彼のこれから
「さて、お時間取らせて申し訳ないね。これから他のみんなを温室に集めて、話す予定のことを君に相談したくてね。」
「遼馬のことか?」
唐突に龍平に捕まったオレは遼馬の部屋を訪れていた。遼馬が梶谷に一服盛られたことと恐らく部屋を漁られたことを伝えてきたため、おそらくその行為に関わる内容だろうと予想する。
果たしていい知らせか、それとも脅迫か。
龍平は端末を弄ると、何かの画像をオレに見せてきた。
その画像に映るものは、オレが最も見られたくないと願っていたもので、一気に全身の熱が下がり嫌な汗が噴き出たことを感じる。
「何で、これ……!」
「やっぱり高濱サンのだったんだ? 君の部屋の机にある、鍵付きの引き出しにご丁寧に板を敷いてまで隠したもの。君の嫉妬の日記だね。
見て驚いたよ。」
なんで、なんで、なんで。
これを見たのか、これの存在を誰かにいったのか。
そして、これが遼馬の世界にあるということは、これを遼馬は見たことがあるのか?
それとも、そもそもの前提が間違っており、この世界はオレのーーーーー。
思考がまとまらない。息が止まるようだ。
「……つまり、今いる世界は石田サンの世界でなくて、高濱サンの世界の可能性があるってこと。
もしかしたら石田サンは、アンタを救うために今から誰かをーーーー……、ちょっと、聞いてるの?」
コイツを消さなきゃならない。
オレと、遼馬の友情を消す人間だ。
オレはずっと遼馬の親友で、憧れでなければならないんだ。アイツには、ずっとオレを頼っていてほしいんだ。
「あああああああっ!!!」
「!」
オレは拳を振り上げた。
ここからは無我夢中だった。今思えば、よく咄嗟にメッセージを送ってアリバイ作りをやったと思う。
オレが唯一覚えていたのは、龍平が恐怖で目を見開いたことと、全てを悟って諦めたように笑った瞬間だけだった。
糾弾のきっかけは自分だった、しかし認めたくないのだろう。先程から石田は言葉を失っている。
「でも、疑問はいくつか残りますね。なぜ高濱さんは、須賀さんが荻さんの鍵を持っていることをご存知だったのでしょうか。それに荻さんの【新たに信仰者が増える】といった発言……一体何の意味があるのでしょうかね。」
「それについてはオレから答えるよ。」
意外な人物、つまり高濱自身が口を開いた。
美波自身も1つ目の疑問については正直なところ、推理の穴だと思っていた。しかし、全ての情報を統合すれば、容易にとあることが浮かぶのだ。
「1つ目については、本当に偶然。動画見た後、シャワー室の入れ替わりの時に、縛からたまたま聞いてすぐに分かったよ。しかも集合についても、鍵のことについても教えてくれたからよ。武島に疑いを向けようとしたのもそこからな。」
「オレが原因か……!」
須賀の言葉は尻すぼみになっていく。
というのも、途中で莉音が体躯に似合わぬ凄まじいプレッシャーを放ちながら須賀を睨みつけていたからだ。
「なら、アンタは私に罪をなすりつけて自分だけ生き残ろうとしたわけ……!」
「……悪い。」
「悪いで済むもんか! アンタはマシな人間だと思って信じてたのに……、ッ、最低ね!」
「武島さん!」
「来ないでよ!」
手を伸ばした菜摘を振り払い、頭を下げる高濱に一瞥をくれてやると部屋から足音を立てて出て行ってしまう。華は心配そうに見つめるばかりで、珍しく呆気にとられ動かなかったようだ。そして、須賀も言外で責められたショックで固まっている。
高濱は頭をあげ、呟くように2つ目の疑問に答える。
「2つ目は、恐らく皮肉だと思うぜ。オレが、他人を信じてなかったから、何かに頼りたくなったとき華の信じる考えに身を委ねちまうんだろ? っていうな。」
「何で何でー? 信じることは良いことだよ〜?」
