調査編②
美波がそのアラートを聞いたのは、梶谷とともにモニタールームにいた時だった。そろそろ引き上げるか、など話していた時、端末からけたたましい音が鳴り響いたのだ。
美波は、自分の世界でアラートが鳴った時、眠っていたこともあり、初めて聞く音に驚いた。
「何、この音。」
「そっか、酒門さんはあの時寝てましたもんね。端末見てみてください。」
言われるがままに端末を確認してみると、荻龍平の文字がはっきりと書かれていた。もちろん、モニターの一部にも同じ画面が浮かんでいた。
「にしても、何で荻が。」
「ちょっと、酒門さん、全体メッセージ見てみてください。」
梶谷に促され、見てみるとそこには【1通のメッセージ】が届いていた。
驚くべきことに、その送り主は先程【強制退場】したことが明かされた荻からのものであった。
『皆さん、と言いたいところだけどね。興味ある人だけで構わないので、20時に温室に集まってください。』
「……気づかなかったっすね。」
時計を見れば、時間はすでに20時半をまわっている。すなわち、温室で何かトラブルが起きたということだろうか。
「とりあえず温室に行ってみます?」
「そうだね。」
美波は二つ返事で了承し、2人はすぐに温室に向かった。
「おう、やっと来たか。」
温室の扉を開くと千葉がホッとしたように呟く。
他にも高濱、石田、矢代、香坂、麻結がいた。
「いないのは、菜摘ちゃんと楓ちゃん、武島さん。あと珍しく、縛だな。ん〜、呼び出しすっか。」
高濱が辺りを見渡し、端末を触り出す。千葉がそそくさと2人に近寄ってきた。
「2人はずっと一緒にいたんだよな?」
「もちろんすよ。ずっと隣の席で作業してましたもん。」
「じゃあお前らはアリバイがあるわけだ。」
彼はあからさまに安堵の表情を浮かべた。
そんな話をしているうちに、全員が温室に集まった。
「縛が来ないのは珍しいぞ〜。」
「おう、ちょっと急ぎの用があってな! それより、荻が犠牲になってなぜここに集まっている?」
「確かに、最初と同じようにログインルームに集まればよかったと思うぞ〜?」
須賀の言葉を受けて、同意したらしい華は振り向きざまに高濱を見つめる。
「今回はみんなで別れる前に【アリバイ】を確認した方がいいと思ってよ。」
「温室集合のメールだろ? それを踏まえたアリバイだな。」
加藤がそのように言うと、高濱が頷いた。
「なら、オレが纏めてやろう。なぜならオレは夕食後からずっと温室にいて、【温室集合にさせたのもオレだ】からな。」
「それって重要なことな気もするけど……。」
楓が少し考え込むような様子を見せながら呟く。
「19時くらいに何か考え込むような荻が来てな。何やら悩んでいるようだったな。気になる人物がいると話していた。ここに呼び出せと言ったが、晒し者になるからとあの男は個別に話をつけると言っていたな。
確かその時に、【『もしかしたら信者が増えるかもしれない。』とも言っていた】。」
信者。
このワードに紐付いて連想されるのは、華がよく公言していた信じるというワード。皆の疑惑が華に向くことは容易に想像できていたらしく、香坂は溜息をつきながら言葉を続ける。
「19時半くらいだったか。奴と入れ違いで矢代が来た。それからこの女は喧しいことにずっと温室にいた。」
「そだよー。龍平とは会ってないのだー。」
華の言葉に何人かは脱力する。
「20時前だったか、そこの低俗たちが来た。」
「……て、低俗ぅ?」
「オレと加藤だな。そのあと時間ぴったりくらいに高濱が、20時10分くらいに石田が来た。ちなみにだが、温室に来る前モニタールームで梶谷と酒門を見かけた。声かけようと思ったが集中してたからやめたんだよ。2人が部屋でてなけりゃ、2人は白だぜ。」
「梶谷は部屋を出てない。結構話してたし。」
「オレも証明するっす!」
千葉の証言もあり、美波は比較的白い位置についたため全体に向けて問いかけた。
「他にアリバイを互いに証明できる人は?」
「私たちできるよ。私たちは一緒に私の部屋にいたからね。」
