調査編③
梶谷から話を聞いたが、流石の彼もどうやらパニックになっているようでいまいち状況を把握できなかった美波達は急いで現場に向かった。
現場の廊下には青い顔で震える菜摘と怯える楓がいた。部屋の中は莉音の咽び泣く声が響いており、呆然と立ち尽くす千葉と須賀がいた。
後方からは美波を制止する声が聞こえたが、彼女は無視してステージに歩み寄った。
ステージ上のリフトからは赤い液体が滴っており、まるで上空で何か凄惨な事件が起きたような現場となっていた。
何やら端末を弄りながらやってきた石田はその光景を見てああ、と何か納得したような様子だった。
「とりあえずリフト下ろすけど、どうやって下ろせばいいのこれ。」
「えっ、んなもん下ろすのかよ!」
「むぅ……さすがに目に毒では。」
先程まで固まっていた彼らは急に止めに入る。しかし、美波もすでに違和感を抱いており、梶谷もその2人の様子を見て落ち着きを取り戻しているようであった。
「あ、ちょ、【退場情報】見ましょう!2人とも、【サポーター】ではなく……。
【今回退場させられた人物①】矢代華、【退場させられた時間】19:00〜20:00、【退場させられた場所】ステージ、【アバター状態】掌に切り傷。ん、どゆことっすか?」
「……香坂さんもそこまでの出血はなさそうだね。【外傷なし】。【退場情報】も見ずになんで被害者が2人いるって知ってたの?」
状況を把握し始めた梶谷は説明し始めた。そこで中にいた千葉と須賀は、赤い液体が血でないことに気づいたようで顔を見合わせている。
「いや、さっき本山さんたちのところにいたら急に武島さんが飛び込んできて、2人がリフトの上で死んでるなんて騒ぐもんですから……。」
「で、他のみんなもそれを真に受けて固まっていた、と。」
リフトを下ろしきった石田が、それを覗き込んで液体を触っていた。加えて躊躇いなく臭いを嗅いでいた。
「【ペンキ】、っぽいね。
ちょうどステージ裏のハンドルがあるところに他の色も置いてある。」
「それ、確か倉庫にあったやつだろ? オレこのパッケージ見たことあるぜ。」
倉庫を頻回に確認していた千葉が確認する。ここにいる半数が落ち着きを取り戻したところで話を聞いても良いだろうと美波は判断した。
「さて、そろそろアンタら落ち着いた? アリバイを確認したいんだけど。」
「おう! オレはいつでも戦えるように修行をしていたぞ! 最近は腑抜けていたからな!」
「どこで?」
「グランドの方だ! それでシャワーを浴びてたところで停電した!」
「じゃあアリバイはないんだね。」
「いや、そうとも言えんがな。」
須賀は何かを思い出すようにペンキをじっと見る。
「実は【ペンキを運ぶ矢代】がいて手伝ったんだ。どこか空元気であったような気がしたがな。」
「そっ、その時……!」
急に莉音が立ち上がり声をかけるものだからその場にいたほとんどの者は驚いて肩を震わせた。
「怪我は、してたんですか?」
「いや……ペンキを持っていたから掌は見ていないが、包帯などは持っていなかったぞ。」
「……そうですか。」
おう、と須賀はドギマギしながら答えた。
「肝心のアンタは何してたの。」
「うっ……私、は。」
見るからに元気を無くし、莉音はしおしおと弱っていく。泣いた跡が痛ましく、事情聴取するのに申し訳ない気持ちになってしまう。
「……矢代さんから、見せたいものがあるからって20時に呼び出されてたんです。でも、私気になって、19時、50分くらいかな、この部屋に来たんです。何か大きな音がして……。」
ペンキとわかった今でも恐ろしいのだろう。それはそうだ。彼女にとって大切な人が喪われたのだから。
「……そしたら、停電になって。何か矢代さんのお茶目かと思ったんです。でも一向に電気がつかないから、端末のライト機能で照らしてみたら……。リフトの上に、矢代さんと、その時は香坂さんって分かりませんでしたが、男性の腕が垂れてて、赤い液体が、」
彼女は目の前の光景を思い出したくないと言わんばかりに頭を抱えながら横に振る。
「怖くて、私無我夢中でA棟に行きました。それ以上のことは覚えてなくて、気づいたらみなさんと合流してこの部屋に戻ってきていました。」
「他は?」
「あたしは人工知能共と話した後メッセージに気づいてカフェテリア行ったぜ! あとは千葉と一緒だ!」
「菜摘ちゃんと私は、千葉くんたちに起こされるまで眠ってたよ。」
