動かぬ人形と化す者共よ
3日目早朝、まだ他の参加者が眠る中で、梶谷は【スズキ】にサイバー攻撃の準備をするために美波の端末を使って隠し部屋で作業をしていた。
美波は今日の操作を確認しながら昨日の出来事を思い出していた。
あれからカフェテリアに集まり、状況を確認した。
まず、莉音が荻と話していたところに、千葉たちがちょうどきたらしい。そこから須賀が話していたようだが、どこから話を聞いたのか香坂が訪れたらしい。
ちなみに、莉音はこれまであった事件について話したが、荻は特に響かなかったらしい。というのも、彼自身がゲームに参加する前の人格であったからだ。
彼が変わるきっかけに自分と久我が関わっていたと微塵も気づいていない美波には理由が分からず。
内容を少しばかり察していた梶谷が、その話題をやめ翌日の一斉ハッキングを提案した。その世界の主の菜摘はもちろん、希望が見えたと皆喜んだ。
実行は、梶谷を中心に美波と麻結がサポートをすることになった。後ほど麻結と、そしてある準備を頼んだ人物と打ち合わせをしなければならない。
いつのまにか準備したらしいUSBの1つは美波の手の中に収まっている。
「……酒門さんは、」
「ん?」
「このゲームを憎んでますか?」
準備がおおよそ終わったらしい彼は穏やかな口調で尋ねてきた。
「憎む、っていうのは違う気がするけど。参加はしたくなかったな。ただ、」
「ただ?」
「アンタらと会えたことだけは後悔してないよ。」
梶谷は自分から聞いておきながら目を丸くして驚いた様子だった。
「というか、急に脈絡のない話をしてきたけど何なの?」
「いいえ! ただ、酒門さんがそう思ってくれるなら、脱出した後もみんなでいい関係になれそうだなって。」
「あっそ。」
ぶっきらぼうな返事がただの照れ隠しであることはすでに梶谷は理解していた。
朝7時、香坂を除いた全員がモニタールームに集まった。
果たして【スズキ】を出し抜くことはできるのか。
「じゃあ準備はいいっすか?」
「いいよ。」
「もちろんだろ!」
他のメンバーも出入り口の方で固唾を呑んで見守っている。
美波は指示通り、全体のメッセージでとある人物に連絡をする。
すると手筈通り、部屋中が闇に包まれた。
皆には何が起きても驚かないように、と伝えたが女性の中には小さく悲鳴をあげる者もいた。
停電した部屋の中で、モニターのみが早急に点灯した。その瞬間に梶谷、美波、麻結はUSBメモリを挿入し、システムを立ち上げた。
外部への連絡手段を探すのだ。
「ビンゴ! メッセージ送るっす!」
梶谷と麻結は横目でアイコンタクトをした。梶谷はメッセージの送信を麻結に任せ、そのまま引き続き安全にログアウトする方法を探す。
美波はふと、作業の中で気になるものを見つけた。
「……これ。」
「どうしたよ?」
手が止まった美波を心配してか、千葉が近寄ってきた時だった。
『ーーー現在、ーー名の高校生が行方を眩ましており、警察は今も行方をーーーー。容疑者は元【箱庭ゲーム】に関わっていた者とされ、指名手配されていたーーーーは、死体となりーーーー。』
美波が偶然開いたのは、外の世界のニュースらしい。アナウンサーは無情にも、そのまま後の番組の紹介を軽快な声で行う。
その紹介が終わったと同時であった。
突如大きな耳鳴りと目眩が参加者を襲った。
「ーーーすか、こー?!」
「怖ーーーー! 誰かーーー!!」
思わず目を閉じて耳を塞ぐ。
意識が飛びそうなまでに音はどんどん近づいてくる。
それから美波が起きたのは、時計を信じるならば10分後だった。石田が参加者それぞれの肩を揺すっており、皆次々と起き上がっていたのだ。
「大丈夫? みんな気絶してたからびっくりした。」
「大丈夫、だけど。アンタは?」
「オレ? 大丈夫だよ。」
彼は、停電を起こす役割を担っており、先程までブレーカーのところにいた。停電を起こすためにブレーカーを落としたのも彼だ。
「何で電気復旧してるの?」
「オレも何か急に目眩がして、気づいた時にはブレーカーが上がってたんだよね。俄かには信じがたいけど。」
