彼女のゲーム論
「美波、ありがとねー、莉音見つけてくれて。」
先程まで雪のように白かった莉音の肌は赤みを帯びており、呼吸も落ち着いている。
華は優しげな表情で、彼女に布団をゆっくりかけてやる。それを出入り口で美波は見守っていた。
あの後、千葉が彼女を布に巻いて背負って屋上から下ろした。そして、梶谷が【スズキ】に問い合わせて栄養剤の投入を行なった。この世界で栄養失調とは何事かという話であるが、私たちの本体とこの世界の状態は密にリンクしており現実の世界の莉音も危なかったらしい。
梶谷の推測であるが、彼女は恐らく梯子を使って屋上に向かった。しかし、世界の切り替わりのタイミングで梯子の場所がリセットされ降りられなくなった。もしかすると、食糧も持ち出したのかもしれないが同様のことがあったのだろうという話だ。
「……矢代、こういうのもアレだけど武島と少し距離を置いたら? アンタ、少し疲れてたでしょ?」
これについては他の人も薄々感じていたことだろう。前回の世界では、所々彼女が莉音をフォローできていない様子が見て取れた。
しかし、彼女はゆっくり首を横に振る。
「いいんだよー。
それに、莉音を今の状態にしちゃったのは華だし。……龍平のこと、ちゃんともっと信じてあげられたらよかったな〜。」
「……アンタは食事くらいには顔だしなよ。あと報告会。」
「もちろんだよ〜。」
乾いた笑いを漏らす彼女が見ていられなくなり、美波は目をそらした。それとほぼ同時に千葉がノックをして部屋の外から声をかけてきた。
「おい2人とも、香坂以外カフェテリアに集まったぜ。」
「分かった。今行く。」
美波が答えて部屋からカフェテリアに移動する。
そこでは、菜摘が小さくなり肩を震わせながら嗚咽をあげながら涙していた。その傍らで楓が背中をさすっている。
石田と梶谷は痛ましげに見ており、須賀は相変わらず固まっている。麻結は3人が来たことにすぐに気づいたらしく口を開いた。
「酒門たち来たし、話そうぜ。時間が惜しいしな。」
恐らく、この世界は菜摘の世界であろう、そのことは容易に予想できた。
「じゃあB棟から報告するぜ。つってもあんまり詳しくは見れてねーけど。」
「……そうだね。B棟は、1階には大きな図書館、和室、茶室、大きな音楽室、美術室、バレエをやるようなフロア、映画鑑賞室があったよ。2階には……たぶん菜摘ちゃんの部屋と誰かな、ご家族の部屋が2部屋、いずれにもパソコンがあったよ。あと、和菓子屋さんとか、着物部屋、いろんな道具を置く部屋、ステージがあったよ。」
「いつもの【指南書】と【個人情報の本】、【他の部屋の動向が確認できる本】、鑑賞室には見覚えのあるファイルがあったぜ。あと、その……。」
美波と梶谷、石田はまさかと思う。
「……その、誰の部屋かは分からねーけど、なんか、高濱に話しかけられたんだよ。PCに浮かんでる、奴。」
【スズキ】は美波たちにわざわざ人工知能を接触させてきた。先の世界では隠すように存在していたにもかかわらず、だ。
「恐らく、人工知能とかの類かとは思うっすけど後で見に行きましょう。それに、残りの部屋のこともきになるっす。」
「……そうだね、私はあまり見たくないけど。」
「それって、龍平のもあるの?」
全員がハッとした。
彼女にとっては荻の消滅はかなり悔いの残るものであったのだ。彼女の瞳がゆらゆらと揺れる。
「……あっ、た。」
「そうかー……。」
彼女は目を伏せながら答えた。
華は穏やかであったが、彼女が何を考えているかなど容易く想像できる。
「それは後で確認に行くとして、次な。オレと酒門と矢代で外を見てきた。
みんな知ってることだが、武島が屋上でぶっ倒れてた。あと倉庫の中身は今回も完全にリセットだ。」
「屋上には武島以外何も変わったところは無かった。……世界がリセットされる時、倉庫から持ち出したものもリセットされるみたいだから、梯子なきゃ降りられない人は気をつけた方がいいかもね。」
千葉の話題修正に、人工知能のことを知っている3人は内心安堵していた。話を逸らそうとすると不自然になってしまいそうであったからだ。
「最後、A棟っすね。正直なところ、A棟自体からは何の発見もなかったっす。」
「ただ、酒門。」
石田から思わぬ名指しを喰らい、美波は一瞬固まった。次いで出た言葉は不機嫌そうな、何、と問いかけるものだった。
「【スズキ】が君に熱烈なメッセージを送ってきているよ。今なら連絡取れるかも。」
「……なら、AIよりそっちを優先しようか。矢代は武島に付き添ってて。」
「……、うん!」
美波がそのように言うと、華は嬉しそうに笑う。
「それで、」
梶谷をはじめ、須賀を除いた他の参加者が注目したのは菜摘だった。彼女は先程から泣きじゃくるばかりで何も話さない。
「……私の、ことは、放って……ッ、おいてくだざ、い。」
「そうもいかないよ、菜摘ちゃん。」
横に寄り添うのは先程まで気落ちしていた楓だ。彼女は先程に比べて随分と活気を取り戻したようだ。
「私は菜摘ちゃんに付き添うよ。正直、【スズキ】さんに仕掛けられたら滅入っちゃいそうだし……。だから逃げ道にさせて?」
楓が優しく語りかけると、菜摘はコクリと頷いた。
「じゃあまずモニタールームっすね。」
「行こうか。」
「おい、須賀。行くぞ。」
千葉が呼びかけると彼はとりあえず立ち上がるが反応に乏しい。その腑抜けた様子が千葉の勘に障ったのか、彼はあからさまに顔をしかめた。