「オレはカフェテリアに梶谷と加藤といて、停電で木下と本山の部屋に行った。それから須賀と合流して、武島に呼ばれてみんなでステージのところに行った。梶谷にお前らを呼びに行かせて、オレと須賀はリフトのところにいた。ステージについてからずっと脇で武島が泣いてたな。」
「うーん、みんなあるようなないようなアリバイだね。」
「そうっすねぇ。完璧なアリバイがあるのは酒門さん、石田さん、あと千葉さんすね。他は一瞬でも1人の時間があったわけですが。」
その逆説の意味。
もし、全員の証言が正しいならば、莉音が最も怪しい容疑者である。彼女もその空気には気づいたようで顔を歪めた。
「……また、わたしが容疑者って言うんですね。香坂さんならともかく、わたしが矢代さんを消したっていうんですか?」
「ありえない、話ではありませんよね?」
鋭い瞳で睨みつけるのは、今回の世界の主である菜摘だ。その言葉を受け、莉音は睨み返す。
「それなら、あなたが1番動機はあります! だってあなたは何もしなければこの世界とともに消えていたんですよね! 寝てたなんてアリバイになるわけないじゃないですか!」
「ッ、」
理にあった推論に菜摘は返す言葉がなくなる。
2人の睨み合いが続く中、千葉が渋々といったように口を開いた。
「とりあえず調べにいくか?」
「そうっすね、酒門さんと石田さんはそのまま行ってくださいっす。なるべくペアを変えるってなると、オレと木下さん、千葉さんと本山さんと加藤さん、武島さんと須賀さんでどうっすか?」
「おっ、武島さん! 頑張ろうな!」
嬉しそうに目を輝かせる須賀に比べ、莉音は仕方なさそうにため息をついた。
「で、酒門。気になるところある?」
「ステージの調査と、あと武島が私たちの部屋に行ったからそこと、B棟の窓が割れてる場所を探そう。」
「あと倉庫とAIも確認したいね。」
石田の言葉に美波が頷く。
「あとこの端末ね。」
「そういえばアンタ、ちゃっかり隠してたね。」
「まぁ……。」
彼は悪びれることなく頷く。
美波たちは改めてステージを見てみる。ステージはハンドルで容易に動かすことが可能で女性でも容易に可能そうだ。
「でも何でこんな所に乗せたんだろうね。面倒だろうに。」
「なら乗ってみればいい。」
「……あげるよ。」
2人が乗せられていたリフトに乗る。
リフト自体は何ら問題なく、ペンキは未だ乾いていない。
「なんか壁に書いてない?」
石田に言われよくよく見てみると【『りおんへ』と文字が書かれていた】が、それ以上の記載はなかった。
「……莉音へ、って書いてあるけど他は何もないよ。」
「ふーん。でも藍色でカーテンの色に馴染んでて見にくいな。」
「そうだね、それこそ赤文字の方がまだマシかも。」
おそらく書いた主は華であろうが、彼女は何を伝えようとしたのか。それを推測するのは容易くなかった。
次に向かったのはステージのある部屋の隣、トイレだ。
【音の通り見事に窓が割れている。場所的にはステージのある部屋のすぐ隣、停電の中でも壁伝いに歩いていけばすぐにたどり着く】だろう。
「男子トイレの窓が割られてるね。まぁあの停電の中男女とか関係ないと思うけど。」
「にしても立て付け悪いね。」
美波が必死に窓枠を引っ張るが、ビクともしない。次いで石田が手をかけるが辛うじて少し動くくらいだ。何なら途中嫌な音もした。
「壊すつもりで試みれば開くかもしれない、けど。」
「あんまり得策でない気もするね。」
美波がそう言うと石田は頷いた。
窓際で移動しようかと話をしていると、階下から千葉が2人を呼んでいた。とりあえず、他の場所を後回しにして2人は倉庫に向かった。
「倉庫確認終わったぜ。ステージにあったペンキは綺麗に無くなってたぜ。」
千葉に至っては、最早倉庫のスペシャリストだ。その彼が何やら言い淀んでいる。
「何か他にも気になることあった?」
「ああ、実はもう1つ無くなってる物があってよ。スッゲー奥にあった起爆剤。本当にごく少量だけど無くなってんだよ。」
「よく気づいたね。」
「……まぁ、1回事件に関わってる物だと自然と目に入るんだよな。」
彼は気まずそうに呟く。
「起爆剤なんて何に使ったんだっつーの。」
「……たぶん、」
美波が耳打ちすると彼はなるほど、と頷く。後で確認する、と頼もしい言葉を述べる彼の背後では麻結と楓が何やら倉庫を漁りながら騒いでいた。
「何してんの、アンタら。」
「いやね、美波ちゃん。千葉くんが起爆剤がなくなったっていうから同量の起爆剤を爆発させてみたんだけど、まぁまぁな威力で、しかも時限式にも設定できる機械があったんだよ。」
