名前
全員が部屋に入ったことを認めると、梶谷はモニターを起動した。
すると、画面自体は切り替わらなかったが、何やら音声が入った。
『参加者の皆さん、当選おめでとうございます!
そして、改めて参加いただきありがとうございます。』
誘拐のように連れ去ったくせに、と美波は内心で毒づく。
『今回は6人部屋20部屋、8人部屋15部屋、13人部屋を10部屋、15人部屋を5部屋の計50部屋を準備しました。期間はリアルの日数で2日間、そちらの世界では8日間【箱庭ゲーム】を楽しんでいただけます。』
「凄いですね……。」
「ああ、オレらマジで当選してたんだな!」
高濱と菜摘が笑顔で肯き合う。
『私はルームナンバー47担当のスズキです。よろしくお願いします。』
「よろしくっす。まぁ事前に聞いてた説明と変わらない感じっすね。」
「…….事前? 車で寝てたから聞いてないんだけど。」
「……酒門さん、大物だね。」
傍らの綾音に尋ねると彼女は苦笑しつつも教えてくれた。
「今回の【箱庭ゲーム】はかつて主催していた会社が、吸収された企業元でサーバーを強化して改めてゲームを作り上げたんだって。今回の試験運転が上手くいけば、有料だけどかつてみたいにゲームを遊べるらしいよ。
秘密裏に進められてる開発らしいからあまり公にしてないらしいから、会社の場所とか他の参加者については教えられなかったけど、特許とかはもう取ってるらしいし……、証明証も見せてもらえたよ。」
「へぇ……。」
信じていいのだろうか。
なんとも言えない不安感が美波の胸に渦巻く。
『全員にポイントを配ってあるからそれを使って必要物品を購入してください。日用品については箱庭内の倉庫に殆ど入っています。薬や何か特殊なものが必要であれば端末からメールを送ってください。アイテム履歴や他ルームの動向についてはここのモニターから見られます。
もし、この箱庭の平和を害するものがいれば利用者の首裏にあるコードを読み込み【捕縛】または【強制退場】によるログアウト処理をしてください。
そして、今回は【メール機能】を実装しました。』
「メール機能?」
端末を開くと普通のスマートフォンと同様にアイテム購入のためのアプリやメールアプリが確かに存在していた。
『参加者全体、単体、担当者宛に送ることが可能です。安全のために監視しておりますが、ご容赦ください。何か質問はありますか?』
梶谷が振り向き、辺りを見渡すと他の参加者は首を横に振った。
『では短い期間ですが、【箱庭ゲーム】をお楽しみください。』
スズキがそのように告げると回線は切断されたらしい、モニターは途切れた。
「で、どーするよ?」
千葉が全体に対して問いかけた。
「ふん、個人行動でいいだろう。」
「オレも賛成かな〜。」
「何人かで行動した方が安全かと思いますよ、といってもこの世界に危険はなさそうですが。」
香坂の提案に荻が乗っかったところで菜摘がやんわりと反対をしてみたが2人はあまり靡かないようだ。
「うーん、就寝する部屋も決めたいし、16時に集合ってどう? あと交流会がてら夜はみんなでBBQしねーか?」
「BBQ?」
「……私参加したくない。」
高濱の提案に莉音は拒否を示す。
「うーん、でも8日間一緒に過ごすわけだし、ある程度相手の事を知っておいた方がいいんじゃない?」
「かーっ、交流した方が刺激的なゲームになんだろ! あたしは賛成だぜ!」
楓と麻結は賛成らしい。
美波としては、1人で過ごしたかったのだが、近づかない方がいい人とそうでない人を見極めるため参加する方に傾いていた。
「私も参加するよ〜。みんな私が面白い話をたくさん教えてあげるよ〜。」
「へー、ならオレも参加しようかな。」
華がそのように言うと荻が同意して香坂は諦めたようにため息をついた。
「莉音も私の話を聞けば悩みも吹っ飛ぶよ〜。」
「そ、そうなの?」
「そ〜そ〜。」
新手の宗教団体のようだ。
美波は内心で入信者2人だな、と呟く。
「よし、じゃあ各自で探検してきてから、16時集合な!」
高濱がそのように告げると全員が呑気に間延びした返事をして各自散らばっていった。
「酒門さん、良かったら一緒に行動しない?」
「私と?」
綾音は首が取れんばかりに縦に振っていた。
「まぁ……いいよ。」
「本当? ありがとう!」
「あれ? 先越されちゃった?」
2人は背後からかけられた声に反応して振り向いた。
先ほど久我、と名乗った青年が柔和な笑みを浮かべながら少しだけ申し訳なさそうに立っていた。
「もしかして約束してた?」
「してないよ。でも僕も一緒に行きたいな〜、なんて。だめかな?」
「私は全然! 酒門さんは……?」
「いいよ。」
2人ともまともそうだし、という言葉はすんでのところで飲み込んだ。
「ありがとう。2人は仲がいいみたいだけど、高濱さんたちみたいに元から知り合いなの?」
「ううん、違うよ! たまたまログインした場所が近かっただけで……私が勝手に仲良くさせてもらってるだけ、かな。」
美波は綾音の言葉に眉を顰める。
口を開こうとすると、先んじて久我が微笑みながら口を開いた。
「うーん、そうなのかもしれないけど、そういう言い方すると君と一緒にいることを選んだ酒門さんに失礼じゃないかな。」
「えっ、あっ! そういうつもりじゃなかったの!」
自分が言おうとした台詞を奪われた美波に向かって綾音は忙しなく手を横に振る。
「わ、私、箱庭ゲームが楽しみだったけど、ちょっとだけ不安で……! 元々人見知りなところあるし、早合点して慌てちゃうことも多いし!
でも、説明を聞けてないにもかかわらず落ち着いてる酒門さんをみて、初めて会ったけどかっこいいなって……、あっ女の子にいう言葉じゃないんだけど! 一緒にいてくれてすごく心強いし、嬉しいし、良ければ友達になりたいなんて、あ、う……。」
真っ赤になりながら、支離滅裂になりつつも必死に自分の想いを伝えようとする綾音は、美波から見ても決して突き放すような人物でないことは明らかであった。
「確かに久我の言う通りだけど、別に怒ってないよ。たぶん、アンタのこと嫌いじゃないし。」
「ほんと?!」
キラキラと輝かせた目に負けたらしい美波はう、と小さくうなずいた。
「よかった。数日間だけど、仲良くしてくれると嬉しいな。」
「さっさと行こう。ちなみに久我、アンタは嫌いじゃないけどちょっと苦手。」
「はっきり言うね。僕は君みたいなタイプの子嫌いじゃないよ。」
「ちょっと、綾音。楽しそうに見ないでくれる?」
美波が少し苛つきながら綾音の鼻をつまんだ。
ふぎゅ、と潰れた声を出したがすぐにあれ? と首を傾げた。
「……名前。」
「別におかしいことじゃないでしょ?」
「……そうだね、美波ちゃん!」
彼女が嬉しそうに美波の傍らに並ぶのを、久我も美波も微笑ましげに見つめていた。