「そうですね。」
「なんでまた私らの部屋に?」
美波は理解できず首をかしげる。2人でいるなら共有スペースでもいいのにと思ったのだ。
しかし、それなりの理由があるらしく菜摘は申し訳なさそうにしつつも莉音に視線を送る。その時点で何人かは察することができただろう。
「武島さんが夕食後から私達の部屋に篭ってしまったのです。矢代さんも不在にされてましたし、あまり刺激はしない方がいいかと。それに酒門さん達が向かっていませんでしたし、行く必要はないのかなと。」
「つまり、武島のアリバイはないってことね。」
「何で私が疑われてるんですか?! 私には動機なんてありません!」
「……動機は置いておいて、客観的な話だけしましょう。」
梶谷が止めている間に、美波は内心で昨日までの出来事を思い起こす。
荻と彼女と華は意見がすれ違っており、もし万が一があれば大きく揉める可能性は孕んでいたと思った。しかし、今までで手に入れている情報の限りだと、単独犯は難しいように感じた。
「千葉くんと同じように、私たちは美波ちゃんと梶谷くんのアリバイを証明できるよ。だから、今回の議論は2人に進めてもらうべきだと思うんだよね。……香坂くんと矢代さんも限りなく白だけど、進める気ないよね?」
「ああ。オレは勝手に調べさせてもらう。」
本山の確認に、香坂は即答し、華は肯定も否定もしない。
「ちなみに、なんすけど最後に荻くんを見たのは誰っすか?」
「……たぶん、オレらが20時前に見たかな。」
ポツリと石田が呟くように答えた。彼が高濱の様子を伺いながら発言するあたり、『オレら』に含まれるのは高濱らしい。
「あー、何か焦ってるみたいだったしな。」
「焦ってる……? まぁ集合時間が近かったっすもんね。」
美波は何かに引っかかったが、それは些細な違和感にとどまった。
「何となく疑わしい人は分かったし、組み分けしようぜ。オレは遼馬とーーー。」
「待てよ。」
高濱の提案に待ったをかけたのは千葉だった。
「こう言っちゃあれだが、お前らずっと一緒にいたんだろ? しかも最後の目撃者って……一応考えにくいけど共犯の可能性もあんだからバラバラになった方がいいんじゃねーか? ついでに武島と須賀も。梶谷と酒門、本山と木下も、だ。」
「フン、バカにしてはまともなことを言うな。オレもその方がいいと思うぞ。」
部屋から出ようとしていた香坂も鼻で笑いながら同意した。
「なら、オレが決めてやろう。梶谷はオレと来い。バカは酒門と、木下は石田と、本山はバスケバカと、バカ女とうるさい男、ヒステリー女は信仰女と一緒じゃないと騒ぐだろう?」
「いや、ほとんど分かんないっすよ。」
「分かった。なら、さっさと調査に入ろう。」
「いいんすか、スルーで。」
梶谷が頭を抱えた。
何となく、美波の中で今回の事件は靄がすでにかかっていたことが、どうも嫌な予感を振りまいていた。彼女は足早に千葉を引きずって行く。
それにならって、温室のメンバーもそれぞれ気になるところへと参じた。
「オイ、酒門? どうしたよ忙しねーな?」
「千葉、アンタはどう思う?」
「どう思うって?」
「……。」
あれだけ鋭い指摘をしておいて、すっとぼけた返答をする彼に頭を抱える。
「アンタ、アリバイに違和感を持ったとかじゃないわけ?」
「いや? 純粋にあぶねーんじゃねーかなって。」
「……はぁ。」
「そんな露骨にため息つかなくてもいいだろ。」
しょんぼりと彼は肩を竦めた。
「とりあえず、矢代の所に行くよ。あと須賀と、石田ね。」
「何でまた。」
「……荻の信仰が増えるって言葉、どうしたって矢代の活動の皮肉でしょ。それに須賀がこういう集まりサボるの珍しいし、最後に目撃した石田の証言を聞いておきたい。あと、荻が隠していた事、についてね。」
「隠し事?」
美波は頷いた。
まず向かったのは、華の元だ。
莉音はふてくされたように、自室の隅に体育座りをしていた。
「2人は華に用かー?」
「うん、『みんなで端末の番号を連番に設定しないか』って昨晩言ってたでしょ? それについて詳しく聞きたくてね。」