「だからって、あたしのコード読み込んでどれくらい【強制退場】の画面が保持できるか実験するって……、怖すぎだろ!」
要約すると、楓が時限式爆弾の存在を前提に、【強制退場】の画面が保持できればその時間のアリバイはどうとでも成立することを証明したかったらしい。
被験者にされている加藤からすればすこぶる心臓に悪い時間帯であっただろう。
「結局何分画面保ってられたんだ?」
「それが驚くことに制限時間なし、みたい。だからあまりアリバイ証明とかには関係ないかも……。」
「でも裏を返せばどこにいても容易に【強制退場】できちまうってことだろ? チートじゃねーかよ。」
はぁ、と彼はため息をついた。
ここで美波は首を傾げる。というのも、前回のゲームを知っている彼女からすれば、とある情報が異なるのだ。
果たしてその情報が何の意味があるのか、美波はこの時まだ確信を持てていなかったが嫌な考えが浮かび始めていた。
「おおい、石田ー! 聞こえるかー?」
倉庫の出入り口に石田は、薄い反応のまま声がした方を振り向く。どうやら、楓と菜摘が寝こけていたらしい美波たちの部屋から須賀が顔を出しているようだ。
肩の高さ、と少し高めの窓でよじ登れなくはないが少々苦労しそうだ。
「女子部屋から何してるの。」
「石田よ、オレは不当に侵入しているわけではないぞ! 本山から鍵を借りて武島さんと入っている!」
「ああ〜、武島さんが鍵貸せってしつこかったから。」
楓は少し嫌そうな、苦笑いを浮かべていた。余程しつこく迫られたのだろうか。
「しかし、お前らの寝ていた、というアリバイは少し証明が難しくなったかもな。」
「え、どうして?」
楓か不安そうな表情を浮かべながら尋ねる。
「だって、一方はもう1人が寝てたっていう証拠はないでしょ?」
「あ、そっか。」
「でも、本山さんは犯人でないですよ。」
あっさりと言い切ったのは、姿は見えないが須賀と一緒に捜索をしているであろう莉音だ。
おそらく先程のやりとりで疑ってきた菜摘を犯人と目星を置いているらしい。実際動機としては十分だしありえない話ではある。だが、
「武島も盲目だよなぁ。ま、どーせ木下も同じようなもんなんだろーけどな。」
「違いないね。」
千葉と石田のやりとりに、内心で同意しつつ美波はため息をついた。
「あ、お待ちしてましたよ、酒門さん、石田さん!」
「やっぱりアンタはここにいたんだ。というか、その頰どうしたの?」
解散した時には無かったはずの真っ赤な紅葉型の発赤が頰にでかでかと残っている上、かなり腫れている。机を見ると汗をかいている氷嚢がぐったりとしていた。
「……申し訳ありません。私が取り乱してしまって。」
犯人はやはりしょんぼりと俯く菜摘であった。話を聞くと、梶谷はAIのログを確認するべきだと提案したが菜摘は頑なに莉音を問いただすべきだと主張した。
それを梶谷が理路整然と説得にかかるものだから冷静さを欠いた彼女は手を出した。しかし、梶谷はあまりにも吹っ飛んだものだから、急に理性を取り戻したらしい。彼女は説得に応じたようだ。
「まぁ無事でよかったよ。で、収穫は?」
「スーパードライっすね、酒門さん。でも、証言がありますよ。」
開いたのは、荻のAIである。
なんだか、最初起動した時とは違うような気がした。
『やっほー、酒門サン! 会いたかったよ、なーんてね。加藤サン脅して全部聞いたよ、事のあらましを!』
何となく、納得した。本物の荻とは似ても似つかぬものではあるが、変化した後の自分をAIの【荻】は受容してのだろう。
『やー、でもオレも情けないもんだ。あっさりやられちゃうとは! 作戦が足りなかったねー。……あと、石田サンのこと、待ってたんだけどね。』
「……悪かったよ。でも、今の【荻】と話しても何も進まないからね。本物と会ってから考えるよ。」
『ごもっとも、オレもそれで良いと思いマース。』
一頻り軽口を叩き終わった彼は、さて、と話を始める。
『で、アリバイだったね。19時前くらいに加藤サンがきて色々聞いたよ。その後ろに武島サンがチラチラ見えたけど結局来なかったんだよね。その後、まさかの香坂サンと矢代サンが来たよ。でもまさか、【2人が協力して、矢代サンの自主的な【強制退場】を目論んでいた】とはねー。』
「何すか、それ!」
梶谷はギョッとした。
『言葉のままだよ。矢代サン達は、木下サンを、みんなを助けるため自滅でバグが起きないか、って話をしていたらしいよ。そのあとは知らない。何でオレに言うの、って話だけどさー。』