梶谷と麻結はさっさとモニタールームに向かってしまい、石田が困ったように美波に視線を送ってくる。
「はい、行くよ千葉。」
「……須賀も、ぼーっとしすぎ。」
「う、おお。」
久しぶりに声を聞いたような気がした。
美波に促され、先にモニタールームに向かう千葉の背後で美波が石田に手を振ると石田は頷いた。
モニタールームに入ると、梶谷が何やら操作を行っていた。数分もしないうちに、画面に【connect success】と表示がされた。
「ビンゴっすね! 繋ぎます!」
画面を開くと、ついに画面に【スズキ】らしき人影の部屋が見えた。ゲーミングチェアの背後にいるらしい女がわざとらしくため息をついた。
『酒門さん、あなたには失望しましたよ。』
「……いきなり何のこと?」
身に覚えのないことを言われ、美波も流石に顔をしかめた。
『まぁいいです。まずは皆様、直接お話しするのは初めてですね。お顔を見せることは叶いませんが、改めまして私が【スズキ】です。
個別の部屋の方と話すのは初めてなんですが、いいですねぇ、皆さん絶望していますねぇ。』
「気色悪い野郎だな。」
『別にいくら私のことを罵ってくれても構いませんよ。
ですが、酒門さん、貴女の暴言は許せないんですよ。』
「暴言? メッセージのやりとりで何か言ったんすか?」
「さぁ。」
美波は梶谷の質問を流してしまう。
『貴女が意味のない、くだらないといったこのゲームは私の長年の夢だったんです。あの時の、ゲームのように。あの時の、アイツのように感動を生む存在になる。
それが私の夢。』
だから、と彼女が続ける。
『……私のゲームを続けてもらいますよ。
いいえ、続けざるを得ない。なぜなら、今まで消えた寿綾音、久我睦、荻龍平、高濱風磨の身体は、命は、私が握っているのです。
久我さんはもういませんが、酒門さん、貴女ならよく分かっていますよね?』
そう、自分は誘拐されたのだ。
それは久我も同じ、つまりはあの女によりどこかに誘拐され、ゲーム機に意識のみダウンロードされている状態。本体は別の場所にある。
『たくさんの人間を利用してやっと作り上げたゲームです。貴女たちなら素晴らしいエンディングを迎えてくれると信じていますよ。』
それだけを言うと、接続は切れた。
梶谷はずっと何やら操作をしていたが、ふぅ、とため息をついた。
「……情報は何とかとれたっす。
次はAIの所に行きましょう。あと、酒門さん。歩きながら話してもらいますよ。」
知っている割に白々しく促してくるものだ。
「はぁ?! お前ら誘拐されたわけ?!」
だから仲良かったのか、とか、そこから恋愛に、とか麻結が呟いていたため、美波は脇腹を抓ると悶えていた。
「……最初はアンタらに無駄な不安を与えたくなかったから。でも、もう隠すことも無駄だしね。」
「でも他に誘拐された人はいないんだよね?」
「その、はず?」
石田が尋ねたが、自己紹介の時のことを考えると、該当者はいないように思える。
「ほー、だからお前はどうりでゲームが始まってもしっかりしてたわけだな。つーか、千葉と梶谷は知ってたんだろ! 何かお前らこそこそしてっからよ〜。
寂しいじゃねーか!」
ベソをかきながら美波の肩を揺する。
無言は肯定、揺れはさらに増していく。
「でも、酒門がそう判断したんでしょ? 梶谷も、千葉も。なら、オレは3人が話すのを待つよ。ただ……。」
落ち着いたトーンで石田は3人に語りかけてきた。
「もし、わずかでも【スズキ】の味方と思えることをするようだったら何をしてでも情報は吐かせるから。」
須賀が消沈している今、最も身体的な力があるのは石田であることは間違いない。他の5人もそのことは理解していた。
「……といっても、オレは割とここにいる人は疑ってないよ。早く行こう。」
「マイペースな人。」
石田の思わぬ言葉に、力の抜けたように美波が詰ると石田はふと口元を緩めた。
部屋にたどり着くと、梶谷が扉を開いた。麻結が示した端末を開くと、それぞれの名前が記されたファイルが並んでいた。
久我のファイルを除いて、だ。
『こんにちは、美波ちゃん! 梶谷くん! あ、千葉くんと石田さんと……加藤さんもいるんだね。』
「何だよあたしの扱い……!」
「喜ばないでよ……。」
石田がため息をついた。
千葉は綾音の前で呆然と固まっていた。先程まではあれだけ言葉数が多かったが、やはりいざ会ってみると思考が止まってしまうのだろう。
『みんな元気そうで良かった。何か用かな?』
「……オレ、お前に、」
千葉が、言葉を振り絞ろうとした時だった。
『私に? ごめん、私、何かされたかな? そういえば、千葉くん、久我くんとか、高濱さんは?』
「えっ。」
この言葉には、AIの存在を知っていた3人も疑問を呈した。
『ごめんね、私バーベキューらへんから記憶なくて。何でこんな風に画面を介して話しているのかもいまいち把握できてないんだよね……。』
「何があったか、覚えてないってこと?」
『ん、え? うん……何か、あったの?』
画面の向こうの彼女が困ったように尋ねてくる。5人はそれぞれ顔を見合わせた。
「や、何でも、ねぇよ……。」
それ以上答えられなかった。
もちろん、他の参加者も同様であった。
まさか、何も知らない彼女に、ゲームのことはおろか自分と久我が共謀して凶行に及んだことを伝える度胸など誰も持ち合わせてはいなかったのだ。