「オレもそう思うけど、でも違うだろ?」
彼は、美波や梶谷、千葉に視線を向けるとふと微笑む。
「本当の信頼はは例えぶつかってでも互いに言いたいこと言ってそれでさらに高め合えるような関係の上で成り立ってると思うんだよ。ただ信じるだけじゃ、きっと……。」
「……。」
高濱の言葉に華もいつもと変わらない表情ではあったが明らかに肩を落としているように見えた。
「でも、武島に罪をなすりつけて正解だったかもな。じゃなきゃ、遼馬は声を荒げること無かったろ? アイツの次に罪をなすりつけやすい奴、って言ったら遼馬だしな。」
「……、そんな綺麗な理由じゃないし。それに酒門の推理も1つ間違いがある。」
美波はその言葉に目を丸くすると、ゆっくりと石田が首を横に振る。
「この世界はオレのものなのか、風磨のものなのかは分からないんだ。互いの秘密なんてないようなものだし。持ち主の思考を書いた本だって曖昧でどっちのものかなんて判別できなかったよ。
そんな中で、オレは、もし風磨が無事に出られた時のこと考えてた。風磨はたぶん一生自分のことが許せなくて、ずっと苦しんでいつか耐えきれなくなると思った。……オレ、知ってたんだよ。風磨がずっとオレの事嫌だって思いながら一緒にいてくれたこと。……日記の内容も途中まで知ってたから。」
思わぬカミングアウトに高濱は目を見開く。
「でも、オレは風磨のこと手放せなかった。ずっと小さい頃から一緒にいて、誰よりも努力家で、真面目で、オレのこと気に食わなくても付き合ってくれる親友って知ってたから。」
「……、バカ野郎。」
ついに高濱の瞳から涙が決壊した。
「オレだって、お前が努力家なの知ってるし、オレの無茶振りにも嫌な顔せず付き合ってくれて、優しくて……、羨ましかったけどお前が親友なの、何よりも自慢だったから、オレのこんな暗い部分、知ってほしくなかった……!」
そして彼はへたり込みポロポロと涙をこぼす。
石田は驚いたように目を丸くしていた。
恐らく彼らは近くにいすぎて、互いのことを勘違いしていたのだろう。皮肉なことに、それが今回の事件の動機になってしまったのだ。
「オレ、お前にも、武島にも、みんなにも……、荻にも何てことを……ッ、
ごめん、ごめんなぁ……。」
彼は床に土下座のような形でこうべを垂れて泣きじゃくる。
「オレも、ごめん。風磨に嘘をついた上に止められなくて……。みんなも、ごめんなさい。」
石田は深々と頭を下げた。
「ふん、とんだ茶番だな。オレは部屋に戻る。お前の顔など見たくない。」
香坂は盛大な舌打ちをかますと、2人を見ることなく部屋を出て行った。
「んだよアイツ、態度悪いな。」
「……恐らく、荻を消されたことが気に食わなかったんすよ。なんやかんやと2人はうまくやってましたしね。」
梶谷は頭を横に振りながらため息をついた。そうか、と千葉は納得するように呟くと2人に向き直る。
「オレも同じようなことやった身だけどよ、これから気をつけりゃ良いんじゃねーか? 今後一生会えないって訳でもねーんだろーし。」
「……そうよね。2人は幼馴染だもんね。」
「代わりと言っちゃ何だが、石田には馬車馬のように働いてもらわねーとなぁ!」
「……うん、働くよ。」
楓のフォローと麻結のフォローらしからぬフォローに苦笑しつつ石田は頷いた。高濱もそれを見て安堵したように微笑むと、立ち上がりログアウトの手続きのためにモニターに向かう。
「オレはここで離脱すっけど、……遼馬はマジで頭もいいし運動もできるいい奴だから、オレの分までこき使ってくれよな!」
「……相変わらずですね。」
その語り口に何人かは笑いを漏らした。
「遼馬。」
「ん。」
「……親友って言ってくれてありがとな。向こうに戻ったら、また喧嘩して、仲直りしてくれ。」