画面の向こうの彼はやれやれと首を横に振る。
一方で、菜摘は混乱しており、口をはくはくさせるのみだ。
「あ、そういえば【アイテム使用歴】見ましたか? どうやらまた【睡眠導入剤】が2つ、使用されていたみたいですよ。」
「誰が使ったか、とかは?」
「分からないっすね。調べねーと。」
梶谷が首をひねる。
また、この薬が事件を左右するのか、美波がため息をついていると、石田があっ、と小さい声で言った。
菜摘は気づいていないようで、梶谷は自分の端末を見ただけかと興味を失ったようだ。
「何してんの。」
「や、さっきぶっ飛んできた端末、【矢代の端末】だったっぽい。」
彼は端末を開くことができており、画面には【強制退場実行済み】と出ていた。
「何でアンタ開けるの。」
「前回の世界のこと忘れたの? 矢代の番号は連番、なら須賀の番号から予測できる。君らはあの梶谷の動画しか見てないから覚えていないかもしれないけど、オレは風磨が消えたあとあの動画を見返したから覚えてるよ。」
ならば、同じく連番にしているメンバーは開ける上に、データの存在を知っているものなら誰でも開けるだろう。
「……もしかしたら、今回は前回の2つとは明らかに異質な事件なのかもしれない。」
「は?」
美波の言葉に石田は訝しむ。
全ての証拠を組み立てれば、犯人はあの人だ。しかし、それを成り立たせるためにはある前提が必要になる。それを糾弾するにはーーーーー。
美波は覚悟を決めた。
今回でゲームに変容があれば、
もしかしたら久我との約束は守れないと思いながらも、何でもないと小さく答えたのであった。
①退場情報 その1
【今回退場させられた人物①】矢代華
【退場させられた時間】19:00〜20:00
【退場させられた場所】ステージ
【アバター状態】掌に切り傷
*彼女はサポーターではなかった
②退場情報 その2
【今回退場させられた人物①】香坂和樹
【退場させられた時間】19:00〜20:00
【退場させられた場所】ステージ
【アバター状態】特に外傷は見られない
*彼はサポーターではなかった
③使用されたペンキ
倉庫から大量の赤いペンキが無くなっている。(矢代の手の怪我を隠すため)
運んできたのは恐らく矢代らしい。
④矢代の手の怪我
ペンキを運んでいる時、彼女の手には傷がなかった。
⑤みんなのアリバイ
夕食後、酒門と石田はずっと一緒にいた。
梶谷と千葉は悲鳴が聞こえてから、梶谷が1人でB棟に向かい途中で武島に会った。その後は武島に3人を呼びに行かせてステージに向かったがすでに2人はいなかった。
千葉は梶谷とともに木下と本山を起こした後、悲鳴が聞こえてから梶谷と残った。その直後シャワールームから須賀が現れたため合流した。
加藤はAIの荻や寿と話した後、メッセージに気づき、カフェテリアにやってきた。
武島は1人で図書館にいたが、矢代に呼び出されたため19時50分頃にステージに行った。そこで停電になり、矢代と男性が倒れているのを見つけた。
須賀は1人でグランドで修行していたが途中で矢代のペンキ運びを手伝った。その後はシャワーを浴びており、その時に急に停電になった。
木下と本山は千葉たちに起こされるまで眠っていた。
⑥リフトとハンドル
リフトは手動で上げ下げが可能である。女性でも容易くできそうな構造である、
⑦矢代の様子
ステージには見にくい色で『りおんへ』とメッセージが残されていた。
⑧割れた窓ガラス
ステージがある部屋の隣、男子トイレにある立て付けの悪い窓が割れていた。ステージのある部屋からは壁を伝えば行けそうである。
⑨少量無くなった起爆剤
起爆剤が少量であるが無くなっている。使い方によっては時限式も可能。
⑩【強制退場】の画面保持が可能な時間
制限時間はないらしくアリバイ証明には役に立たない。
11 開いていた窓
美波たち共通の部屋の窓が開いていた。よじ登れなくはないが高い位置にあり、裏庭に面している。
12 消えなかった端末
恐らく矢代のもの。解除コードは前回の世界から変わっておらず、連番を知っているメンバーや監視カメラのことを知っていた石田は開ける。
13アイテム使用歴
睡眠導入剤を2つ使用した形跡がある。
14荻の証言
加藤がやってきた後、莉音が顔を出したが、加藤の存在を認めてすぐに帰っていった。
その後、華と香坂がやってきた。2人はどうやら矢代の自主的な【強制退場】を目論んでいたらしい。




