解決編② -前編-
これで二度目。
この空気でログインルームに来るのも一度経験しているとますます気分が悪い。
「……全員揃ったっすね。なら、話し合いを始めましょう。」
僅かに緊張感を帯びた梶谷が話し始める。それに追従するように、高濱が言葉を放つ。
「全員のアリバイから犯行可能な奴を洗い出して考えるのが手っ取り早いっしょ。」
「おっしゃる通りですね。なら、改めてアリバイを確認してみましょうか。」
菜摘がそう言う。
確かアリバイはーーーー。
「19時くらいから香坂と荻が温室にいたんだよな。荻と出て行くときにすれ違いでは19時半頃に矢代がきた。メールが回ってすぐ20時前に加藤とオレがきて、20時あたりで高濱が、20時10分頃に石田がやってきたっつー話だったな。」
「梶谷と私はずっとモニタールームにいた。それは20時頃に千葉と本山が見てるって言ってたね。」
「その間、縛はずっと外だね〜。楓と菜摘は、2人で楓の部屋に、莉音は1人で自室にこもってたんだね〜。」
「で、最後に荻のことを最後に見たのは石田とバスケバカだったな。」
香坂は眼鏡を上げながら鋭い視線で2人を睨みつける。軽蔑の目、だろうか。
そこで梶谷は悩みながらうーん、と唸る。
「証言を間違い無いとすれば、2人が荻を見つけた時間に温室にいた香坂さん、矢代さん、千葉さん、加藤さんは確実にアリバイがあるっすね。あと自分で言うのもアレっすけど、単独犯と考えるならば、オレと酒門さん、本山さんと木下さんも同様っすよ。」
「ならアリバイがないのはそこのヒステリー女とうるさい男だな。あと……石田もだな。」
「確かに高濱が先に温室きたから一応10分空白の時間があるわけだしなぁ。」
麻結が疑い深く睨むが、疑われている本人石田は下を俯いており、何もリアクションを返さない。
一瞬、場を沈黙が包んだが、何かを思い出したように楓が手を叩いた。
「そういえば須賀くんは何で集合に来なかったの? 正直、あなたが集合に来ないなんてびっくりだったよ。」
「うぬ……。オレも行きたいのは山々だったのだが、【荻に頼み事をされていた】のだ。」
「頼み事?」
おう! と気持ちの良い返事をしながら拳を掲げる。
「荻が集合メールをしたら自分のベッドを漁ってほしい、とな! しかし情けないことに鍵をなくしてしまったんだ……。まさか武島さんが拾ってくれるとは思っていなかったがな!」
「は?!」
彼女は恨みがましく美波と千葉を睨みつけた。
美波と千葉は同時に彼女の視線から逃げた。
「……なら、武島が怪しいんじゃねーのか?」
「なんで私が?」
不意に口を開いた高濱を、彼女は睨みつけた。今にも泣きそうな、震えた声で糾弾する。
「だってアリバイないっしょ? それに鍵、なんで持ってたんだよ?」
「拾っただけだし……。」
「ちなみに部屋に侵入した形跡とかあったのでしょうか?」
菜摘がおずおずと挙手して尋ねる。
「部屋には【小型のカメラ】があったっすよ。恐らく倉庫にあったものっすね。
映像は消されてましたけど復旧したら【荻がベッドにメモを隠す】様子と、【矢代さんらが端末の番号を設定してるとこ】が映ってましたよ。」
「あ? 端末? 聞いてねーぞ?」
「麻結は誘ってないぞ〜?」
「うぅ……放置プレイ?」
急にキャラを変える彼女に呆れながら美波は話し始める。
「たぶんその映像は昨日の夜以降のものだよね? 私が矢代からみんなで端末の番号を連番に設定しないかって誘われたのがそうだったからね。」
「そうだぞ〜。みんなで信じ合えるように、【華と、莉音、縛と楓と、あと龍平と端末の番号を連番にしたのだ!】」
「またお前は面倒なことを……。」
香坂は溜息をついた。
その内容については、高濱や石田も少々疑問を持ったのか、石田も口を開く。
「でも荻が参加したの、意外。雰囲気、良くなかったのに。」
彼が分かるほどに、何となく莉音達と荻がぎこちなかったのだろう。
「そんなの簡単だよ〜。龍平がちゃんと友だちになりたいって謝ってくれたから誘ったんだよ〜。」
「アイツ、謝ったのかよ。それこそ意外だな!」
千葉は心底驚いたようで目を丸くしていた。
「でもそれだと、カメラを設置できるのは同室の方、つまり香坂さん、高濱さん、石田さん、それにお部屋に入られた矢代さん、武島さん、須賀さん、そして荻さんご本人となりますね……。」
「……やっぱり武島っしょ?」
「だから! 何で私なんですか!」
怒る彼女に高濱は整然と言葉を投げかける。