彼も状況がいまいち把握できていないようで、首を傾げている。
「それで、こっちの様子見に来たらこの有様。……とりあえず失敗したことは分かったけど。」
美波は考え込む。
なぜこのようなことが起きたのか。恐らく2つの事象は【スズキ】からの妨害であろう。
ちょうど最後に菜摘が起きたのと、同時であろうか。モニターが音を立てて起動した。
『よくもまぁ器用なプログラムを組み立てますね。』
「【スズキ】……、」
『メッセージも、外部のものにしっかり送られてしまいましたよ、困ったものです。ですが、何ら問題はないのです。』
ふ、と【スズキ】は笑ってみせた。
『なぜならそちらの世界の4日間は現実世界の1日相当。サーバーの位置を特定したとしても、私の居場所を特定するのに時間がかかります。恐らく2〜3日。さて、その間に何部屋が消滅してしまうんでしょうねぇ。』
「……ぇ。」
ポツリと声を漏らしたのは、今回の世界の主である菜摘だった。
そのリアクションが嬉しかったのか、【スズキ】は高笑いをする。
『それにね、大人しくメールを送らせるわけないじゃないですか。
ウイルスをたっぷり添付して送ったのでもしかしたら警察のサーバーもクラッシュ、してるかもしれませんねぇ。あなたたちの浅はかな作戦のせいで!』
その言葉に眉をひそめたのは梶谷だ。それもそうだろう、発案も、計画を立てたのも梶谷が主であるのだから。
『では、ご武運を祈ります。まぁ、木下さんはあと数日の命ですがね。』
それだけを言うと、連絡は途切れた。
菜摘は顔が青いまま固まっている。楓や、莉音も同様だ。そして、今回の発案者である梶谷も流石に責任を感じているようで顔色が悪かった。
普段仕切ることの多い梶谷が黙り込んでしまったため、話し合いは特に行われなかった。
「武島さん大丈夫かぁ?!」
「……放っといてください。」
相変わらずのやかましさに美波と千葉は苦笑いした。さて、考えなければならないのは今後のことだ。
美波が思考の海に沈み込もうとした、その時だった。
「……や、です。」
小さく、菜摘が呟いた。
「私、消えたくないです……。私は皆さんのように、自分が消えることを受け入れるなんてできないです……。
誰か、助けて、」
「……。」
菜摘が楓に視線を送ったが彼女はつい視線をそらしてしまう。次いで送った視線は華へ向けられた。
「……華は、」
「な、んで。」
言葉を失う彼女に菜摘は絶望の色を見せる。
「……もう、いいです。」
不意にその場を立ち去ろうとする彼女がどこか放っておけなくて、美波の足は自然とそちらへと向く。しかし、梶谷も放って置けない。
「行ってこいよ。梶谷のことはオレたちに任せろ。」
千葉が小声で言ってくれたため、美波は頷き、彼女の背を追った。
彼女は特段足が速いわけではないため、温室にたどり着いたところで追いついた。
「木下、」
「……追いかけてきてくれるのは酒門さんだけなんですね。」
彼女はしゃがみこんで項垂れる。
「……私、貴女にはお願いできませんわ。だって、寿さんも、久我さんも、貴女に残ってほしいと心から願っていたから。」
驚くべきことに彼女は誰かを消すことを考えていたのだ。
「木下、今回のことは絶対に無駄じゃない。私もみんなに教えられたから。だから、」
「……はい。」
自分より小さく細身な彼女を優しく包み込む。
彼女を救うためにも、すぐに動かなければならない。今までの過ちを繰り返すわけにはいかない。美波は改めて思った。
その日の夜。カフェテリアに美波と梶谷、千葉、石田、麻結が集まる。他の者にも集合をかけたが反応がなかった。楓は部屋に菜摘といる、とのことであった。先程須賀が戻ってきたが、たまたまらしくシャワーを浴びてからくるそうだ。
「本当情けねぇっす。準備不足も甚だしいっすわ。」
「んなことねーよ。やってみなきゃわかんねーこともあったろ。」
「それはそうだね。とりあえず、ウイルスの懸念はあるけどメールを送れたこと、ニュースを聞けたことは進捗だね。」