「オレは結構口悪いからね。泣かないでね。」
「知ってるっつーの。」
「……絶対、助けるから。」
高濱はその言葉を聞き、破顔した。
今までの笑顔よりずっとくしゃくしゃで嬉しそうな笑顔だった。
次に彼を見た時にはすでに消えていた。
ひどく、潔い男だ。
美波は目の前で消えた久我や、別れの言えなかった綾音のことを思い出しながらそっと部屋を出た。
そして、動きがあったのはちょうど世界が変わる前。
皆が夜の議論で疲労し、休んでいる頃、突然梶谷と石田が部屋を訪れたのだ。美波の部屋でも麻結と楓が熟睡していた。
「遅い時間にごめん。見せたいものがあって……。いい?」
「大丈夫ですけど……。」
石田は泣いたらしい跡で目が腫れている上にクマが深く掘られておりひどく不健康そうな顔色をしていた。それを訝しげに見ていたのが分かったのか、梶谷は苦笑する。
「石田さん、香坂さんから部屋追い出されて殆ど寝てないんですって。それでオレらの部屋に招いたんすよ。」
「なるほどね……。」
「須賀も何だか放っておけなくて千葉に残ってもらってる。他の2部屋は返事なしなんだよね。」
「……確かにね。」
部屋を出て行ってしまった莉音や香坂はもちろんのこと、あの後の須賀、矢代の様子は変だった。2人にしては覇気もなく、静かで、高濱が消えた後はそれぞれの部屋に直行してしまったのだ。
気持ちよく寝ている麻結たちを起こすのは忍びなく、3人で目的のものがある部屋に向かう。
「そのー、石田さんは休まなくて大丈夫なんすか?」
「ああ、今は流石に眠れないけど大丈夫。」
意外にも彼は落ち着いた口調であった。
「オレだって、酒門さん達と同じで、風磨も、荻も助けたいのは一緒だから。風磨と向き合うためにも変わらなきゃって思ってるんだ。本当、ずっと一緒にいたのに、やっとスタートに立った感じだよ。」
「なら、これが終わったら寝て。スタートして倒れられても困るから。」
「そうだね。」
美波の言葉に彼は微笑む。
3人がたどり着いたのはPC室だ。
あの凄惨な動画を見て以来、美波は近づいたことがなかった。
「また動画見るんすか?」
「……いや、動画じゃないんだけど。」
彼が座ったPCのデスクトップには文字化けしたような名前のファイルが鎮座していた。梶谷が慣れた手つきでクリックしていくと膨大なデータを持ったソフトウェアであることがうかがえた。他にも凍結された鍵ファイルが存在しているようだ。
梶谷も中身が予想できないらしく、プロパティから情報を確認している。
「眠れなかったから色々動画を見てたら、たまたまここのPCで動画を見られないことを見つけたんだよ。それで他のPCと比べたらこのファイルがあって……。壊すと怖いから梶谷に相談したんだよ。」
「よく見つけましたね。」
まぁ、と石田は小さく答えた。
「この3つはどうやらパスワードなしで開くみたいっすね。とりあえずバックアップデータをこっちのハードに残しといて……次の世界でも確認できるよう保険をかけとくっす。」
「その3つって開ける? なら1つ開いてみない?」
「えっ、今開くんすか?!」
「オレも、今見ておいた方がいいと思う。」
2対1、押しの強い2人に完全に梶谷は負けた。
不安を覚えながらも彼はファイルを読み込み始めた。
刹那、そのデータは突如として画面いっぱいに展開し、梶谷は驚いた声をあげ、椅子から転げ落ちた。
一方で石田は声が出ずに固まり、美波も呆然とした。
彼女に関しては、驚きではない感情によるものであったが。なぜなら、
『こんにちは、美波ちゃん! 梶谷くん! 石田さん!』
明るく、陽気に話しかけてきた画面に映る者は、先の事件で退場となった【寿綾音】だったのだ。