ああ、と思い出したように呟く。
「ちゃんと有言実行したのだ〜。【華と、莉音と〜、縛と楓と、あと最終的に龍平も参加していたのだ】!」
「アイツ乗り気じゃなさそうだったよね?」
「うん、でも最後は参加してくれたぞ〜。しかも【龍平の部屋】でやらせてくれたよ?」
荻は、華の考え方に随分と懐疑的であったが何があったのか。
美波が思考を巡らせていると、千葉が暇を持て余したのか、莉音に話しかけた。
「武島はずっと部屋にいたのかよ?」
「当たり前です。……手洗いくらいは行きましたけど。」
「そん時何かなかったのか?」
莉音は下唇を尖らせながらも、少しだけ考える様子を見せ、はっと何かを思い出したような顔をした。
「……【鍵、拾いました】けど。」
「鍵? 借りていいか?」
雑に投げつけられた鍵を千葉が容易に受け取り、美波と覗き込む。そして、千葉と美波はそれぞれの鍵と比べた。
「オレの部屋のじゃねーな。」
「私の部屋のでもないね。武島、預かってていい?」
「……どうぞ。」
我関せずを貫く彼女を一先ず置いておき、2人はそのまま近隣の荻たちの部屋にやってきた。そこではすでに梶谷と香坂が調査に乗り出していた。
「あら、ちょうどいい所に。見てくださいっす。」
彼が手に持つのは【小型のカメラ】だった。
「今からノートパソコンで動画を確認してみます。また後で教えますんでほかのところを見に行ってきていいっすよ。……そういや、集合時間とか決めてなかったんで、オレが送っときます。」
「ああ、頼んだぜ。」
梶谷がテキパキと作業をする横で、香坂はどこか沈鬱な表情を浮かべながら部屋を見渡していた。
「……香坂さん、大丈夫?」
「何も、問題はないさ。」
珍しく能動的に動く時点で何もないことはないと思うが、と美波は内心で思いながらもそれ以上尋ねることはなかった。
次に向かったのは、石田の部屋だ。
そこには、須賀と麻結のペア、高濱と楓がいた。
彼の部屋は少しばかり荒れていたが、前回のように血痕が広がるわけでもなく、雑多な様子であった。
「何か見つかったか?」
「いーや。今回はここが現場だけど見ての通りだよ。」
千葉と高濱が話すのを他所に、美波は須賀に尋ねる。
「須賀さんさ、集合に来なかったでしょ? 理由、聞いてもいいですか。」
「おうよ! といっても、オレは【荻に頼まれたこと】さえできない情けない奴なんだがなぁ……。」
「頼まれたこと?」
美波が鸚鵡返しで尋ねると彼はどんよりと暗いまま頷く。
「実は、荻に自分が集合メールを送ったら、荻の部屋のベッドを漁ってほしいと鍵を預かっていたんだがなあ。オレはそれを無くしてしまったんだ……。それで荻自身か、同じ部屋の奴に出会えんか彷徨ってたんだがな……。」
「それってこれか?」
「おう、それだ! どこにあったんだ?!」
千葉が差し出すと彼は目を丸くした。
「武島がもってたよ。」
「やはり、オレは武島と結ばれる運命にあるんだな……!」
須賀の戯言を2人は無視し、小声で相談する。
「集合時間間際にもう1回この部屋に来よう。」
「……分かんねーけど分かった。」
千葉は素直に頷いた。
2人はその後温室に再度向かった。
菜摘と石田はその場に残っていたらしい。
「石田さん、アリバイについて詳しく聞きたいんだけど。」
「……話した通りだけど。」
彼は溜息をつきつつ、思い出すように細かく話し始める。
「風磨とオレは一緒に過ごしてて、メッセージに気づいた。それで20時前に2階に向かう荻を見かけた。それだけ。」
「ずっと一緒にいたのかよ?」
「……【19時半過ぎくらいまではオレは1人で屋上にいた】。あの提示された時間は殆ど風磨といたから疑われるアリバイはないよ。」
「ふーん……。」
美波はそれを聞いて頷くのみ。
その後、温室を探索したが目ぼしいものは見つからなかった。
ログインルームに向かうとカフェテリアにいた梶谷が手招きをして2人を呼び込む。
「動画、見つかったっすよ!」
「どれ?」