「行方不明が認知されてるあたりは、な。不吉なワードもいくつか聞こえたけどな。」
麻結はため息をついた。
「あとは、『スズキ】が直接手を下してくるあたり、やっぱ外の情報っつーのは都合が悪いのかもな。」
千葉にしては冷静な見解であった。
「メッセージが届けばIPアドレスも載せたんでサーバーを探すことができると思うんすけどね。」
「あ、あいぴー?」
彼は首を傾げている。一方で気難しそうな顔をした石田はジッと菜摘たちのいる部屋を見ている。
「あとは、疑いたくないけどあの部屋で彼女が凶行に及ばないといいね。」
「……それはねー、とは言えなくなっちまったもんな。」
「とにかく次の方策をーーーー、」
美波がそう言いかけた時だった。
パチン、と聞き覚えのある音とともに辺りの電気が一気に消えた。
「また停電すか?!」
「千葉と酒門、加藤は木下と本山のところに行きな。それから梶谷はーーー。」
「了か……あだっ!」
彼は派手に机に躓き転んだ。無理もないだろう、昨晩は殆ど寝ておらず疲れがたまっているのだ。それを見兼ねたらしい石田は前言撤回、と言う。
「酒門がオレときて。ブレーカー上げに行くよ。」
「分かった。」
「……不甲斐ないっす。」
まさに、チーンという効果音がピッタリだった。
2階の元空き部屋の隣、ブレーカーの場所へ行くとブレーカーは見事に破壊されていた。
「……壊れてるね。」
「犯人は近くにいると思うけど、捕まえるか、電気を回復させる方を優先させるか。」
石田に問われて美波は少し悩む。
正直なところ、探してもいいと思うのだが、闇の中から急襲された場合、男女の中でも運動神経のいい2人でも流石に厳しいだろうと判断する。
「先に屋上の非常用発電機のスイッチを入れに行こう。」
「……そうだね。」
2人はさっさと走って渡り廊下の場所から裏庭に出て屋上に向かう。梯子を使わないのか、というと石田は懸垂で上がれるといい、更には美波のことも持ち上げられると言うのだ。
案外脳筋だなと思いつつも、石田の言う通り2人は素早く屋上に行く手立てを選択し、向かった。
「非常用発電機は、これだね。レバー下ろせばいいの?」
「私も分からないけど。」
「じゃあ下ろすよ。」
石田が躊躇いなくレバーを下ろす。
美波が外を覗くと、温室周りの電気が次々と復旧していった。この調子ならすぐに棟内も電気が回るだろう。
「石田さ、」
「……。」
美波が小屋に戻り、石田に声をかけようとした。すると石田は不思議そうな顔をしながら手に何かを持って出てきた。
「……どうしたの?」
「いや、何か、妖精みたいなのに会った。」
「何言ってるの? それより、下に早く降りよう。」
「うん。」
それから、手にしていたものをポケットにしまい、石田は素早く梯子を降りていく。彼の身体能力に舌を巻きながらも降りていくと、途中何かが割れる音がした。
それは石田も聞こえたらしく、彼は梯子を降りてそちらの方を照らした。
「オレ見てきていい?」
「いいよ。」
ちょうど美波が地面についた辺りで彼は裏庭の方を照らしてそちらに向かう。
彼はすぐに目的のものを見つけたらしく、それを手にして美波の方に戻ってきた。歩兵としてはかなり優秀なのではないかと美波は感心する。
「これ、端末だよね?」
「……、」
美波が上を向くと、B棟の一室の窓が破られている。石田と目があい、2人ともすぐに戻ろうと視線を交わした時だった。
「2人ともここにいたんすか?!」
「梶谷、何かあった?」
「お2人のリアクションだと何かあった感じがしないっすよ!」
たしかに美波と石田のリアクションは互いにあまり表情が変わらないためそうも見えるだろう。
「で?」
「とにかく、あのステージのある部屋に来てくださいっす! 大惨事で!」
「「大惨事?」」
梶谷が首を必死に縦に振る。
そして、彼の放った言葉は驚くべきものであった。
「矢代さんと香坂さんが、血だらけのまま消えたみたいなんす!」
ああ、また。
それと同時に端末にいつもの嫌なお知らせが届く、そのことを知らせるアラートが施設中に響くのだ。