「だってよ、武島が龍平を消す動機はあるし、何かしらそのメモが武島や華に不利益を被るものなら破棄する理由にもなる。それを成す為に縛の鍵をかっぱらったなら尚更、だろ? 縛って全然警戒心ないしさ。」
「……飛躍しすぎじゃない?」
少しばかり困ったような声音で、石田が指摘する。
「確かに荻は気になる人物がいてソイツと話すと言っていたな。アリバイ的には……おかしくないがな。」
「あの人とは会ってないです!」
「でも証明できないっしょ?」
高濱の言葉に、彼女はぐっと黙り込んでしまう。しかしすかさず須賀が彼女を庇うように前に立ちはだかる。
「黙って聞いておればよってたかって……! 武島さんがそんな乱暴なことをするわけがないだろう!」
「ほう、なら証拠は?」
「……香坂さん、確か証言するときに【『もしかしたら信者が増えるかもしれない。』とも言っていた】って言ってましたよね? アイツがよく言っていた皮肉を踏まえて、信者が矢代を信じ込む人間と仮定したら武島は当てはまらないんじゃ?」
「でもそのメールの集合で起きることを示唆してたんじゃない?」
確かに楓の言う可能性もあった。
「そもそも、荻はみんなを温室に集めて何をしたかったんすかね? それが分かんなきゃどうしようもないっすよ。」
「まぁ無難なのは何か秘密をバラす、とかじゃねーかな? その美波ちゃんが言ってた連番の話だって、場合によっては脅しの材料になるぜ? 荻はその番号を知ってたわけだし。
逆にみんなにそれを明かして協力者が増えれば信者が増えるってことに繋がるんじゃねーか?そんで、それを武島が嫌がって……龍平をーーー。」
「そんなことしません! そんなことしたら、矢代さんが悲しむじゃないですか!」
「ふん、どうだかな。むしろ矢代に害なす荻が邪魔だったんじゃないか?」
「……ッ、それは、少し思いましたけど。でも、私が荻くんを力づくで【強制退場】させられるとでも?!」
「んなの、【捕縛】を使えば問題ねーだろ。」
「そうしたって私は……!」
武島も疑われて徐々に興奮してきたのか、息も語気もかなり荒くなってきている。
こそこそ、と千葉が美波に耳打ちする。
「何か、今回明らかに香坂と高濱、武島に議論がかかるな。前回疑われた、お前と同じ世界の主の石田にはノータッチだぜ。」
「……そうだね、」
美波は口をつぐむ。
現在疑われている人物と、美波の中の犯人は明らかに乖離しており、正直なところ攻めあぐねていた。どうすれば切り出せるか、と悩んでいたのだ。
このままでは恐らく、香坂と高濱の勢いで莉音が犯人の側に傾くだろう。
菜摘と楓も疑念の目で彼女を見ており、庇いたいらしい須賀は証拠を出せず彼女を背に庇うしかできない。矢代に至って黙ったままだ。
一か八か。美波は試しに勝負をしてみることにした。
彼の、良心にかけよう、と。
「石田さん。」
「……何?」
彼は僅かに肩を震わすと緩慢に美波を見つめた。
「……あなた、まだ何か言ってないこと、ない? それか、ぼかしている事。」
「何でそう思うの。」
彼の声は珍しく上ずっていた。
「分からない、でも。私はあなたにはあなたの言葉で証言をしてほしいと思う。屋上で、荻も言ってたよね。」
彼の瞳が揺れた。
「ずっと、何か言いたかったんじゃないの? むしろ、犯人に繋がる何かを握っていて、武島が犯人じゃないことを知っている、とかね。」
「……それは、」
「このまま、武島を犯人にしていいの? もし間違っていたら、犯人以外は全て消える。アンタはそれを許すってこと?」
美波が石田に詰め寄っていることに梶谷と千葉は気づいたらしい。
明らかに顔色が悪くなる彼を見やってか、2人が美波を止めようとした瞬間だった。
何かを決心した表情の彼は、武島たちに向かって声を荒げたのだ。
「2人とも、やめろ!」
彼が初めて出した怒鳴り声に全員驚いて動きを止める。そして、注目が全て石田に注がれる。
「……これ以上、武島に罪をなすりつけるのはやめよう。」
自然と、彼が視線を送る先に、他の者の注目も集まる。
美波はその正体にやはりな、と内心で思う。
彼はずっと迷っていたのだ、恐らくこの事件が発生してから、ずっと。
「……オレは、風磨が犯人だと思う。」
「「は?」」
何人かの声が重なる。
ここからの言葉は美波も全く予想していない。
緊張した面持ちで彼は更に驚くべき言葉を発したのだ。
「…….だって、オレは、あの時、荻を見てないんだよ。」
と。




