は自滅しようとした。
何らかのトラブルがあり、華は香坂を眠らせ、莉音に何かを残そうとした。
それを停電に乗じて妨げたのは確かに麻結だ。
しかし、それならば、動機となる【理由】を、自主的な【強制退場】が世界の崩壊に繋がることを教えたのは、彼女の精神を狂わせたのは誰なのか。
自明である。
「【スズキ】……! 全部、アンタが仕組んだんだ!」
美波は苛立ちを壁にぶつけた。
そのまま彼女はモニタールームに足早に向かう。それを慌てて追うのは梶谷と千葉だ。それをゆっくりと石田と莉音が追いかける。
美波は手慣れた手つきでモニターを起動させる。
「【スズキ】、アンタは何が目的なんだ! 何の恨みも、動機もない加藤を使って、何がしたいんだ!
アンタのゲームのせいで、何人がーーーーー。」
ブゥン、と音を立ててモニターが点く。
『貴女はもう少し利口だと思っていたんですがねぇ。』
冷たい、静かな声がモニタールームに響く。
『貴女のために再三申し上げますよ。余計なことをせず私のゲームに準じていればいい。梶谷さんと貴女は余計な動きばかりする。』
「準じるつもりはない、と言ったら?」
美波が問うと、ふ、と【スズキ】は笑った。
『また新しいゲームをするだけです。何度も、何度も貴女たちは、ニューゲームに取り組むだけですよ。
それにね、貴女達、そんなに呑気にしていていいのですか?』
うふふ、と不気味に笑う。
ふと、時計の文字盤が目に入る。
時間、何より新しい世界に行かねばこのゲームは続けられない。つまり、
「……あたし、消えなきゃだめ?」
その場にいた全員が、言葉を失う。
たとえ、操られていたといえど、動機がないといえど、無自覚に証拠をなくしたといえど、犯人は犯人であり、彼女はここで退場しなければ、私たちは次に進めないのだ。