集合時間が差し迫っていたため、早送りで再生する。
すると、そこには5人が解除番号を設定する様子が映っていた。どうやら解除番号は連番らしく、華が1人1人の番号を読み上げている。
さらに進めると、荻が何やら自身のベッドの下にメモのようなものを隠す様子が見えた。
「先程ベッドは調べたが、何もなかった。このカメラを設置した人間か、もしくは同室の人間に奪われたんだろうな。ほかにアイツが残したヒントがなければ特にこの動画の意味もないだろう。」
香坂が考えを述べていると、美波はそういえばとあるものの思い出して自分のポケットを漁る。
そう、彼女は荻から前日にUSBを預かっていたのだ。
「これ、見てみて。」
「はいっす!」
梶谷が急ピッチで進める。
なんて事のない、ワードファイルが1つ。
問題はファイル名だった。
「『石田さんの部屋から、本屋カウンター横の棚、下から2番目、左から3番目』……?」
「分かんねーけど、見に行くぞ。時間ねーし。」
それを読み上げると同時に千葉が急かす。
美波が頷き、2人はすぐに本屋に向かった。
彼が遺したヒントの場所には、持ち主の考え方や心を反映する書籍とはまた違った、少しよれたノートが丁寧にささっていた。
「荻が残したもんか?」
どうやら中身は【日記】らしい。
日記の表紙には『石田遼馬』と丁寧に書かれていた。
「『オレはレギュラーになれなかった。アイツは2年の時からずっとベンチに入っているのに。』『アイツは昔からの相棒、なのにアイツを見てると悶々とする。』」
「んだよ、石田の奴、悶々と部活の不満を書いてたのか?」
「いやーーーーー。」
美波は、この内容と自身が知っていることについて明らかな矛盾にぶつかっていた。
そして、荻がこれを隠した理由。
「……今回は面倒なことになるかもね。」
「こんなゲームに巻き込まれてる時点で面倒だから気にすんな。」
彼のぶっきらぼうな言葉に苦笑しつつ、彼女はそうだね、と同意し、2人は慌てて、戦いの場へと駆けていった。
①退場情報
【今回退場させられた人物】荻龍平
【退場させられた時間】19:30〜20:30
【退場させられた場所】石田遼馬の部屋
【アバター状態】顔面に腫脹、他身体初見なし
*彼はサポーターではなかった
②荻からのメール
『皆さん、と言いたいところだけどね。興味ある人だけで構わないので、20時に温室に集まってください。』
③みんなのアリバイ
19時くらいから香坂は温室におり、一度荻と会っている。荻と出て行くときにすれ違いでは19時半頃に矢代がやってきた。
メールが回ってすぐ20時前に加藤と千葉がやってきた。20時あたりで高濱が、20時10分頃に石田がやってきた。
梶谷と酒門はずっとモニタールームにいた。それは20時頃に千葉、本山が目撃している。
須賀はずっと外を歩いていた。
本山と木下は梶谷と酒門も動いておらず行く必要はないと判断して酒門たちの自室にいた。
武島は単独で自室にこもっていた。
荻のことを最後に見たのは石田と高濱らしい。
④香坂の証言
集合場所を温室にするように勧めたのは香坂である。
⑤荻の発言
荻は香坂に対して新たに信仰者が増えると言っており誰かと会う予定があった。
⑥スマホの解除番号
矢代の提案で矢代、本山、武島、荻、須賀は連番にしていた。
荻の部屋で作業は行われた。
⑦莉音が持っていた鍵
荻たちの部屋の鍵である。
どうやら須賀が探していたものらしい。
⑧隠されていたカメラ
須賀の部屋からカメラが見つかった。
荻が部屋の片隅にメモを隠している様子、荻たちのロック解除番号が映っている。
⑨須賀の証言
荻から、集合のメールが届いたら、自室の荻のベッドを漁ってほしいと言われていた。
しかし、荻から預かった鍵を無くしてしまったため、同室の人物や荻と会えないかと探していた。
⑩石田の証言
石田は荻を見る前、1人で屋上に行っていた。
11.石田の部屋にあった日記
内容は部活動のことについて。
どうやら彼はなかなかレギュラーになれず悶々としていたらしいが……?




